古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第933話

 遊牧民という人達は毎日移動して生活するらしい。その流れを汲む連中が指導している為か、自分の想像以上に移動の準備が進んでいく。二日間で凡その準備が整った。

 

 移動式の住居以外の家は、そのまま残す事になるし家具類も同じ。もう戻る事もないし、戻っても環境が全く変わってしまうので故郷と感じられるかは分からない。

 

 彼等は文句も言わず移動の準備をして、故郷や残す家や畑に別れを告げている。また風景を記憶に残そうとしているのだろうか?作業の合間に周囲をボーっと見詰めている。

 

 

 

 別れの儀式は人それぞれ、それを邪魔する事はさせないししない。そんな準備に追われる人達を眺めていたら、クギューと若い女性が近付いて来た。

 

 

 

「錬金ってスゲェな!幌無しの馬車が千単位で一瞬で現れるって、どういう原理なんだ?」

 

 

 

 馬は多く用意出来るが、馬に引かせる馬車が少なかったり性能が悪かったりしたので一頭引きの幌無し馬車を大量に錬金して提供した。各家庭に1台ずつ行き渡った筈だ。

 

 平等に運ぶ荷物は馬車一台に乗るだけ、そんなルールが出来上がったらしい。まぁ多い少ないで揉めるのならば一定のルールを設ければ良い。

 

 馬を所持していない家庭には部族間で融通し合って、それでも余る分は好きな物を運ばせれば文句も少ない。実際はもっと細かい取り決めが有る筈だが、それはお任せだから聞かない。

 

 

 

「古代の叡智だよ。原理まで詳しく教えても構わないが、魔術師じゃないと理解は出来ないと思うよ」

 

 

 

 実際は僕でも魔法の原理は分からない。見栄を張って言ってみただけだ。魔法の原理など、エルフ族にだって分からないと思うぞ。理解しているのは、授けてくれた神様だけだろう。

 

 

 

「ウチの馬鹿亭主が済みませんです。ほら、バーレイ伯爵様に対してタメ口なんて駄目でしょ!本当にアナタは俺様馬鹿なんだから」

 

 

 

 そう言って首根っこを掴んで頭を下げさせた。この行動も言葉使いも厳密には不敬に当たると思うけど気にしない。俺様なクギューが文句を言えども反抗しない所で彼等の関係性が分かる。

 

 

 

「うるせぇよ!馬鹿って言う奴が馬鹿なんだぜって、スマン悪かったって」

 

 

 

「そう言うなら直しなさいよね。全く何時まで経っても、お馬鹿なんだから。毎回面倒を見る私の気持ちが分かるかしら?」

 

 

 

 僕は惚気を見せられているのだろうか?または夫婦漫才とか?この二日間、僕の接待は、クギューと彼の奥さんである、ルスの二人が担当している。

 

 流石に長老達は説得と調整に忙しく、僕の相手まで手が回らなかったし余計な気を遣って欲しくもなかった。クギューは三人の奥さんがいて、ルス以外の二人が引っ越しの準備をしている。

 

 一応挨拶にきたが、三人共美少女だった。連合を組むのに当たり支配層はお互いに婚姻関係を結んだり、色々と結束を高める事をしたのだろう。詳細は聞かないが、夫婦仲は円満らしい。

 

 

 

 今も俺様な旦那の尻を蹴って反省させている。ルスは一つ上の幼馴染の関係だったらしいが完全に尻に敷いている。そして他の嫁二人との関係が円満なのも彼女の存在が大きいのだろう。

 

 一夫多妻のコツは本妻が旦那の女性関係を全て把握する事が重要らしい。僕の場合も、ジゼル嬢が同じように表向きは把握し、裏ではイルメラさんが実権を握っていると思う。

 

 アーシャにジゼル嬢。イルメラさんにウィンディア、それとニールで側室を迎えるのは御終いです。リゼル?側室予備軍?知らない子ですね?

 

 

 

「あのな、なに微笑ましそうだなって見てるんだよ」

 

 

 

 微笑ましいからだよ。微笑ましくてお腹いっぱいだからだよ。自覚して下さいね?本当にね。

 

 

 

「いえ、僕も本妻予定の婚約者の尻に敷かれていますからね。どこの家庭でも同じ様なものなんだと思いまして……」

 

 

 

 ニーレンス公爵とも話し合ったが『夫婦円満のコツは奥さんの尻に敷かれる事』なので、クギューは良い嫁さんを貰ったなって事だよ。

 

 夫婦円満、家庭も円満、健全な生活を営んでいるって事だね。悩みも僕と同じで子宝に恵まれていないらしい。ルスと結婚して三年間に子供に恵まれず、新しく二人の嫁を迎えたが懐妊の兆しが無し。

 

 ルスは子供を授からない事に最初は自分を責めて、新しい嫁二人を迎える事に同意したが結果は……これも僕と同じ悩みだが、僕の場合は女神ルナ様の御神託により授かる事は間違いないらしい。

 

 

 

 時期は教えて貰えていないが、最初はイルメラとの間に生まれるらしい。喜ばしい事だね。

 

 

 

「え?アンタ程の男がか?独立国家に単身で喧嘩を売って勝てるアンタを尻に敷くって、どんだけ怖い嫁さんなんだよ?ルスよりも恐ろしい嫁さんなんだな」

 

 

 

「コラ、クギュー。アナタは全然学習しないで、もう本当に勘弁してよね」

 

 

 

 ジゼル様の悪口は言わないのって、クギューを座らせて説教を始めたけどさ。僕は、ジゼル嬢の事を教えてない筈だが?僕の噂話って、こんな大陸の僻地にまで届いているの?

 

 僕の個人情報って嘘も本当も悪意ある噂も何もかも含めて、相当広がっているのか?本人と触れ合えば解ける誤解だが、本当にバーリンゲン王国の連中は色々とやらかしてくれて嫌になる。

 

 まぁコレが最後だと思えば我慢も出来るけどね。あとそろそろ夫婦のじゃれ合いを終えて貰っても良いかな?一応、僕は接待される側なので宜しくお願いしますよ。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 三日目の早朝、フルフの街に向けて出発する。総勢一万八千人の大移動、千を超える馬車に家財道具を積んでの大移動だ。彼等の家庭は親兄弟、全てが一つの家に集まるので平均二十人位居る。

 

 その小集団が千単位で纏まって、更に部族で固まっているので最初の連中が出発しても最後の連中が出発するのは数時間後。全長十数キロにわたる長蛇の列だね。

 

 普通に目立つし、本来は辺境に居る連中がバーリンゲン王国の領地を横断する訳だから襲撃は間違いないと警戒していた。だが一日進んで、その心配が杞憂だと思い始めた。

 

 

 

「予想通りだな。馬鹿な連中だぜ」

 

 

 

 数キロ先で行われている蹂躙劇を見て思う。何故、勝てると思った?何も危害を加えてない筈なのに、何故排除しようと襲い掛かった?どう見てもエルフ族絡みの厄介事に進んで首を突っ込んだの?

 

 

 

「人が簡単に振り飛ばされているね。エルフ族の古老達が趣味全開で錬金した植物ゴーレムの行く手を阻めば、こうなるって初めから分かっているだろうに……」

 

 

 

 植物ゴーレム達だが、此処に向かう途中で何度も襲撃をされたのか密集隊形で歩みを止めずに進んでくる。それを死角と思い左右や後ろから襲う連中を容赦なく伸ばした腕で振り払う。

 

 僕の黒縄(こくじょう)でも同じ事が出来るとは思うが、パワーは向こうの方が上だな。襲って来た男が水平に20m以上も飛んでくって、どれだけ力を入れれば可能なんだろうか?

 

 くの字に曲がって弾き飛ばされた連中は即死だろう。そして仲間が何人かヤられれば怖気づいて逃げ出す。だが植物ゴーレムは逃げ出した連中を無視する程、甘くはない。

 

 

 

 逃げる連中に向かって両手を伸ばして突き刺して、更に振り回して弾き飛ばす。物言わぬ骸(むくろ)と化した哀れな連中に合掌する。

 

 

 

「圧倒的だな。俺様達にとばっちりが来ないよな?アレと仲間と思われて攻撃されて全滅とか笑えないぜ。進路をずらして、やり過ごすか?」

 

 

 

「植物ゴーレムの数は……凡そ百体かな?あれは幾つかの長老の差し向けた連中が混ざっている。後方にも未だ居る筈だし、迂回するにしても一苦労だぞ」

 

 

 

 こっちは十数キロに及ぶ長蛇の列だし、道なりに進んでいるから直進してくる連中とは何処かで交差する。避けるのも伝令を出して様子を見ながら指示しないと無理だぞ。

 

 前が気付いて驚いて止まったりしたら、後ろの連中が押し寄せてきて潰されてしまう。それほど縦列行進と言うのは思ったよりも自由が利かずに厄介なんだ。

 

 今だって確認しながら止まらずに進んでいる。伝令が止まれと声掛けしながら最後尾まで走っているんだ。止まる迄はもう少し時間が掛かる。

 

 

 

 あの植物ゴーレムは僕を個別認識していた筈だ。先に僕が近付いて様子を伺うしかないか。上手くすればコミュニケーションが取れて、カシンチ族連合は敵ではないと認識させられる。

 

 

 

「僕が先に行って様子を見るから、なるべく早く止まってくれ」

 

 

 

 そう言って馬ゴーレムでゆっくりと近付いて行く。襲撃者は既に全滅して植物ゴーレム達は整列して隊列を整えている。嗚呼、あの動きは完全に僕を認識しているな。

 

 そうじゃなければ整列して此方を伺ったりはしないだろう。いきなり両手を伸ばして攻撃してくるかと警戒したけど、そんな心配は無さそうで警戒は緩めないが少し安心した。

 

 30m程前方で馬ゴーレムから降りて、敵対する意思がないと示す為に徒歩で近付いて行く。流石に立場があるので、両手を上げて非武装ですと証明しながら近付く事は出来ない。

 

 

 

 僕が近付くのを整列して止まって待っている無言の植物系人型擬きゴーレム達の威圧感は凄い。同じゴーレム使いだからこそ分かる、未知の制御方法で運用される膨大な魔力を秘めた人形達。

 

 複雑に絡み合った蔦が人型を形成し、胴体部分に幾つか握り拳大の大きさの宝石が輝いている?あれ?最初に見た時のゴーレム達とは違うのか?それとも移動中に進化したとか?

 

 遠目でも分かる程の大きさの宝石を内蔵した持ち主の分からない(こんな植物ゴーレムはエルフ族しか運用できない事は置いておいて)ゴーレムに大量の宝石、これは馬鹿共が襲って奪いにくるよ。

 

 

 

 もしかしなくても、エルフの長老達は同族であるケルトウッドの森のエルフ族達の気持ちを汲んでさ。無礼を働いた連中を効率的に始末する為に、わざと罠を仕掛けて襲われる様にしてる?

 

 

 

「エルフ族の古老様達の操る植物ゴーレムとお見受けします。僕はエムデン王国の宮廷魔術師第二席リーンハルト・フォン・バーレイ伯爵です。後ろに控えるのは辺境の部族であり、バーリンゲン王国の連中とは敵対しています。エルフ族の方々に故郷を引き渡す為にエムデン王国側に移動の際中であり、敵対する意思は有りません」

 

バーリンゲン王国の連中とは敵対しています。エルフ族の方々に故郷を引き渡す為にエムデン王国側に移動の際中であり、敵対する意思は有りません」

 

 

 

 言葉が通じるか不明だが、何かしらのリアクションがあればコミュニケーションは可能な筈と思い長々と口上を述べた。

 

 

 

「ギュギィ、ギュギュ、ギィ」

 

 

 

 え?嘘でしょ?何か喋っているけど、もしかして僕の言葉に応えてくれているとか?

 

 左手を水平にお腹の部分に添えて軽くお辞儀をしてくれたのは、僕の言葉を理解してくれたという事で良いんだよね?

 

 驚いた、僕もゴーレムクィーン達みたいに完全自立行動は可能だが、声を出す事は出来ない。まぁ『無言兵団』を売りにしているので、喋れたら運用名を変える必要が有るし……

 

 

 

「理解してくれていると言う事ですね。有難う御座います。後ろの連中に敵対の意思は有りませんので、そのまま通して下さい」

 

 

 

 はははっ、挙手による敬礼までしてくれたぞ。これって我々人間の軍隊では一般的に下位の者が上位の者に対して行う動作なんだけど、人間界のルールがイマイチ理解してないのかな?

 

 まぁ烏滸がましくも同位の者でも行うけど、流石にそれは無いだろう。多分だがそういう行動が有ると知っていて行動を真似ただけだと思うけどね。

 

 だが敬礼をして貰ったならば答礼をするのが礼儀、同じく敬礼で応える。

 

 

 

 するとまたゆっくりと前進し始めたので、身体をズラして道を開ける。そのまま見送れば、カシンチ族連合達の列を避けて移動してくれるみたいだ。

 

 うーん、クロレス殿の情報で考えればエルフ族の古老連中が此処まで配慮してくれるとは思えないのだが、何か有ったのだろうか?少し心配になってきたぞ。

 

 植物ゴーレム達が見送った連中だけとは思えない。この先でも出会う事も有るだろうが、今の感じからすれば問題は少なそうで少し気持ちが楽になってきた。

 

 

 

「アンタ、すげーな。どうやったら、あの謎のゴーレムと意思の疎通が出来るんだ?普通に俺様達を避けて行ったけどさ。アイツ等が全滅した後で、交渉出来るって恐ろしいな」

 

 

 

「クギュー、またバーレイ伯爵様に対して非礼な真似をしてっ!この軽い頭の中身は、同じ事を繰り返すしか理解出来ないの?今夜もみっちり説教だからね」

 

 

 

 ああ、夫婦円満なのは良いけどさ。もう少し単独行動の僕の身にもなってくれないかな?今夜もみっちり説教って昨日もじゃん。朝、げっそりしたクギューを見るとモヤモヤする。

 

 早く、イルメラに会いたい。会ってそのミルクみたいな甘い匂いを胸一杯に吸い込みたい。もう禁断症状が出始めているのか?今回は一ヶ月も保たないのか?

 

 グッと手を握り締めて、今夜一人になったら空間創造から秘蔵のイルメラさんの使用済みインナーを取り出して心行くまで匂いを堪能すると決めた。

 

 

 

 邪魔する者は許さない。それが誰でもだっ!

 

 


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