古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第895話

 ケルトウッドの森への移動は順調だ。資産的な意味で……いや何ていうかさ。ゴーレム騎兵に前後を守らせているのに襲ってくる連中って何なの?そんなに魔牛族の女性を攫いたいの?

 自分と相手の戦力差も理解出来ないから罠とかも仕掛けずに、ただ闇雲に襲ってくるだけ。此方は返り討ちにして身包み剥いで纏めて埋葬して終わり。そんな事を数回繰り返す。

 二泊程度で此処まで襲われるって、この国の治安って酷すぎる。緊急時には他人を陥れても関係ないっていうか、騙された方が負けた方が悪い的な思想だな。最悪だよ、この国は……

 

「今日は既に二組の襲撃を受けていますわね」

 

 もう護衛のゴーレム騎兵を前後二十騎ずつに増やしたので、一寸した騎士団の行軍になっている。流石に襲って来る連中は減った。

 十騎程度の場合で襲って来たって事は、この国の騎士団の戦闘力が軽く見られていたのかも知れない。同数より少しでも多ければ負けないとかさ。

 それはそれで情けないのだが、この国の武闘派って知らない。接点の有った軍属の連中は大して強いとも思わなかった。確かに舐められているのかも知れないな。

 

「全てが、ミルフィナ殿を寄越せですが……貴女は傾国のナニかですか?」

 

 欲望丸出しで襲って来る連中、そこに戦略も何もない。ただ数に任せての暴力しかない。だから更に大きい暴力に負けて身包み剥がされて殺されて集団埋葬されてお終い。

 まぁ金貨に換算すれば千枚位は貯まったかな?それはそれで良いのだが、僕は領内を移動するだけで治安維持活動を行っているって事なのか?末期か、この国は?いや末期だった。

 そもそも国自体が森に埋もれて無くなるんだったよ。その情報を漏らさない様に徹底しないと駄目だった。衝撃の内容に少し脇が緩んでいたかも知れない。

 

 一応、魔牛族には再度口止めをしておこう。情報の開示の時期によっては、捨て鉢でエムデン王国に侵攻して来そうだよ。いや、自分達を養えって図々しく騒ぎ出すのか?

 

「何を言っているのか分かりませんが、彼等に人気だからと嬉しい事は全く有りません。そういう感情を向けられて嬉しいのは相手によるのです。汚らわしい獣(けだもの)は願い下げですわ」

 

 両手で自分の身体を抱き締めながら嫌悪感を纏めて吐き捨てた。まぁそんな人気など要らないのは確かだな。

 

「正論ですね」

 

 僕も自分の家や派閥に結婚相手として有益だからと。淑女達に言い寄られても嬉しくないのと一緒だな。なんか萎えるっていうか、微妙な気持ちになる。自分の魅力で人気な訳ではない。

 勘違いしてしまう自分が物凄く嫌だ。彼女の場合は性的に見られているから余計に嫌なのだろう。しかも無礼な態度と視線には長い積み重ねの歴史も有るから余計にだな。

 因みにだが、案内役の風の空鼬(からいたち)だが、普通に先に行ってしまった。目的地が分かっていれば案内役は不要と理解して、先触れに行ってくれたと思う。

 

 そういう言葉にしない意思の疎通が、自分に出来る様になった事に驚いたよ。これが精霊魔法に慣れてくるという事なのだろうか?

 

「そろそろ到着しますね。快適な旅でしたわ」

 

 予定通りの旅程だったな。余計な襲撃が無ければもう少し早く到着しただろう。レベルは上がらなかったが資産の足しにはなる程度の収入もあったのが救いか?

 

「行きは強行軍でしたし、帰りは臨時収入を得る旅と言えばよいのか分かりませんでした。まぁ色々有りましたが概ね予定通りですね」

 

 先触れを終えた風の空鼬が迎えに来てくれたので軽く身体に触れて労わる。視界の先には広大なケルトウッドの森が見える。あの森を基点として増殖するのだろうか?

 それとも別の場所から?それも複数の?エルフ達には色々と説明して欲しいのだが、何処まで教えてくれるだろうか?同意して計画に合わせて動くとか言えば可能かな?

 実際に反対など出来ないし受け入れてもくれないだろうし。だが、アウレール王に報告する為の詳細な情報は欲しい。次の予定が立たなくなるからね。

 

「頑張りましょう。もうひと踏ん張りです」

 

 自分に気合を入れる。精神論かも知れないがテンションを上げて行かないとメンタル的に厳しいのも事実だから……

 

「そうですわね。私達の為にも頑張って下さいませ」

 

 ん?ミルフィナ殿から何か不穏な言葉が聞こえた様な気がするが、まぁ精神衛生上宜しく無いので気にしない方向で良いかな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 風の空鼬(からいたち)の先触れを行った所為だろうか?僕達がケルトウッドの森に近付くと、レティシアが出迎えてくれた。もしかして此処に滞在していたの?

 後ろには苦笑いの、ファティ殿とディース殿。それにクロレス殿まで出迎えてくれたよ。これって驚くべき事だとおもうんだ。

 ミルフィナ殿も最初にレティシアを見てテンションが爆上がりして、次に後ろの三人を見て一気に消沈というか冷静さを取り戻したというか大人しくなった。

 

 少し手前でゴーレム馬から降りて歩いて近付く。流石にエルフ四人を相手にゴーレムとは言え騎乗したままとか不敬だからね。ミルフィナ殿なんて緊張で挙動が少し変だし。

 

「リーンハルト殿、魔牛族の件は上手くいったみたいで良かったです」

 

 薄い笑みを浮かべた、クロレス殿が言葉を掛けてくれた。だがこれも凄い事なんだよな。エルフ族の森の代表が普通に出迎えは有り得ないし、労わりに近い言葉も有り得ない。

 それは更に驚いて固まった、ミルフィナ殿を見れば嫌でも理解する。小さく『こんなにも受け入れられているとか信じられないわ』とか呟いたし。

 『絶対に放してはいけない』とかの呟きは聞きたくなかったし。完全に目標に定められた感じが凄い。それと、レティシアが無表情で見ているのは何故でしょうか?

 

「わざわざ出迎えて頂き有難う御座います。魔牛族の件、確かに不届き者が来ましたので対処しておきました」

 

 そう言って頭を下げる。レティシア達以外のエルフの連中が最初は遠巻きに伺っていたが、足元に飛魚(ひぎょ)と空鼬(からいたち)が纏わり付いているのを見て近寄ってきた。

 空鼬は案内役をしてくれた子で、飛魚は最初に出会った子達だな。どうやらこの空鼬は、何故か僕に心を許してくれたみたいで飛魚達は自分が最初に受け入れたんだと自慢しているらしい。

 そんな様子を僕よりもはっきりと理解出来る、エルフの連中が不思議に思って集まって来たみたいだ。まぁ普通に人間に懐く下級とは言え精霊って珍しいのだろうな。

 

 向けられる視線も大分軟化してきた。それだけ精霊という存在は、エルフ族の中でも大きなものなのだろう。認められたというよりは、精霊達のお陰で受け入れられた?それも違うか?

 敵意は薄まった。それだけでも有難い事だな。だが、飛魚達よ。前にも頼んだが、僕の尻を突くのは止めて欲しい。そういう趣味は無いのだが、君達は僕が困る様子を見るのが楽しいのか?

 そう思えば、さっと止めて離れてから近寄ってくる。僕は遊ばれているのだろうか?僕に遊んで貰いたいのだろうか?僕で遊んでいるのだろうか?今でも判断に迷う。

 

「そうですか。お疲れでしょうから私は細かい事は聞きませんが、レティシアが色々と聞きたがっているみたいですね」

 

 うーん、詳細は知らなくても構わないって事ですか?まぁ人間達の事など知らなくても良いって事ですよね。結果だけ分かれば後は気にも留めないとか?

 あと、レティシアは何をむくれているんだよ?ミルフィナ殿を威圧しているみたいで感じ悪いぞ。ファティ殿達も後ろでニヤニヤと笑っているが、ミルフィナ殿を虐めて楽しいとか?

 いや、そうではないが何か面白いモノを見付けたみたいな笑みなんだよな。これって良くない感じがヒシヒシとする。飛び火しないと良いのだが……

 

「む?そんな事は無いが、ミルフィナには色々と問い質す事が有る。こっちに来るんだ」

 

「えっと、レティシア御姉様、これは違うのです。誤解と言うか何と言うか、その全く意図した事とは違うのですが氏族の決定がですね」

 

 えっと、レティシアに連行されるミルフィナ殿を軽く手を振って見送る。多分だが、僕が話し合いに参加しても意味が無いし逆に危険な気がするし。それに僕は僕で確かめたい事が有るんだ。

 

「クロレス殿、少し話を聞かせて貰いたいのですが宜しいでしょうか?今後の我々の動きについて、齟齬が有っても困ると思いますので……」

 

「ん?リーンハルト殿は彼方の話し合いに参加しなくても良いのですか?」

 

 え?女性の話し合いの間に挟まっても危険なだけで嫌です。肩を竦める仕草をすると、僅かに笑って話し合いに同意してくれた。本当に不思議な位に対応が柔らかくなった気がします。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 クロレス殿の屋敷の応接室に通された。巨大な樹木と一体化させた不思議な空間。前に、ディース殿の家に御邪魔した事は有るが彼方は個人の邸宅。ここは里の代表を務める者の屋敷。

 公的な行事でも使用するのだろう立派な造りをしている。だが床や壁に花や葉っぱが付いている枝が生えているのってどうなのかな?自然と一体化した素晴らしい内装ですね?とか言えば良いの?

 絨毯かとおもったら床にはびっしりと細かい苔が生えているし、窓枠かと思えばガラス面に絡みついた蔦だよ。おまけに天井のシャンデリアかと思えば複数の花が絡み合い、何故か中心が光っている。

 

 月光に見立てた光る花が有るとは聞いていたが、もしかしてそうなのだろうか?葉っぱが複雑に絡み合ってコップの形をした容器?に入った花の香のする水を飲む。ほんのりと甘い。

 

「それで、今後の動きとは何です?魔牛族の件なら解決なのでしょう?」

 

 優雅に足を組む仕草が凄い似合っている。なまじ美男美女しか居ない種族だからな。前回は野外で魔法で植物を変化させて場所を整えてくれたが、今回は普通に屋敷に通された。

 前回の薬草系の飲み物と違い、今回のは花の香と甘さを伴った飲み物。聞けば薬草系は疲労回復で、これはリラックス効果が有るらしい。飲み物一つ取っても奥が深い。

 この対応を考えれば、最初に言われた『今後の折衝役として相応しいかどうか?』については合格点を貰えたみたいだな。つまり、今後はエルフ族との交渉役として確定したという事。

 

 この対応は専属の折衝役として認められた故の対応、だからそれなりの情報提供にも応じてくれるが当然の様に対価も求められると考えた方が良い。部族間交渉なのだから……

 

「はい。ミルフィナ殿から里を引き払うので移動先を提供して欲しいと依頼が有り、応じる予定で話を進めています。ですが一族全ての移動ともなれば相応の時間が掛かります」

 

「まぁそうですね。彼等の移動について流石に『聖樹』の力は貸せない。数人の移動程度ならば良いのですが家財道具一式ともなれば流石に無理でしょう」

 

 荷馬車にして何台になるのか分からない量だからな。まぁ家財道具とかは、僕の空間創造を使えば数回の往復で済むと思う。僕一人なら『聖樹』も数回なら使わせてくれるだろう。

 だが魔牛族が何人居るか分からないが、口振りからして全員の移動には使わせてくれない。つまり相応の護衛を伴った移動が必要、護衛は妖狼族に頼めば良い。どうせ大人数でも馬鹿共は襲って来る。

 元同郷の好(よしみ)で移動の手助けをする。女神ルナも納得してくれるだろう。実際に千人単位の妖狼族の移動も問題無く行った実績も有る。最大二千人程度ならなんとかなる。

 

「この地を森にする件について、ミルフィナ殿から伺いました。その進捗状況に移動の計画を擦り合わせたいと考えています」

 

 反対はしないし邪魔もしない。これを含んだ言い回しに気付いたのだろう。注意しないと分からない程度に口元を歪めたのは、笑ったのだろうか?

 

「ええ、そうですね。貴方を交渉役として認めたのは正解だったみたいですね。私はこの作戦を聞いたならば、嫌悪して止める様に要求すると思っていました。人間は土地を国土と称して取合いをする。

その大事な国土を我等の森に変えようとする事に、特に嫌悪も反発も無いとは驚きました。顔には出さずに心の中で、とかでもなく本当にそれで良いと受け入れている」

 

「属国とはいえ他国ですし、我が祖国との確執も有る。それにこの国の対処については国王からも『一度最底辺まで叩き落として再教育する』と命を受けていますので、森に呑まれる事は賛成です。

ですが何処までも愚かな連中なので、森化の順序や時間的なスケジュールを教えて欲しいのです。流石に直ぐに森に変わると言われると、魔牛族の方々の安全な移住など不可能ですので」

 

 感知は出来ないが思考が読まれていると思って良い。流石はエルフ族って事ですね。ですが偽りない気持ちで、この国が地図上から無くなる事には賛成です。

 ですが逃げ出す連中の対応とか、色々と準備をする事が多過ぎるので予定を立てる根拠が欲しいのです。森に追われる様に何万人の難民が押し寄せて来るとか悪夢でしかないです。

 やはり思考は読まれているのだろう。悪夢でしか無いです。と思った時に、珍しく嬉しそうに分かり易く口元を歪めた。クロレス殿は中々に良い性格をしていらっしゃる。

 

「お互い様ですよ」

 

 いえいえ、少しは違うと思いますよ。

 


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