古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第847話

 旧ウルム王国領の復興支援は順調に進んでいる。既にマインツ領の復興支援を終えて、次のザスニッツ領に移動。慣れた事で効率的に作業が進んでいる。

 この調子なら予定より少し早くエムデン王国に戻れるだろう。女神ルナ様の御神託を信じるならば、なるべく早くエムデン王国に近い位置に居るべきだ。

 有事の際に出遅れる事は避けたい、それが自分に係る事なら余計に……まぁ問題を一つ抱え込んでいるので、其方も早く処理したい。問題児は早々に送り届けたかったのに……

 

「ザスニッツ領まで護衛すれば終わりと思ったのにな」

 

 問題児である、確保した元殿下は早々に国王直轄であるザスニッツ領に送り届けて身柄を引き渡す予定だった。その旨の報告書を送ったのだが、結果はまさかの継続での保護。

 子供とは言え、一人を継続的に隠し通しながら保護する事は大変だ。特にマインツ領に居る時は気を遣った、毛根にダメージを受ける程に気を遣った。

 アルバン男爵が比較的に接触を控えてくれたのと、モア教の全面協力が有ったから何とかなったけどヒヤヒヤものだった。多分だが、ベルヌーイ元殿下の身柄を抑えた事を今は隠したいのだろう。

 

 考えられる事は、エムデン王国側にも旧ウルム王国の息が掛かった者がいるか旧領内にウルム王国の息の掛かった者がいるとか?

 

「でも秘密裏に引き渡せば問題無いと思うんだよな。少なくとも少数の僕達が復興支援と並行して保護する必要が有るのか?」

 

 もう一つ考えられるのは……事が大きいから王都からの指示が有る迄は、僕の監視下に置いておきたい。そっちの方が有力かな。

 与えられた寝室のベッドに寝転びながら考える。元殿下の身柄を確保して直ぐに、アウレール王とザスキア公爵に連絡した。それと合わせてザスニッツ領の代官にもだ。

 代官からは領主たる、アウレール王の指示待ちだが受け入れの準備は進めると報告が有った。流石は国王直轄領を預かるだけの事は有る。

 

 直ぐに領主の館の敷地内に軟禁する場所を用意して護衛を増やし受け入れ態勢を整えた。だが受け入れてはくれたが、身柄の監督者というか責任者は僕のままだった。

 ベッドの上をゴロゴロと転がる。微妙な感じだが、現状で爵位も権力も有る者の最上位が僕なんだよな。国王直轄だから他に領主も居ないし、それ程広くないから領主の館に拠点を置いて復興活動は出来る。

 色々と問題児を保護するに当たり、即断出来て武力でも対抗出来るし権力も併せ持つからな。代官殿の申し訳なさそうな顔が浮かぶ、彼も自分の権限ではどうしようもないと悔やんだのだろう。

 

「しかし元ウルム王国領とは言え、国王直轄ともなれば待遇は素晴らしいな」

 

 豪華な部屋に食事、復興支援に来ているのに歓待されているだけみたいだ、ベヘル殿を思い出す。二回目のドラゴン討伐でお世話になった、ビクトリアル湖畔の国王の別荘の執事殿。

 彼等の歓待にも勝るとも劣らない、もう殆ど国賓待遇じゃない?王命で仕事に来ているだけなんだけれど……

 今回も作業時間について一悶着有った。彼等は持て成す相手には必要以上な仕事の時間を嫌がる、早出して残業とか嫌がる。今回も七時起床の朝食は八時、送迎馬車の手配が十時とかさ。

 

 一般的な上級貴族ならば普通のタイムスケジュール、僕は六時半起床で七時朝食で八時出発。帰宅は仕事場を五時に出発とした。つまり夕飯は場所にもよるが七時前後、出来れば向こうで泊まりたいのだが……

 ベルヌーイ元殿下を保護している関係上、何日も留守には出来ないので困る。でも貴族としては早起きして仕事をしているから、進捗率が高いだけ。普通の上級貴族は正味四時間程度しか仕事をしない?

 王命が予定よりも進む理由が、一般的な上級貴族よりも労働時間が長いからとかは嫌だな。それって他の方々が働いていないと言っているとも取られかねない。そう言う悪意有る捉え方をする連中も居るから。

 

「問題は、フレイナル殿が予想以上にベルヌーイ元殿下を気に掛けている事か。何か通じるモノが有ったのか?単なる同情心だけとは思えない。リゼルは保留し、クリスは侍女達の情報を得ようとしていると考えていると。

だが心を読める、リゼルが保留にして教えてくれない事には意味が有る。僕に考えて行動してくれって意味だと思うんだよな」

 

 時計が秒針を刻む音だけが鳴り響く寝室、照明は全て落としているから真っ暗だ。今夜は曇りで月明かりも無いので、カーテンから漏れる月明かりすら無い。明日は雨だろうか?

 フレイナル殿の思いだが、自分が助けて見逃した子供が敵国の王族だった。取り逃がした事を咎められ捕縛を命じられたが、捕まえたのは上司の僕。自分の尻拭いをさせてしまった負い目は、あまり感じられない。

 捕まえて軟禁している、ベルヌーイ元殿下を彼は直接見ていない。身の回りの世話と護衛と監視は、ウルティマ嬢と配下の連中に一任しているから。フレイナル殿が彼と話す必要は無い、必要は無いのだが……

 

「駄目だな、僕は他人の心情とか良く分からない。他人の心の機微とか難しい、ゴーレムだけを率いて来た孤独な軍団長だった頃の弊害だろう。だが会わせてどうする?どうなる?」

 

 眠気が全く無いので起き上がり、記憶を頼りに備え付けのソファーセットに向かう。ぼんやりと見えるソファーに座り、仰け反って固まった首と肩を解す。僕は本当に対人関係が苦手だな。

 仮にも直属の部下、そんなに長い付き合いではないが過去のイケイケだった彼をボロクソに負けさせて結果的に性格の矯正を行った事も有る。気心は少しは知れている仲の筈だ。

 幾ら一度は助けたと言っても、僕もフレイナル殿も敵国の人間。自分の祖国を滅ぼした者達が会いたいと言っても困惑するだけだと思う。幽閉される予定の子供、助ける事は不可能。すれば二度目で国家反逆罪で重罪だ。

 

 だが、リゼルが意見を述べなかった。彼女の行動には意味が有る筈、僕への配慮も多分に含んでいるが会わせる事自体に反対はしていないと思う。ギフトを使い二人の考えは読んでいる筈、その結果を報告せずに判断を委ねた。

 つまり試されている?違う、彼女はそんな事はしない。余計な先入観を与えずに、自分で判断しろって事だな。手厳しい先生だが、僕の成長の為と色々と考えてくれているのは分かるんだ。

 

「会わせた方が良い結果になるのか?僕じゃなく、フレイナル殿にとってかベルヌーイ元殿下にとってか……ん?」

 

 真っ暗闇だった部屋が突然明るくなり轟音が響く。雷が鳴り出し、窓硝子を叩く強い雨音が聞こえる。曇りと思っていたが雷雲だったのか、明日の作業に響かなければ良いけど最悪は休みにするか。

 悪天候時に自然に挑む事は不利どころか命に係わるし、一日位休んでもノルマは守ってるのだから問題は少ない。明日の、いやもう今日の予定は農地の区画整理と土壌の錬金だから余計に無理だな。

 雨音が強くなり雷の鳴る間隔も短くなっている。つまり天候は荒れる、明け方に晴れても雨水が引くまでは畑には入れない。ぐちゃぐちゃに荒らすだけだから、水路を作って水捌けを良くするだけだな。

 

「良し、決めた。フレイナル殿とベルヌーイ元殿下を会わせてみよう。僕は同席しない方が良さそうだな」

 

 ベルヌーイ元殿下は、クリスに命令して攫わせた僕に対して悪感情しかない。直接的に罵声を浴びせる事の不利さを理解し我慢する程度の冷静さは有るが、向けられる視線は殺意すら有る。

 その殺意に反応した護衛役のクリスの、何段階も上の大人げない殺意を向けられて気絶させたのは苦い思い出だな。雇い主に負の感情を向ける相手に対して威嚇するのを咎める事は出来ない、それが子供であっても護衛としての立場が有るから。

 各々の立場を考えれば、敗戦国の逃げ出した元王族が戦勝国の重鎮に対して不敬を働いた。子供だからと見逃す事は出来ない、感情論で反対したり諫めたりは間違っているのだろうな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 翌朝、六時半に起床する。多少の寝不足の感じはするが体調は万全、だが今朝起こしに来てくれた相手が意外だった。僕はウルティマ嬢に身の回りの世話は頼んでいない。

 リゼルかクリスが交代で世話をしてくれている。宿泊先の従業員の世話を断って迄……咎めると無言で悲しそうに見詰めてくるので、最近は諦めてなすがまま。

 そのローテーションに、ウルティマ嬢が加わったのか今回だけなのか?着替えの手伝いは遠慮するが、整髪や全体的なチェックは任せている。自分で全てを行わず配下に任せるのも上級貴族の常識らしい。

 

「では食堂の方に。今朝はフレイナル殿も招いております」

 

 身嗜みを整えて食堂に誘導してくれる、ウルティマ嬢の後を何となく付いて行く。側室予備軍なる謎の組織から一族共々引き抜いたのだが、有能な事は確認できた。諜報部隊として役立つ人材、今後も期待出来る。

 まぁ今回はベルヌーイ元殿下の潜伏先の特定には至らなかったが、その手順はザスキア公爵の諜報部隊を知っている僕からしても悪くない。その後の元殿下の監視と護衛の働きぶりも悪くない。

 良く手入れをされた廊下を二人で歩く、向かい側からフレイナル殿が此方に向かってくるのが見える。その表情は厳しいのだが、朝から何か有ったのか?それともベルヌーイ元殿下の話が不快だったのか?

 

「またか!また、リーンハルト卿は女性に傅かれるのか!」

 

 えー、朝から女性関係で騒ぐの?上司に挨拶も無しに?本当に君は女性関連については困ったチャンだな、国王に女性関係で何か言えるのって凄いぞ。僕だって相応の実績と成果を上げた上で約束して貰えたんだ。

 今もウルティマ嬢に下心が見え見えの視線を送っているけど、前に止めろって言ったよね。全然堪えてないの?学んでないの?何故、膝から崩れる様にして座り込むの?僕は配下の教育を間違えたの?

 両目の間を指で摘んで揉む、そして首を左右に振って下がった気持ちを盛り上げる。貴方には本妻と側室の女性陣が居るのだから、未だ手しか握らせて貰えなくても浮気とか止めて欲しい。彼女達は王命で娶るのだから余計にだぞ。

 

「私はリーンハルト様の家臣団の中核を担う者、主人に傅き仕えるのは当然。貴方も家臣をお連れになれば宜しかったのでは?」

 

「駄目なんだ。本妻と側室連中の監視がキツくて、実家の連中も彼女達の言いなりなんだ。身の回りの世話をムサイ中年の従者にやらせる気持ちが、リーンハルト卿に分かりますか?」

 

 いえ、知りません。分かりません。でも気楽で良くない?うら若き美少女達に世話を焼かれる事は、良い事ばかりじゃないんだよ。気を遣うんだ、本当に細心の注意も必要なんだ。気楽な同性の方が良いけど、許される立場じゃないんだ。

 この件については永遠に平行線、お互いが理解し合える事は無いだろう。そして既に実家も本妻達の管理下に置かれたのか、才媛達だから仕方ないね。嫌でも浮気なんかするなよ、只でさえハニートラップに弱いのだから。

 朝から慟哭する、フレイナルを放置して食堂に入る。既に主要なメンバーは全員揃っている、リゼルにクリス。シルギ嬢にダルシム達、ミケランジェロ殿が慟哭するフレイナル殿を見て目を逸らした。つまり放置、何時もの事なんだな。

 

 良い意味でも悪い意味でも気が抜ける。気分転換には丁度良いのか悪いのか判断が難しいが、これから重い話をする意味では気が解れたというか、余計な力が抜けたというか。ムードメーカー?

 

 

 朝から豪華な食事を終えて食後の紅茶を楽しむ。貴族とは何事にも優雅に余裕と気品を持って行動する、決して慌てたり取り乱したりしてはならないらしい。

 酷い痴態を晒した、フレイナル殿も何事も無かった様にシレっと紅茶を飲んでいる。両隣はミケランジェロ殿とダルシム、席順は一悶着有った、仮にも末席でも宮廷魔術師だし爵位持ちだし伯爵待遇だし。貴族の序列としては中間位だろうか?

 本来ならば貴族では有るが爵位の無い、ミケランジェロ殿やダルシムが隣に座る事はなく同じく爵位持ちのリゼルの隣が正解なのだろう。だが色々と前科があるので男性陣で両隣を囲んだ。ミケランジェロ殿は嫌がったが強制だ。

 

「今日は悪天候だから復興支援の仕事は休みだ。各々身体を休めて明日からの仕事に励んで欲しい」

 

「分かりましたわ。ですが巡回と溜まった雨水を排水する処置は行います」

 

 当たり障りの無い話をしたが、シルギ嬢が作業は中止するが雨水の処理は行うと言ってくれた。彼女も最初は警戒したが、和解してからは良く働いてくれて助かる。

 

「フレイナル殿」

 

「む?何でしょうか、リーンハルト卿」

 

 ニヤニヤとリゼル達を見る不審者に話し掛ける。見るだけでも相手に不快感を与える事も有るからね。特にリゼルは心の中も読めるから、何か嫌らしい事でも考えていたら丸分かりだから気を付けて下さい。

 

「前から言われていた、ベルヌーイ元殿下との面会の件ですが許可しますので本日会って下さい」

 

 この言葉に表情が引き締まった。普段から、そういう顔をしていれば良いのに本当に残念な方ですよね。三枚目のムードメーカーさん。

 

 

 


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