古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第915話

 自分の屋敷が妖狼族の崇める女神ルナ様が御降臨を繰り返す為に神域化してると知らされた。それを当然と受け止める、イルメラさん達に驚いている。異教とはいえ女神様ですよ?神の一柱ですよ?

 

 ユエ殿の不安の解消について新しい里の神殿には替え玉を置く案が、ウルフェル殿達から出ているが微妙に後から問題が生まれる気がする。とは言え肝心な女神ルナ様の御降臨は兎も角、御神託が授かれないのは問題だ。

 

 新しい里の神殿には女神ルナ様は降臨せず御神託を授けず、王都に有る僕の屋敷には降臨もする。その条件も随分と緩くなり、ユエ殿が自身の存在意義に疑問を抱いてしまった。

 

 

 

 うん、言葉にしたら凄く変だな。自分を崇める巫女より優先される、僕の屋敷ってなに?

 

 

 

 確かに、この屋敷はルトライン帝国時代に建てられたものだし色々な仕掛けも満載だが増築部分は近年の物で女神ルナ様の興味を引くような物は無い筈だぞ。

 

 立地条件か?いやそれもどうだろうか?確かにこの屋敷は貴族街に有るが中心部分からは少し外れている。庭園とかも弄ってはいるが、自然を愛する妖狼族の崇める女神様から見れば人工の庭園。

 

 とても自然豊かとは言えない。何が気に入ったのか直接聞けば良いと思うが、そもそも女神様が人間の質問に答えてくれるかも分からない。逆に気を悪くされるかも知れない。

 

 

 

 女神の気持ちなんて分からないぞ。

 

 

 

「駄目元で聞くけど、この屋敷の何処を気に入ったかとか聞けないよね?」

 

 

 

 答えてくれたら儲けものみたいな感じで聞けないだろうか?これにはフェルリルとサーフィルが呆れた表情を浮かべた。女神に質問出来る稀有な機会に何を聞くのだ?もっと他に有るでしょ!って感じか?

 

 うん、自分で聞いてアレだけど確かにそうだよな。知り合いじゃないんだから、そんな事を伺うとか呆れられても反論出来ないや。もっと他に聞きたい事があるでしょ?ってね。

 

 

 

「その様な雑事を聞く事など……」

 

 

 

「貴重な機会に何を聞こうとしてるのですか?」

 

 

 

「流石です。貴重な女神様に疑問を答えて貰える機会をどうでも良い事に使える。流石は私の御主人様です。さすごしゅです」

 

 

 

 うん。イルメラさんの方が流石です。普通に考えて未来の事でも簡単に教えてくれる可能性があるのに、普通に疑問を投げかけるってどうなの?

 

 フェルリルとサーフィルの態度の方が普通だね。ウルフェル殿は黙って頭を抱えている。筋肉隆々の厳つい中年が苦悩の表情を浮かべているのは、内心で相当な葛藤が有った筈だ。

 

 片方は崇めし女神様、もう片方は仕えし領主。板挟みの苦悩、それは族長としてどうして良いか分からない。僕だって同じ状況に置かれたら悩むしかないぞ。

 

 

 

 まぁ前なら優先度は女神ルナ様なのだろうが、僕にも配慮して貰えるだけの関係性を築けていると思うと正直嬉しく思う。

 

 

 

「いえ、今夜にでも伺いを立ててみます。確かに直接聞ける機会があるのですから、それをしない意味は有りません」

 

 

 

 あれ?ユエ殿は前向きだぞ。もしかしなくても原因を女神ルナ様に直接聞くの?聞いても良いの?

 

 

 

「ユエ様、いくらなんでもソレはどうかと思います」

 

 

 

「女神ルナ様に対して、何故この屋敷に来るのですか?とか聞くのは不敬に当たりませんか?」

 

 

 

「もしも機嫌を損なってしまわれたら一大事ですぞ」

 

 

 

 同族の三人に否定的な事を言われても動じていない。日常会話的な事も今は可能な関係なのだろうか?もしかしなくても巫女としての存在意義がどうこう言う以前に、物凄くレベルアップしていない。

 

 最初は御神託を授かるだけだった筈だが、今は御降臨なされて直接言葉を交わせるんでしょ?ウルフェル殿達は、この異常な事態に気付いてないの?モア教だって自身の崇める女神様の御神託を授かる事は稀だよ。

 

 明らかに今迄の巫女達と一線を画す存在になってるぞ!多分だが控えめに言っても、今の世界の各宗派の巫女の中でも最高位だと思います。

 

 

 

「大丈夫です。申し訳有りませんが、女神ルナ様に今夜御降臨をお頼みしますので今日も泊めて下さい」

 

 

 

 アーシャの膝の上に座っている、ユエ殿がペコリと頭を下げた。自信も有りそうだし問題無く理由は聞けるのだろうな。だが理由を知っても、この屋敷に簡易的でも神殿は建てられないぞ。

 

 いや女神ルナ様の御神託で屋敷内に神殿か簡易祭壇を築けとか言われたら断れるか?それは妖狼族が離反するに足る理由にならないか?いやでも、僕もエムデン王国に属してモア教の信徒としての立場が有る。

 

 まぁ女神ルナ様の事だから、その辺の事も承知してるだろうな。僕の秘密も簡単に知る事が出来る位だし、一応配慮もしてくれているし悪い事にはならないと思いたい。

 

 

 

「それは構わないのですが、大丈夫ですか?ウルフェル殿達も今日は屋敷に泊まって下さい。結果は直ぐに知りたいでしょう。後は女神ルナ様の御意思を尊重しつつ諸問題を擦り合わせましょう」

 

 

 

 物凄く何か言いたいが言えないストレスを抱えた顔の三人に対して、取り敢えず別室を用意するから休んでくれと応接室から追い出す。ここから先は、ウルフェル殿達には聞かれると困るかも知れないから……

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 気持ちを切り替える為に全員に新しい紅茶とカットフルーツを用意させる。結構な重たい内容を話し合わねばならないのだが、僕以外は呑気で気が抜けてしまう。女神様絡みの問題ですが、何故に気楽にしてるの?

 

 頼りの筈のジゼル嬢も特に問題にしていない感じだし、アーシャは膝の上にのせたユエ殿を愛でる事に精一杯だし。イルメラさんは御機嫌で、ウィンディアは目が合ったら笑ったけど実は何も考えていないだろ?

 

 宗教関係で頼りになる筈のイルメラさんは今回限りは頼りにしては駄目な気がする。駄目な気がする、大事だから二回思いました。

 

 

 

「それで、ユエ殿は女神ルナ様の変わり様と今後の事についてですが……どう思っていますか?」

 

 

 

 まぁ直球で聞いてしまった方が良いだろう。彼女も悩んでいるみたいだし、相応の考えを持っている筈だ。先ずは考えを聞き出して一人で悩まない様に言い聞かせる。

 

 その後は問題の洗い出しと擦り合わせを行う。最悪の場合、新しい里の神殿には替え玉の巫女ゴーレムと護衛ゴーレムを数体用意するのはどうだろうか?

 

 カーテンの内側にケープを羽織った状態で控えていれば、早々バレないだろう。喋れないけど、そこは族長のウルフェル殿が代わりに伝えれば良くないかな?無理かな?

 

 

 

 彼の身体的な負担と心情的なストレスは膨大だが、優先度で考えればベストじゃないけどベターくらいか?

 

 

 

「最近の女神ルナ様は少し浮かれていると感じます。確かに妖狼族は今がといいますか、これからの繁栄を約束されています。生活の安定による妖狼族の人口の増加、信仰心の増加など女神ルナ様の御力が徐々にですが目に見えて分かる程に増えています」

 

 

 

 女神ルナ様の力の源は眷属からの信仰心。眷属の数が増えて力を増せば、それに比例して力の源が増加する。妖狼族は弱小国家のバーリンゲン王国から大国エムデン王国に移籍して全ての環境が激変した。

 

 極端に言えば貧しい質素な暮らしから豊かな暮らしが出来る様になった。食生活も改善し健康になり生きる活力も漲っている。生活が安定すれば家庭を持つ者も増えて人口も増加する。子供を産んで育てるには相応の生活環境が必要だから。

 

 人間の社会に交じっての生活は普通に苦労する筈が、僕の配下としての立場と上げ続ける成果。それと、ザスキア公爵の諜報部隊によって良い噂話を広めているのでエムデン王国の国民と良好な関係を結んでいる。

 

 

 

 結果的に、これからもっと繁栄する事が約束されている。

 

 

 

「そうだね。これからの妖狼族の繁栄は約束されている。彼等も明るい未来に信仰心も活力も漲っているだろうから、女神ルナ様の力も増えれば喜ぶだろうね」

 

 

 

 信徒数から言えば、モア教の方が圧倒的に大多数だけどね。妖狼族は少数だし、これから増えてもモア教の信徒数を越える事は無い。そもそも条件が全く違うから。

 

 

 

「はい。多分ですが力が増えた事により御降臨なさる事も可能となったのでしょう。前は御神託として姿を見せて頂き一方的に言葉を授かるだけでしたが、今は会話をする事も可能となりました。

 

それと捧げる御供物の質も品も良くなりましたので、大変喜ばれています。特にフルーツなどの珍しい食べ物を好みます。幸い王都の流通は素晴らしく、珍しい食べ物に困る事は有りません」

 

 

 

 うーん?珍しい食べ物?確かに神様が金銀財宝を欲しがるって言うのは、神に仕える者が欲しがっているのであって神様はそんな俗物的な物を求めていないって聞いた事があったかな。

 

 仕えし連中が神様が欲しがるだろうとか考えて代わりに要求する。生贄だって怪しい、邪神ならともかく善神が信徒の命を寄越せっていうのも理解が出来ない。理解したくない。

 

 一番大切な物を捧げる必要が有る。それが分かり易い金銀財宝や人の命って事で、命は捧げると無くなるけど金銀財宝は残るから着服する奴が居る。

 

 

 

 それが腐敗だな。神の声など聞こえないし神の存在自体を信じてないのに代弁者を気取る詐欺師は多いが、ユエ殿は例外中の例外で女神ルナ様と意思の疎通が出来る。

 

 その彼女が、女神ルナ様が浮ついていると感じたのなら本当なのだろう。信仰を捧げる女神様に対して、少し浮ついているとか思える事も凄いぞ。普通なら恐れ多くて無理だぞ。

 

 しかし、浮ついた女神様か……どういう対応をすれば良いのか全く分からない。だが何となく王都から田舎とは言えないが賑やかでない場所に移る事がお気に召さない感じなのか?

 

 

 

「新しい里にだって、エムデン王国の流通網はしっかりとしているから定期的に新鮮な御供物を届ける事は可能だよ」

 

 

 

「そうですね。ライラック商会様の御尽力で今も色々と御供物を取り寄せていますが、新しい里に届ける事も問題無いとは聞いています」

 

 

 

 ライラックさん達なら問題は無いな。今ではエムデン王国でも一二を争う大商会になっているが、堅実で誠実な商いをしているので評判は凄く良い。傘下の商会の手綱も上手く握っている。

 

 今なら時間と費用は掛かるけど大陸中の品物を取り寄せる事も難しく無いだろうな。でも変な果物とかも取寄せて献上してくるのは少し困る。スターアップルとかキワノとか……

 

 それにミルクフルーツって何だよ!皮を剝く前にモミモミするって何だよ。つまり揉むんだよ、名前と連動すれば立派なセクハラだよ!

 

 

 

 まさか、女神ルナ様にも御供物として提供してないよね?女神にセクハラとか有り得ないんだけど!

 

 

 

「そうですか。御供物については、僕も微力ながら助力しますので心配しなくても良いですよ」

 

 

 

 食べ物で良いんだったら全然問題など無いね。それこそ大陸中からだって珍しい食べ物を集めてみせるよ。

 

 

 

「本来ならば女神ルナ様の言葉は絶対で反論や代案など論外でした。ですが今の女神ルナ様ならば、何を考えているのか……そのお気持ちを尋ねる事も可能でしょう」

 

 

 

 やはり彼女は巫女としてレベルアップしている。前は御神託を一方的に授かるだけだったが、今は女神ルナ様と意思の疎通が可能とか凄い事を言い出したぞ。

 

 

 

「女神ルナ様の御心を知る、物凄い事だね。宗教関係者が聞けば羨ましがって、ユエ殿に問い合わせが殺到するだろうね」

 

 

 

 モア教を除く似非の多い宗教家達にとって、凄いネタだからね。是が非でも、その秘密を聞き出そうと躍起になるだろう。別の意味でも、ユエ殿の護衛は厳重にしなければならない。

 

 それこそ妖狼族が守る里の神殿の奥深くに居て欲しいと思える位にはね。だがそれは解決策にはならないし、彼女の気持ちも全く考慮していない。

 

 まぁそれはそれとして、早急に護衛特化のエルフシリーズを錬金して護衛させるか?身代わりゴーレムの件も有るし、良い案かも知れない。

 

 

 

「それは遠慮します。それと女神ルナ様は次の御降臨の際には、リーンハルト様も呼ぶようにと指示されています」

 

 

 

 え?異教の女神様の御指名で御降臨に立ち会うの?流石に動揺を隠せないし不安も有って参加者を見回してしまったが、誰も動揺していない?

 

 あれ?これって僕以外の連中って事前に知らされていたんじゃない?イルメラさんの自然で自然じゃない笑みを見て確信した。

 

 ユエ殿は既に根回しを終えている。今夜、僕と女神ルナ様との会合?初顔合わせ?いや御降臨に立ち会うか?は予定されていたんだ。

 

 

 

 今夜、多分だが人間族として初めて妖狼族の崇める女神ルナ様と直接会う事になり言葉も交わす事になるのだろう。いやいやいや、有り得ない事だぞ。

 

 他の人に話しても信じて貰えないだろうし、アウレール王に報告も出来ない。もしも報告したら、モア教関係者にも公式か非公式か分からないが情報は流れる。

 

 いっそ夢だと思いたいのだが、非情な事に現実だよ。現実逃避も不可能だよ。ヤバい、胃がシクシクと痛んできたし目の前が暗くなってきた。

 

 

 

 このまま気を失って倒れられたら幸せだと思うが、それをしても問題の先送りにしかならない。嗚呼、イルメラさんに抱き着いて匂いを嗅いで心の安定を試みたい。

 

 だが現実は非情で、イルメラさんは事前に知っていて受け入れているというか女神ルナ様に会う事を良しとしている感じがする。

 

 あっ!そうだ、ジゼル嬢がいるじゃないかと思い彼女の方を向けば、目の間を手で揉んでいた。悩みはすれども反対はしない。そんな感じだぞ。

 

 

 

 気が付けば、ユエ殿が膝の上に乗って不安そうな顔で見上げている。嗚呼、これはもう逃げられないって事なんだな。

 

 

 

 気持ちを落ち着ける為に、ユエ殿の頭を撫でる。今夜、希望も要望も出してない女神様に御拝謁?する事になろうとは思いもしなかったよ……

 


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