古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第831話

 リーンハルト様の御屋敷に伺い、彼が大切にしている方々を交えて今後の方針を伺ったけれど……妖狼族の女神ルナ様ですか。非常に胡散臭いですが、リーンハルト様は信用していました。

 自分しか知らない秘密を知っている。個人の秘密など完璧に隠蔽する事は難しいのですが、それを知っている事が信用の根拠らしいのです。

 私だって近くに居れば何らかの油断や隙を見て、秘密を暴く事も可能なのですよ。夢を見ている時も思考はしています。夢とは妄想・空想の類だけではなく過去の記憶の整理の場合も有る。

 

 私のギフト『人物鑑定』の最大の秘密は、他人の見ている夢を自分も見る事が出来る。つまり、リーンハルト様と同衾する事が出来れば彼の秘密を知る事が出来るのです。

 心の防壁も意識していなければ効果は無く、寝ている間は無意識。つまり秘密を暴けるのです。そういう意味では、女神ルナ様を妄信的に信用する事は難しい。

 それと妖狼族の巫女、ユエ殿ですか。見た目は幼女で神獣形態で子狼にも変化出来るそうですが、容姿や言動に比べて思考は大人のソレですね。一族を率いる有能な巫女としての立場を差し引いても怪しい。

 

 獣人族の事はバーリンゲン王国に所属していた時に、有る程度は接触が有り彼等の思考を読んだ事も有ります。エルフ族の方々のように長命では有りますが成長が遅い訳ではない筈です。

 成人までは人間と変わらず、青年期が長い筈です。つまり外見が幼女ならば見た目相応の年齢、多く見積もっても精々十歳。あの思考で?いえ、リーンハルト様も今年成人して十五歳でアレですが……

 

「わざわざ私と二人切りの相談がしたいと持ち掛けて来て、勝手に思考を読めって事かしら?」

 

「ジゼルさん?貴女はリーンハルト様と接した時期が私よりも少しだけ長いのに、彼を取り巻く環境について流され過ぎではないかしら?」

 

 そう。あの話し合いの後、私はジゼルと相談がしたくてアーシャさんを唆してリーンハルト様を遠ざけた。話は簡単、『リーンハルト様は精神的にも肉体的にも疲れていますので癒してあげて下さい』と言っただけ。

 結果は私と言う来客が居ながら『リーンハルト様と混浴する』と言う羨まけしからん方法でした。私が調べた情報では典型的な貴族の深窓の令嬢であり、側室となり女主人として大いに成長したが常識人の筈でした。

 まさか大胆な混浴と言う手段を用いるとは驚きですが、唯一の側室として彼の寵愛を一人だけ授かっているので大目に見ましょう。リーンハルト様も枯れているようですが若い男。

 

 適度に性欲を発散させる相手が居る方が都合が良いのです。彼の女性関係を把握し易く管理が簡単だから。それにアーシャ様は女性として個人的にザスキア公爵よりも万倍も好ましい方ですから。

 あの稀代の毒婦に対等に渡り合うには味方が足りない、ジゼルはリーンハルト様がギフトを危険視して私をミスリードの相手にしても守りたいと思った相手。

 つまり私とは表裏一体、光と影、陰と陽の関係。ジゼルが大切なら同じ位に私も大切、そして家庭の事は貴女で仕事の事は私。まぁ同族嫌悪を飲み込んでも我慢してあげるわ、表の私?

 

「違います。私と貴女は、そのような変な関係では有りません!」

 

 そうは言ってもですね、リーンハルト様の認識はそうですよ。貴女もギフトを使って思考を読んでいるのでしょ?容姿も同程度、体型のメリハリも同程度、年齢も近く同じギフト、能力は家向きと仕事向きと違いはあれどもお互い優秀。

 同じように頼りにされているのです。名前すら一文字しか違わないでしょ?私の過去の名前はモルベールですが、いまはリゼルなのですから。リーンハルト様が名付け親ですわ。彼が私をリゼルと呼びたいと望んだの。

 そしてエムデン王国が公式に『人物鑑定』のギフト持ちと認め国王が彼を補佐しろと任命したのです。その私が貴女を認めてあげたのですから、嫌でも飲み込みなさい。最終的に魔王ザスキア公爵と戦う仲間なのだから……

 

「はいはい、分かりました表向きの私。今は裏の私の仕事に協力しなさい。妖狼族の女神ルナ様と巫女のユエさん、無条件で信じる事は無理があるわ」

 

「なんなんですの!なんなんですの!はぁはぁ。まぁ良いです。悔しいのですが確かに私は内助の功を望まれている本妻ですが、貴女は仕事に対してだけ信用されている部下なのですから」

 

 魔王ザスキア公爵、確かに危険です。既にリーンハルト様に家族認定されているのですから、その親愛の感情が恋愛にすり替わる事はゼロじゃないのです。

 その時に対抗するには私だけでは非力、一応未来計画の擦り合わせしていますが不安はあります。リーンハルト様は成人の儀を終えた後、今回も活躍しますから恩賞として侯爵に叙されます。

 アウレール王は最年少侯爵か最年少宰相かで悩んでいますが、現状歴史ある侯爵七家の内の四家が問題を起こして没落。その隙間を埋める為に領地の加増込みで、リーンハルト様を侯爵にする考えです。

 

 新人侯爵でも実績は膨大、生き残った侯爵三家を交えて侯爵四家筆頭になるわ。公爵四家の三位である、ザスキア公爵とも釣り合う地位と立場と財力と実績。その時に本妻予定の貴女は私と言う協力者を拒めるのかしら?

 

「忌々しい私の影め!その話は飲み込みましょう。ですが今は妖狼族の女神ルナ様とユエさんの件です。ユエさんは信用しても良いのではないかしら?確かに年齢不相応ですが、幼い時から一族を率いているのですから精神が老成しても」

 

「リーンハルト様という実例がいますし、不思議ではないわね。味方として受け入れても問題は少ない。勿論警戒はします、無条件で信じる程、私だって愚かでは無いわ。

でも女神ルナ様は妖狼族の繁栄を重要視している。リーンハルト様の優先順位は低い、ですが彼の協力無しに妖狼族は繁栄しない。だから有る程度は協力しますが、エムデン王国の未来としては微妙です」

 

「そうなのです。反乱が何時起きて誰が加担するのか、介入する時期は何時が望ましいのか。それは凡そ教えてくれても途中経過が不明、エムデン王国としての犠牲がどれだけ有るのかは教えてはくれない」

 

 ロンメール殿下とグーデリアル殿下がどうなるのか、どう動いたら良いのか被害が少なくなるのか。その辺の事は教えてはくれないのです。勿論ですが大筋が知れるだけでも、物凄いメリットです。

 複数の予想される可能性から余計な事を省けるのですから、予想を一本に絞れるのですから。ですが他者には信憑性が低いので、リーンハルト様の今迄の複数の出来事にも対応出来る根回しに重点を置く行動が変われば……

 不信感が生まれてしまう。その理由が他宗教の女神の御神託?モア教が猛反発します。リーンハルト様は『モア教の守護者』、聖戦に参加しなくても英雄視されているのです。宗教対策は細心の注意を払う必要があります。

 

「そうね。確かに宗教対策を疎かにする事は自殺行為ね。でも互いに言葉と思考が同時に分かるので、話し合いとしては効果的ですわね。私の影さん?」

 

「光の私とでも言いたいのかしら?でも英雄と呼ばれるリーンハルト様の本質は私寄りの影、あの人は自分の大切な人の為ならば建前を用意して何でもする。建前が用意できなくても危険ならば躊躇なく裏の行動をするわ」

 

 清廉潔白、慈悲深く優しく公平で無欲。その表の仮面を取り繕う事を最重要視していない。普通は得た名声を堕とす行為を嫌うのに、自分の守るべき優先順位の為ならば平気で捨てるわ。

 彼は英雄と呼ばれているけれど、魔王となる事にも拘らない。イルメラさん、あの人の最愛の女性。彼女に何か有れば、危害を加えた者や関係者。反対する者も妨害する者も等しく滅ぼせる。そして彼女を連れて隠遁するわ。

 悔しいけれども私も貴女もザスキア公爵も、イルメラさんの一段下なの。でも私は彼に魔王になって欲しくはないの。だから女神ルナ様が、もしもモア教から改宗させる可能性も考えているならば……

 

「私達が動かなければ駄目なのは理解しているわ。でもどうするの?」

 

「ユエさんの思考を常に読んで下さい。そこに女神ルナ様の思惑を探る手掛かりが有る筈よ。幸いな事に、ユエさんはリーンハルト様に好意を抱いているわ。一族より大切かは不明ですが」

 

「リーンハルト様に不利益を生じそうな御神託の場合は、内心で葛藤する可能性が高いわね。その考えの根拠の出来事が分かれば、女神ルナ様の思惑の裏をかけるわね」

 

 妖狼族の繁栄の為に、エムデン王国が無用な被害を受けたり、人的な被害に合ったりは勘弁して欲しい。その責任が妖狼族絡みだったりすれば、リーンハルト様に向かう可能性は低くないわ。

 最悪はモア教からの改宗に動けば、モア教の僧侶のイルメラさんがどうなるか?彼女が悲しむならば、リーンハルト様が動く。最悪は女神ルナ様にも歯向かう、他宗教とは言え神に逆らうのは危険。

 だから私達が軌道修正をしなければならないの。最悪の結末を迎えない為に、女神ルナ様にリーンハルト様を良い様に使われない為に。その結果、彼が私を更に必要として大切にしても仕方ないわ。

 

「貴女じゃなくて私をです。ユエさんの思考を探るのは私ですから」

 

 目は口ほどにモノを言うのです。嫌らしい視線だけでも女性は男の考えが凡そ分かるのです。私達はギフトを使えば妄想の内容さえも詳細に分かってしまうのです。

 普通にトラウマものですわ。男性不信、いえ男性恐怖症になっても可笑しくないでしょう。その点でも、リーンハルト様の思考は私に安堵を与えてくれます。

 男性として枯れている?いえいえ、アーシャさんの思考を読めば夜は野獣の如く彼女が失神するまで責めるとか。私一人では彼の欲望を受け止められないかも知れないですわ。ならば……

 

「二人纏めて愛して貰えば良いじゃないですか。世間では姉妹丼とか複数プレイとか?私を視姦した時の、フレイナル殿が男の夢とか言ってましたわ。リゼルとジゼル、疑似姉妹丼だとか」

 

 典型的な発情した猿でしたわ。ですが実行する程の屑ではなく、妄想で済ませる程度ですけど。実際に実行した事が有る殿方もバーリンゲン王国では多くて、汚職や賄賂等の悪事の証拠をつかんでパゥルム王女達に報告。

 サディストな性質を持つ、ミッテルト王女を唆せば排除してくれたわ。女性の敵でしたし、殆どが国家の繁栄の足を引っ張る連中でしたので罪悪感など無かったわ。

 私のギフトを求められて国家に仕えさせられた意味は国家の繁栄、その繁栄に不要な貴族が多過ぎて多過ぎて嫌になっていた。約束を破り私の家族を殺した国の連中など今回の件で滅んでしまえばいい。

 

「屑男め!メディアを唆して報復しますわ。そもそも屑男の失態の件も忘れては駄目ですわ」

 

「旧ウルム王国領の復興支援には私も同行しますが、フレイナル殿も連れて行きますので馬車馬の如く働かせます。でも火属性魔術師ですから役に立つかは正直微妙です」

 

 火力重視の汎用性の低い火属性魔術師ですし、戦わせる事位しか役には立たないのよね。居ないよりはマシ程度、使いこなすには多少の苦労も必要。正直積極的に関わりたくはないけれど、連れて行くならば楽はさせない。少しは役に立ちなさい。

 

「そうですわね。でも最低でも旧ウルム王国の残党狩りや野盗狩りには使えるわ。逃がしたベルヌーイ元殿下の捜索は不安だけれど、其方は私が主導しますから問題無いわ。嫌だけど護衛の番犬として扱うから」

 

 リーンハルト様は御爺様である、バーレイ男爵の領地の農業改革を数少ない親族と多数の土属性魔術師を使って行っていた。彼等を率いて行くので復興支援は問題無いわ。

 ベルヌーイ元殿下の捜索は私が主導で、ウルティマさんの実家の諜報部隊を率いて行うから此方も問題無いわ。問題と言えば、ザスキア公爵の諜報部隊と合同らしいけど本人が来ないから未だ安心出来る。

 妖狼族の女神ルナ様対策は、ジゼルが担当するから安心してあげるわ。完璧とは言えないけれど、一応は安心出来る布陣にはなった。

 

「私とリーンハルト様の婚前旅行の留守の間の事は任せましたわ、表の私」

 

「仕事で同行するのです。邪(よこしま)な妄想と現実を混同せずに、私の旦那様の役に立つのですよ、裏の私」

 

 取り合えずガッチリと握手をする。対ザスキア公爵の布陣が少しだけ厚くなったけれど未だ不安だわ。残りはウェラーさんね。

 私の後ろに闇に溶け込んで分からない様に控える、クリスさんは既に引込済みなのよ。彼女の欲望を満たす事を条件に、常にリーンハルト様の利益になる行動を条件に。最強の暗殺者を味方に引き込んだの。

 私は腐った国の為に、彼女は一族の為に。幼少の頃から人生を狂わされて、リーンハルト様に救い出して貰った似た者同士。必然的に手を組む事になったのよ。

 

「ふふふ、魔王ザスキア公爵様?貴女の思い通りにはいかせないわ。私も愛した殿方を手に入れる為の苦労は厭わないの、どんな手を使って誰と組んでもね。悪女は貴女の専売特許じゃなくてよ」

 

「私は違いますから一緒にしないで下さい。私は良妻賢母を目指していますから、悪女とは対極ですからね!」

 

 

 


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