古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第904話

 謁見室での御前会議、出席者は八人と少ないが話し合う内容が危険な要素が満載なだけに情報漏洩を限りなく抑える為にも仕方無いだろう。

 今後もどのラインまで情報を公開出来るか確認しておく必要が有る。配下に仕事を割り振るにしても、実情を教えなければ精度は上がらない。だが誰彼構わず教えられない。

 ついうっかり話して広まりましたじゃ許されない内容だ。まぁ森の浸食が広まれば何れは広まる話だが、勝手に不安が広まる様な内容でなく段階的に公式な情報を公開する必要が有る。

 

 難民問題もそうだが、国境を封鎖すれば数は少ないが交易で行き来している商人達だって居る。今はクーデターによる国内情勢の不安で封鎖しているが、ずっと続けられる事でもない。

 利に聡い連中が情報を利用して良くない事を企む事だって有る。計画には参謀連中を巻き込む必要も有れば、実行部隊として聖騎士団にも大まかな内容は教える必要が有る。

 残念ながら幾ら抑えても、情報は早い内に漏れ広がるだろう。諜報関連の担当者……まぁザスキア公爵だと思うが大変だぞ。僕は実行部隊に組み込まれるだろうか?

 

 まぁこの話し合いの結果によるけどね。

 

「さて、事前に凡その情報は伝えてあるが、その件についての話し合いだ」

 

 アウレール王の言葉に全員の顔が引き締まる。つまりエルフ族の決定については全員が共通認識だと思って良い。人間が騒いでも変えられない理不尽だが受け入れるしかない。

 参加していない、リゼルが上手く報告してくれたのだろう。彼女は報告しながら思考を読んで、相手が感じている疑問点や問題点をリアルタイムで修正しながら報告出来る。

 つまり報告としては百点満点な訳だ。痒いところに届くって事だから。出来ればこの会議に参加する前に会って話したかったが、毎回高級浴場に強制連行からの謁見室に放り込まれるからな……

 

「しかし、エルフの連中も思い切った事をしてくれますな。我々の事情など、お構いなしの遣りたい放題とは困ったものだ」

 

 バニシード公爵が吐き捨てる様に言ったが、ゼロリックスの森のエルフ族と盟約を結んでいる、ニーレンス公爵だけが顔を顰めた。他の方々は無表情で余計な事は言わないつもりなのだろう。

 誰だってエルフ族の行いに反発する気持ちは少なからず有る。支配階級の連中ならばより思いは強いだろう。国土に関する事は領地持ち貴族ならば無関心では居られない事だから。

 だが、エルフ族憎しで反発しても返り討ちに有って終わる。『人類は滅亡しました!』という可能性も捨て切れない。笑えない現状だが、上手く付き合っていくしかないんだよ。

 

「極端な対応を招いたのは困った隣人です。エムデン王国の属国時代は抑えていたが、クーデターを成功させて独立したら直ぐに問題を起こしたのです。我が国に責任は無いですが、対策は講じるしかないでしょう」

 

 そう。僕等が宗主国として抑えていた時は問題は無かった。だが政権を奪取した途端に問題を起こしたのだから、自業自得でしかない。これは独立したバーリンゲン王国の問題、エムデン王国に責任は無い。

 何故、独立を許した?パゥルム女王が責任を放り出して王都から逃げ出した隙を突かれたから。何故、王都から逃げ出した?配下が宗主国の指示に従わずに好き勝手したから。

 問題は多いし突っ込み処も多いが理由は幾らでも付けられる。独立国家の首脳陣が仕出かした事なのだから、国民は唯唯諾諾(いいだくだく)と従って受け入れて下さい。

 

 事の良し悪しに関わらず、何事でもハイと言って従って受け入れて下さい。国の方針に従うのが国民の義務です。

 

「ふん。エルフ贔屓というか亜人贔屓だな。国土が森に浸食されるのだぞ。何時、奴等の気が変わって我々に牙を向くかも分からないのに呑気に受け入れるとは恐れ入る」

 

 広大な領地を纏める公爵の当主だけに、国土について属国の物でも永久的にエルフ族のモノになってしまう事には一言位は文句を言いたいって事だろう。他の参加者も賛同はしないが止めもしないし。

 確かに属国だった隣国の国土が森に呑まれるとなれば、不安にもなるだろう。フルフの街を境界と定めても、気が変わったとか言われたら次は自分達の国が森に呑まれるのだから。

 後は公言しないが脅しを掛けられたと感じたのだろう。なにか有れば森に呑み込むぞって事だから、恐怖を感じるなって言うのは無理だし不可能だろう。

 

 でもそれはエムデン王国の周辺諸国が我々に感じている事と何が違うの?強大な力で圧を掛けている事は同じだぞ。だから外交が重要だと思うし必要なんだ。

 

「最低限の境界線は決めました。継続的な交渉の窓口も設けています。亜人贔屓と言われるのは心外ですね。外交とはお互いを尊重し妥協点を模索し自国に利の有る結果を出す事。

バニシード公爵はエルフ族の決定に対して、バーリンゲン王国を贔屓して森の浸食を取り止めた方が良かったと言うのですか?そこにエムデン王国の利が有ったと?」

 

 只の愚痴を言われても困るのです。ついでに僕を責める良い口実とでも思っている?

 

「そうは言ってない。だが言われた事をハイそうですか、と受け入れるのはどうかと思ったのだ」

 

 そう言ってますよ。バニシード公爵は僕憎しで色々と言って来ますが、周囲を良く見た方が良い。普段は周囲に有能な参謀なり助言者が居るので問題はないのだろうが、単独で会議に参加する場合は問題が多いぞ。

 そもそも結論から言ってしまえば、両殿下がクーデターの発生を抑えれば問題は無かった事になる。更に宗主国として属国の統治が出来ていなかったのも問題。モンテローザ嬢を取り逃がした事もそうだ。

 色々な所に責任が波及する事を言ってしまう浅慮さ、我慢弱い所が貴方の欠点で弱点だよ。まぁ我慢などする必要が無いのが公爵という最上位貴族に許された特権だとしてもね。

 

「反対も無理、条件など付けられない。僕では精々が細かい情報を知る事しか出来ません。バニシード公爵ならば、エルフ族の決定を覆し我が国に有利な条件を押し付ける事が可能だったと?」

 

「そうは言ってない。だが何でも受け入れる態度が……」

 

 物理的な室温の低下に、バニシード公爵が落ち着きを取り戻したというか次に続いただろう言葉を飲み込んだ。黙って聞いていた、サリアリス様の我慢が限界に達して魔力が溢れ出した。

 その冷気を纏う魔力を垂れ流さずに、バニシード公爵だけに向けている。その途中に有ったテーブルに霜が降り置いてあった茶器が氷漬けとなって砕け散った。

 流石に不味いと思い、サリアリス様の隣に移動し両肩に手を置いた。このままでは一体の氷像が出来上がってしまう。流石にそれは不味いのだが、僕以外に誰も止めないのも問題では?

 

 宮廷魔術師筆頭と公爵四家の最下位の争いとか、事案だと思います。

 

「サリアリス様、抑えて下さい」

 

 僕の為に本気で怒ってくれる人が居るだけで、僕の転生後の人生は幸せに溢れている。

 

「だが、この間抜けの妄言を受け入れろというのは我慢がならん。どう考えても、リーンハルトの対応は最上だった筈じゃ。エルフ族相手に我儘を通せなど自国を巻き込んだ自殺行為じゃぞ」

 

 サリアリス様の言葉に他の参加者が渋々だが頷いた。強大な力を持つ、エルフ族との付き合い方は……実は今までは難しくなかった。相手は自分の森に籠り、人間の事には良い意味でも悪い意味でも無関心。

 特に問題を起こす事は少なかった。そもそも関わり合える事自体が少ないのだから、噂話でしか知る事の無いレベルの連中も多い。滅多に会えないが会えても相手は人間には無関心、殆ど交流など無い。

 そんなエルフ達と盟約を結べた、ニーレンス公爵家が凄いのだ。大した情報を持ってないと言う事は、相手の怖さも分からないか過小評価している。それが顕著なのが、バニシード公爵だな。

 

「国土の消失は貴族にとって大問題でしょう。広大な領地を持つ公爵なら当然の懸念、だからこそ言える言葉でしょう」

 

 国土は富を生み出すモノだから、ホイホイと森に呑まれたら大変な損失となる。だから文句を言いたいし、言える相手は憎い僕だ。ここぞとばかりに言い放ってしまった。その結果は受け取って下さいね。

 

「国土防衛の為に、率先して行動してくれるとの意思表明なのでしょう。この件については相当に難しく気を遣う事を強いられる案件ですが、バニシード公爵ならば成し遂げられるでしょう」

 

 褒め殺しとは言わないが多分な嫌味成分を込めた事は理解してくれたのだろう。余裕の笑顔を浮かべているつもりだがコメカミが引く付いているし、握り締めた拳もブルブル震えているし。

 序でに一番難しい仕事を押し付けられ易い雰囲気にもなった。バニシード公爵は僕に気持ち良く嫌味は言えたが対価は大きかった。そういう事だね。その辺を他の方々も分かっているから止めなかった。

 アウレール王も両殿下も言いたいだけ言わせてやったから、一番きつい役目を押し付けても良いと思っている。本人も状況的に断り辛いだろう。まぁ王命なので断る事など不可能なんだけどね。

 

 それを踏まえて自分の感情に正直になって言いたい放題言って、一番難しい役目を負って無事に達成して評価を貰える様に誘導したなら凄いと思います。だからしまった的な表情はどうかと思いますよ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 微妙な雰囲気が漂う謁見室、困った顔のバニシード公爵と彼と目も合わせない他の出席者達。ここで絡むと厄介事が飛び火しそうで嫌とかなのだろう。ドヤ顔のサリアリス様と笑いを堪えるザスキア公爵。

 ちょっと前は、バニシード公爵は強力な政敵だったのだが……今はそうでもない。僕の立場が上がった事と彼の立場が下がった事で現状は拮抗から少し有利位だが、そこに公爵三家との協力関係が足されると大きく上回る。

 それを理解しながら、毎回ちょっかいを掛けてくるのだから強メンタルだと思う。実際にバセット公爵は没落したけど、バニシード公爵は生き残っているだけで本人も家臣団も有能では有ると思う。

 

 まぁ配下の連中の離反も多いらしいので、今後はどうか分からないですけどね。ベッケラン子爵とかさ。

 

「さて、誰かの所為で話が逸れたが本題に戻す。リーンハルトがエルフ族から聞き出した『国土森林化計画』だが、止める事が無理なのは理解しているだろう。俺も奴等と事を構えて無事に済ます自信など無い」

 

 国土森林化計画?初めて聞いたけど、聞くだけなら良い計画っぽいけど実際は最悪な『森林による国土の浸食』です。エルフ族の総意っぽい計画だから、例え大国の支配者たるアウレール王でも異を唱える事は無理だろう。

 少し前までは、こんなに砕けた御前会議など有り得なかったらしい。確かに格式を重んじる国だから、この会議の内容を知ったレジスラル女官長は卒倒しそうで怖い。間違いなく元凶は僕だと思うから。

 ロンメール殿下もグーデリアル殿下も楽しそうに笑っているし、本来ならば緩み過ぎだとお叱りを受ける位の酷さだ。それだけ余裕が有るって事だけれども、非常に微妙な気がする。

 

「幾ら情報を封鎖しても限度が有るわ。バーリンゲン王国内だと良くて半年、周辺諸国にも最大で三年が限度よ。愚か者達が更に愚かな行動をすれば短くなるでしょう」

 

 ザスキア公爵がため息交じりで語った予想は、僕のよりも大分短い。確かに国土の真ん中から森が浸食して来れば、普通に騒ぎ出すだろう。自己愛が大きい連中だから、自分だけは助かろうと無駄に行動を起こすのも理解出来る。

 愚かな行動は、何をするか分からない不気味さも合わせて予想がつかない。あれか?エルフ族に対して、即時中止を求めつつ補償と賠償と謝罪でも突き付けるのか?いや、それを防止するのってさ。もしかしなくても、僕の役目か?

 人間側の交渉の窓口って事は、此方側の連中の行動の監視とか管理とかも?いやいやいや、そんな事は無い……とは言えないのが辛い。まぁ僕の仕事だよな。認めたくはないけれど、知ってた。

 

「自分可愛さに国境周辺に押し寄せて来るだろう。完全な国境封鎖は無理、必ず何人かの越境は許してしまうだろう。奴等のバイタリティは馬鹿に出来ない」

 

「そして自分達が如何に哀れかを訴えて援助を求める。下手をすれば宗主国の義務を果たせなかったとか言って賠償請求位は言い出すだろうな」

 

 ニーレンス公爵とローラン公爵も嫌な顔をして吐き捨てた。でも、その想像は間違ってないと思います。

 

「想像を裏切らない屑さが満載の連中。少ししか接していませんが十分に理解させられました。故に今回の事を契機に滅ぼしてしまいたい。幸いですが、エルフ族も望んでいるので障害は殆ど無いでしょう」

 

「リーンハルト卿の提案だが、辺境の蛮族共が纏まった。奴等はクーデターを起こした連中といがみ合っているので、この機に決着を付けさせるのが良いだろう。少なくとも辺境の連中は、エムデン王国に向ける感情は正常と聞く。

彼等に助力し腐敗した連中を一掃させる。二万人程度らしいし、フルフの街とソレスト平原の間に土地を与えて生き残りの難民対策を任せるのも良いと思う。彼等も喜ぶだろう」

 

 ロンメール殿下とグーデリアル殿下が、早々に纏めに入った。確かに方針としては悪くないと思うが、それを精査する為の話し合いの筈。結果有りきはどうかと思います。

 

 


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