古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第828話

 フレイナル殿が旧ウルム王国の王位継承権第八位、ベルヌーイ・フォン・ウルム殿を見逃した事が発覚した。それを主席参謀のアルドリック殿から指摘された。

 本人に裏取りをした所、それが事実だと判明した。今後の統治の憂いを無くす為に反旗の御旗と成り得る王命の残党狩りを反故にした愚かな行為だが、人として考えれば非難出来ない。

 女性や子供の命を守る。それは人道的で素晴らしい行いでは有るが、仮にも軍属が王命に反逆した事を考えると手放しで納得は出来ない。事実、父親であるアンドレアル殿は息子を殺して自分も死ぬと言った。

 

 そして当の本人も自分は(人としては)正しい事をしたので(倫理的には)責められる謂れは無い。と思っているのだろう。

 

 確かに見逃さず捕縛した場合、抵抗すれば手荒い扱いにはなっただろう。敵国の王族であり過去には旧コトプス帝国と繋がり我が国に尋常ならざる被害を与えた連中の子孫だから。

 軍属が国の命令に従わなかった場合、当然だが罰則が有る。所謂軍法会議だが今回の件を過去に事例に照らし合わせてみれば、親子共々宮廷魔術師の任を剥奪し財産没収の上で国外追放だろう。

 流石に故意に利敵行為を働いた訳ではなく、情状酌量の余地は十分にあるしアウレール王も温情を与えるだろう。だが宮廷魔術師を二人も失う国家的損失は大き過ぎる。

 

「フレイナルさん?何故、リーンハルト様を恨めしそうに見るのかしら?貴方の愚かな失態の責任を上司と言うだけで取らされるのよ?そして何とか貴方を助けたいと考えている。自分の事を二の次にしてもね。

私的には父親と共に命を以って謝罪して欲しいのだけれど、リーンハルト様はそれを認めない。貴方は自分の失態を理解していないし、そもそも正しい事をしたと思ってるでしょ?」

 

「うっ!でも、しかしですね。あの場合は逃がさなければ殺されていたんです。子供に大人の事情の責任を取らせる事は、俺は反対だったんです」

 

 だったんです。過去形、少しは反省したのだろうが反抗的ではある。二十歳過ぎの男が十代半ばの外見のザスキア公爵に叱責される姿は悪いが滑稽だな。セイン殿なら御褒美だろうが、フレイナル殿的には悔しそうだ。

 男尊女卑とかは止めてくれよ。未だメディア嬢に正式な謝罪もしてないのだろう?君達親子の今後の為にも、ザスキア公爵の協力は必須だから敵対的な行動は慎んで欲しい。割と本気で切実に!

 現状は理解した。問題は今後の行動だ。一時的には知らぬ存ぜぬでも良いが、決定的な証拠が出てしまったら刑罰が重くなり最悪は処刑。それも本人と父親、場合によっては親族もだろう。

 

「理由は分かった。良くやったと褒めもしませんが馬鹿をやったなと詰りもしません。ですが行動には責任が有り、貴方は自分がした事の後始末をする必要が有ります。出来ない場合の最悪は、処刑です」

 

「処刑って殺される程の事だったのか?そんな馬鹿な事が……いや、王命への明確な反逆。俺の命だけで済めば上等か。リーンハルト卿、何とかならないのか?」

 

 漸く理解したか。そう、善悪でなく王命に対しての事なんだ。国家に仕える臣下が王命に反逆する事の意味をもっと早く理解していれば他に方法が有った。捕縛して身柄の安全を自分で確保すれば良かったんだ。

 アウレール王は旧ウルム王国の王族達を捕まえても女性と子供は隔離するだけで死刑にはしていない。ジョシー副団長だって理由を説明し助力を乞えば無下にはしなかった筈だ。フレイナル殿が覚悟して、全責任を持つと言えばね。

 丁重に扱われエムデン王国に引き渡されて、自由は無いが命を狙われる心配の無い生活は送れただろう。今となっては、どうしようもない事だけどさ。溜息を深々と吐く。此処からは僕の進退にも関わる事になる。

 

「アルドリック殿の思惑、それは復興支援の調整が全く出来なかった事の打破だと考えます。何故なら本来ならば直ぐにでもアウレール王に報告し、フレイナル殿は召喚尋問された筈です。

国王の前で嘘は吐けない。それだけの証拠を押さえてなかったかもしれませんが、最悪の場合はベルヌーイ殿下の生存を確認し居場所の特定をしているかも知れない。どちらにしても無実じゃないので、僕等は不利です」

 

「つまり、フレイナルさんをダシにリーンハルト様を無条件で馬車馬の如く働かせたい。その為に公爵四家の当主にも事情を匂わせ、リーンハルト様に私達の要求を飲ませやすくした。

最もバニシード公爵以外は多過ぎる要求はしないでしょうね。それにバニシード公爵と派閥構成貴族に与えられた領地は多くないから、全てを回らせても大した負担にはならない。

その分、私達が希望を少なくする事も読んで、あの男は今回の事を企んだのよ。私達で調整して決めさせて、自分は内容を教えて貰いアウレール王に報告する。中々やってくれる、主席参謀殿はね」

 

 うーん。成る程な。それなら僕やフレイナル殿の失脚など狙っていない。自分が与えられた王命を達成する為に僕等を嵌める訳だ。実際に証拠は掴んでないが状況的には間違いないと確信しているのかな?

 そしてアウレール王に泣き付けば、フレイナル殿とアンドレアル殿は責任を取らされる。だから告げ口など出来ないと読んだな。バニシード公爵とは裏で組んでいる可能性も高いか。

 余り無理な要求を突き付けて、それを僕が飲めば怪しまれる。最大三ヶ月間の派遣期間だが、バニシード公爵の領地は殆ど改良される。他の公爵達は僕に配慮して要求を低くする、僕は三人の公爵に借りを作るが部下は守れる。

 

「自分達に与えられた王命の達成。序に僕への意趣返し、バニシード公爵への貸しも作れるのかな?我が国の参謀連中も中々腹黒い、思惑には乗りますが裏取りはしましょう」

 

「そうね。リーンハルト様が屑男を切れない事は理解しています。でも復興支援が大変だし、バニシードのお馬鹿さんに顎で使われるのよ。私的には納得は出来ないけど理解はします」

 

 フレイナル殿は全く理解出来てないみたいに、きょとんとしている。それで俺と親父は助かるのか?って呟いているけどさ。未だ根回しが足りないんだぞ。僕が参謀連中が企画した案を飲んで実行する体にしなければ駄目なんだ。

 アウレール王を裏切る事にならない為にも、この屑男にも協力させて逃がした殿下を捕縛する必要が有る。終わった後に、アウレール王には全てを話して謝罪する必要は有る。でも復興支援の報酬の放棄でお願いしよう。

 バーリンゲン王国での騒乱が直ぐに始まるから、その対応に忙しくなる筈だから宮廷魔術師を二人も減らす事は考え辛い。その鎮圧の成功報酬も足して放棄すれば良い。

 

「早めに行くしかないのかな。全てを纏めて計画書を待つよりは、バニシード公爵関連の領地を近場から初めて追々次の場所を指示して貰えば時間は短縮出来るけど……」

 

 僕が先走って現地入りしちゃった事にすれば、僕の査定は下がるが不審がられる事も多少は減ると思いたい。アルドリック殿の計画もザルで穴だらけだから、そのフォローも込みか。

 まぁこの先ずっと秘密にしておけば弱みを握られた事になるが、復興支援という王命を達成しバーリンゲン王国内の珍騒動を納めた功績を以って相殺し素直に謝れば良い。

 簡単に利用出来たと思うが、最後には小細工した事も明るみにしてやる。そっちも報告義務の怠りと隠蔽という負い目が有るから只では済まさないからな。

 

「先走りは駄目よ。色々と調べて準備してからじゃないと怪しまれるわ。リーンハルト様の事だから、逃がした王族も探し出すのでしょ?私の所の諜報部隊と最近雇った、ウルティマさんの所の諜報部隊と連携して調べましょうね」

 

「え?合同捜査?でも、それは……」

 

 上目使いで見られたが、ウルティマ嬢を雇った理由に気付かれていたのか。自前の諜報部隊が欲しいから、彼女と一族を自分の派閥に引き入れたんだ。未だ教育中で実践投入は控えていたんだけど、言われてしまえば仕方ない。

 ザスキア公爵の諜報部隊は一流、その行動を一緒に行動する事で少しでも技術が向上すれば儲けモノって前向きに考えれば……逆に吸収されそうで怖いんだ。

 ミズーリも専属侍女として働かせていたのに、何時の間にか彼女に引き取られて教育されてるし。ミズーリ本人が切に願っていたけど少し怯えていたのは……いや考えると藪蛇になりそうで怖いから止めよう。

 

「リーンハルト様って人材発掘能力が高過ぎよ。武闘派のニールさんにクリスさん、謀略のリゼルさんに諜報のウルティマさん。他にもアシュタルさんにナナルさんとか、どうやって見付けるのかしら?」

 

 見事に女性ばかりね?って笑われたが、正直目が笑っていませんよ。ハイライトが仕事を放棄していませんか?女性ばかりなのは男性って父親世代としか友好関係を結べてないから、雇うのは難しいんです。

 その息子達からは妬みや嫉妬を受けてるんで、紹介してくれとも言い辛いんです。嗚呼、空気だった、リゼルが背中を擦ってくれるが微妙な雰囲気になってしまったな。

 あと、フレイナル殿は『羨まけしからん!』とか言わないで下さい。誰の尻拭いをすると思ってるんですか?要らない労力を使わせるんですから、少しは自重しろよな!

 

「確かに私は、リーンハルト様に見出された女ですが謀略系ではないですわ。健気な尽くす系です!」

 

「隙あらば、リーンハルト様に触れようと画策する女が謀略系でないと?面白い事を言いますわね?」

 

「あら?空気だった、イーリンさんも真似すれば良いのでは?もっとも仕えし本当の主の前では不可能でしょうけど?」

 

 おおっ!フレイナル殿の視線が嫌で後ろに控えていた、リゼルさんが吠えた。イーリンも漸く喋ったけど、内容が微妙。君達は仲が良いのか悪いのか、あと本当の主って、ザスキア公爵の事だな。

 リゼルは僕直属だが、イーリンは派遣だから間違いでは無い。てかフレイナル殿、説教中に反省もせずにリゼルやイーリンに嫌らしい視線を向けるなよな。女性関係については本当に強メンタルで呆れる。

 君の進退に関しては、本妻と側室達からも頼まれているんだぞ。旧ウルム王国の貴族連中の融和政策に必要な婚姻なのだから、失敗して失脚とか違う意味でも有り得ないんだからな!

 

「あらあらあら?そうだったかしら?尽している事は認めますが健気ですか?ぐぃぐぃ迫って行くのに健気?私と取り決めた未来計画より随分と逸脱してないかしら?」

 

「誤差の内でしょう?」

 

「いいえ、許容範囲外ですわ」

 

「まぁ落ち着いて下さい。対策は決まったので、詳細は議事録に纏めて配布します。ザスキア公爵は、ニーレンス公爵とローラン公爵に根回しをお願いします。

僕は、アルドリック殿にバニシード公爵の希望を纏めろと言います。フレイナル殿は良くアンドレアル殿と相談するんだぞ。軽挙妄動はしないように十分に気を付けてくれ」

 

 アンドレアル殿の事は気を付けていないと、バカ息子を殺して自分も死ぬ!とか言いそうで……いや実行しそうで怖い。よくよく言い聞かせて落ち着かせるのは僕も協力するが、普段の監視はフレイナル殿の仕事だ。

 妖狼族の女神ルナの御神託の件もあるし、早めに行って帰国予定を調整すれば良い。モンテローザ嬢の反乱対策には悠長な時間などない、ロンメール殿下達の安否も有る。

 反乱準備中だが、直ぐに行って鎮圧するのは都合が悪い。他神教の女神様の御神託を無視する事は、流石にヤバいって思うから。僕にとっての最良の鎮圧時期をわざわざ教えてくれたのだから。

 

「リーンハルト様?他の女性の事を考えていませんか?」

 

「そうですわ。私達を無視して他の女の事を考えるなんて、酷い裏切り行為です」

 

「いえ、全く考えていません。フレイナル殿を馬車馬の如く働かせる算段を考えていましたです、はい!」

 

 危ない危ない。意識が逸れていて言い合いをしていた、ザスキア公爵達に咎められてしまった。女性って凄い、異性の考えが何となく分かるみたいだな。まぁ結果的には限りなくゼロに近いマイナス、挽回できる範囲で良かった。

 アンドレアル殿も復活したが、特に反対意見もなさそうだし納得はしてくれたみたいだ。息子の評価は地に落ちたが、無理心中するよりは汚名返上に動けって事だ。屑男は最悪の汚名だから、返上しないと貴族として宮廷魔術師として不味い。

 折角、本妻と複数の側室を娶るのだから彼女達の祖国の為にも頑張ってくれ。勿論だが、僕も君を馬車馬の如く使い倒すから覚悟して欲しい。

 

 


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