古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第912話

 戦争の為の援助物資といっても多岐に渡る。使用頻度の高い武器や防具、治療に必要な医療品、食事には食材と調理に必要な水や煮炊きに薪も必要になる。

 その他にも食器や衣服、日常生活に必要な物の殆どを消費するのが戦争という行為。生産性が無いって言われる所以だね。だが勝つ事による効果は高い。

 そもそも負ければ存亡の危機なのだから採算度外視で勝つ為に資機材を投入する。採算とか言えるのは侵略行為か、そもそも必要でない戦争とかだろう。

 

 貴族でありがちなのが、見栄で争うとか名誉を掛けてとか。当人以外に益の無いか少ない理由が多い。その場合は無駄とか言う気持ちも分かる。

 

 今回は民族の存亡が掛かっている。負ければ全てを失う事になる。バーリンゲン王国の連中は……って頭に付くけどね。

 エムデン王国として、属国の傀儡政権を倒した連中は明確な敵。そして彼等と敵対しているカシンチ族連合は、敵の敵は味方理論で考えて援助する必要が有る。

 正直、拗れに拗れた関係の連中と和解も和睦もする必要性が見出せない。正常な関係に戻れるとも思えないし、戻す労力を考えると……妥協に妥協を重ねる未来しか見えない。

 

 そして不利益を負わされるのはエムデン王国側だろうし、直ぐに約束を反故にして更なる要求を突き付けてくる事が目に見えている。

 

 地続きの隣国に対しての軍事や外交、その意味を考えられないバーリンゲン王国の統治者って何なんだろうか?バーリンゲン王国の立場になって考えてみる。

 国力、低い。特産品、無い。国土、狭い。民度、低い。人口、少ない。産業、これといって無い。食料生産性、自給自足出来ている。これは唯一と言って良いのか?

 まぁ独立国家で自給自足が出来ない国など珍しいというか、基盤産業である農耕を疎かにする国は国として成り立たない。

 

 辺境に追い込まれたカシンチ族達が政権を奪えない理由がコレだな。食料が乏しい、自給自足が出来ない。立地的に他国から輸入出来ず、バーリンゲン王国を頼るしかない。

 その辺は理解していたので、長きにわたり支配出来ていたのだろう。だが、今回のエルフ族絡みの事で根底の食糧自給が不可能になる。

 確かに森は豊かな恵みを与えてくれる、少数であれば生活も成り立つだろう。だが森だけでは人間は生活が成り立たない。人間の繁栄には大量の食料となる穀物が必要不可欠だから。

 

 話が逸れたが、バーリンゲン王国は贔屓目無しに見れば弱小国家でしかない。大陸の先端、国境が接しているのはエムデン王国のみ。国力は倍以上の開きがある。

 普通ならば外交で友好を保ちながら情報を集め、国境付近の戦力を充実させて攻め辛い状況を作ると思う。正直、占領しても旨味の無い国など良くて属国扱いか放置だろう。

 自国に倍する国家に対しての敵対行動とは、攻め込まれるリスクを冒してまでする事とも思えない。まぁ現状維持では何時か滅ぼされるという危機感も有ったのだろう。

 

 自尊心は異常に肥大化している連中だから、自己評価にエラーが生じたんだな。

 

 自国だけで勝てないのならば、周辺国家と共謀して戦力を増やす事は有効。主導権を握れればだが、ウルム王国を上手く扱うつもりが、逆に上手い様に扱われたのだろう。

 婚姻外交を結んで挟撃する。一見、良い考えだが、エムデン王国は二方面作戦も可能な戦力を有していた。情報収集を怠った故の失敗だな。何をしても無駄だった。

 拗れた関係だったのに、すんなりと属国に収まった手腕は見事だった。だが、その後の行動が駄目過ぎて駄目だった。駄目だ、思考が逸れてしまう。

 

 だって、駄目過ぎるから……

 

 僕が、自分の力を使わずにバーリンゲン王国の力だけで対抗する。劣悪な状況だが、どう動いたら正解だったのだろう。

 

 現状は駄目過ぎて詰みの状態なので、時期を婚姻外交の更に前まで遡って旧コトプス帝国が滅亡した後にする。

 この時期のエムデン王国は前王アレクシク三世の失策を現アウレール王が何とか持ち直させてコトプス帝国を下し一息ついた時期。更なる戦乱は控える風潮だったろう。

 その時のバーリンゲン王国は何をしていたか?密かにコトプス帝国と通じていたが、直接的な支援はしなかった。何故か?直接的に侵攻などすれば逆に押し返されて負けるから。

 

 うーん、バーリンゲン王国は、その戦力の大多数を辺境の警戒に張り付けていたから動かせる戦力が少なかった。国境警備の連中を見ても練度の低さは理解出来た。

 欲に駆られた貴族の私兵が散発的に攻め込む位で組織だった侵攻は出来なかったし、仮に侵攻したとしても王家が侵攻軍を纏められたかと言えば疑問だな。

 直轄軍は辺境の警戒で動かせない。貴族の私兵は制御出来ない、下手に攻め込めば完全に敵対してしまう。故に動かずに謎の自信で強請り集りに精を出したが、アウレール王は無視という拒否をした。

 

 そこで謎の自尊心が傷付けられたと逆恨みが発生、原因は自分達以外で自分達は悪くない。そう考えられる思考が理解出来ない。

 

 うーん、外に目を向けるのは無理。先ずは国力を増強する方向に切り替えたとしても、問題は多い。問題しか無い。

 方針を立てて予算を付けて指示しても中抜きが多くてまともに機能しない。予定よりも成果が低いし悪いし、元々予算が少ないのに少ない予算を横領されたら堪らない。

 汚職と賄賂が貴族の嗜み位に思っている。粛清すればバーリンゲン王国の貴族の殆どが居なくなる。働き手が居なければ国家は運営出来ない。

 

「うわぁ何をしても無駄って凄いよ。逆に独立国家としての体裁を長らく整えていた事に驚くしかない」

 

 ウソだろ?よく国として存続していたな。普通に考えたら有力貴族達が独立して覇を争う群雄割拠時代に突入じゃない?

 いや、他人に寄生して旨い汁を吸う連中だけに、寄生先の国の存続には留意していたとか?寄生虫は宿主の健康状態について、割と正確に把握するらしいし……

 結論、やはり滅んだ方が良い連中だな。辺境の連中だが、一部の指導者階級の連中としか直接会ってないが普通だった。エムデン王国に対して変な特権意識が無いだけでも良い。

 

「自分で考えていて何だが、どうにもならないってスゴいぞ」

 

 仮に僕の力を十全に使うとしたら、どうだろう?

 

 速攻で辺境を平定、不安な背後の安全を確保。国力の増強の為に王家直轄領の灌漑事業を推し進める。先ずは王権の強化が必須、最悪全ての貴族が敵対しても勝てるだけの戦力増強は必須だ。

 信用の置ける部下の確保と育成、影の護衛達とか王家に忠誠の厚い連中も少数だが居る。彼等を増やして官僚達の監視を任せる、不正は厳罰だが報酬を大目にすれば効果は有る筈だ。

 欲に目が眩んだ貴族達が干渉して来るだろう。そんな連中は攻め滅ぼして領地は没収、だが領地の運営に手が回らず人任せになってしまう。つまり普通の能力の人手が足りず健全な国家運営は出来ない。

 

 まだ地方領主として限られた自分の領地だけの健全化を図るならば可能だと思うが、国家規模だと無理。真面目な人手が足りず圧倒的に人材不足、改善は難しい。

 基準を下げても、それ程の変化も無いだろう。そもそも無能だけでも問題なのに、汚職に手を出されればマイナスだ。居ない方が良いが、そもそも役人が居なければ国は機能しない。

 仮に不正貴族をどうにかしても、国民も碌でもない連中だから困る。強権で押さえつけても反発する。何故なら、平民階級でもエムデン王国の貴族に対しては強気だから。

 

 自国の貴族に同じ事をすれば処罰されると理解していても、エムデン王国の貴族にしても良いと本気で思っている。これは異常事態だぞ。だから危険な思想を持っている連中の粛清が必要になる。

 仮に共和制を敷いたとして、国王の代わりに選ばれた代表が国家を運営していくとしても、その代表に対して平民階級が物申すとかになれば……体制自体が成り立たない。

 悪い意味で奇跡みたいな連中だが、もう配慮も遠慮も不要になった。そもそもエルフ族と敵対した時点で終わっている連中だから、せめて同族に介錯された方が未だマシだろう。

 

「一人だと余計な事しか考えないな」

 

 久し振りに暇になり、ボーっと考え事をしていた。現状の再確認としては良かったが、余り面白くも無い事だった。

 一人で考えたくて昼休み中に王宮の中庭で寝転んで思考に耽っていたのだが、そろそろ女官や侍女達の包囲網が狭まって来たので撤退しよう。

 一応休憩時間なので気を遣って放置しておいてくれたのだろうが、三十分以上も昼寝していれば気になるだろう。

 

 でも執務室に設えた休憩室で仮眠をとるのもなぁ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 援助物資が集まりつつある。物資の移動は他国の諜報連中にとって最優先で調査する事だろう。少し迂闊だったと反省している。建前は旧ウルム王国の平定に必要な備蓄とした。

 実際に各領主には備蓄を推奨し各地に備蓄用の倉庫を建設している。まぁ必要な事なので、少ししか調べない連中ならば誤魔化せるだろう。だが少しでも賢い連中は誤魔化せない。

 動かされる物資の品目で、何処で何をしたいのか推測出来る連中も居る。故に援助物資の中の武器と防具については、僕が品質を下げて錬金する事で対応した。

 

 普通に武器や防具を大量に集める事は軍事行動の準備として疑われる。なので王都の鍛冶ギルド本部に常識の範囲内で発注し生産した武器や防具は援助物資にはせずに分配した。

 流石に武器や防具が全く無しでは軍事行動は出来ない。戦争になれば徴兵した連中には貸与する物だし、個人所有の武器や防具を持参して参戦する連中など騎士か正規兵位だ。

 彼等を動かす事は物資を動かす事よりも察知され易い。あとは国内で買い集めるだけでなく周辺諸国からも取寄せている。それらは直接、旧ウルム王国領に運び込んでいる。

 

 これだけの欺瞞工作を講じても、一部の連中にはエムデン王国は怪しい行動をしていると疑われるから嫌になる。

 

 戦勝気分も抜けてきて落ち着きを取り戻してきている現状で、復興支援以外に軍事行動を準備していると疑われる。そうすると何をしようとしているか普通は考える。

 一番疑わしいのは、属国であるバーリンゲン王国を奪った反乱軍の鎮圧だろう。この情報は既に大陸中とは言わないが近隣諸国には広まっているし、各国から問い合わせも来ている。

 『奪還するのならば協力したい』とね。協力には見返りが必要で、奪還した土地は与えられないから他の物を恩賞として与える必要が有る。

 

 援軍として兵力を送られるのも困る。エムデン王国の対応は国境の封鎖だけで、その他の事はカシンチ族連合に丸投げ。そしてエルフ族がバーリンゲン王国領を森に埋める。

 周辺諸国の対応は外交部門に任せるとしてって、今の外交担当って僕も一部担ってたけど……ニーレンス公爵に相談だな。諜報関連はザスキア公爵、軍事関連はローラン公爵。

 役割分担をして引継ぎをして、僕はバーリンゲン王国領に乗り込む。バニシード公爵?国境警備の担当者ですね。現地に張り付いて貰いましょう。

 

 準備も整いつつあるし、再来週位に出発かな。その前に、クロレス殿の所に途中経過と対策の報告に行った方が良いかな。聖樹を利用すれば、移動のロスは殆ど無いので助かる。

 序に森の進捗具合とかも確認するか…あっそうだ!援助物資も持ち込んで報告してから、そのまま辺境まで移動すれば時間も距離も稼げるので丁度良いぞ。

 フルフの街の状況も確認したいけど、それはバニシード公爵に丸投げすれば良い。うん、我ながら良い案だな。

 

 

 


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