古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第905話

 時間との戦いとなるだろう、バーリンゲン王国の『国土森林化計画』対策。辺境のカシンチ族連合に助力し、現体制である独立したバーリンゲン王国の貴族及び国民達と戦わせる。

 共に過去の因縁が有り相容れない連中なので、何方かが亡ぶまで戦いを止めないだろう。だが現状でも弱体化したバーリンゲン王国より弱い。圧倒的に人数が違うから。

 カシンチ族連合だが、ザスキア公爵が集めた最新の情報では兵力は総勢でも二万人。一見多そうだが予備兵力も全て投入した数字だ。それも戦える者という括りなので子供も老人も含まれる。

 

 非戦闘員は数倍は居るだろうが、戦力にカウントは出来ない。それに対してバーリンゲン王国は正規兵の他に貴族が抱える私兵も居る。奪う事が大好きな領地持ち貴族の私兵は多い。

 多分だが公表している人数よりも多い。まぁ辺境で蛮族と戦いを繰り返す連中よりは練度は低い。下手をすれば街のチンピラか最下級の冒険者程度でしかない。だが数の暴力は馬鹿に出来ない。

 それに対して辺境の連中は過酷な生活を耐え抜く事で地力が鍛えられて強い。だが物資が乏しく多くの戦力を動かせない事が弱点、人は食わねば生きて行けないし力も発揮出来ない。

 

 痩せた土地で奪い合いもしていた悪循環を前回の元殿下討伐の時に改善した筈だが、約束させたのは前政権だからクーデターを成功させた連中は反故にしただろうな。

 つまり今は物資が足りない状況、幾ら連合として一つに纏まっても動員出来る人数には制限が掛かってしまう。これでは勝てないし、勝てても被害は甚大で勢力の維持すら難しい。

 元々貧しい土地だが、『国土森林化計画』が成功すれば豊かな土地に変化するだろう。元々森とは、豊かな恵みを与えてくれるのだから……

 

「辺境のカシンチ連合へのテコ入れ。武器や防具、食料に医療品など必要な物は多いわ。現地の商人からの入手は不可能、前に不平等な取引を止めさせましたが元に戻ったと考えた方が良いでしょうね」

 

 ザスキア公爵が一番の問題点をあげる。確かに共食いさせるにしても嗾けるにしても、必要な物が無ければ話にならない。彼等の弱点は生産性の弱さ、自給自足が出来ない事。

 生命線を敵対している相手に握られているから、今まで辺境に押し込まれていたんだ。パゥルム女王が政権を担っていた時は改善したが、今はもう元に戻っているだろう。

 強欲な貴族や商人達が儲けの少ない取引を続けるとは思えない。残念ながら一年も保たずに元に戻っただろう。その期間に備蓄が出来たかも微妙、元々外貨獲得が乏しいから資金が無いから。

 

「物資を運び込むにしても問題は多いぞ。海路は危険度が高い、陸路は敵地を横断しなければならない。奴等ならば野盗のように援助物資の強奪に動くだろう」

 

「援助物資を護衛する部隊を付ける位ならば、最初から我々が間引きをすれば良いのではないか?」

 

「軍属なら殲滅させるのは問題は無い。だが間引き対象には……」

 

 ニーレンス公爵が言葉を濁したが、間引きの対象には国民も含まれている。所謂、非戦闘員を自国の兵士が害して良いか?普通に非道な行いなので駄目だ。主に、モア教対策として。

 民間人の虐殺と捉えられてしまうのは、エムデン王国の正当性が失われる暴挙。故に国境を封鎖し長年に渡り兵士も民間人も区別無く、いがみ合う連中同士で争って欲しい。

 その過程で亡くなった者に対しては、エムデン王国は関与をしない。もう宗主国と属国の関係ではないので、独立国家に対しての内政干渉になるから。

 

「海路は野生のモンスターが跋扈していて安全な航路を確保出来ていません。船団を率いて行くには危険が大き過ぎます。逆に陸路も敵地を補給物資を満載した馬車で横断するので危険が大きいです。

実際に僕も単独で移動しましたが、野盗の襲撃が多数有りました。しかも領主が野盗に『私掠免状』まで発行していました。冒険者ギルド本部も絡んでいます」

 

「つまり国中が野盗と考えて良い訳か。どうしようもない屑だな。とてもじゃないが、そんな連中の受け入れなど出来ないぞ」

 

 普通の村の連中でさえ立ち寄ると、村ぐるみで野盗に変貌する位で大変でしたって話した時の参加者の顔は凄い事になっていた。あのバニシード公爵でさえ、僕に同情の視線を送ってくる位だぞ。

 仮に輸送部隊を送り込んでも、周辺全てが自分達を襲って来るとか考えると精神的な損耗が凄い事になる。相応の護衛を張り付ける事は可能だが、それでは軍事侵攻と変わらない。

 国家間の戦争ともなれば、民間人の扱いにも一定の決まり事が有る。まかり間違って勝ってしまえば……いや普通に勝てるけど、勝てば敗戦国に対して支配するという罰ゲームが発生する。

 

「最善なのは国境を厳重に封鎖し内政干渉だからと難民の受け入れを拒否、連中を争わせて間引きさせカシンチ族連合を勝たせて政権を担わせる。独立国家扱いにして、負けた連中の対処も任せる。

元々憎しみ合っている連中だから敗者の扱いが過酷になっても口は出さない。憎しみの連鎖を自分達の手で終わらせられるならば、反対はしないが否定もしない。エムデン王国の国益に叶うからな」

 

「だが支援物資の輸送が出来なければ成立しないぞ。輸送は厳しい、だがカシンチ族連合には戦って欲しいでは無理だろう」

 

 僕に参加者全員の視線が集まる。まぁ膨大な空間創造のギフトを持つし既にバーリンゲン王国中を単独行動しているからな。序に言えば、カシンチ族連合とは知らない仲じゃない。

 僕は最優の候補者だろう。どちらにしても妖狼族を率いて、魔牛族を迎えに行かないと駄目だから都合が良い。途中まで一緒に行けるし、彼等の活躍の場としても丁度良いし。

 あれ?魔牛族の件って報告済みなのかな?リゼルはエルフ族絡みの件は滞りなく報告してくれたが、魔牛族の件は同じ様に報告してくれたのか?

 

 また異種族絡みですが、僕が魔牛族も引き取りますとか大丈夫なのか?

 

「えっと、魔牛族の件ですが……」

 

 魔牛族の名前を出す。特に参加者の過剰な反応は無い。これは知っていると思うべきか、聞かされてないと思うべきか?

 ザスキア公爵が不機嫌になったのは、リゼルが要らぬ事まで報告したからだろう。ニーレンス公爵とローラン公爵は初めて聞きましたみたいな少し驚いた顔をしているけど、本当に知らなかったの?

 逆に、バニシード公爵は本当に知らなかったのだろう。小声で『また異種族の連中を抱え込む気か?』とか零したし、妖狼族の事を良く思っていない事が分かる。

 

 人間至上主義者ではないが、俺様が一番な感じがするので正直気に入らないのだろう。ロンメール殿下やグーデリアル殿下は知っているので特に反応は無いが、アウレール王は考え込んでいる。

 妖狼族の件は戦争のゴタゴタの際に強行した様な感じだったが、今回は未だ余裕が有る。有力な異種族を二つも僕に任せるのは問題が有ると考えたのだろうか?つまり、両殿下かリゼルから報告は行っている?

 実際の所、魔牛族の面倒を見る事はエルフ族の意向でも有る。クロレス殿に念を押されているし、他の貴族に任せる訳にはいかないんだよな。困った事にさ。

 

 誰かに押し付けたとか奪われたとか変に受け取られたら、それこそ『人間VSエルフ』からの『人類は滅亡しました』だよ。笑えないけど、実際の実力差から言えば有り得るんだよな。

 

「その、魔牛族の里も森に覆われる訳ですから当然移住は必要です。その移住先にエムデン王国内を希望しています。ケルトウッドの森の、クロレス殿からもお願いをされていまして……その、アレですが……」

 

 段々と言葉が出なくなるのは、ザスキア公爵から発せられる圧が強くなっているからです。武闘派じゃない筈なのに、義父達に勝るとも劣らない強いプレッシャーを感じますですハイ。

 バニシード公爵がニヤニヤして見ていやがる。異種族の有力部族の面倒を二つも見る事に対しての反対よりも、僕が困る事の方が大事って事なの?困っている政敵を見るのが楽しいって事なの?

 胃がシクシクと差し込む様に痛くなってきた。だが拒否も放置も他人に任せる事も出来ない。何とか強がって笑顔を浮かべ……あれ?この状況で笑うのはアレか?真面目な顔の方が正解か?

 

「妖狼族の前例が有り上手く従えている、リーンハルト様の所で面倒を見て欲しいって事よね?」

 

「もともと妖狼族も魔牛族もケルトウッドの森のエルフ族に従属していましたので、クロレス殿の意向は優先すべきと思います。幸い、妖狼族は彼の国の地理に詳しいので移住の手助けには最適です」

 

 この言葉に、ザスキア公爵の片方の眉が跳ねた。もしかしなくても、リゼルはザスキア公爵にミルフィナ殿の事は話しているのだろう。流石に、エアレー達の事は知らない筈だ。

 幼女三人が側室候補だったとか聞かされたら、何をされるか分からない。僕は幼女愛好家では無いし、多情でも無いので育つ迄は待つとかでもないのです。物凄い誤解を生みそうな話題は避けたいのが本音です。

 まぁ実際の所、ミルフィナ殿と移民の受け入れの準備を進める事は約束している。この場で宣言して決めてしまうのも良いだろう。エルフ族絡みは断れないから仕方無いのです。

 

「つまり妖狼族と同じく、リーンハルトが魔牛族の面倒も見るという事だな」

 

 アウレール王の言葉に頷く。僕に拒否権は無いし、参加者だって代案など出せないだろう。国土の森林化という反則技を繰り出せるエルフ族の意向を無視出来る理由が有るならば教えて欲しい位だし。

 全員が黙って腕を組み考え始めたアウレール王を注視する。国王の決定には逆らえないが、もしもエルフ族の意向を跳ね除けるならば相応の理由が無ければ諫めなければならない。

 何故なら、国が亡ぶから。笑えない、大陸一の最大国家なのに笑えない。だが全員がそれを理解している事は分かる。さもなくば最初から反対だと声高に騒いだ筈だ。

 

 あれ?でもロンメール殿下には思いっ切り反対されなかったかな?

 

 それから幾つかの質問を出されて分かる範囲で正直に答えた。マドックス殿の件や同行していた襲撃部隊の末路、移動中に襲ってきた野盗共の事。エアレー達以外の事は全て答えた。

 フルフの街の地下の軍事施設の件も話したが、既に存在自体は知っていたので調査が出来なくて残念位の反応だった。逆に移動中の錬金製の地下室の方が興味が大きかった。

 そして参加者全員から大きな溜息を吐かれた。解せぬ、それは酷い対応だと思います。

 

「何故、毎回冒険譚みたいな事になっているんだ?逆に心配になるレベルだぞ。まぁ何だ、魔牛族の件は任せる。国外脱出に妖狼族を使う事も許そう」

 

「有難う御座います」

 

 魔牛族の件の許可を貰えた。これでエルフ族絡みの案件は終わり、後は粛々と進めて行けばよい。女神ルナの御神託の件も希望に添えるだろう。

 問題はもう一つの方、カシンチ族連合への支援だが、この件については意見が分かれてしまった。アウレール王の決定には従うが、自分達でも意見を出し合う事も臣下として大切な事だ。

 全ての事に従うイエスマンでは駄目、自分で案を練り意見を出し合い競い合う事も必要。時には従うだけでなく、自ら提案する事も必要。

 

 だが今回の件は代案すら難しい。

 

「海路しかないだろう。沿岸近くを通れば大型の海洋モンスターの襲撃は少ない筈だ」

 

「だが皆無でも無いし、沿岸近くは浅瀬も多い。陸からの襲撃も有り得るぞ」

 

「ならば護衛を多くすれば良いだろう」

 

 この時代でも海路での移動には危険が伴う。海軍が発達しない理由も外洋に生息する大型海洋モンスターの存在が大きい。だが沿岸部は割と安全で漁業とかも盛んだ。

 それには理由が有り、一定以上の大きさを持つ船は高頻度で海洋モンスターに狙われる。速度も遅いし捕食目的の餌と思われているのだろう。

 エムデン王国も漁業は盛んだし、海運業者もそれなりには居る。だが未知の航路を運航しろと言われれば断られる。強権を発動すれば可能だが、仕事を頼めても成功するかは別問題。

 

 バーリンゲン王国は陸の街道整備もままならない状況なので、海運航路の安全確保など全くしていない。そもそも航路図すら無い。漁村の漁師が細々と小舟で漁をする位だ。

 

「無駄だ。航路図も無い。そもそも航路の安全確保など何もしていない。そんな危険地帯に積荷を満載した船団など送り込めない。全滅するのが分かり切っている」

 

 ローラン公爵の言う通りだろう。未開の大海原を手探りで航海して欲しいとか無理過ぎです。

 

「だが陸路の方が危険だぞ。敵地だし国民全てが野盗と化す様な状況で輸送隊を送り込むのは危険だろう。相応の戦力を張り付けて護衛させる?それは侵攻作戦となんの違いが有る?」

 

 ニーレンス公爵の言う事も間違いではない。千人規模の護衛団を張り付けなければ危険過ぎる。だがそれでは軍事侵攻と変わらず、両国が戦争状態に入った事になる。

 既にフルフの街まで侵攻している状態だが、此方は両殿下の安全確保の為の行動だから言い訳は立つ。此処を基点に防衛に徹すれば、積極的な軍事侵攻では無いと言い張れると思う。

 まぁモア教対策でしかないけどね。あくまでも救出作戦であり、フルフの街で合流出来たので此処を基点として防衛に徹しているって事だね。

 

 因みに僕が空間創造に援助物資を満載にして単独で向かう案は早々に却下されました。一番効率的でコスト面も期間も短くて済むのに解せないです。

 

 


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