古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第853話

 適度な休憩を挟み付近を警戒しながら自然林の中を進む。ウデムシとの遭遇現場から水場に移動、その後左右を広範囲に調べたがオークもウデムシも痕跡すら発見出来ず。

 本来の縄張りとして生息していたと思われる、灰色熊や灰色狼すらいない。だが彼等の餌となっていただろう小動物は何匹か視認出来たが、彼等は僕等の存在を認識すると直ぐに逃げた。

 猟師達に言わせれば、危険な捕食動物が活発に活動しているので彼等の警戒心が高まっているそうだ。だが水場周辺も探索したが、捕食側の連中の痕跡は見付からなかった。

 

「つまり手詰まりかな?」

 

 何度目かの小休止を挟んで探索し、二日目の野営地として選んだのは最初に休憩した水場だ。流石に視認性の悪い自然林の中で警戒して一夜を過ごす事は避けたい。

 錬金で周辺の岩場を平らに均して、少し樹木を伐採して周囲の見張りをしやすくした。切った樹木は適度な大きさに切断、簡易なテーブルやベンチとして使用する。

 猟師達から残して欲しいと要望が有り、今後の野営地として使いたいそうだ。この辺まで狩猟に来る事はめったに無いが、簡易な野営地が有る事は何かの時に役立つかららしい。

 

「明日、予定通り戻りましょう。もしかしたら擦れ違っている可能性も有りますし、巨大なウデムシに食い尽くされた可能性も有ります。此処にいる我々が見付けられないとなれば、後は原生林の奥に……」

 

「流石に現状の装備で、原生林の奥深くに踏み込むのは自殺行為だね。明日は戻りながら周囲を確認し痕跡を探そう。無ければ人里には降りてないって事だから」

 

 焚火を囲み、スティー殿と明日の予定を相談する。オークの異常繁殖の前情報を信じればウデムシの胃の中のオーク達では数が合わない。少なくとも百匹以上は居る筈、だが半数程度はおかしい。

 既に消化されているのか、他にもウデムシみたいな捕食モンスターが居て食われたか?アレ以外にオークを捕食出来る大型の肉食モンスターが居るとは考えたくないのが本音だ。

 だが限られた時間しか無い僕達の打てる最善手は無い。一応の討伐の成果としてのウデムシは大量に確保したが、未消化のオークは埋めてしまったので証拠としては証言だけだ。

 

 討伐証明の大きな鼻も半分以上消化された状態では持ち帰る事を躊躇しても仕方ないと思う。

 

「そうです。大量のウデムシだけでも、今回の討伐の難易度が高い事は証明されます。アレの人里への侵入を防げたと思えば、今回の討伐遠征は大成功です」

 

 枝を折り焚火にくべる、スティー殿の顔は苦笑いだな。目標たるオークの討伐こそ未達成だが、ウデムシという脅威を払った事は大成果には違いない。残された問題である、灰色狼の件は冒険者ギルド支部と猟師達が引き継ぐ。

 テリトリーに逃げ込んだ灰色熊の討伐は、新たに討伐隊を複数用意して対応する。冒険者数パーティーに案内役の猟師は数人で編成すれば行動し易いだろう。今回みたいな大所帯は大規模なオークの群れに当たる編成だし。

 夕食を終えて手際良く天幕を張る連中を見ていると、もう就寝の時間なのだと気付く。体力の回復の為に早目に寝る、時刻は九時位かな。明日は六時に起きて七時に出立、帰り着くのは夜遅くなるだろう。

 

「そろそろ寝ましょう。明日は真っ直ぐに向かっても、街に着くのは夜ですよ」

 

「周囲の警戒も捜索も有るからね。でも気持ち的には楽だろう。人里に近付くだけでも安心感が違うからね」

 

 切り開いた場所だから月明かりの恩恵が有り、仄かに周囲を照らしている。女神ルナ様の恩恵?そして自然林の中は一切の明かりが届かないから真っ暗だ。周囲に篝火を焚いて警戒しているが、周囲10m位しか明るくない。

 大人数だし大量の篝火を焚いているから、野生動物もモンスターも野営地に攻めては来ないと思うが、一応警戒の為にフレイナル殿が魔法で乾燥させた薪を大量に持ち込んだのは正解かな。

 

 焚火とは言え人工の光は、それだけで人に勇気を与えるから。

 

「お休みなさいませ、リーンハルト様。あちらでクリス殿がお待ちですよ」

 

 苦笑しながら話し掛ける、スティー殿の視線の先を見る。

 

「はっはっは!羨ましいですな」

 

「ん?ああ、勘違いしないで下さいね。彼女は護衛、情婦を連れて来ている訳では有りませんからね」

 

 天幕の入り口を捲り上げて待機している彼女は、周囲から見たら完全に僕の情婦扱いなんじゃないか?いや護衛だから、疚しい事なんて何もないから!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 あわよくば野営地に問題の連中が襲撃してくれたらと思っていたが、そんな事は無く無事に朝を迎えた。山の天候は気まぐれ、残念ながら夜半から小雨が降り出し起床時間には結構な大粒となっていた。

 川の水流は増えて水を汲むのも少し危険かな?って程になっている。各自が雨具を用意するが、精々が防水処理を施したマントを羽織る位だ。風は無く自然林の中に入り込めば枝葉が雨具の代わりとして雨を遮ってくれる。

 困った事は夕方の様に暗い事。自分達の周辺に魔法の光球を浮かべて照明の確保をしているが、周囲の探索の精度は著しく落ちる。これでは夜間行軍と変わらないが、身軽な者が木を登り空を確認したが広範囲に雨雲が覆っているとの事。

 

 風が強ければ雨雲も流れるが殆ど無風に近い、危険な場所に留まる位ならば移動しよう。そう結論付けて帰路に就く。

 

「最後の最後で散々な結果ですね」

 

 肩を竦めてヤレヤレ的な態度が様になっている、スティー殿を見て言葉と態度はあっているが表情が嬉しそうなのがアンバランスだなと思う。まぁ周囲の連中に向けてのガス抜き的な行動だろう。

 纏め役が率先して上司にボヤいてくれれば、少しは気も楽になるだろう。これが任務だから悪天候でも文句を言わずにキビキビ行動しろっ!とか騒げば、嫌な気持ちにもなるだろう。だらけろとは言わないが、適度な緊張は保って欲しい。

 ここは上司として振られた話に乗ってやるのが役目だろう。部下がボヤき上司が窘める。それと希望を持たせる事も大事、現状を理解させてゴールを明確に教える。

 

「いや、ウデムシに襲われた方が散々だよ。悪天候でも帰路は分かっているので遭難の心配も無いし、物資の残りも有る。少し肌寒いが耐えられない程でもないし、今夜には風呂に入って暖かい夜食も食べれるさ」

 

「風呂ですか?最近ですが、フレイナル様の活躍で平民向けの浴場も気軽に入れるようになって感謝しています。湯を沸かす事は重労働ですからね」

 

 ここでフレイナル殿の話題が出たが、例の湯沸かしを手伝えって件は良い方向に流れているな。こういう地味な人気が広まった噂を打ち消す事になる。彼の悪評は頑固だから、色々と善行でも何でもやるしかないんだ。

 残念ながら彼の湯沸かしの手伝いは終わるが、噂話は広まるし次の領地でも同じ事をすれば良い。領主の館が有る場所は栄えた街が多いから、問題は無いだろう。人気取りと思われても今は行動するしかない。

 被っていたフードを払う。視界がクリアになるが、枝葉に溜まった水滴が落ちて額に当たり鼻筋を通り首から服の中に入り込んだ。自分だけ魔法障壁を張るのを自粛した結果だが冷たい雨水が身体を流れる時にゾクゾクしたぞ。

 

「来た道と同じですから、迷う事は有りません。しかし魔法の明かりとは凄いですね。松明とは全然違いますし、雨の中で濡れても大丈夫とか凄いです。数も多いし我々の移動に合わせて動くとか信じられません」

 

「未だ改良が必要だけどね。これ以上、光量を強くすると自分が眩しくて困る。明かりに指向性を持たせたいんだけど、中々改良する時間が取れないんだ」

 

 結局、王都の魔術師ギルド本部にはライトの魔法の魔導書は渡してないんだよな。何故か僕のオリジナル魔法扱いになっているから、簡単に教えて欲しいとは言い出せないのだろう。

 確かに光球一つで周囲10m位は明るく照らせる。それこそ書類仕事が出来る程度の光量は有る。障害物が無ければ多数を等間隔で並べて広範囲を明るく照らす事も可能。だが障害物が多い山林の中だと木々の奥を照らせない。

 つまり死角が出来て、敵の接近を察知する事が遅れる。今の状況みたいに……

 

「敵襲!周囲に敵影有りだ。密集隊形、周囲を警戒しろ。クリス?」

 

「了解しました。敵を確認します」

 

 ぬるりと僕の背後から現れたクリスに、影しか見えないが複数の動く物体の確認を頼む。同時に敵が潜んでいると思われる場所に複数の光球を飛ばす。木々を縫い飛んでいく光球に樹木が照らされ不思議な影を多く生み出すので余計に混乱する。

 光球の動きを止めて奥に浮かして留めると、僕等を取り囲む連中の姿が少しだけ鮮明に見える。大型で人の形をして長い何かを持っている?太った輪郭、だがオークよりも大きい?何だ?オークじゃない?でもあのシルエットは……

 光球を棍棒か何かで殴り付けたのか、激しく発光して砕け散った。同時に暗闇が戻り、折角掴みかけた相手の情報が分からなくなった。だがオークか上位種と想定したとして……

 

「兵士は盾を構えろ。少なくとも敵は素手じゃなく武器を持っているぞ」

 

「最近繁殖した連中ではないのでしょうか?モンスターは自分で武器や防具を用意できない。ですが最近で襲われて奪われた冒険者とかの情報は少ないです」

 

 ネイチャーウエポン(自然素材の武器)石や棍棒でも近距離で投げ付けられたら大ダメージだ。人の頭程の石を投げ付けられたら、当たれば即死だろう。流石に即死ではヒールやポーションでも回復出来ない。人は脆く弱い、現代でも死人を蘇生させる事は無理なんだ。

 幸いというか見通しが悪いから、仮に投石するにしても姿を現さないと難しい。確認出来れば、即魔法で攻撃するしかない。これが人間の兵士を率いて戦う事の煩わしさ難しさと、ゴーレムだけを率いていれば不要な苦労。だけどそれじゃ駄目なんだ。

 人の世界に生きるならば、合理性とか効率とかを捨てて行動しなければ駄目な時が有る。そうしなければ理解されず排除される心配が有る。人との関わり合いを甘く見ると、英雄と持ち上げられていても何時か手の平を返される。

 

 煩わしいと思うなかれ。これが人の世で異常な僕が生きる為に必要な事。英雄と祭り上げられる事を利用するならば、兵士を率いて結果を出す必要が有るんだ。

 

「主様。敵はハイオークの亜種と思われます。武器は主に棍棒と石斧、防具は動物の毛皮程度。全て若い個体ですが妙に統率が出来ています」

 

「支配者階級のオークジェネラルかオークキングでも居るのかな?まぁ良い、守りを固めて迎撃する。クリスは遊撃として行動してくれ」

 

 全て亜種の若い個体?通常なら有り得ないが、クリスの調査に疑いようなどない。統率された群れか、ラコック村を襲撃して来た錆肌を思い出す。あれも群れを率いた『名有り』の亜種だった。

 指揮官が冷静であれば兵士も落ち着くし、一緒に戦場にいれば更に落ち着く。逆に上が焦れば不安は際限なく広がるし、士気も駄々下がりとなる。不安を無くすためにも、指揮官は堂々として、適切な指示を与えなければ失格だよ。

 周りを見回せば何人かと目が合う。つまり不安で僕を見詰めていたのだろうが、力強く目を合わせれば安心したのだろう。同時に士気も上がったのかヤル気に満ちている。

 

「オークの亜種程度で恐れる事は無い。僕の魔法障壁は全員を守れる。今は敵の全貌が分からずに不安かも知れない、だが姿を見せれば一方的に殲滅出来る!」

 

「流石は英雄様。俺達だって負けない。オークなど恐れるものかっ」

 

「見えないだけで怖がるとは、俺も未熟。そもそも猟師とは姿を見せずに獲物を狩る者。逆になったからと慌ててどうする」

 

「全くだ。見えないモノを怯えるとは恥ずかしいぜ」

 

 どうやら鼓舞は成功したみたいだな。魔法で探知したが、敵は円形に僕達を囲んでいる。その輪を徐々に狭めているが、木々に身を隠して姿を見せない。いや太い身体を隠し切れてないじゃないか。ふふふ、思わず笑いが零れる。

 いかに連携し統一された動きでも、どこか抜けている。前方の奴なんて幹が1m近い大木なのに腹が隠れ切れなくて少し見えている。それを指さして笑えば、兵士や猟師も吊られて笑い出した。恐怖心は消し飛んだ、あとは油断しなければ負けない。

 クリスが統率者を探しているが未だ見つからない。頭を潰してから動揺を誘い殲滅したいのだが、それは少し厳しいかな?状況を動かしてみよう。

 

「大地より生えろ断罪の刃、敵を穿て……山嵐!」

 

 探査魔法で掴んだ凡その位置に山嵐を打ち込む。地面から生える鋭い鋼鉄製の槍衾が、大木の陰に身を隠していたハイオークを貫き絶命させる。デスバレーのシザーラプトルには避けられたが、ハイオークは気付かずに絶命したな。

 山嵐の魔法は発動速度や威力、隠密性を少しづつ改良していた成果が実ったな。先ずは八匹を倒したのだが、連中に動揺が感じられない?変だな、仲間が一方的に倒されたのに空いた穴を塞ぐ様に何匹かが移動した。

 どうしても僕等を逃がさない、そんな意思を感じる。少しだけ、ほんの少しだけ不安になる。絶対に負けない相手なのに、なにかが心の隅に引っ掛かる。こいつ等って本当に統率者に率いられたハイオークなのか?

 

 その判断を委ねる情報を探している、クリスは未だ戻って来ない。

 

 


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