古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第919話

 幾つかの倉庫群を巡り必要な物資を全て回収した。普通に三千人規模の兵士と付帯する補給や予備兵力を含めても半年以上軍事行動をしても賄える十分な量となっている。

 

 逆に多過ぎて集積地の場所の選定や警備が問題になりそうだな。一ヵ所に全てを置いて終わりではなく、幾つかの候補地に分割して引き渡した方が良いかも知れない。

 

 事前に使者を送って選定して貰う暇は無く、その場での打合せになるだろう。自分達の支配地域に集積して随時前線に運び込むのが管理し易いだろうし安全かな。

 

 

 

 前線に集積すると敵軍だけでなく領民も野盗に成り代わるから、物資が潤沢だとか知られたら大勢で奪いに来る未来しか見えない。だが、それは状況が悪い。

 

 此方は戦力が少ないので防衛や籠城は一見すると有利な状況に思えなくもない。僕が有る程度の陣地を構築すれば、十分に耐えられるだろう。だが守るべき拠点が多過ぎる。

 

 非戦闘員は各々の部族の里で待機しているのだから全ては守り切れない。一ヵ所に非戦闘員を集める?混乱の元だと思う。連合は組んだが元は対立していたのだから、共同生活が成り立つか微妙だ。

 

 

 

 そしてバーリンゲン王国の連中は軍属以外の領民達も野盗と化して襲ってくる。しかも弱い所を襲って来る。防戦一方で戦力を割いたら勝ちきれないので、此方が襲う側が望ましい。

 

 

 

 というか襲う側にならないと駄目だ。バーリンゲン王国の連中を防戦一方に追い込み、此方の行動を把握させないで常に襲われる恐怖を与えなければ数の暴力を覆すのは厳しい。

 

 間引きが目的なので何もしない領民を襲うのは心苦しいが、暴徒化して略奪に来る連中を対処するだけでは時間も掛かるし被害も大きい。カシンチ族連合には王都を目指して進軍して欲しい。

 

 上も下も責任転嫁が大好きな連中だから、支配者階級に責任と補償と賠償を求めて返り討ちにあうのが理想なのだが……あいつ等って自国の貴族には頭が上がらない癖に、エムデン王国だと王族にまで要求する連中だからな。

 

 

 

 王都を通り越して、フルフの街まで押しかけて来る未来が見える。バニシード公爵の対応に期待するだけだと無理じゃないかな?無理かな?無理だろうな?

 

 

 

 ザスキア公爵には相談したが、後は彼女に任せてくれって言われてしまったので、公爵三家がどう補助するかは知らないんだ。元々政敵として争っていたので簡単に助力はしないのだろう。

 

 そのドロドロとした政争に、僕を巻き込まない為にハブられたと思う。まぁバニシード公爵には思う所も多いし派遣させる国軍の兵士達には手厚い対応を計画したが、彼の派閥の構成貴族連中にはしない。

 

 国家予算だから、国軍の監視下には置かれても命令系統が違う連中への援助はね。基本は自費の無償参加扱いになるのかな?それは呼び寄せたバニシード公爵が考える事だ。

 

 

 

 国家に費用を負担させるべき理由が有れば応じるが、面倒は見るが命令は聞かないじゃ受け入れない。有事の際には指揮下に入りますだと責任が国軍側に移るから余計に嫌だ。

 

 指示系統が厳格化していないと独自の判断で行動するから『うっかり難民の対応を間違えて暴徒化して襲って来ました。返り討ちにしましたが、今後は指揮下に入りますので後はお願いします』とか有り得そうで怖い。

 

 基本的には難民は受け入れず不法侵入は捕縛して背後関係を調べ上げてから、処罰か解放かを決める。貴族が亡命を希望してきた場合は、基本的に却下。

 

 

 

 属国化していたのに政権を奪ったのだから、独立国家として敵国の貴族として扱う事が決定している。

 

 

 

 問題はエムデン王国の貴族と少なくない婚姻関係を結んでいる場合が有り、彼等を頼って来たといわれた場合の対処が難しい。貴族は血縁を重視して、こういう時は血族を頼る。

 

 頼られた方も最大限の助力をする。それをしないと自分が困った時に助力して貰えないから。だが今回は相手は没落し国は消滅するので、見返りも無いし負担しかないし受け入れは害悪でしかない。

 

 だが稀に義理人情に厚く受け入れをしたがる連中が居ない訳でもない。そこは所属する各派閥の当主が言い聞かせて説得させる事になっている。亡命希望の事実を握り潰せば簡単だが、それは出来ない。

 

 

 

 あの手この手で亡命受け入れを要求してくる事は目に見えている。各派閥構成貴族には当主を通じて拒否一択と通達しているが……それでも義憤に駆られてとか信念とか言って受け入れる者も居るだろう。

 

 

 

 モア教との関係も有るし、余り非道な事は出来ない。手っ取り早いのが略奪や暴行などの罪を犯した事を明確に出来れば受け入れ拒否どころか処罰の対象になる。

 

 それは受け入れた側も責任の一端を担う事になる。完全なる善良な連中など居ない国だから、その心配は無いのだが調べる時間と手間が膨大で時間も掛かるし負担が大きい。

 

 エムデン王国は非道な事はしないというアピールが必要だから行うだけで、これだけの負担を強いる連中との縁切りが出来る事だけが救いだよ。

 

 

 

「全く、あの国が隣に有った事がエムデン王国の最大の悲劇なのだろうな……」

 

 

 

 後は前王アレクシク三世の行き過ぎた人道主義というか博愛主義というか、人としての評価としたら善なのだろうが国王として国を治める者としては悪だった。

 

 自国民を優先し国益に沿う事を是とするのが国王として指導者としての必須条件、そこに自国民に負担を強いて他国を救う事は止めて欲しい。

 

 それが善良な国で今後の付き合い方で有益なら良いが、結果的に害悪しか生まない連中をのさばらせる事になった。その失敗のツケを払わされる身になって欲しい。

 

 

 

 賢王とかの名声を欲したのだろうか?僕の操るスカラベサクレに暗殺されてしまったので、その心情は永遠に分からない。

 

 その後任で国を立て直す苦労を背負わせてしまったアウレール王には忠誠を誓うしエムデン王国の繁栄の為なら何でもする。それが僕の贖罪というか自己満足だな。

 

 もう少し、もう少し頑張れば結婚も出来るし長期休暇も貰う。自分の幸せを最優先にした努力の結果が報われる。

 

 

 

 そう考えると僕も人の事をどうこう言える身分じゃないな。まぁ反省はしないし後悔もしない。それが僕と言う英雄(ロクデナシ)なのだから……

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 今回の任務について国内外には秘密となる。まぁ当然だろう。敵対勢力の弱体化の為の工作を宮廷魔術師第二席が行うとかね。問題と言う程でもないが、英雄の看板を背負っているので良い話でもない。

 

 英雄って捉え方が難しい。頭に『自国の』って付けばエムデン王国に対して有利に動くって事でも問題は無いのだが、これに『人類の』とか『人間の』って付くと解釈の幅が広まる。

 

 バーリンゲン王国の連中が曲解して『人類の人間の英雄ならば、樹木で国土を浸食する悪しきエルフ族を討伐しろ!』とか騒ぎ出すだろうな。知るか、僕はお前等の英雄じゃない。

 

 

 

 英雄って、そういう意味で人間の代表みたいな捉え方も出来る。外敵に対して急先鋒で対応しろって思われている?所属とか何もかも無関係で我々を助けろ、英雄様だろ?とか言い出すだろうな。

 

 原因が自分達に有るって事を全て棚に上げて、自分達に都合が良い要求を大声で騒ぎ出す。嘘は平気で吐くし反省もしないし、強欲だし自尊心だけは高い。正直、今回で滅んで欲しい。

 

 その為に準備もしたし苦労もする。今回は最前線で対応するのが、自分じゃないので少し気持ちが楽になっている。いや、本当に気苦労の七割が無くなったよ。頑張れ、バニシード公爵!

 

 

 

 今回の僕の任務は隠密行動、名前は表に出さないし出せない。故に評価にも繋がらないが関係無い。表立って行動し過ぎては、エムデン王国としても困るのだから。

 

 与えられた猶予は半月、その期間内に全てを終える必要が有る。聖樹を使った移動方法が使えなければ無理だが、そのお陰で半月では出来ないだろうとのアリバイとなる。

 

 調べれば分かるとは思うが、常識的に考えて無理だろ!って思われる事が出来れば良い。常識を常に叩き壊していると言われる非常識な僕だから、説得力は低そうだけどね。

 

 

 

 エムデン王国の王都に有る『エルフの里』に来ている。中までは家紋を付けていないお忍び用の馬車を利用したので屋敷から尾行してなければ、僕が此処に来た事は分からないだろう。

 

 精霊魔法を学ぶ為に定期的に訪れて『聖樹』による移動をしているので慣れた。擦れ違うエルフ達とも顔なじみとなり、普通に挨拶を交わすし短いが立ち話をする事も有る。

 

 うーん?エルフ族と馴染んでない?ていうかエルフ族って、一応人間の僕に対してガードが緩くない?レティシアやファティ殿やディース殿が色々と言ってくれたお陰だと思う。

 

 

 

 まぁ僕だけ人間の中でも異常個体って思われているっぽいけどさ。それで関係が円滑になるなら良しとしよう。里の中に流れる水路に沿って、ゆっくりと目的の聖樹に向かって歩く。

 

 日差しも暖かく微風も気持ち良く、流れる水音も心を落ち着かせる。この里のヒーリング効果は凄い、何もしないでずっと歩いていたい気分だよ。

 

 これから単独で非常に難しい仕事に挑むのだが、その前に気持ちを安らげる事が出来て良かった。バーリンゲン王国領に侵入してしまえば、気の休まる時は殆ど無いだろうから……

 

 

 

「リーンハルト、予定時間通りだな!」

 

 

 

「ディース殿、本日はお世話になります」

 

 

 

 何故か民族衣装に着替えて身の丈ほどもある大きな杖を持ったディース殿が聖樹の前で笑顔で待ち構えていた。その姿って完全武装じゃないでしょうか?

 

 代々引き継ぐ先祖伝来の衣装って事は秘められた膨大な魔力で分かります。何処に攻め入ろうとしてるのでしょうか?貴女はバーリンゲン王国と事を構える必要は無い筈ですが?

 

 レティシアとファティ殿が居ない事が少し不安になる。特にレティシアは必ず何処かで合流してくる筈なんだ。僕には分かる、何かを企んでいるのだろうか?

 

 

 

「今日はレティシアとファティ殿は居ないのでしょうか?」

 

 

 

「ああ、あの二人なら先に行っているぞ。何でも、ファティの操る樹呪童も森を広げる手伝いをすると言ってな。喜んで出掛けて行ったぞ」

 

 

 

 はい?森を広める手伝いに行ったの?いやそんなに急いでどうするの?予定よりも森が広がる速度が速まってる?長寿種なのだから、もっと年単位で行動しても良くないかな?

 

 これって、クロレス殿にそれとなく進捗状況を確認しないと駄目かもしれない。予定よりも早く森が広まれば、バーリンゲン王国の連中が気付くのも早まる。

 

 つまり余計な事を仕出かす連中が早めに現れるだろう。こちらも予定を早める必要性が出て来た。忙しくなりそうだぞ。

 

 

 

「ふふふ、笑顔など浮かべてどうしたのだ?そんなに慌てなくても大丈夫だぞ。ファティもクロレス殿の描いた予定には従うから森の浸食の速度が速まる訳ではない」

 

 

 

 え?笑顔を浮かべていた?両手で顔を触ってみれば、確かに唇が弧を描いているのが分かる。これは微笑みでなく恫喝の笑み?あれ?好戦的になる要素って有ったか?無いよね?

 

 バシンと両手で頬を叩いて気持ちを切り替える。無意識に浮かべる笑みでは無いので気持ちの切り替えが必要、力を入れ過ぎて少し頬がジンジンするが関係無い。

 

 そんな僕の行動を面白そうに見ているディーズ殿。彼女も僕の『精霊魔法』の師匠の一人なのだが、その性格は未だ良く分からない。

 

 

 

 レティシアは過去からの因縁、ファティ殿は模擬戦のライバルとして接しているけれど……彼女は良く分からない。強いて言えば、バイカルリース殿に絡まれた時に仲裁してくれた事くらいか?

 

 

 

「そうですか?それを聞いて安心しました。此方の準備も急がせてはいますが未だ万全では有りませんので、少し心配になりました」

 

 

 

「では、ケルトウッドの森まで行こう。レティシアが痺れを切らして待っているぞ。少し進展も有ったらしいしな」

 

 

 

 え?何ですか、進展って?不穏な感じを受けましたが?理由を聞いても、クスクスと笑うだけで教えてはくれなかった。凄く楽しそうなのだが、完全武装といい何か有ると思った方が良いぞ。

 

 もしかしなくても、既にバーリンゲン王国の連中がやらかしちゃった?ソイツ等の対応をディーズ殿も行うとかじゃないよね?いやそうじゃなきゃ完全武装などしないよね?

 

 初っ端から胃が痛い展開は勘弁して欲しい。今回はディーズ殿と並んで『聖樹の指輪』を嵌めて聖樹に触れる。そうすると周囲が眩しい位に光り輝く。何度も経験したが未だ慣れない。

 

 

 

 そして僅かな浮遊感を感じながら背中を強風に当たる様な感じで全体的に押し出され、勢いに負けて数歩前に歩くと徐々に光が収まり周囲の景色が変わっている。それだけで移動完了だ。

 

 目を閉じて眩しい光に耐える。移動が終わった事を感じて目を開ければ、そこにはディーズ殿と同じく先祖から引き継いだ民族衣装を纏った二人が待ち構えていた。

 

 350歳以上の古参のエルフが三人も完全武装で対応する事って何だろうか?もしかしなくても失礼なバーリンゲン王国の連中をぶっ潰すとかですか?

 

 

 

 終わったな、バーリンゲン王国!

 

 


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