古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第879話

 私達はフルフの街の領主の館の貴賓室の一角に押し込められています。少数で押し掛けた為に、侍女や影の護衛達も左右の部屋を宛がわれていますので少し安心です。これが離された場所だと心細いです。

 良い待遇?いえ、違います。間違いなく監視し易い様に一ヵ所に纏められているのが実情でしょう。聞けば、リーンハルト卿が滞在した部屋らしいのですが……だから?どうなのです?と言いたいのです。

 ロンメール殿下達も、同じく前回滞在した部屋を利用しているそうです。つまり女王と王女達である、私達に配慮しているとのアピールなのでしょうね。確かに調度品も王宮の品には劣りますが良いものです。

 

 殆ど軟禁に近い扱い。私達は与えられた部屋からの移動は禁止、外部からの来客も許可制ですが実際は取次不可。食事もこの部屋、唯一の移動は湯浴みの時だけです。

 祖国は既にクーデターが成功し、私達の首には懸賞金が掛けられているそうですわ。賞金首になるとは思っていませんでしたが、何の執着も無い『元祖国』の方々にどう思われても関係有りません。

 私達姉妹は祖国の為に尋常でない努力をしましたが、協力を得られず苦労を重ねました。自分勝手に動いていた元臣下や国民達の事はスッパリと忘れるのが精神衛生上、とても良い事だと思います。

 

 私も女王でありながら日付が変わる迄、執務室で政務をしていました。今は時間を潰す事を考えるのが仕事という、所謂『暇を持て余す』状況なのでしょう。

 ワーカホリックでは有りませんが、何もしないのも逆に落ち着きませんわ。幸い持ち込んだ品々は没収されませんでしたので、それなりに時間を消費する事は出来ます。

 今は刺繍を嗜んでいますが、ミッテルトは豪華な装飾を施された短剣を磨いています。一応、自衛の為にと用意した物ですがニヤニヤと刃物を布で磨くのは淑女としてどうかと思いますわ。

 

 オルフェイスは侍女のミーティアとコソコソと何かを話し込んでいますが、浮かべる表情は良くない類の笑みです。最近の彼女は、私達にも内緒で何かをしています。その後、二人で部屋を出て行きました。行き先は告げずに……

 それは私達姉妹の為なのは分かるのですが、ミッテルトとは違う冷酷さを秘めているので心配なのです。王都を発つ時も、私達を引き留める者達に対して影の護衛に排除を命じた時も……何の表情の揺らぎも無かったのです。

 人を害したのに一切の感情が抜け落ちているみたいで少し怖かった。物静かで優しいあの娘の心情の変化は、私達というか今は捨てた祖国の所為と言うか。心が痛いです。

 

「パゥルム姉様?手が止まっていますが、どうかしましたか?」

 

 考え事をしていたら手が止まっていたみたいですね。それに確かめてみれば図案の線からはみ出しています。針で指を刺さなかっただけ良かったと思いましょう。

 指を針で刺すのは最初の頃に頻発して痛い思いをしました。今は慣れてますので大丈夫ですが、少し跡が残ってしまいショックなのです。左手人差し指に二ヵ所、小さな赤い点々が残ってしまいましたわ。

 ポーションでもヒールでも治らない小さな傷跡、これを直すにはエリクサーが必要らしいのです。ですがエリクサーはバーリンゲン王国でも保管数が少なく、調べたら帳簿の記載は有るのに品物が無かった。

 

 誰か心無い者が王宮の宝物庫から盗んだのでしょう。実際に他にも貴重品が多数無くなっていました。勿論ですが王家所縁の品々以外の貴重品は私達が持ち出しましたわ。今迄の苦労に対する当然の報酬です。

 魔法が付加された武器や防具は全て偽物にすり替えられていましたし、杜撰な管理に眩暈がしました。これは元兄上達が持ち出したみたいなのですが、王都を追われる僅かな時間で持ち出すのは考えられません。

 つまり日常的に宝物庫から盗み出していたのでしょう。全く呆れてモノが言えませんわ。まぁ殿方らしく武器や防具は持ち出しましたが、宝石類は手付かずだったのは幸いです。

 

 これらは私達が有意義に使わせて頂きます。

 

「少し考え事をしていました。針を扱っているのに不用心でしたわ。貴女も刃物を扱っているのですから手元には細心の注意をしなさいね。万が一にも手を切って傷跡が残るような事になっては駄目よ。後悔しますからね」

 

 私の様に後悔しない事よ。ですがエムデン王国ならばエリクサーの余剰品も有るでしょう。少ししたら分けて貰えば良いわね。相場が金貨五百枚らしいので、最悪は自費で購入する事も視野に入れましょう。

 美を追求する事も視野に入れなくては、良い旦那様を捕まえる為にも必要なのです。女王の看板を背負う必要が無くなったのですから、多少の自由恋愛の可能性も開けたのです。

 それと、エムデン王国内でネクタルが流通しているとの噂もあります。あくまでも信憑性の低い噂話ですが、もしも真実ならば是が非でも入手しなくてはなりません。

 

 エムデン王国には可能性が沢山有ります。亡命後が楽しみですわ。

 

「私は慣れているから大丈夫よ。それに刃の部分に毒を塗り込んでいるから余計に慎重に扱っているわ。万が一の時にか弱い私には相手に手傷を負わせるだけで勝利が確定する毒は有効だわ」

 

 はい?毒?なんですか、それは!なんでそんな危険な物を持っているのですか?

 

「ミッテルト!毒を扱っているなど聞いていませんわ。そんな危険な物をニヤニヤしながら扱うなど、王女のする事では有りません」

 

 ミーティアね。そんな危険な物を用意出来る者など彼女しか居ませんわ。本当に何を考えているの!王女に毒を渡すとか信じられません。戻って来たら厳重に注意が必要だわ。

 

「だって自衛は必要よ。私達は祖国を追われた、か弱い淑女なのですから。どんな奴等が言い寄ってくるかも分かりません。それにエムデン王国も少し頼りないですし……」

 

「だからといって、貴女が……」

 

 私達が武装する事はないのよ。それは害する者と直接的に対峙するという事なのよ。思わず手に持っていた刺繍枠に挟んだ布と針を落としてしまい慌てて拾う。自分が踏んで怪我をする事は避けねばなりません。

 

「麻痺毒だから万が一誤っても大丈夫よ。数分間動けなくなるだけだし、解毒剤も用意しているわ」

 

 いえいえ、得意げに袖口の隠しポケットから小瓶を取り出して見せてくれましたが、そもそも麻痺した状態で取り出せるのですか?更に小瓶の蓋を開けて飲めるとも思えないのですが?

 この子は一人で行動させるには不安が有り過ぎて困ります。数名の影の護衛を配置させていますが、その陰の護衛を取り纏めている、ミーティアにも不安が有りますし。

 亡命しても前途多難な事には変わらないのね。でも余暇が増えた事は歓迎すべき事だわ。自由な時間を楽しめるだけでも、私達を取り巻く環境が大きく変わったのだから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 問題事を明日の私に放り投げて刺繍を続けていましたが、オルフェイスがミーティアを伴い戻って来ました。私達の移動には制限が掛けられているのですが、何処に行っていたのやら。

 その本人は何か満足げなのが気になります。『悪巧みが上手くいった』とかでなければ良いのですが不安です。取り合えず、私自らが愛しい妹に紅茶を淹れてあげます。

 流石は芸術家肌と言われる、ロンメール殿下の差し入れて頂いた茶葉は最高級品ですわ。ロンネフェルトにハロゲイト、それとマックウッズと数種類の高級茶葉を頂きました。

 

 我が国ではロンネフェルト産の紅茶は入手が困難でした。ローラン公爵の領地で栽培が独占されているらしく、国外への流出は控えているとか。交渉材料としてブランド力を高めているのね。

 嗜好品一つでも元祖国とは扱いが違うのよね。ウチの愚か者達だと直ぐに金貨とか俗物的な物を欲しがるし有難がる傾向が有ったわ。でも今は、この芳醇な香りを妹達と楽しみましょう。

 

「私達、何時になったらエムデン王国領に入れると思いますか?」

 

 オルフェイスの突然の質問、確かに両殿下に足止めされている状況を快く思っていない事は知っています。ですが二千人しか居ない兵力の効率的な運用を考えれば理解は出来ます。

 それなりの拠点に籠り増援を待つ。私達を伴った行軍は通常よりは遅くなりますし、護衛を付けて先に送り届ける事もしないでしょう。少ない戦力を割く意味が有りませんから。

 そして問題児たる私達の監視も含めて手元に置いておく。序に私達の身柄を抑えている事にも意味が有るのですから。利用価値が有るから手元に残しているが正解なのでしょう。

 

「増援が来ない限りは、フルフの街から動かないと聞いていますわ。未だスメタナの街も掌握していない状態で、防衛拠点から出る事は守りが薄くなるので仕方無いでしょ」

 

「ですが半分以上も城の外での野営ですし、この領主の館も籠城に適しているとも思えません。三倍以上の兵力で攻められれば陥落するでしょう。それに逃げ場も有りませんわ」

 

 コウ川の中州に建てられた領主の館、ルトライン帝国時代には軍事拠点として使用されていたと聞いていますが眉唾モノでしょう。確かに川に囲まれていて防御には適していると思います。

 逆に囲まれてしまえば逃げる事は難しいのも事実ですね。軍事に疎い私でも何となく分かります。両殿下は増援が来る事を確信しているからこそ、この防衛に適した場所から動かない。

 頭の中にフルフの街の周辺の地形を思い浮かべる。この館は岩山を利用して建てられています。中州なので周辺はコウ川、そして川岸周辺は肥沃な大地として畑が広がっています。

 

 今回の籠城に先立って周辺の麦畑は刈り取られて野営地となり、防御陣地として色々な仕掛けを施している。多数の罠も仕掛けられているので、仮に私達が逃げ出したとしても案内役が居なければ……

 

「エムデン王国から必ず増援が来ます。最良なのは、リーンハルト卿が単独で先行して来てくれる事ですが……彼は旧ウルム王国領の復興支援に赴いているので望みは薄いでしょうね」

 

「戦中戦後と活躍出来るとは驚くべき事ね。ですが私達の誰かがエムデン王国の王族と結ばれれば、彼は私達の臣下となるのです。本人に嫁ぐのも一考の価値は有るわ。でも王族と臣下の関係の方が良さそうね」

 

 この件については、ミッテルトは乗り気だけれどオルフェイスには不評みたいね。婚姻外交・政略結婚で苦労を掛けた訳ですから、避けるべき話題だったわね。

 未だに、オルフェイスは傷付いているのね。国の命令で嫁いで直ぐに新郎が死刑にされてしまえば、色狂いの最低な殿方でも仕方の無い事よね。

 貴女にも心から愛せる殿方が現れれば良いのですが、未だ本人にその気がなさそうです。焦らずゆっくりと、貴女の心を癒したいのです。

 

「確かに此処に籠っている事が現状での最善手でしょうが、それはエムデン王国としてです。彼等は増援が来ても、自分達の殿下だけをエムデン王国に帰還させるでしょう。

私達は最低でも彼等の都合で、今回の騒動が収まる迄はバーリンゲン王国領内に留まらされる筈ですわ。それでは危険が増すばかりで安心出来ません」

 

「え?私達は属国の王族で、クーデターの際に亡命してきたのよ。対外的にも軽く扱える訳にもいかない重要人物、その安全に対しては最大限の配慮をするのではなくて?」

 

「自由は無くとも身の安全に関しては問題が無いのではないかしら?こんな危険地帯に足止めされるとは考えられないわ」

 

 私達の言葉に、ヤレヤレ的に首を振って大きく溜息を吐きましたね?淑女としては大問題な仕草ですわ。それと呆れた視線を向けるには止めて下さいな。

 貴女は大切な妹ですが、多くの問題も抱えて心配なのです。その様な物の言い方は駄目です。この部屋にはエムデン王国の間者は居ないと思いますが宗主国の非難は一応抑えるべきです。

 まぁ今更でしょうね。さて、貴女の後ろに控えるミーティアも満足そうに頷いていますね。この話の流れが貴女の望む事なのですね。

 

 私達が無事に素早くエムデン王国に行ける方法。その方法を聞かせて貰おうかしら。顔を寄せてきたので、此処からは内緒話なのでしょう。姉妹三人が身を寄せ合う。

 小声で話せば、仮に部屋の周囲に間者や諜報員が居たとしても話の内容は聞こえない。扇で口元も隠せば、読唇術でも分からない。ミーティアも周囲を警戒し始めた事を考えると、結構危険な提案かしら?

 何故かワクワクしてきましたわ。姉妹の悪巧み、昔を思い出します。当時は悪巧みというには可愛い悪戯でしたが、今回は違う。なにせエムデン王国に対して仕掛けるのですから。

 

「それで私に提案が有るのですが……」

 

 でもニコリと微笑んだ私に、暗く濁った笑みを向けるのは止めて下さいな。

 

 

 


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