ザスキア公爵との打ち合わせを終えて自分の執務室に戻って来た。色々有り過ぎて少し整理したいのだが、リゼルさんが不機嫌になってます。ザスキア公爵との話し合いに納得していない?
リゼルの態度に不安げな、ラビエル子爵達に軽く手を振り問題無しと伝え奥の自分専用の個室の執務室に入る。リゼルさんの不機嫌の理由を聞く為にだ。まぁ理由は何となく分かっているのだが……
僕にしては弱気で妥協したような対応が不思議なのだろう。今迄の政敵に対しての対応と全く違うから。
「リーンハルト様?アルドリック殿への対応ですが、何時もとは随分と違いませんでしたか?それに肝心な時に心に防壁を築いて真意を教えないなどと……酷い裏切り行為です」
椅子に座る前に文句を言われた。リゼル的には、アルドリック殿の態度や対応は不満らしいな。分かり易く『私、怒ってます!』的に両手を腰に当てたポーズをしている。
取り合えず落ち着いて話せるようにソファーを勧めて、向かい合って座る。一応この個室執務室は防音だが、防諜対策の為であり、不謹慎な行為をする為にではない。
だが外に居る、ラビエル子爵達にフレイナル殿の不手際を知らせる訳にもいかない。事実を知る連中は最小限に抑える事、これが鉄則。幾ら口止めをしても『此処だけの話』って事で広まる。
人の口に戸は立てられないとは良く言ったものだ……
「少し落ち着いてくれ。アルドリック殿の態度は確かに納得は行かないだろうが、バニシード公爵達とは違うだろう?彼は絶対的な敵対をしている訳じゃない」
そう。もしも本気で僕の失墜を狙うならば、フレイナル殿がベルヌーイ元殿下を匿った情報を掴んだ時点で公表すれば良かった。聖戦にケチをつける様な行為をすれば、僕達宮廷魔術師の責任は重かった。
フレイナル殿本人に監督責任として父親のアンドレアル殿や筆頭のサリアリス様にも責任が及んだ。そして事実と公表されてしまえば、アウレール王もナァナァでは済ませられない。
厳罰とまでは行かないが、フレイナル殿は宮廷魔術師の資格を剥奪されて財産没収の上で国外追放。監督責任の二人も降格か除籍が、相応の責任を取る事になった。聖戦に勝利した事が吹っ飛ぶ位の過失だな。
「そうですわ。あの男は、リーンハルト様の事を妬んでいましたが確かに排除までは考えていませんでした。他の参謀の方々もですが、少しやり過ぎでは?と報復を恐れていましたが……」
「僕が強く出なかった事と、途中で退席した事で嫌がらせは成功したと思ったのかな?」
その言葉に、ぷぃって横を向いたよ。可愛い仕草にホッコリするが、僕の思考を読んでいる彼女は睨んで来た。悪気は無いぞ。可愛い仕草をする自分を恨んでくれ!
「栄光あるエムデン王国の参謀連中としては小物過ぎませんか?確かに本人は『英雄であるリーンハルト様をやり込めた!快挙だぞ』と暗い欲望を満たしていました。因みにですが、ベルヌーイ元殿下の件ですが、確証は掴んでいないようでしたわ」
うわぁ物凄く嫌そうに吐き捨てたぞ。アルドリック殿の評価は最低値だろうな。そして思ってた通り、彼は僕の失脚など狙っていない。
本来ならば参謀連中の指揮下に入る軍属の僕が、目立ち過ぎている事が気に入らないが、失脚や排除は考えていない。少しやり込めればOK程度だろう。
まぁ参謀として、その思考と行動はどうかと思うけどね。そして彼を利用しようとしている、僕も単一最強戦力としての宮廷魔術師としてどうかとも思う。今更だけどさ。
「その情報元の侍女の件と、誰が彼女を捕まえて尋問まがいな事をしたのか?拷問じゃなかったか?非道な事はしなかったか?そもそもベルヌーイ元殿下は何処に潜伏しているか?それを調べる口実に彼の提案は渡りに船だったよ」
フレイナル殿に事実を聞くまでは嘘であって欲しいと願っていたのは事実だが、彼ならやりかねないと思っていたのも事実。噂は事実と考えて行動していた事は、フレイナル殿を信じていなかった事なのだけどね。
事実、本当に逃がしていた事を聞いても其れ程驚かなかった。彼が女性や子供の命を守る為に見逃した事を疑わなかった。少し前は火属性は四属性最強とか粋がって、メディア嬢に噛みついたのにね。
不思議だが、人は僅かな期間でも変わる。成長したり劣化したり悪化したりと色々だけど、彼の心情の変化は好ましい部類だ。そして上司としては部下を守らねばならない。
「表向きの理由は納得しませんが飲み込みます。ですが彼を利用しようとしている裏の事情を教えて下さい」
「裏の事情か……そうだね。リゼルには知っていて貰わないと困るかな」
ザスキア公爵にも秘密の理由。その隠し事に巻き込む事になるのだが、僕がエムデン王国に居ない間の事を任せる者として、リゼルは最高だな。
そう思って見詰めると、何故か両手で身体を抱き締めてイヤイヤしたけど何故だ?そこまで引かれる程のドス黒さは無かった筈だよ。正直、少しメンタルが傷付いたんだけど?
ソファーの背もたれに身体を押し付けるとかさ。そんなに引かなくても良くない?最近遠慮なくない?君と僕は一蓮托生、呉越同舟、毒を食らわば皿までの関係だよね?そう君自身が望んだよね?
「あの?思考が怖いのですが?」
「モンテローザ嬢絡みの事でもあるし、そうだな。僕の屋敷の方で説明するよ」
丁度と言うか、ユエ殿達も未だ屋敷に滞在しているので紹介しよう。正式な紹介は未だだった筈だし。ウルティマ嬢と連携する必要も有るし。あっ、ウルティマ嬢の諜報部隊はザスキア公爵の諜報部隊と連携して、ベルヌーイ元殿下の捜索か。
数が少ない諜報部隊を分けるのは悪手、ザスキア公爵が気付かない筈がない。モンテローザ嬢の方は完全に受け身になるしかない、三ヶ月以降に注意が必要だな。
まぁモンテローザ嬢の動向については、エムデン王国の諜報部隊も探っているし、ロンメール殿下にも注意する様に親書を出しているから問題無いだろう。
「また悪巧みに私を巻き込むのですね?もぅ本当に責任を取って側室として娶って貰わなければ駄目ですからね、駄目なんですからね!」
「いや、リゼルには隠し事はしない約束だろ。だから巻き込む事は想定の範囲内、エムデン王国を取り巻く騒動の最後の大仕事かな」
分かり易く『私、不満です』と頬を膨らませているけどさ。最初に約束した事を履行しているのだから、諦めて巻き込まれて下さい。
◇◇◇◇◇◇
あれから不審がる、ラビエル子爵達に『旧ウルム王国領の復興について公爵四家を巻き込んで揉めている対策だ』って話して誤魔化したが誤魔化し切れたかな?
少しだけ不安だが、彼等が僕に不利益な事などしないから大丈夫だろう。『アルドリック死すべし慈悲は無し。色々調べて合法的に蹴落としてやる』とかは聞かなかった事にする。
リゼルも任せました。とか言ったから嘘に信憑性が増したけど、君達は官吏だから暗躍しなくても良いから。そう言うのは本職(ザスキア公爵)に任せようね。
まぁ彼女の事だから交渉のカードとして、参謀連中の後ろ暗い事を調べ尽くすと思うんだ。最悪は彼等の妻や娘、親族の女性連中から情報を得るだろうし裏切らせる事も可能だろうし。
淑女に対して、ネクタルは最強だな。週末は魔法迷宮バンクに籠ってネクタル集めに精を出すか。集めても集めても直ぐに売れてしまうのだが値崩れがしないのは、単に金銭で譲ってないから。
金銭以上に価値の有る情報や協力を得る為に使っているから。最終的には、それが単純に高額で売るよりも、ザスキア公爵の利益になる。怖い話だな……
「お久し振りですわね、リゼルさん。今夜は旦那様の馬車に同席して来られたようですが、何か有りますのでしょうか?」
「あら?今日は御実家の方に居る筈では?リーンハルト様に会いたいからと無理にいらしたのですか?婚約者といえども未だ結婚してないのですから、少々はしたないのでは?」
玄関前に、ジゼル嬢が待ち構えていた。確かに今日はデオドラ男爵の屋敷の方に用事が有って不在だった筈だが、何故ジゼルの予定を把握している?何故リゼルの行動を把握している?
不安顔のアーシャ、微笑んでいるのだが圧が強いイルメラ、ウィンディアは神獣化したユエ殿を抱いているのだが無表情。ウルフェルとサーフィルは視線を逸らしている。
君達って、リゼルと仲悪かったっけ?結構仲良しだったと思ったけど、僕の勘違いだっけ?ニールは帯剣してるけど柄に手を掛けてないから敵対視はしていないのか。表情も困惑気味だし。
知らぬ間に、クリスがリゼルの後ろに控えているのは何だ?リゼルに敵意は無さそうだから護衛として?ジゼル・リゼル論争のリゼル側に立った?分からない、僕の知らない間に何が有ったの?
「私が王宮内に目と耳を持ってないとでも?」
「敢えて見逃していますわ。ジゼルさんも私がネズミを見付けられないとは思わないでしょう?」
口調は優しいのだが言葉の内容は結構辛辣だな。お互い同じ『人物鑑定』のギフト持ちだし隠し事は不可能だし。同族嫌悪?
「「違いますわ!」」
うぉっハモられた。つまり二人して互いの思考を読まずに僕の思考を読んでたのか?他の事を考えていて気付けなかったのか、読まれ慣れてしまって彼女達のギフトに無警戒だったのか?
単純にギフトの練度が上がって気付けなかったのか?まぁ二人に対して隠し事はしないから良いのだが、お客様を招いて玄関先で睨み合う事に静かに切れた、イルメラの咳払い一つで解決した。
我が屋敷で一番力を持つのは、イルメラさん。屋敷の主人の僕が無条件で従うから、現在の女主人のアーシャより本妻予定のジゼルより周囲から見られている立場は強いのだろう。
「お客様を玄関先で待たせる訳には行きません」
「そっそうだね。応接室に案内してくれるかな?僕も着替えたら直ぐに行くから」
イルメラさんに対応を丸投げする。屋敷の主として最低だが、妙に敵愾心溢れる二人を落ち着かせるには聖母イルメラ様にお任せするしかない。
因みにだが着替える僕の背中に、神獣形態のユエ殿が張り付いているのは妖狼族絡みの話だと理解して先に何か伝える事が有るのだろう。
最近聞いたのだが、本来は満月の夜に妖狼族の神殿で月の光を浴びたユエ殿が成人女性化して神託を授かる筈なのだが……
ユエ殿の巫女としての力が上がったのかは分からないのだが、僕の屋敷でも満月じゃなくても成人女性化しなくても神託を授かる事が出来るそうだ。つまり僕の屋敷に妖狼族の信奉する女神ルナ様が降臨するらしい。
普通に考えても大問題だと思う。僕は敬虔なモア教の信者、そしてモア教の僧侶のイルメラさんが住む屋敷に他宗教の女神が普通に降臨して神託を授ける。
今までは神託だけで降臨はしなかったらしいのだが、最近は週一で我が屋敷に降臨し御姿をユエ殿やフェルリル達にも見せているそうです。僕の屋敷が妖狼族の神域と化すのも時間の問題なのか?
◇◇◇◇◇◇
私室に入り羽織っていた魔術師のローブを脱いでソファーに深々と座ると、ドッと疲れが押し寄せる。可愛い嫉妬や独占欲とか微笑ましい理由だが、普通じゃない有能な彼女達だから行動に予測が付かないので怖い。
ちょこんと僕の膝の上に幼女形態になった彼女が座る。最近早着替えのスキルを磨いたらしく着替えがスムーズ、今も簡素だが仕立ての良いワンピースに着替えた。
見上げる仕草があざとい、精神干渉を受けてるみたいに父性爆上がりだよ。あと胸元がダブついて中が見えそうだから気を付けなさい。世の中(貴族社会)には幼女愛好家っていう変態が多いのです。
「それで二人切りで何か話したい事でも有るのかな?」
「はい。最近ですが女神ルナ様が頻繁に降臨されるようになりました。これもリーンハルト様のお陰、私達妖狼族と信奉する女神様との距離が縮まったのは嬉しい事なのです」
嗚呼、やっぱり女神ルナは我が屋敷に頻繁に降臨なされるのですね?僕のお陰違う、ユエ殿の巫女としての力が上がった事にして下さい。
だがキラキラとした目で僕を見上げている事を考えれば、もしかしなくても女神ルナに頻繁に降臨する理由を聞いたか聞かされたのだろう。
異教徒の僕にも神託をくれる位、気さくな女神と思う事にする。でも降臨する諸条件を簡略化して、僕の屋敷に頻繁に降臨する事は止めて欲しい。費用を増額して妖狼族の里の神殿工事を急がせるか?
「それで前回、四ヶ月後にバーリンゲン王国で起こる騒乱を私達妖狼族を率いて鎮圧する事が良いと御神託を授かりましたが……リーンハルト様と私達妖狼族の未来が少しずつズレているそうです」
「神託、未来が変わっているって事?」
女神ルナが僕に神託を授けたのは、自身を信奉する妖狼族の繁栄を絡めた僕の行動を示したと思っている。モンテローザ嬢がバーリンゲン王国で巻き起こす惨事は想像以上に大きいのかもしれない。
その妖狼族の繁栄が最優先の女神様が、自身を祭る神殿じゃなくて僕の屋敷に降臨するって事はさ。その神託の変化って妖狼族の未来に大きく関わるって事で、僕の行動を修正したいのだろう。
勿論だが、人間の身で女神に逆らう事など出来ないし、最終的には妖狼族と僕にも利の有る未来になるのだろう。つまり、この神託に逆らう事は難しいし出来ない。
「それで、女神ルナ様の新しい神託って?」
それはですね。といったユエ殿の希望に満ちた表情に若干有った不安が消えた。彼女が喜ぶ事ならば、悪い事ではないのだろう。