古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第930話

 イエルマの街に潜伏中、地下トンネルを掘り進み街の中心部に到達。探知魔法で地上の様子を調べて近くに人が居ない事を確認して、地上に頭を出す。

 

 何度か場所を修正しながら移動したので、問題無く領主の館というか街の中心部で一番大きな屋敷まで辿り着いた。流石に警備兵が巡回しているのだが、貴族の私兵っぽくない。

 

 これって、カシンチ族連合の戦士を引き込んだって事だろうか?クリスみたいに手っ取り早く攫って情報を引き出す事は避けるべきだろうな。

 

 

 

 味方だった場合、拉致って尋問したとか大問題になるし……

 

 

 

 これはもう領主に直接会うしかないか?敵なら殲滅、カシンチ族連合と繋がっていたら事情を説明し助力を申し出る。そしてカシンチ族連合に連絡を取って貰う。

 

 まぁ敵ではないと証明する手段が無いのが問題だよな。僕の顔を知っている連中が居れば良いけど、前回はイエルマの街には訪れてはいない。身分を証明する物は一応あるが、信じてくれるかは別問題。

 

 仮にカシンチ族連合に加担していたとしても、典型的なバーリンゲン王国の貴族だったら損得勘定で協力しているだけで簡単に裏切る可能性が高い。不味いな、状況は良くない。

 

 

 

 時間と言う縛りが有るから、通常の手順を踏めない。そもそも単独侵攻をしている時点で信憑性など無い。他国の重鎮が護衛も伴わないで一人で辺境にいる訳が無い!

 

 

 

 そう言われたら、どうしようもない。僕が単独で行動する事は結構知られてはいるけど、辺境まで噂が広まっている可能性は低い。酷い内容の噂話は広まっているけどね。

 

 自分達の都合の良い嘘を広めるのが常套手段の連中だから、単独行動がどんな風に曲解されているか想像もしたくない。まぁ少数で移動して各地で無理難題を吹っ掛けるとか?

 

 衣装を黒色で統一して目立たない様にしてから、館の内部に侵入する。流石に領主の館は防御力も考えてか木造でなく石造りだ……一階だけはね。二階から上は木造だな。

 

 

 

 この辺は予算の関係か、石造りの平屋を改装して上に増築したのか?まぁ今は関係無い事だな。

 

 

 

 予算の関係か館全体が薄暗い。廊下も所々に蝋燭が灯っているだけで、巡回の警備兵も自分で照明を持ち歩いているので侵入者には優しい状況。魔法で光球を生み出して照明にするとかは無理か……

 

 感知魔法で確認しながらの移動なので見付からずに移動出来るのだが、この魔法は其れなりの力量を持つ魔術師ならば感知されれば気付くので一長一短。

 

 だがこの館に魔術師は居ない。照明に魔法の光球を使用していない時点で魔術師が居ないか少ないかの判断は出来た。バーリンゲン王国自体に魔術師は少ないし、質も余り良くは無い。

 

 

 

 宮廷魔術師クラスもそうだが、宮廷魔術師団員クラスもだ。貴族のお抱え魔術師も殆ど居ない。辺境まで来て働いてくれる魔術師は殆ど居ないのだろう。

 

 人材の枯渇っていうのかな?基本的に人口が少ないと魔術師も少ないよね。血筋の問題もそうだが、魔術師を多く輩出する家系とかの抱え込みとか色々と必要だけどさ。

 

 そもそも数が足りない。好待遇で必要とされるから中央への流出が止まらない。留めるメリットを提示出来ないとか、根本的な問題の解決は厳しいっていうより無理か……

 

 

 

 薄暗い廊下の先に光が漏れている扉が見えたので、気配を消して近付く。このエリアは厨房とか倉庫とか使用人の働く区画、光の見える部屋にいるのは使用人だろうか?

 

 感知魔法では五~六人の反応が確認出来た。建付けが悪く木枠と扉に5mm程の隙間が有るので、音を立てずに近付いて部屋の中を覗く。幸い一階の為に廊下は石貼りで歩いても音はしない。

 

 二階は音を立てずに移動するのは至難の業だな。さて、中を覗くと……使用人達の遅い夕食か。テーブルに男女六人が向かい合わせで座っているのが見える。

 

 

 

 黒パンにスープ、茹でたジャガイモだけの質素な食事だな……

 

 

 

『領主様は、蛮族と手を組んだみたいだが大丈夫なのか?俺達まで同じに見られてやられたりしないよな?』

 

 

 

『文句を言った奴は全員捕まって、何処かに連れ去らわれたろ?どっちにしても巻き込まれたのは同じだよ。なら、給金の高い方に付けばいいさ』

 

 

 

 ん?やはり強欲で好き勝手していると噂の領主は、カシンチ族連合と手を組んだのか。配下や使用人の扱いは悪くない、待遇が良いから愚痴は言えども裏切らない。

 

 

 

『まぁ食糧事情が厳しいのに質素でも三度の食事にありつけるんだから、悪い領主様じゃないさ』

 

 

 

『そうそう。街の外じゃ食い物が不足して奪い合いが酷いらしいぜ。配給とかは、嫌だけどな。自由に買い物がしたいが、如何せん物が無いから無理なんだ』

 

 

 

 そう言ってスープ皿をスプーンでグルグルと搔き回している。マナー的にはアウトな行動だが、辺境の使用人のマナーにまで拘る必要は無いな。

 

 自分だって単独行動の時は屋台で買った串焼き肉を食べるとか、上級貴族としては割とアウトな行動をしているし。マナーって必要な時と場所で振舞えれば良いって思ってます。

 

 マナーに拘り過ぎるのは軍属としてはマイナスでしかない。現場主義って言われても、戦場でマナーを重視した食事をしろとか偶に居るけど普通はしない。

 

 

 

『だが、憎い蛮族と一緒っていうのがな。奴等の扱いが、俺達と同じっていうのは我慢ならないぜ』

 

 

 

『まぁそこはな。連中も今迄は見下されてきたが、今はもう違うとかいってさ。調子に乗り過ぎだってのさ』

 

 

 

 優越感の問題、差別や格差が縮まったっていうのは差別をしてきた連中にとっては受け入れがたいか。他民族で起きやすい揉め事だな。何方が上なのか?

 

 

 

『はぁーヤダヤダ。俺、明日から領主様と一緒に出掛けるんだぜ。戦争か、嫌になるぜ』

 

 

 

『領主様は既にこの街から出てるだろ?』

 

 

 

 ん?既に出ている?この街に領主は居ない?無駄足だったのか?

 

 

 

『そうだぜ。先に蛮族の所に行ってから、俺達と合流するってさ。奴等、街の中に入る連中を少なくして他は外に居るとかさ。街の中は嫌なんだろうな』

 

 

 

『違いねぇな』

 

 

 

 いや、わははって笑ってるけど、逆に気を遣って貰ってるんだよ。最小限度の人員、多分だが守備兵の手の届かない所への人員補充じゃないか?

 

 例えば、この館の警備とかさ。まぁ僕の侵入は防げないけど、領民達ならば問題無く排除出来る。内乱や裏切りへの対応要員とか?

 

 何だろう。ここの領主、噂は最低だが興味が湧いて来たぞ。そもそも、この国の噂話の信憑性は低い。嘘ばっかりだし、噂が最低なら事実は逆か?

 

 

 

 街の外に居る連中っていったけど、イエルマの街の周辺にはカシンチ族連合の連中は駐屯していなかったか……

 

 

 

『ブレスの街も、そろそろ落とされた頃かもな』

 

 

 

『ソルンもシャンヤンもだろ?全く、蛮族共も遣り手だな。まぁその連中に協力して美味しい所を貰う俺達もな』

 

 

 

 うーん?辺境の街が順番に制圧されているって事か?そんな噂は聞いてないのだが、現地の生の情報って事なのだろうな。

 

 イエルマの街にブレスの街、それとソルンの街とシャンヤンの街。辺境を守る四つの城塞都市を攻略したならば、次の目標は何処だろう?

 

 イエルマの街にはカシンチ族連合の上層部は居ない。今はブレスの街の攻略を行っているが、そろそろ陥落するかもしれない。

 

 

 

 ここの連中は辺境の民を蛮族と蔑んでいるが、彼等の傘下に入っても『協力してやっている。上手く使っている』っていう考えなのか。

 

 ならば、ここの連中に接触して、僕と言う存在を教える必要は無いな。情報を敵味方関係無く売りそうで怖いし、何時裏切るかも分からない。

 

 イエルマの街は現状維持で良い。急いで、ブレスの街に行って街を攻略しているカシンチ族連合の上層部に接触する必要が有る。

 

 

 

 急がなければ駄目だぞ。

 

 

 

 その場で床に錬金で穴を開けて地中に潜り、地下道を掘り進んでイエルマの街から脱出する。ある程度の距離を稼いだら地上に頭だけ出して周囲を確認。

 

 街から殆ど離れていないので焦ったが、特に周囲に人も居なければ監視も居ない。単独か少数なら僕以外でも侵入は難しくない。

 

 防衛には難有りだが、領地として統治しないなら問題は無いのだろうか?辺境の街を各個撃破しているが、既に奪還する勢力も戦力も居ないって事か?

 

 

 

「もう既に無法地帯っていうか群雄割拠時代っていうか放任されているっていうか……新政権の連中に統治能力は皆無って事で良いのか?」

 

 

 

 地方は領主任せで、決められた税だけ納めれば好きにしろ。辺境の部族との抗争は自分達でなんとかしろ。中央は援助もしなければ援軍も出さない。

 

 そんな事で良いのか?って思う程の無責任さだぞ。結局、尻拭いをエムデン王国に押し付ける気が満々なのだろうが、今は民族の全滅の危機だぞ。

 

 見上げた空には満面の星空が輝いている。この場所も、もう直ぐ森に埋まる。それでも見上げて見える星空は変わらないのだろうな……

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 ブレスの街、真ん中に川が流れているとは珍しい城塞都市。かつてストライスの策略により不当に占拠された後に奪還して、カシンチ族連合と接触した最初の場所。

 

 討伐依頼の相手である元殿下三人の最後の生き残りの、コーマが投降してきた街。二回目のザスキア公爵が同行した辺境遠征で最後に訪れた街だな。

 

 人手不足で領主代行までやらされたのだが当時の苦い思い出だね。その思い入れの有る街で、カシンチ族連合と今後について話し合いを行える。

 

 

 

「そう考えていた時期が、僕にも有りました!」

 

 

 

 急いで来たので、ブレスの街の攻略には間に合った。間に合った事は間に合ったが、タイミングが微妙だったんだ。街を守る門が開け放たれて、門周辺で敵味方入り混じった乱戦中。

 

 街を守る門が開放されているので、攻めている側が有利かと思ったが現状は酷い乱戦で何方が優勢か分からない。そもそも敵か味方かの判別さえ分からない。

 

 守備兵は統一の防具かと思えばそうでも無いし、攻めていると思われる方も此処まで来る途中の街か村を攻略し装備品を奪ったのか同じ様な恰好で区別が付かない。

 

 

 

 いや、戦っている連中は明確に敵味方が分かるのだろうか見分け方が分からない。序に言うと、何の用意も無く不用心に乱戦している場所に近付いたので双方から攻撃をされた。

 

 護衛にゴーレムクィーンのアインと四体のゴーレムナイトを召喚し、カシンチ族連合の指揮官に声を掛けようとしたが乱戦で見分けが付かずに近付き過ぎた。

 

 多分だが、双方知らない武装勢力が現れたので敵と判断して弓矢を射掛けて来た。お互い指揮官クラスと思い潰しにきたのは良い判断だとは思うが、短慮過ぎるぞ。

 

 

 

 魔法障壁で弾かれる弓矢に、接近してくる連中は躊躇なく、アインがハルバードを振り回して吹き飛ばす。彼女の周りだけ瞬間的に円形の空白地帯が生まれる訳だ。

 

 だが彼女なりに刃の付いた方は向けずに手加減はしているので、敵味方の区別なく身体が両断される事は無い。最悪、カシンチ連合の連中が間違って攻撃して返り討ちに有っても重症で済む筈だ。

 

 その行動が戦意が高揚し見境の無くなった狂戦士達に恐怖という理性を呼び起こさせる。要は信じられない事が目の前で起こったから思考がフリーズしたって事だね。

 

 

 

「僕はですね。エムデン王国宮廷魔術師第二席、リーンハルト・フォン・バーレイ!カシンチ族連合に加勢に来ました」

 

 

 

 そう言うと近くの連中が攻撃を止めて、それを切っ掛けにか周辺の連中が戦う事を止めて僕に意識を向けて来た。まぁ名乗りはしたが信用されたかは別問題だろう。

 

 だが、未だに武器を手放さない連中に容赦の無い……一応、刃を向けないと言う手加減はしたアインが攻撃を加えると自然と敵か味方かの判断をした連中が行動を起こした。

 

 街の中に逃げるか、その場で勝鬨をあげるか。逃走する連中が、立ち止まって勝鬨を上げる連中より多い。戦力的には防衛側が有利だったのに、何故野戦を挑んだのか?

 

 

 

 まぁその判断は悪手だったが、僕達にとっては助かったので良しとしよう。このまま勢いに任せて押し込むみたいだが、止めた方が良いか?

 

 

 

「いや、止められない、止まらない。そもそも言葉か通じるかも分からないんだった」

 

 

 

 興奮した連中に、幾ら声を掛けても無駄。知り合いが居ないか周囲を確認するも、興奮した男達しか居ない。駄目だ、略奪だけでも止めないと駄目だ!

 

 暴徒と化した連中に冷静さを取り戻させる事が出来るのか?このままだと自分達だけで攻略したんだから、略奪を止める権利など無い!とか言われそうだぞ。

 

 戦争で徴兵された末端の兵士の楽しみなんて略奪しかないし、部族間紛争で恨みも複雑で多い。穏便に済ませる事など出来る訳が無い。それは色々と困るんだ。

 

 

 

「ああ。もう全然ダメダメだぁ!」

 

 


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