古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第840話

 雑木林の伐採を終えて、ジェスト司祭のお祓いを見ている。モア教は精霊信仰はしていないが、森の木々には精霊が宿ると言う信仰を持つ者達が居る事は知っている。

 山間民族というか、森に抱かれて生活する部族は自然を崇拝し身近な木々や岩、滝や川や池等を信仰の対象として崇める。それ自体は悪い事ではないが木々を伐採したり水源を利用する行為に制限を掛ける。

 むやみやたらに自然を破壊するなって事だと思うが、報復行動を起こす場合が有るから注意が必要。精霊様の為にって、命懸けで報復活動をするのが怖い。つまり宗教は怖い。

 

 マインツ領の領民には精霊信仰を奉じる連中は居ないか少ないらしく、今回みたいに大量の木々を伐採してもお祓いをした事実が有れば問題は少ないらしい。流石はモア教、他宗教にも配慮している。

 これがエルフが棲む森や彼等を信奉する連中だった場合は大問題だ。基本的にエルフは森を愛し木々を伐採し開拓する連中を敵視しているし、その報復は苛烈だ。元々の地力が違い過ぎるから絶対に勝てない。

 エルフを信奉する連中も同じ、基本的に人間族以外の種族なんだよな。魔牛族とか、魔牛族とか。ミルフィナ殿の事を考えれば勝手に木々を伐採したら一族総出で報復に来そうで怖い。

 

「無事にお祓いが済んだみたいですね」

 

 側に控えていたシルギ嬢が、物思いに耽っていた僕に教えてくれた。この思考に沈む癖は本当に治らない。

 

「そうだね。次は開墾だな。ゴーレムポーンで人海戦術で終わらせて、後は連れて来た土属性魔術師達に土壌改良を錬金でやらせて終わりだ」

 

 この雑木林の土は粘土質、水持ちが良いが水捌けが悪い。つまり畑としての土には適さないので、先に表層1m程度の深さまで錬金で赤土に替える。その後で指定の土と同じに錬金する。

 二度手間みたいだが、連れて来た土属性魔術師では異なる土質を替える事は難しい。魔力の消費が大きくて作業が捗らない。だから僕が先に土質の近い赤土に替えるのが効果的だ。

 あと伐根して分かったけど、一部で深い穴の中に水が滲み出ている。多分だが水道が有り雨でも降れば湧水が酷い事になりそうだ。その対策として側溝を設けて排水する必要が有る。

 

「本当に呆れた錬金技術ですわ。私でも一本処理するのに数日掛かりますのに……」

 

 シルギ嬢が溜息を吐き出しながら言ったが、これでも宮廷魔術師第二席であり土属性魔術師の最高峰を自負しているんだ。現状は人間族最強位名乗らないと駄目なんだぞ。

 

「慣れだよ。土属性魔術師は土弄りが得意だし、大規模灌漑事業は経験済みだしね」

 

 適当な大きさに区画を整備し農道を作り畑部分の土を耕す。三百体のゴーレムポーンが一斉に畑を耕す姿は圧巻だろう。大量の錬金と魔力の使用は膨大な経験値を齎してくれる。今日だけでレベルが上がったよ。

 夕方となり夕日に照らされたゴーレムポーン軍団が燃える様に真っ赤に見える。耕した後の土壌改良も順調みたいだな。ダルシム達が効率的に人員を配置し無駄を省いている事も大きい。

 僕の遠い親族達だが、御爺様とシルギ嬢を中心に良く纏まっている。給金でしか報えないのが心苦しいのだが、彼等は田舎で燻るより断然マシです!と言ってくれる。血族の有難みってやつだな。

 

「思った以上に効率的だ。これなら予定より余裕を持って行動出来るな」

 

 明日には種蒔きが始められそうだし、明後日には全ての作業を終えて移動出来るだろう。幸い水の問題も元雑木林の跡地から結構な水が沸いて小さな溜池を作れた。

 緊急用で全ての畑を賄うには足りないが、水路を整備する迄の補助水源としては使えるかな。やはり戦争よりも楽しい、土弄りが土属性魔術師の本懐だよ。

 隣で魔力切れで倒れている、火属性魔術師を見て思う。シルギ嬢の同情を引き出そうとしているのだろうが、彼女も君の活躍の割には冷めた目で見下ろしているよ。悪評って怖い、評価にマイナス補正が掛かるから……

 

「フレイナル殿もお疲れ様でしたね。生木の水分を抜き乾燥させる事は地味でも良い鍛錬になったでしょう。未だ全体の三割程度ですが、滞在期間中に終わらせて下さい」

 

「俺ってさ。ベルヌーイ殿下の捕縛の手伝いに来たんだよな?」

 

 一旦起き上がって疑問を投げかけてきたけど、火力馬鹿の貴殿に元殿下の捜索なんか出来る訳ないだろ。連れ出す口実、王都に居ると色々と危ない連中から接触がありそうだから隔離したんだよ。あとは功績稼ぎの手伝いかな。

 性格の矯正を頼まれてはいるが、いまいち自信が無いんだ。でも二大貴人の主に敵認定されているのだから、配下と信者の連中が暴走する可能性も有ったんだぞ。少しは保身にも気を使って欲しい、割と本気で切実に。

 同僚で配下が或る日突然に高貴なる淑女に狼藉を働いて無礼打ちとかさ。あの二人なら配下の掌握は問題無いとは思うが、点数稼ぎに暴走する連中が皆無とも限らない。組織が大きくなれば成る程にね。

 

「違います。貴方の本妻殿と側室殿の祖国の復興を手伝って実績をあげる事が主目標です。悪評をなんとかしないと、この先大変ですよ」

 

 裏の事情は、他の者も居る前では言えない。建前だけで諭せたら楽なんだけど……

 

「ド畜生がっ!未だ手しか握らせて貰ってないのに、実績ってなんだよ。悪評ってなんだよ。屑男とか駄目男とか酷くない?一応は王命を達成したんだぞ。俺だって捜索くらい出来ると思うぞ」

 

 ゴロリと仰向けになって愚痴を言っているけど、攻撃力特化の火属性魔術師が一人で人探しなど出来る訳がないじゃない。その不敬な態度に、シルギ嬢の目が更に厳しくなってるけど?

 ウルティマ嬢やクリスにも声を掛けて冷たくあしらわれてもめげない女性関係には強メンタルなのは感心するけれど、領民の若い女性には絶対に声掛けするなと厳命している。

 インゴと違い平民の女性に悪さをしない事は評価しているし信用してるけれど、どうにも女性関係では全幅の信用は出来ないしされない。困ったけれど、こればかりは地道に信用を勝ち取るしかないんだぞ。

 

 一度根付いた悪評を消すのは何倍も努力が必要なんだ。でも手しか握らせて貰ってないとは驚いた。彼女達は未だ自分と実家の未来を彼に託せるか不安なのだろう。悪い男じゃないんだけど、一度負かせて性根は叩き直した筈だけど。

 戦場で年下のウェラー嬢の腰に抱き付いて泣き喚いた事が尾ひれが付き捲って偉い事にはなっている。その汚名返上の為の残敵掃討で、ベルヌーイ元殿下を故意に逃がした事も一部で噂として流れちゃってるからな。

 多分だが、二大巨頭の何方かが故意に一部内容を改竄して流してると思うんだ。僕の勘では、ザスキア公爵だと思う。でもメディア嬢とも手を組んだみたいだし、両方疑わしい。あれ?詰んでない?

 

「本妻殿や側室殿達が安心して、フレイナル殿に身を任せられるように今はコツコツと実績を積み重ねる事が重要ですよ」

 

「嗚呼、分かっちゃいるけど納得出来ない。リーンハルト殿はクリス殿やリゼル殿、シルギ殿を連れまわしているのに俺には居ない。女っ気が全く無い、むさい男共しか寄ってこない。何故だっ!」

 

 良い大人がゴロゴロと愚痴って転がって恥ずかしくないの?有る意味、ほのぼのっていうか良い意味で気が抜けるっていうかさ。男だけなら苦笑で済むけれど、此処には女性陣も居る訳じゃん。理想的な三枚目過ぎて目頭が熱くなってきたよ。

 

「私は主様の護衛、勿論ですが閨に招かれれば応じる。貴方は弱すぎて無理、相手にもしたくない」

 

 うん。ドヤ顔が似合うね。閨とか生々しい事は言わないで下さい。貴女に勝てる相手なんてエムデン王国広しと言えども両手で足りる程しか居ませんよ。

 

「私は側室予定です。勿論ですが今回の件は婚前旅行と捉えて頂いて構いませんわ。貴方は仕方なく連れて来たのですから馬車馬の如く働きなさい」

 

 うん。ドヤ顔は止めてね。婚前旅行とか誤解を招く事は言わないで下さい。これは公務ですから、仕事なのですから。

 

「私は親族として配下として、リーンハルト様を支える為に居ます。貴方とは仕事でしか接したくありませんわ」

 

 うん。物凄く嫌そうに吐き捨てたね。僕の親族だけどさ、相手は末席とは言え一応エムデン王国の宮廷魔術師だから。もう少しだけ優しさをあげて下さい。

 本気の言葉が突き刺さったのだろう。フラフラと立上り僕を見てから、泣きながら全力で走り出した。本当に三枚目が似合う男友達としてなら最高に面白い奴なんだけど、同期で同僚で配下だし友人にはなり辛いんだよな。

 ザスキア公爵とメディア嬢に謝罪しろって非公式では言ってるのに、男の見栄とか何かを理由に未だしてないらしい。つまり彼女と和解しない限り、貴族の独身令嬢に与えられる君の情報って操作されて最低で最悪なんだよ。

 

 ジゼル嬢も一枚噛んでいるから、僕からメディア嬢に執り成すのも無理。笑顔で分かっていますから!って言われて終わり。あとザスキア公爵にも未だ正式に謝罪してない、それもヤバいんだ。彼女は『新しき世界』の盟主だぞ

 

「はやく二大巨頭に非公式で良いから謝れとしか、アドバイスは出来ないかな」

 

 もう僕が同席して強引に頭を下げさせるしかないのかな?それで解決出来るかな?いや本人が本心から謝罪しないと余計に拗れるかな。嗚呼、少し脇腹が痛くなってきた。僕に他人の女性関係の改善とか無理だよ、無理無理だよ。

 

「無理でしょうね。男の矜持がどうだとか、見栄を張るのが男だから女に頭は下げないとか、その様な理由で謝罪を拒んでいるそうですわ」

 

「火属性魔術師はイケイケで俺様主義で男尊女卑思考を拗らせた方々が多いと聞きます。直に接してみて噂程は酷い殿方ではないと思いますが、私の情報網で聞いた内容が余りにも酷くて……」

 

「うじうじしてるのを見るのも嫌、男らしくない屑男」

 

 うん、そうだね。メディア嬢もザスキア公爵も大分拗らせているんだな。その情報が正確に僕の手元に来ない様に操作もしてるので余計に判断に困るんだ。

 あと、クリスさん。貴女は脳筋だから特に嫌っているのかな?そのポイズンダガーの柄を握り締めながら見下すのは、セイン殿なら御褒美だけどフレイナル殿は心を抉るから止めてあげてね。

 一応さ。薪の処理とか復興支援の一助には役立っているからさ。そこまで嫌わないであげて下さいね。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 夕食は、ジェスト司祭が教会に招いてくれた。これは相談事が有る僕としても有難かった。行く先々で熱烈大歓迎は止めて欲しい、主に僕の胃の為にも……アルバン男爵も招かれたが、政務の関係で先に自分の館に戻っていった。

 小さな領地で代官が居ないので、領主の仕事は実は多い。アウレール王は若い領主達に勉強させる意味でも、小規模な領地を与えたのだろう。何れは実家の領地を継ぐ者もいるだろうし家臣団も居るだろうが、自分で行って分かる事も多い。

 僕等も宿泊は領主の館の一室を借りているから戻るのだが、他の連中も領主の館の周辺の建物を借り上げて分けて泊まらせている。一応大型の天幕も用意しているが、出来れば屋根付きの方が疲れは取れるだろう。

 

「田舎故に大した料理も出せず恐縮ですが、精一杯の気持ちを込めました」

 

「いえいえ、大変満足していますので、お気になさらず」

 

 モア教の料理は朝昼晩と決められた時間に供され、献立は一週間毎に決められているらしい。大切なお客様を招いた場合は一品増える、そして貴族であってもモア教の教会で供される料理に文句は言わない暗黙のルールが有る。

 清貧を尊ぶモア教に対して、貴族だからと料理にケチを付ける事などしないし出来ない。したら愚か者として貴族社会で常識知らずと蔑まれる。僕等は貴族であり信徒でもあるのだから、建前でも教義に反してどうするの?

 第一の皿(野菜と豆類)と第二の皿(魚か肉と卵)が有り、第一の皿は『野菜のスープ』で第二の皿が『タラとひよこ豆の煮込み』。追加の一品で『オイルサーディーンサンド』だ。

 

 特にオイルサーディーンサンドは初めて食べた。溶き卵はパンの表面に塗り込んで軽く炙って、イワシのオイル漬けを挟むだけの単純料理なのだが、意外に美味しかった。トマトとレモンのソースも素材の味を引き立てていて良かった。

 教会に所属する修道女達の独自のレシピも多く基本的に季節の野菜や特産品という、その地域で入手し易い食材を使うらしい。野菜のスープの具は白いんげん豆と人参にジャガイモ、それと長ネギだった。

 この地域は豆類も多く栽培しているらしく、日持ちもして栄養価も高いから最適なのだろう。香辛料は高いので薄味だが、素材の味を楽しむと思えば良い。因みにだがワインは自家製で美味しい、呑み過ぎに注意が必要なレベルだな。

 

「良い所ですね。人々も純朴で穏やかで自然が豊かで、国境付近ですがギスギスした緊張感も薄い」

 

「そうですね。あの大戦の後は小競り合い位で大規模な軍事行動は無かったのですが、まさか旧コトプス帝国の連中に唆されてバーリンゲン王国と手を組むとは……」

 

 ジェスト司祭が苦悩の表情を浮かべて両手を握り締めてしまった。振る話題を間違えた、聖戦とはいえエムデン王国と戦争したのにだ。

 

「バンチェッタ王にはモア教としても苦言を呈したのです。ですが我々モア教は国政に口を出す事を嫌いますので、戦争が始まってしまった後は領民の被害を最小限に抑える事に注力しました」

 

 真面目な顔で聞く。戦争当事者として下手な口出しは藪蛇なのだが、モア教も口出しは控えると言いながら思いっ切り聖戦って錦の御旗をエムデン王国に齎してくれましたよね?

 非常に助かったのは事実だけど、今まで国家間の争いには基本干渉しないモア教が今回に限り積極的に協力してくれた事に疑問を感じてます。具体的にはモア教の教皇の周辺を調べる位には。

 そろそろ『無意識』の中間報告が有る筈だけど、少しでも危険と思ったら引き返す様に言っては有る。総本山の最奥から出てこない教皇の思惑とは?

 

 


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