古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第901話

 両殿下とキュラリス殿と、この国の今後を話し合っている時に招かれざる客が押し掛けてきたみたいだ。両殿下の表情の抜けた顔を見れば、相応の苦労を掛けられたのだろう。

 女王といえども属国、宗主国の殿下に対して何を仕出かしたのだろうか?現在進行形で仕出かしているのだろうか?キュラリス様に目を向ければ『絶対に殺すぞ!』の視線を扉に向けている。

 これって女性陣の間でも何かしらやらかしていて間違いないと思う。此処で彼女達の現在の(利用)価値を考える。

 

 クーデター前に亡命した事を考えれば、バーリンゲン王国自体に思い入れは無い。つまり奪還など考えてもいないし、未練も何も無いのだろう。有るのは大国の賓客としての安寧な暮らしだけ。

 再度、属国のお飾りの王女として据える?エルフ族の件で、バーリンゲン王国は国土ごと抹消する事が決まった。故に任せる国自体が無い。つまり傀儡政権は生まれない。

 亡国の元王女と王族としての価値が有るか?仮にエムデン王国の貴族に降嫁させる。王族の血縁的尊貴性を高めるためにだが、嫁ぎ先に利益は有るのか?

 

 無いな。総合的に見て、現在の彼女達の利用価値は極端に低くなった。降嫁させる事が嫁ぎ先への罰になりそうで怖い。

 

 全員、外見は整っているので恋愛的観点から嫁に欲しがる者は居るかもしれない。だが立場上、本妻として娶るという条件が問題だ。家に利の無い婚姻は側室か妾で十分という事だな。

 しかも元とは言え女王と王女、降嫁させるにしても伯爵家以上だろう。子爵以下では彼女達を軽く扱ったとか、別の方向からクレームが来るだろう。勿論、彼女達も納得しないだろうな。

 あと相応の資産は持ち込んだみたいだが、伯爵でも領地持ちの財力が無いと養えないだろう。家に益が何も無く、資産だけ食い潰す相手を欲しいと思う貴族が居るか?

 

 居ないな。完全に恋愛相手として無償の愛を捧げる位じゃないと無理。それでも奇跡的に当人が望んでも家族と親戚一同が力ずくで止める。最悪は人知れず処理されるだろう。

 

 国が存続していて少なからずエムデン王国の役に立っているならば、有り得た未来かもしれない。だが今の状況は最悪、もしも彼女達の誰かを娶ってしまったら……難民と化した親族一同が群がるぞ。

 花嫁の親族を邪険には扱えない。だが受け入れる事は、エムデン王国の国益を大きく損ねる事になり国内での立場を失うだろう。もう幽閉レベルの軟禁で閉じ込めておくしかない。

 そんな未来を予測出来たとして、では彼女達がバーリンゲン王国の奪還を望み国に戻ると言ったら?そもそも戻る国は無くなる。だから現実的に不可能だし、戻る気など無いだろうし。

 

 詰んでる。何をしても詰んでる。

 

 逆転の可能性は有るか?エムデン王国内で相応の影響力と財力を持つ者に嫁げば、自由気ままな暮らしが出来るだろう。その候補は?両殿下とか、嫌だけど僕とかかな?

 僕等の誰かに嫁げば、それなりに自由な暮らしが出来る。いや一生安泰だろう。だから強引にでも接点を持ちたくて絡んでくるけど逆効果、好意など生まれない。

 少しでも目端が利く者ならば、厄介者だと理解して近付かない。僕としても、この国が無くなる事が確定の時点でフルフの街に置いておく必要も無くなった。早急に監禁する事を優先したい。

 

 オルフェイス王女なら、自分達の置かれた状況は理解している筈だが、流石に国土が森に埋まる事は知らない。

 

「両殿下とキュラリス様は此処に居て下さい。僕が対処して来ます」

 

 このメンバーで一番低い立場なのは、僕なので諦めて犠牲になるしかない。宮使えの辛さだね。もう会う事も無いと思っていた相手に、予想外の場所で会う事になるとはね。

 

「ですが、リーンハルト卿に会うのが目的だと思いますよ。のこのこ部屋から出て行けば、必ず絡まれます」

 

 ロンメール殿下が心配してくれたが、王族同士が衝突するよりは良いと思うのです。確かに王族の王位継承権上位者ですが、正当な役職に就いている方が対応もし易いと思います。

 森に埋まり国を失う事が確定した属国の女王と、宗主国の重鎮である僕とでは力関係は明らかです。そもそもクーデターが起こる前に亡命という逃げを打った相手ですからね。

 相応の敬意をもった態度で接しますが、それだけです。別に配慮する必要は何も無いのですから。貴族の紳士としての対応を求められたら困りますが、出来る事と出来ない事が有る。それだけですね。

 

「要求には拒絶一択。エムデン王国には一緒に連れて帰りますが、その後は軟禁するしかない。此処で簀巻きにして連れて帰る方が無駄が無くて良いと思います。まぁ簀巻きは無理ですけどね」

 

 そう言って扉を開けて執務室の外に出る。少し先の狭い廊下に並んで、パゥルム女王達の侵入を拒んでいた兵士達が押されているのが見えた。流石に生身の女性三人に力ずくで迫られれば徐々に下がるしかないか。

 扉の開いた音に気が付いたのだろう。全員が僕に視線を送ってきた。困り果てた兵士達と、満面の笑みのパゥルム女王達。誰一人近付けるなの命令を受けていた兵士達の困り果てた顔を見て思わず苦笑してしまう。

 任務を忠実に遂行しているのだが、身分上位者の女性陣に迫られれば触れる事すら危うい状況に陥る。だが任務だから頑張って通せんぼしなければならない。そのギャップが失礼ながら少し可笑しかった。

 

「これは、パゥルム女王にミッテルト王女とオルフェイス王女まで。この様な場所に押し掛けて何か有りましたか?」

 

 貴族的礼節に則り笑みを添えて対応する。同時に兵士達には脇の壁際に控える様に指示を出す。困難な状況に救いが来た事がうれしかったのだろう。双方が安堵の笑みを浮かべている。

 兵士達は問題王女の対応が自分達から身分上位者に移った事が、パゥルム女王達は目的の相手に会えた事が嬉しかったのだろう。だが希望は叶えられないのですよ。ですが要求だけは聞きましょう。

 聞いた事を叶える事は、内容により出来るか出来ないか判断するしかないのです。そして貴女達の処遇は先程決まりました。エムデン王国には連れて行きますが、その後に軟禁です。

 

「立ち話で済む内容ではないのです。出来れば、私達の部屋でゆっくりと話したいのですが……」

 

 自分の有利な場所に引き込む。駆け引きとしては普通だが、異性の部屋に行く事自体が問題行動で、僕の行動に制限が掛かるから駄目です。

 

「申し訳有りませんが時間に余裕が有りません。明日にもエムデン王国に戻りますので、引継ぎ等の仕事が山積みなのです。パゥルム王女達も一緒に連れて行きますので、移動の準備をお願いします。

明日、増援部隊が到着しましたら、引継ぎを行い両殿下とキュラリス様と共に帰国します。僕が護衛として同行しますので、道中の安全に関しては安心して下さい」

 

 全てを語らず一方的に相手の望んでいるだろう事だけを伝える。パゥルム女王とミッテルト王女は嬉しそうにして、オルフェイス王女は疑わしい視線を向けて来た。やはり彼女は一筋縄ではいかないか?

 彼女達の不安は、フルフの街に残される事。僕もエルフから聞いた森の浸食の件が無ければ、此処に留めるのが最善と思っていた。エムデン王国に連れて帰るメリットが皆無だから。

 だが状況が変わり、彼女達は厳重な監視下にて軟禁する事が必要だと変わった。この情報が無ければ判断を覆さなかっただろう。だから、それを知らないオルフェイス王女が不審がっている。

 

「それは私達にとって喜ばしい事ですが、エムデン王国にとっては違うのでは有りませんか?私はフルフの街に留め置かれると考えていました」

 

 真っ直ぐに見詰めて聞いて来た。嘘偽りが無いように、不審な挙動を見逃さない様に。或いは威嚇か牽制か?そんな不信感が溢れる態度をみて慌てる姉妹達。気分を害して意見を変えられては困るって事かな?

 

「オルフェイス、何を言いだすの?」

 

「明日にはエムデン王国に出立出来るのよ。理由なんて何でも良いじゃない」

 

 うん。そうみたいだ。折角待ちに待ったエムデン王国に連れて行って貰えるのに、不興を買って『やっぱり無し!』は嫌だって事だろう。だが考えが甘い、そこで考えを止めては駄目なんだ。

 何故、意見を変えた。何が有った?自分達を連れて帰るだけのメリットが生まれたのか?それは自分達にとって有益なのか不利益なのか?そこまで考えているのは末の妹だけ。

 彼女は自分達姉妹の幸せしか考えていない。下手をすれば自分以外の姉達が幸せなら良いとさえ思っている。だが決定的な情報を持っていないので判断が下せない。怪しいので此方の対応で情報を掴みたいのだろう。

 

 都合の良い提案を疑うだけの思考を持っている。でも僕もね、伊達にザスキア公爵と長く付き合ってはいないんだよ。さて、どうやって誤魔化すかな。

 

「辺境の部族達が連合を組んでいましたが遂に全ての部族を纏め上げました。クーデターを企てた中央の連中と、この国の主導権を掛けて争って貰います。期間は最大五年と考えています。

ですが中央の連中が不利な状況に追い込まれた時、責任を誰に擦り付けるか?誰を生贄に逃げを打つか?エムデン王国としては、クーデターに加担した連中の全滅を望んでいます。

こそこそと暗躍される前に、貴女方を監視の目の届く所に保護という軟禁をしたい。もうこの国に居させる必要が無くなったのです」

 

 オルフェイス王女と視線を合わせて答える。その瞳の奥にグルグルと渦巻く狂気に呑まれそうになるのを腹に力を入れてグッと耐える。年下の淑女に負けない精神力は鍛えている。

 数秒見詰め合う。逸らしたら負けと思い意地でも逸らさない。端から見れば、見詰め合う男女ってどう映るのだろうか?色恋沙汰は皆無、自分達の利益をどう確保するかしか考えていない。

 オルフェイス王女の心の闇だが、相当深く澱んでいる。フローラ殿が可愛く見える程、澱み濁っている。彼女の闇というか病みを晴らすには、姉達の幸せが唯一の条件だろうな。

 

 でもそれは厳しい。もう貴女方に自由は無い。相応の贅沢は出来るが、それだけだ。でも責任も責務も無いし時間だけは沢山有る。姉妹だけで幸せに過ごすならば、有る意味で彼女の理想に近くないかな?

 

「嘘偽りないと、モア教の神に誓えますか?」

 

 モア教を引っ張り出して言質を取りにきたか。確かに僕は敬虔な信徒だから、教義に誓えるかとなれば嘘を言えないと考えたか?英雄が年下のか弱い淑女に嘘を吐けるか?

 いや、吐けますよ。僕は僕の幸せの為だけに動いているのですから。その為ならなんだってやります。貴女と同じ様にね。ただ講じれる手段が多いから、軋轢を産む方法を極力取らないだけです。

 もしも、イルメラ達に危害を加えるならば、英雄の看板など溝に投げ捨てて悪逆非道な事だって躊躇無く実行しますし出来ますよ。貴女の闇は未だ薄暗い、僕の抱える最低の闇よりも……

 

「ええ。(最後の部分だけは)嘘でないと誓えます。貴女方はこの国に留まる意味はもう無いのです」

 

 胡散臭い笑みを浮かべそうになるが、なんとか誠実そうな表情を作る。もう僕は詐欺師見習いになれるんじゃないかな?

 

「その言葉、違(たが)えないで下さいませ」

 

 信奉する神に誓って嘘は言ってない。自分達を安全にエムデン王国に送ってくれるという言質を取れた事で一応の満足をしてくれたのだろう。

 全てを信じてはいないが、自分達を手元に置いておくだけの必要性が有ると、此方が思っている事を確認出来たのが嬉しいのだろうか?もしも不要となれば、人知れず始末する事も有り得るのだから。

 幸いにして罪を擦り付ける相手には事欠かないからな。でも、この国とエムデン王国に害意を抱く連中は全て抹殺する予定なのです。幸いにして貴女方は、そのリストからは逃れたのです。

 

「ええ、エムデン王国まで安全に速やかに送り届けます。その先は、アウレール王の指示に従って下さい。僕が言えるのはそこ迄です」

 

 あとは次の要求を突き付けられる前に退散するだけで良い。僕も結構忙しいので相手をしている暇が無いのも本当なのです。最初はピリピリしていたが和やかに終わったので安心したのだろう。

 パゥルム女王とミッテルト王女が左右から、オルフェイス王女に抱き着いている。だが姉達に抱き着かれた、オルフェイス王女は未だジッと僕を見ている。これは王都に届ける前に、もう一悶着あるかな?

 一礼して執務室に戻る。扉を潜る前に横目で確認したが、三人は並んで手を繋ぎながら引き返して行った。安心した兵士達が腰を90度に曲げているけど、逆に病み女の対応を押し付けて申し訳なかったですね。

 

 後でワインでも差し入れます。

 

 


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