古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第872話

 幼い淑女二人の猛攻を何とか凌ぎつつ、母親達に引き渡して一息つく。純粋故の要求だが、叶える事は多大な問題を周囲にばら撒くから代案で納得して貰った。

 つまりお茶会の後で昼食にも呼ばれて、彼女達のお昼寝にも付き合う約束をした訳だな。まぁ立会いに、ターニャ夫人とメイド長を指名したから大丈夫だろう。

 母親?自分達も一緒に寝かし付けて欲しいとか謎の要求を口走ったから却下です。最初は畏まって遠慮も有ったが、最近は積極的に距離を詰めて来ている気がする。

 

 僕が貴女達を義母様と呼ぶ事は永遠に無いので諦めて下さい。

 

 本日の主目的である、才女の群れとの定期報告会に向かう。建前はお茶会だが、実際は通達と報告と雇用の機会だな。最近は正直な所、疎遠にするのも勿体ないと思い始めた。

 近衛騎士団との関係も有るが、彼等も特に側室にと強引に迫る事も無く、その他の事で問題の無い範囲で優遇ないし補填をすれば側室に迎えないで雇用しても良いんじゃないかと思っている。

 有能な人材が沢山欲しい、切実に。ポッと出の新人には譜代の家臣とか居ないのに、与えられる仕事は歴代の重鎮なみに多種多様で難しい事が多い。故に圧倒的に人手が足りない。

 

「だから才媛という実績で評価すれば信用出来る人材では有るのだけれど、信頼と言う点では人柄や性格的な事もあって欲望が前面に溢れ滲んでいるからイマイチなんだよな」

 

 メイドの案内の先に集まるエムデン王国の中でも才媛・才女と自他共に認める連中なのだが、少しも欲望を隠さないんだよな本当に隠さないんだよな。それが今回は三人も参加している。

 僕に最初から欲望に塗れた視線を向けていた、ステファニー嬢とシャルロッテ嬢とヤーディ嬢。ステファニー嬢は上級魔石の件で毎回参加しているし、取り纏め役のクラリス嬢も同じく毎回参加。

 残り三人枠を交代制にしたのだが、初期メンバーだからだろうか?シャルロッテ嬢とヤーディ嬢は交互に参加していたが今回は一緒に参加している。つまり新人枠は一つ。

 

 今回の新人は……

 

「お待たせしてしまいましたか?」

 

 一応の礼儀として謝罪する。約束の時間には間に合っているが、先に幼い淑女二人を優先してしまったのも事実。だが彼女達は侮れない諜報要員でも有る。

 幾ら才媛と言われても、幼い彼女達の前では取り繕った話はしないで本音に近い事を話している。未だ話の内容は理解出来ないだろうと思っているのだろう。

 だが彼女達は理解が出来なくても『誰がどんな事を言っていた』とか『普段はこんな感じなんだよ』とか『感じが悪いとか優しいとか』の情報を教えてくれる。

 

 それは僕が喜ぶだろうと積極的に彼女達に纏わりついたり近くで二人で遊んで聞き耳を立てていたりと、幼女にしては色々と考えて行動しているんだ。いずれ立派な才媛に育つだろう。あと男泣かせになるな。

 

「いえ、大丈夫ですわ。皆様と近状報告などをしていましたので、待たされてなどいませんわ」

 

「リーンハルト様の方が忙しいと思いますのに、私達に会いに来て頂いて嬉しく思いますわ」

 

「愚かな隣国がキナ臭くなってきていますが、国内で唆されている者達の隔離は済んでおります」

 

 社交辞令の後に、モンテローザ嬢に洗脳された連中の洗い出しと隔離が済んでいると報告されたよ。上級貴族の横の繋がりは複雑怪奇だが、それを乗り越えて対処したって事だな。

 ザスキア公爵の『新しき世界』の主力は年上の御姉様方だが、メディア嬢と協力関係を結んだ関係で若い未婚の淑女達も取り込んでいる。だがこの『本妻様の下部組織』なる連中は……

 大枠では、メディア嬢の取り纏める若手の集まりの中で選別された小グループだが、実家が近衛騎士団という事も有ってそれなりの勢力を持っているらしい。

 

 テーブルに座り紅茶と焼き菓子が用意されるのを待つ間に、今回の新人さんに視線をチラリと向けて確認すると目が合った。彼女も僕を確認していたのだろうが、それにしては少しは隠そうよ。

 第一印象は凄く落ち着いている。冷静沈着、悪い言葉を遣えば冷たい感じ。僕に対して観察するような視線を向けていた。欲望を向けられたり品定めされたり見下される事は有ったが、研究者が観察対象に向けるような目で見られる事は珍しい。

 それと何らかのギフトを使われたと思うのだが、僕も知らないモノだと思う。何だろう?観察されたにしては僕個人に対して干渉する系ではないし探査する系でもないな。

 

 クラリス嬢が困った視線を向けているのは予定外だったのか?レイニース嬢の件で、僕に勝手にギフトを使う事は控えると思ったのだが……彼女も一筋縄ではいかない系か?

 割と不敬なのだが注意する筈の、ターニャ夫人が今回は参加していない。張り切って読み聞かせの本を選ぶといって孫娘達を連れて行ってしまったんだ。まぁ指摘しないのも紳士の度量だと割り切ろう。

 改めて彼女を確認する。エムデン王国の貴族に多い金髪碧眼だが……いや違うな、瞳の色が青と言うより緑に近い。これは他国の血が混じっているのか先祖帰りか?

 

 エムデン王国で最も多いのは碧眼、青色の瞳だ。次に多いのが濃褐色(ブラウン)と淡褐色(ヘーゼル)で極少数だが灰色(グレー)や緑色(グリーン)と続く。一部の地方では金色(ゴールド)もいるらしい。

 瞳の色で忌み嫌われているとかの差別は無い。だがじっと見詰められていると落ち着かない。それと少し年上と思われるが美人である。中肉中背、体型はクラリス嬢と殆ど変わらないかな?

 女性陣の紅茶と焼き菓子が用意され、メイドが下がったのを合図に女性陣が視線で司会進行をクラリス嬢に任せた事が分かった。彼女達は意外と仲が良いがドライな所も有る。全員が何かのライバルらしい。

 

「では改めまして、お茶会に参加して頂き有難う御座います。彼女は……」

 

「私の名前は、モニカと申しますわ。どうぞ末永く宜しくお願い致します」

 

 そう言って頭を下げた。毎回の事だが新人は家名を名乗らない。それは先入観無く自分だけを見て判断して欲しいという意味らしいが、判断理由が当人だけなら最初からマナーに問題有りって困らない?

 勿論だが家格も個人的な能力も問題無いから、このお茶会に参加しているのだろう。能力と性格は別問題だけど、最初位は取り繕うよ?そういう疑わしい視線を向けたが、見惚れる様な綺麗な笑顔で返された。

 最初は冷酷とも思ったが、なかなかどうして曲者らしいな。だが両隣に座る、シャルロッテ嬢とヤーディ嬢にテーブルの下の足を踏まれたか蹴られたのだろうか?小さな悲鳴をあげて顔を顰めたね。

 

 それを満足げに眺める、クラリス嬢とステファニー嬢。君達って本当に良いグループだと思うよ。

 

「僕は、リーンハルト・フォン・バーレイ。エムデン王国宮廷魔術師第二席の任に就いています」

 

 略式だが名と役職を名乗り軽く頭を下げる。モニカ嬢と名乗った淑女だが、第一印象は冷静沈着で冷酷だと思ったが今は何だろう?印象で言えば一番近いのは、ユエ殿だな。

 

「次期最年少侯爵であり宰相候補でもありますわよね?素晴らしき国家への忠誠と奉仕だと感服していますわ」

 

「どちらも誤解です。僕は軍属だし伯爵の爵位を戴いていますが、実母の血筋が悪いので侯爵にはなれないでしょう」

 

 最近よく言われるので否定しておく。侯爵の爵位など欲しくもない、これ以上身分が上がったら義務を果たせなくなるし興味も無い。宰相?止めて下さい官僚の最上位など、軍属の僕には無理です不要です。

 ニッコリと黒いと言われる笑みを浮かべながら圧を掛ける。こういう誤解は大変だけれども、その都度訂正しないと駄目なんだ。既成事実とか知りません。

 でも役職が無く基本は家に居る淑女の方々も知っているって事は、王宮に出仕している父親とかから噂話として聞かされるのか淑女のネットワークで知るのか情報の入手方法が気になる。

 

 仮にも近衛騎士団員である親族から聞いたとなれば、軍属の彼等が僕が宰相になるとか聞いてどう思っているのかが知りたい。否定か肯定か?

 否定なら問題無いけど肯定なら大問題なのだが?栄えある近衛騎士団員が宮廷魔術師として同じ軍属の僕に官僚のTOPに就任する事を容認するのか?それって酷い裏切り行為じゃない?

 同じ軍属でしょ?官僚のTOPに据える事を容認しないで否定して!軍属と官僚って仲悪いじゃない、板挟みになるのは凄く嫌なんです。

 

「ふふふ、無欲なのですわね。普通の貴族ならば出世した領地が増えたと喜ぶと思いますが、本心から嫌がっている事がわかりますわ」

 

「苦労に見合う出世とも思えませんし、要らぬ軋轢を生みだす事になりますから。正式に否定しておきます」

 

 結構な嫌味の応酬って訳ではないが好ましい会話でもない筈だが、他の参加者達は落ち着いているのは何故だ?普通なら止めるなり諫めるなりするだろう。だが、クラリス嬢達は僕等の会話を聞いているだけだ。

 モニカ嬢の挨拶の内容が好ましくない時は、テーブルの下で足を踏んだり蹴ったりしたのに今は静観しているのは何故だろう?思考を纏める為にゆっくりと紅茶を飲み焼き菓子を食べる。

 それなりの時間を掛けて味わいながら、彼女達の思惑を考える。問題の多い会話の内容なのに特に慌てないのは何故か?想定通りだから?話の流れが大筋では間違ってないから?

 

 僕が考えている様子を嬉しそうに眺める、モニカ嬢と視線を合わせる。なかなか逸らさないし逸らしたら負けな気がするので頑張る。十秒ほど見詰め合ったら、モニカ嬢が視線を逸らした。

 大人げなく勝った事が嬉しくなり黒くない微笑みを浮かべたら拗ねられた。紳士でないですわ!とか小声で言われたけど構わない。小さな勝利だが僕にとっては大きな意味が有る?よね?無いか、意地を張っただけか?

 まぁ彼女達が事前に打ち合わせした通りに話が進んでいるって事だな。本当に才媛の群れって扱いに困る。僕は本来そっち系の事はザスキア公爵やジゼル嬢やリゼルに任せ切りなのです。

 

「リーンハルト様は御自分の名前の由来について、調べた事は有りますか?」

 

「由来?名前の?特に調べた事は有りません」

 

 名前に意味を持たせる事は知っている。何かを調べる時に参考にする事も有る。例えば貰った魔法の力が宿ったコインについて、刻まれた模様から付加されている効果を予想したりとか……

 だが人の名前の由来とかは調べた事は無い。リーンハルトという名もエムデン王国では割とポピュラーな名前だなって認識しかしていない。だがそれが何だというのか?

 

「例えばクラリス様の名前ですが、由来は『光り輝く』とか『鮮やかな』という容姿に優れたという意味が有ります。ステファニー様は『冠』で知性を司ります。では私の名前は?」

 

 そう言って悪戯っぽい目を向けて来た。もう冷静沈着とか冷酷とかの第一印象は崩れ去った。表情一つで印象など180度変わってしまうって事だな。周囲の様子を伺えば、そしてこれが本題なのだろう。

 皆が僕の答えを待っている。だが僕はモニカという名前の由来や語源など知らない。知ったかぶりをするか、誤魔化すか、素直に知らないと言うか。普通の貴族男性ならば淑女の質問に答えれない事は恥だから誤魔化すんだろうな。

 だが素直に両手を上げて知らないと伝えたら、驚いた顔をされた。もしかして常識的な事で知らなかった僕って非常識だったのか?

 

「えっと、その反応には傷付くのですが」

 

「いえ、素直に知らないと答えてくれるとは思いませんでしたわ。私の名前、モニカですが『助言をする者』という由来が有ります」

 

 助言者?僕にとっての、ザスキア公爵やジゼル嬢やリゼルの事か?三人共に得難い助言をしてくれるが、それと名前の由来と何が関係するのだろうか?私達も助言しますわ的な事か?

 いやいやいや、簡単に助言など出来ないでしょ?僕に対して助言するとか問題点を正確に把握して解決に向けて適切な助言をするとか高難易度過ぎて……

 

「そして名前が示すように私が神様から与えられたギフトは『助言』ですわ」

 

 ドヤ顔したよ、この淑女は……

 

 


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