古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第841話

 ジェスト司祭に夕食に招かれた。モア教は各教会ごとに独自のレシピを持っていて、素朴ながらも地元の特産物を使った美味しい料理が食べられる。

 転生前は王族だが転生後は下級貴族の長子として育てられた身としては、豪華な料理よりも素朴な料理の方が好ましいと今は感じている。育った環境により好みや味覚が変わるのだろう。

 食後のワインを楽しみながら雑談をする。信徒に説教をする為か、ジェスト司祭の話術は巧みで話題も多岐にわたる。本来はモア教の教義や経典の内容を噛み砕いて説き明かす。

 

 ただ堅苦しい話じゃ食い付かないから色々と話術を磨いたのだろう。民衆に寄り添うモア教ならではの親しみ易さだろうか?

 他の宗教だと宗教関係者が高圧的な所もあるらしい、神が一番だから仕えし神職も偉いみたいな?宗教の闇を感じる部分だね。モア教が大陸で一番布教されているのも納得だ。

 僕だけでなく同席している、リゼルやシルギ嬢にも話題を振って会話を盛り上げてくれる。クリスは基本的に聞くだけで会話には参加しない、護衛だし同じテーブルで食事をするだけでも妥協してるんだろうな。

 

 ミケランジェロ殿とウルティマ嬢は同席せず、メルカッツ殿は私兵団や土属性魔術師達と一緒で別の場所で歓待を受けている。立場的な区分けなのだろう、その辺を細かく指摘しても意味が無いし……

 アルバン男爵達が居ない事も良かったのかもしれない。彼は自分の領地の民衆との関係が微妙だから、彼が参加したらここまで砕けた夕食会にはならなかっただろう。

 満足な夕食も終えて食後の歓談も終わりに近付いて来た、話題も尽きて会話も途絶え気味だし。そろそろ本題を切り出す頃合いかな。

 

「さて、少し込み入った話をしたいので……」

 

 ん?先に込み入った話がしたいと言われたぞ。ジェスト司祭が視線を修道女に送ると、彼女達が食堂から出て行った。僕の方はどうする?全員で聞いても良い話なのか?

 ジェスト司祭を見れば特に僕だけって訳でもなさそうだ。僕の腹心達が聞いても問題無い内容、でも修道女達に聞かせる話では無い。つまり彼女達が聞いてしまっては困る内容か。

 アルバン男爵の治世についての問題だと少々不味いかな。僕は彼の所属する、バニシード公爵と派閥連中からすれば政敵だから。復興支援は王命として来ているだけだし。

 

「リゼル達が聞いても良い話ですか?」

 

「私は護衛だから席は外さない」

 

「流石は英雄殿ですな。忠誠心の厚い護衛がいらっしゃる。リーンハルト様の腹心達である皆さんは、一緒に聞いても問題無いと思います」

 

 良かった。モア教の守護者とか言われなくて良かった。英雄殿も微妙だけど、それを指摘しても謙遜とか思われて誰も言い直してくれないのが現状だし。

 一応食堂の周囲を魔法で探査したが、近くに人は居ない。徹底しているのは、修道女達には話の内容は教えずとも密談する事は事前に話していたのかな?まぁモア教からのお願いは、基本的に全て叶えるつもりだ。

 ジェスト司祭がワインを一口飲んで真面目な顔をした。緊張感も漂っているし、相当に困難な内容だろうか?此方も身構えてしまうし、リゼルも躊躇なくギフトを使用しているみたいだ。

 

「モア教は弱き者達を助ける為に、常に門戸を開いております。それは身分や国が違えど同じ事なのです」

 

 あ?これ話の内容が分かった、国と身分で何となく理解した。ベルヌーイ元殿下が何処かのモア教の教会に助けを求めたな。侍女の一人が非業の死を遂げたし、逃亡は不可能と観念したのかな。

 ジェスト司祭が言い辛そうなのはモア教で保護した者を僕と言うかエムデン王国に引き渡して良いか判断がつかないからだろうか?身柄を引き渡せば現状だと未成年な彼は幽閉、その生涯は籠の鳥だ。

 彼を生かしておくことは、ウルム王国の復興を企む連中に対して大義名分を与えかねない。だからエムデン王国の手の者で彼を捕縛したかったが、モア教の教会に逃げ込んだか。

 

「良く分かります。弱者の救済に力を入れているモア教ならではの考え方であり、教義でもあります」

 

 この言葉を言った後、リゼルを横目で見たら口元だけで笑った。これは半分正解で半分不正解?ベルヌーイ元殿下の処分だけど、僕の采配でどこまで可能かな?アウレール王に報告する前に要相談だ。

 嗚呼、胃が少しチクチクしてきた。アウレール王は旧ウルム王国の王族達の生き残りを抑えている。未成年だが王位継承権第八位の男性王族の扱いは慎重にならざるを得ない。

 ジェスト司祭の次の言葉を待つ。先に要望を出して貰った方が対応がし易いのだが、中々言わない言ってくれない。何か葛藤しているような?この態度は何だろう?あまりリゼルを見れないから判断が付かない。

 

「実はモア教の教会に助けを求めて来た者達がいます。極度に衰弱しておりまして回復に時間が掛かりましたが最近漸く話せるまで体力が回復しました。回復魔法は怪我は治せても体力の回復は出来ません」

 

 者達、つまりベルヌーイ元殿下と侍女達の事だな。彼等は逃亡生活に耐えられずにモア教に助けを求めた事は彼等的には最良だろう。下手に他国に亡命されたら困った事になっていたし、彼等の身も危険だった。

 ジェスト司祭の言葉に頷いで同意する。ベルヌーイ元殿下の命の危機が去った確認も取れた。これが助けを求めたが重体ですとかだと、モア教も困るだろう。いや亡くなったら身元不明者として手厚く葬って終わりか?

 他国の手に落ちなくて良かった。仮に他国で捕まれば、引渡しの条件に何が付けられるかが分からない。それなりの条件を飲まされる筈、特にエムデン王国を警戒しているデンバー帝国にでも捕まったら……

 

「モア教は独自の通信網が有り、国を跨いでも迅速な連絡が可能です。逃げ込んで来た者はウルム王国のベルヌーイ元殿下で、場所はデンバー帝国の国境の街……ザンドです」

 

「デンバー帝国の領地のザンドの街ですか」 

 

 よりにもよって仮想敵国のデンバー帝国かよ。旧ウルム王国領に接している国はデンバー帝国に他にもシグ王国とレネント王国も有るのにデンバー帝国に逃げ込んだのか。

 ベルヌーイ元殿下の考えは、他の二国だと直ぐにエムデン王国に引き渡されると危惧したのかな?デンバー帝国なら多少はエムデン王国に対抗出来るとか思ったのかな?国力的には三国では最強だし。それとも立地的な条件で一番近い所に逃げ込んだとか?

 実際にデンバー帝国の国力はレネント王国の二倍は有る。シグ王国となら三割以上は強い。だがエムデン王国との国力の差も二倍、旧ウルム王国領の掌握が進めば差は開くばかり。

 

 後はウルム王国が隣接していた国達との外交の内容にもよるのかな?その辺は、ベルヌーイ元殿下に聞かないと分からないだろう。

 

「それで、モア教としては彼等をどうしたいのでしょうか?僕も立場が有り、知ってしまったならば沈黙は出来ないのですが……」

 

「彼等の保護をお願いしたいのです。デンバー帝国もモア教がベルヌーイ元殿下を匿っている事を薄々ですが気付いてます。非公式に引き渡しを求められていますが、居ないと断っております。

デンバー帝国は信用が出来ません。逃亡中に侍女の一人を捕まえた後で拷問したのです。彼女は我々の信徒が助けて此方に逃がしましたが手当の甲斐も無く亡くなりました。ベルヌーイ元殿下を引き渡しても碌な事にはならないでしょう。女性と子供ですし、何とか助けてあげたいのです」

 

 拷問の末に亡くなった侍女の話は本当だったのか。我が国の仕出かした事じゃないのは良かったけど、参謀長のアルドリック殿は調査員を派遣し自分の一族の者が捕らえたといった筈だ。

 その助けた一族がモア教の信徒だったのか?事の詳細を聞き出す前に亡くなってしまったが、拷問を加えたのがデンバー帝国の連中だったって事で良いのかな?でも尋問は行ったとか言っていたが、その辺の話は盛ったな。

 こちらもフレイナル殿のやらかしに負い目が有ったけれど、ジェスト司祭の話が正しいとなれば落ち度は少ない。フレイナル殿に責任を追及する事は難しくなったので、条件が少しは良くなったのか。

 

 知らない間に緊張していたのだろう、ワインを飲んで乾いた口の中を潤す。

 

「エムデン王国側にベルヌーイ元殿下を保護というか引き渡した場合ですが、命の保証は出来ますが良くて軟禁か修道院に入って貰い余生を過ごす事になります。侍女達はもう少し自由が有ると思いますが……」

 

「それで問題は無いでしょう。本来ならばモア教に助けを求めて来たのですから、此方で修道院に入る事を勧めるべきでしょうが彼は拒んでいます。祖国の復興を望んでいますが、それは大多数の不幸を招きます」

 

 ジェスト司祭の辛い顔を見れば分かる。ベルヌーイ元殿下はウルム王国の再興を望んでいるが、それはエムデン王国に対して旧領の復活という独立戦争になる。領民はエムデン王国を積極的に受け入れている状況でだ。

 つまり武装蜂起であり、元領民は反対多数だから戦力に成り得ず他から戦力を引っ張って来るしかない。つまり他国の戦力を当てにした武力蜂起であり、万が一に勝ち取って独立しても紐付き政権だ。

 旧ウルム王国の領民にとって望んでもいない独立戦争に巻き込まれた挙句、新政権は他国の紐付き。これでは今迄より生活が良くなる事など有り得ないが、元王族としては祖国の復活は宿願だろう。そこには領民の意思は存在しない。

 

「ベルヌーイ元殿下の身柄の引き渡しですが穏便に済まないと考えても宜しいのでしょうか?」

 

「ザンドの街の教会は監視されています。侍女達は修道女に扮すれば言い逃れも可能でしょうが、ベルヌーイ元殿下は見習いに扮しても咎められるでしょう」

 

 若い女性である侍女達ならば修道女に扮すれば誤魔化せるかもしれない。モア教の修道女に危害を加える事は大事であり、もしも実行すれば報復も可能だ。具体的にはデンバー帝国からモア教が撤退する事になる。

 だが本人が望んでいない身を偽る事では騙し切る事は出来ないだろうな。直ぐバレるし流石に言い逃れも無理、教会内で匿うだけなら何とかなるが何れは破綻する。下手をすれば自分が元殿下でモア教に軟禁されているとか言い出しそうだ。

 我が身可愛さに逃げ込んだのに、未だ祖国の復興を望むのか。王族としては正しい行動かもしれないが、戦勝国の軍属としては困った存在だ。匿った教会も手を焼いているのだろう。下手にバレたら戦犯を匿った事になるのだから。

 

 だがモア教は元王族達の処遇を知りつつも、エムデン王国に保護と言う名の引き渡しを提案してきた訳だが……他国から周囲にバレずに嫌がる少年一人を連れて来る事が可能か?

 僕なら可能、国境まで地下トンネルでも掘れば良い。でも時間が拘束されて無理、僕は復興支援で来ているのだから。任務を放棄して救出活動など出来ない、困ったな。腕を組んで考える、なにか代案は無いか?

 動かせるのは復興支援には関係無い、諜報部隊とフレイナル殿だけだが人質救出作戦みたいな真似が出来るか?そもそもミケランジェロ殿には頼めない、事前に決めた役割以外の事を命令出来ない。

 

 ウルティマ嬢と彼女の配下の諜報部員もどうだろうか?諜報活動とは次元が別の作戦だな。クリスは人知れず接触は可能だろうが、誰にも見付からずに連れ出す事が出来るか?暗殺なら成功率100%だろうが、嫌がる子供を連れ去るのは……

 いや有無を言わさず拘束して荷物の様に持ち出せば可能か?クリスを見ると不思議な顔で見返してきたけれど、護衛の私に何でしょうか?って事かな。うーん、難しい。でも時間も少ない。僕がマインツ領に居る今動かないと難しい。

 多分だがモア教の教会も時間が経てば隠し切れない。最悪はデンバー帝国の連中が強行突入で押し込まれて発見されてしまう。モア教関係者に怪我を負わせなければ最悪の事態にはならない、モア教は国政には関与しない前提なのに元王族を匿った。

 

 この事態を公表しない代わりに強行突入とベルヌーイ元殿下の身柄の拘束を黙認しろって言われれば、モア教でも折れる可能性は高い。侍女達は無罪放免でベルヌーイ元殿下の身の安全は保障するとか言われたら余計にだ。教義には違反しないのだから。

 そしてデンバー帝国はエムデン王国に対して色々と条件を飲ませた上で、ベルヌーイ元殿下の身柄を引き渡す。条件に彼の身の安全を保障しろって項目を入れれば、他国に身柄を引き渡してもモア教に対しても良い訳は立つ。

 僕はエムデン王国の国益を優先する義務が有り、僕に相談してきたモア教にも配慮する必要が有る。つまり現状の人員と戦力で、ベルヌーイ元殿下の身柄を確保するしかない訳か……

 

「分かりました。この件について少し時間を下さい。それと僕の方からもお願いが有りまして……」

 

 これを機に異常な熱烈大歓迎を止める様に旧ウルム王国領の領民に通達して実行して欲しい。嬉しいけど嬉しくない、僕の胃に穴が開く前に周知徹底をお願いします!

 

 


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