古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第916話

 望んでいない、望みも出していない妖狼族の崇める女神ルナ様の御降臨に自分の屋敷内で立ち会うという名誉を授かる事となった。

 

 宗教界では物凄い偉業なのだろうが、僕は全然嬉しくない。ユエ殿曰く、女神ルナ様は浮かれているらしいので余計にだ。

 

 東方には『好事魔多し』の諺も有る。妖狼族の繁栄の真っ最中だけに、ここで一族を導く女神ルナ様には気を引き締めて頂きたいのと無茶振りの無い様に祈りたいです。

 

 

 

 女神ルナ様の無茶振りを心配して、モアの神に祈るのもアレだな。僕も十分、混乱してるし慌てているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 本来、女神ルナ様の御神託を授かる事が出来るのは、満月の夜前後の深夜に妖狼族の神殿内にて美女形態に変化したユエ殿のみである。

 

 そういう手順を踏んで、漸く御神託を授かる事が出来る筈だった。その手順が簡略化されている。満月でなくてもよく、場所も神殿でなくても良い。

 

 もしかして、美女形態に変化しなくても良いのかもしれない。もしも美女化して、それをアーシャが知っていれば膝の上に乗せて甘やかしたりはしないだろう。

 

 

 

 外見から判断すれば、アーシャよりも年上の二十歳前後だから……

 

 

 

 場所はユエ殿に宛てがっていた寝室という、予想はしていたが御降臨の場所は割と自由な感じがしてきて既に頭が少し痛くなってきた。極論から言えば『場所は何処でもいいの?』だな。

 

 参加者は、巫女であるユエ殿、ウルフェル殿にフェルリルとサーフィルの妖狼族達。僕と何故かイルメラさんが屋敷の女性陣の参加権を獲得していた。

 

 大人数で迎えるのも問題は有ると思って人数を絞ったけど、最終的には六人になった。アーシャ達も興味はあったらしく参加者争いに挑んだが、勝者はイルメラさんだった。

 

 

 

 因みにだが勝負の内容は聞いていない。だが、敗北者(アーシャ)達の顔を見れば再戦を挑むとかの感じはしない。つまり惜敗じゃなく惨敗だったのかな?

 

 

 

 一応、身嗜みを整える事と禊(みそぎ)の意味で入浴後に集合となった。幸いだが我が屋敷には複数の広い浴室が有り待たせる事もなかった。

 

 僕とウルフェル殿は一人で、イルメラさんはユエ殿とフェルリルとサーフィルと全員で入浴した。僕は混浴はアーシャとしかしていないので、イルメラさんがお世話しますと言ったが丁寧に断った。

 

 流石に婚姻前に混浴は駄目だと思いますし、では使用人の立場でお世話しますと言われても駄目です。主に僕の自制心の為にお願いしますと深々と頭を下げて諦めて貰いました。

 

 

 

 イルメラさんも嫌々じゃない事が分かったので納得して貰いましたし、少し嬉しそうでした。

 

 

 

「全員集合したので始めて貰おうかな」

 

 

 

 狭くはない客室でも男女六人も集まれば圧迫感は感じる。部屋の配置を少し変えて家具を隅に移動し広めのスペースを確保、流石に女神様をソファーに座って出迎える事は不敬。

 

 ユエ殿以外が壁際で一列に並んで立っていて、部屋の中央で跪いたユエ殿が天井の辺りを見上げて祈りを捧げている。祝詞だろうか?小声で僕の知らないゆったりとした言葉が部屋の中に響き渡る。

 

 雰囲気を出す為か部屋の照明は落とされていて、僕が小さな光を灯す魔力球を複数浮かべている。蝋燭の明かりと同じくらいの光量なので、お互いの表情が辛うじて分かる程度だ。

 

 

 

 何時もは燭台に蝋燭を一本灯すだけなので、今回は少し明るい。

 

 

 

 三分位だろうか?ユエ殿は美女形態でなく幼女の姿のままで子供特有の甲高い声で祝詞を唱えていたが、部屋の中央部分の空間が歪んだと思えば50センチほどの青白い発光する球体が現れた。

 

 暗い部屋に慣れた目に急に明るい光に当てられて、思わず身構えてしまう。青白い発光体は球形から徐々に人の形に変わっていき、最後は妙齢の女性になった。

 

 ユエ殿が平伏したので合わせて頭を下げる。一瞬しか見なかったが、黒髪に茶色の瞳で肌は白く薄く発光している。服装は狩猟の神のイメージが近いのだろうか?純白のドレスの上から銀色の軽鎧を着こんでいる。

 

 

 

 右手に槍を持ち、左手には革製の縄というか鞭っぽい物を持っている。うーん、イメージと少し違う。絶世の美女なのは間違いないが細めた目やキュっと結んだ口元からはキツめな感じを受けた。

 

 これが女神、確かに思わず膝を付きたくなる重圧を感じる。横目で見れば、ウルフェル殿達は平伏している。頭を下げた姿勢なので表情は見えないのだが、感動というか感激というか……そういう感じはする。

 

 生まれた時から崇めている女神ルナ様の姿を直接見れたのだから、感極まったのだろう。サーフィルなど嗚咽が聞こえるから、泣いているのかな。僕はそこ迄の感動は無いのだが、妖狼族にとっては違うよね。

 

 

 

 流石に立場も有るし異教徒だし、平伏する訳にもいかず、だが敬意を表す為に深く頭を下げたままにしている。あと、何だろう?爽やかな匂いが部屋の中に立ち込めている。御香とかじゃない、清らかな森林の中の……

 

 

 

「ユエよ。今回は大人数ですね」

 

 

 

 言葉が耳と頭の中に同時に響く。何という不思議な感覚だろうか?これが御神託っていう事なのだろうか?横目でみたら、イルメラも平伏せずに僕の少し後ろに控えていた。

 

 それはそれでどうなのだろうか?まぁ女神様とはいえ異教の神様だから、一定の敬意は持つが優先はモアの神って事で良いのか?宗教関係の事は全く分からないが、穏やかな表情なので含むモノは無いのだろう。

 

 ウルフェル殿達も感動の最中なので気付いてもいない。まぁ不敬とは言わないとは思うが、少し宜しくない感じかな?

 

 

 

「はい、女神ルナ様。私達の族長と御供の者達、それと御要望でしたリーンハルト卿と御供の者です」

 

 

 

 その言葉を聞いてから下げていた頭を上げると、女神ルナ様と目が合った。向こうも僕を凝視していたという事なのだろうか?女神様と視線が合うとか、どう対応すれば良いのだろうか?

 

 逸らす訳にもいかず、だが見詰め合うのも問題が有りそうだ。暫く見詰め合った後で、深く頭を下げる。直接声を掛けるも憚られるので、自己紹介とかをするのも変だし。

 

 この辺は人族の王様の対応と似てるのだろうか?失礼の無い様に敬意をもって対応する事を心掛ければ大丈夫だよね?

 

 

 

「これは変わった魂を持った者ですね。それに非常に稀な人生を歩んでいます。今迄も、これからも……心しておきなさい」

 

 

 

 え?変わった魂は転生したって事だろうか?非常に稀な人生も転生して二度目の生を謳歌しているって意味か?あと最後の言葉が不穏なんですが、これって僕に対する御神託でしょうか?

 

 声を掛けられたのならば無反応なのは拙いと思い返事をしようとするが、何と返せば良い?何を言えば良いか考える。先ずは御礼だろう。女神ルナ様の言われた事に質問するのは不敬だろうか?

 

 僕の人生は最後まで波乱万丈って事ですか?そうですか?激励まで貰ってしまった感じだぞ。ほら、ウルフェル殿など信じられないといった感じで目を見開いて僕を凝視している。

 

 

 

 妖狼族以外に声を掛けた事自体が驚愕なのだろうな。

 

 

 

「有難う御座います」

 

 

 

 頭を下げて御礼を言う。あと転生を匂わすような余計な事を言わないで下さいと強く願う。多分だが、女神ルナ様にとっては、僕の思考を読む事など簡単な事だろうし、読めないと思う方が異常だ。

 

 

 

「ふふふ、それは申し訳有りませんでしたね。人間の殿方の秘密には興味が有りますが、今は触れずにおきましょう」

 

 

 

「宜しくお願いします」

 

 

 

 ほら、会話が成立したのは、僕の考えなどお見通しって事だ。これにはユエ殿も驚いたのだろう。普通なら巫女である彼女を介しての遣り取りになると思っていたのだろう。

 

 僕もそう思っていた。直接、声を掛けて頂けて更に会話の遣り取りが成立した事に驚いたよ。驚愕から立ち直った、ユエ殿が何故か笑顔を浮かべた。取り繕ったものでない、本当に嬉しそうな笑顔をだよ。

 

 何に思い至って、そんな綺麗な笑顔を浮かべたの?逆に不安が一杯なのですがっ! 

 

 

 

「女神ルナ様、私達の新しい里に神殿を建立いたしました」

 

 

 

『そうなのですか?それは喜ばしい事ですね』

 

 

 

 ユエ殿が本題を切り出したが、女神ルナ様の対応は悪くない。喜ばしい事って返しは、そのまま受け取るならば新しい神殿を受け入れてくれたって事なのだが……

 

 それでは前情報との食い違いが大きい。だが巫女でもない僕が質問する事も憚られる。チラリと見た、ユエ殿の横顔は笑顔を浮かべてはいるが身体は緊張で硬直している。

 

 僕と同じで女神ルナ様の発する神威を感じて萎縮とまではいかないが緊張はしてる。義父達との本気の戦いでの燃える様な殺気とは違う、静寂で暗く寂しくて。それでいて緊張しながらも心休まる不思議な感じ。

 

 

 

『ユエよ。なにを不安に思っているのですか?』

 

 

 

「いえ、不安など有りません」

 

 

 

 ユエ殿、その返しは駄目だと思う。女神ルナ様は僕等の心の中を読む事が出来る。つまり嘘は駄目なんだ。遠慮にしても、その応えは……

 

 思わず彼女達を見てしまったが、ユエ殿は笑みが薄れて緊張味が表に出てしまっている。逆に、女神ルナ様は慈愛に満ちている。流石は長年、妖狼族を導いてきた女神様って事かな。

 

 ユエ殿の悩みの不安も何もかもお見通しなのだろう。その気持ちを知って、その慈愛に満ちた笑みを浮かべられる。つまり、ユエ殿の心配事は問題が無い?

 

 

 

『嘘はいけませんよ。貴女は族長と共に妖狼族を導いていくのが使命なのです。その貴女が不安を抱えて迷ってはいけません』

 

 

 

「はい。申し訳御座いませんでした」

 

 

 

 ユエ殿達が平伏する。妖狼族にとって、女神ルナ様は崇めるに足る存在なのだろう。つまり新しい里の神殿でも御降臨して頂けるか御神託を授けて貰えるって事なのだろう。

 

 女神ルナ様の太鼓判も貰えたので一安心かな?流石に神殿の奥深くに偽者の巫女を用意するのは厳しかったし、万事解決なのかな?

 

 緊張を解す意味で深く深呼吸を繰り返す。息を深く吐き出すと、不安も吐き出した気持ちがする。心が軽くなるって、こういう事なのだろう。

 

 

 

 ユエ殿が心配し過ぎだったのかな?女神ルナ様からも特に浮ついた感じなどしない。妖狼族にとって悪い事など言わないのだろうが、崇める側からすれば不安も感じるって事か?

 

 少し心に余裕が生まれたので、女神ルナ様を改めて見た。ん?最初は背景が透けて見えていたけど今は存在感を感じるのは、実体を伴っているって事なの?受肉した?いやまさかな。

 

 最初から空中に浮いているので重さは感じない。だが人と同じような息づかいまで感じるし、室内で風は無いのに黒髪が靡いている。これってどういう状態なのだろうか?

 

 

 

 失礼で無い程度に視線を向けていたのだが、また目が合った。

 

 

 

『リーンハルトよ、現世で妖狼族を率いる者よ』

 

 

 

「はっはい」

 

 

 

 今度は名前で呼ばれてしまったぞ。しかも現世っていう制限は設けたけど、自分の眷属を率いる者って言った。これってどういう意味に取れば良い?

 

 少なくとも族長や巫女よりは上って意味だとは思う。人間族を妖狼族の上に置くって事を認めたって事だけど、自身の眷属を眷属でない者の下に置いても良いのか?

 

 うーん。有る意味で、エルフ族よりも難しい。彼等も人間族よりも隔絶した力を持った者達だけど、神の一柱よりは未だマシだった。

 

 

 

『そう緊張するでない。長年停滞していた眷属達も、急に活気づいて来た事は喜ばしい事。新たな里に新しい神殿、少し前では考えられぬ事でした』

 

 

 

 はい、そうですね。と追従も出来ない。女神様の眷属達が燻っていたとか同意も出来ない。確かにバーリンゲン王国に所属していた時代では発展など無理だったろう。

 

 現状維持で精一杯、無茶振りをして来る馬鹿共の対応で四苦八苦。良い様に使われて、僕の暗殺の片棒を担がされた事も有る。場合によっては一族郎党皆殺しの未来も有り得た。

 

 その窮地を逆に活かして、僕の配下に納まりエムデン王国に移住して受け入れられて生活を始めた。確かに前と違って未来は明るい。

 

 

 

 まぁ心の中は読まれているので問題無いとは思うが、ユエ殿達の前で無反応も不味い。頭を下げて同意を示す。

 

 

 

『神の一柱としても、新しい環境の変化に戸惑いを感じてしまいます。下界も広いという事でしょう。知らない供物も多く新鮮な喜びを感じています』

 

 

 

 下界って言ったぞ。やはり神々の住まわれる天界と思われる場所が有るのか。もしかしてモアの神も同じ所に居たり?

 

 いや、この考えは宗教論争にまで発展する危険思考だった。反省、もう余計な事は考えないぞ。これ以上の厄介事は正直勘弁して欲しい。

 

 妖狼族と魔牛族だけで許容範囲を越えそうです。言葉にせずに訴えるが、逆に微笑まれて終わり。女神ルナ様の微笑みに、ウルフェル殿達は泣き出した。

 

 

 

 君達は嬉しいだけで良かったね。僕はこれからが本題、グッと両手の拳を握り締めて気合を入れる。

 

 女神ルナ様と交渉とかハードルが高い、高過ぎる。本当に人間族以外との交渉事が増えて、それを一任されている気がするよ。

 

 


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