古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第825話

 聖戦祝勝のイベントも一段落、僕の周囲もそうだが王都も平穏な日常が戻りつつある。未だに夜には酒場に繰り出す連中も多いが落ち着いたと言って良いだろう。

 王都の鍛冶ギルド本部との話し合いも終わり、新しい改良ポーションの生産と販売も良好。オリビアの後ろ盾として魔術師ギルド本部も本腰を入れられる体制も整った。

 オレンジ色で味も柑橘系の改良型ポーションだが、一番の購買層は中年の戦士職の冒険者達だった。冒険者の中で一番身体を張る職種だからポーションを使用し体力の回復を図る事は多い。

 

 彼等も味については従来のポーションに不満が有ったのだろう。少し高めな価格設定でも大量買いをするらしい。従来のポーションを錬金していた連中にレシピは教えているので反発は少ない。

 魔術師ギルドに所属せずにモグリで錬金していた連中や自分用に自作していた連中に一部からは不満も出ている。魔術師ギルドに所属すれば無償でレシピを教えるといっているのに入らない。

 個人に問題が有ると思うのだが?魔術師ギルドに所属しても義務は少ない、だが利益も少ない。改良型ポーションのレシピは数少ない所属する事のメリットなんだけどね。

 

 まぁ嫌なら教えないだけだ。勿論だがレシピの流出対策には力を入れている。他国からの問い合わせも多くなっている、その内に一悶着有りそうな予感がする……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 リズリット王妃とセラス王女に成果を報告する為に、ウーノを通して面会を求めた。即時許可が下りるって、普通は中々無いんだけどな。伝令を頼んだウーノが戻って来て直ぐに案内されるってさ。

 今回も前回と同じ池の畔に設えた茶会の場所だが、前回とは違うルートで案内されている。ウーノは王宮の配置を全て頭の中に叩き込んでるのだろう。正式にセラス王女専属の侍女から女官に昇進したそうだ。

 気難しい彼女に気に入られたのが最大の理由らしい。最近のセラス王女は前よりもフリーダムでないから問題児って訳でもないが、過去の悲しい出来事で緘口令が敷かれているからか?

 

「今回の成果の達成は早かったのですね?」

 

「ん?ああ、そうだね。元々腹案が有ったから特に新しく一から考える事が無かったのが良かったよ」

 

 ウーノとは色々有って気楽に話せる関係になっているが、それでも他の者達の目の届く場所では話し掛けてはこない。そして彼女達が敢えて話し掛けてくる内容には大抵意味が有る。

 少し前を歩く彼女の横顔を見ると真面目な顔だな。特に難しい問題が有りそうな雰囲気でも無いけど……彼女の実家はローラン公爵の派閥構成貴族、僕とは友好な関係を結んでいる。

 現状僕に敵対的な関係なのは、バニシード公爵と派閥構成貴族。それと最近だが参謀連中から微妙な敵意を感じる。後は一部の官吏達、未だ敵対者はそれなりに居るので油断は出来ない。

 

「リズリット王妃は今回の成果について満足されていません。課題の成果としては文句の付けようが無く、傷付いた者達を多く救おうとする為の流通の確保もリズリット王妃の指示に沿っていますが……」

 

 考えを纏める為に少し歩く速さを抑えると彼女も合わせてくれる。つまり建前の課題を達成した事に文句を言えないが本来の目的には沿ってないって事か?いやポーション類の改良の経験を積むって意味なら目的達成じゃないの?

 結果を報告する前に魔術師ギルド本部と色々やらかしたのは横から口を出される前に、オリビアの立場を強固にする為だ。建前的にも広くポーションを必要とする者達へ流通し易いようにした。既存のポーションの製作者達にも配慮している。

 まぁ一部の者達からは反発されたが、魔術師ギルドに所属すれば無償でレシピを教えるんだ。それを拒むのは向こうに問題が有る、僕の責任の範疇じゃない。

 

「納得出来ない?建前的には問題無く、それを指示した事でリズリット王妃の評価も上がるのに?」

 

「成果を出すのが少し早過ぎた事による焦りでしょうか?もっと突っ込んだ課題を出しても問題無かった、次の課題を出すタイミングは王妃であっても難しい。リーンハルト様は多忙ですし、占領地の復興支援で旧ウルム王国領に行かれます」

 

 ウーノはネクタルの件を知っている。もしかしなくても『新しき世界』の信奉者か?入信しちゃったのか?思わず足を止めてしまう。それを振り返り不思議そうに見詰める彼女の瞳には、僅かながらの狂気を感じた。

 ザスキア公爵の影響力は王宮内の深い所にまで及んでいる。上は公爵夫人から下は王宮の侍女まで、全員とは言わないが多数が彼女の唱える新世界の信奉者なんだな。この辺の勢力図は教えて貰わないと対応に困るぞ。

 僕は何故か教祖様の想い人って事で彼女達の年の差婚という欲望の対象外だったが、ネクタルは別の欲望だ。若返りを望むのは必要に迫られた御姉様方々だけじゃない。誰が味方か敵か分からないのは困るぞ。

 

「ウーノさんはさ。もしかしなくても新しき世界の信奉者で、ネクタルの件も知ってる?」

 

 無言の笑顔、肯定した。彼女もザスキア公爵の狂信者、セラス王女は兎も角、リズリット王妃とは敵対してるって考えた方が無難だよ。ネクタルの影響が予想以上に酷くて困惑を禁じ得ない。

 いや自業自得だったし、イルメラ達の為にも必要な混乱だった。深呼吸を数回、落ち着け。周囲を確認するが廊下には僕達しか居ない。挙動不審だった事はバレてない。大丈夫、彼女(狂信者)は僕の敵ではないから怖くない。

 だが確認はしておこう。リズリット王妃との関係には距離を置きたいが、セラス王女とは今後もギブ&テイクの関係を続けたい。だからウーノの立ち位置を確認しておかないと駄目だな。

 

「ウーノってさ?もしかしなくてもさ」

 

「はい。ザスキア公爵様が唱える新しき世界の信者です。セラス王女には誠心誠意仕えてますが、敵対する愚か者には鉄槌を下します。悉く滅べ、あの背教者め!」

 

「あのって誰?いや、いいよ。続きは言わなくて良いからね!逆に言葉に出したら駄目だから落ち着こうね」

 

 未だ言い足り無さそうな彼女を止める。背教者って新しき世界を信奉しない連中の総称みたいに言ったぞ。悉く滅べって歩み寄りは一切考えてないの?鼻息荒く肩で息をしている、ウーノを見て思う。彼女って、こんなだったっけ?

 そろそろ話を止めないと誰か来そうで怖い。時間は少ないが確認は取れた。ウーノはセラス王女には忠義を持って仕えるけど、一度教祖に敵対的行動を起こしたリズリット王妃は敬ってないどころか敵意さえ持っているよ。

 そして彼女の判断では、リズリット王妃は不機嫌であり何かしらの問題行動を僕に対して起こそうとしているのかな?来月には戦後復興作業に向かうから猶予は半月位しかない。もう一度、僕に課題は出せないだろ?

 

「王族の女性陣を纏めているみたいですが、先走りや抜け駆けは抑えきれてない様子です。リーンハルト様、お気を付け下さいませ」

 

「僕に直接手出ししてくるって事?」

 

 その答えを聞く前に誰かが近付いてくる気配を感じたのだろう。ウーノは歩き出した。前方から近衛騎士団が二人、歩いて来る。知り合いだが、もう少しだけ遅く来て欲しかったぞ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 生憎の曇り空なのだが野外の池の畔でお茶会を開く意味って何だろうか?人払いに防諜対策は万全、護衛も隠れている影の護衛の気配を何時もよりも感じる。

 不機嫌さを隠したくても隠せない、リズリット王妃。ご機嫌な様子を隠さない、セラス王女。母娘の感情の対比が酷い。まぁセラス王女は長年の希望が叶うマジックアイテムを貰えるのだから機嫌が良いのは当たり前か。

 リズリット王妃は裏事情を知らない国民からの支持は増えたかもしれないが大本命のネクタルの複製には届いていない。次の課題は早くても再来月、何時まで経ってもネクタルは入手できない苛立ちか……

 

「ようこそいらっしゃいました。リーンハルト卿」

 

「急な面会の申し込みに応えて頂き、有難う御座います」

 

 対応してくれたのは、セラス王女でリズリット王妃は無言だ。あと今回はレジスラル女官長も同席しているのは、セラス王女に贈るマジックアイテムの安全確認かな?製作に当たり色々と意見を聞いたし要望も多かったし。

 深く頭を下げて急な面会に対応してくれた事に感謝の言葉を述べる。常識的には申し込まれたら直ぐ来いはないのだが、そこはスルーする。何か有ればレジスラル女官長が苦言を呈する位はするだろう。王族の教育は僕の職務外です。

 椅子を勧められたので御礼を言って座り、暫くは時事ネタを交えた雑談をする。前は直ぐに本題を振って来たのだが、セラス王女も成長しているのだろう。レジスラル女官長も薄く笑って頷いているので、良い変化なんだな。

 

「リーンハルト卿。既存のポーションの品質向上及び、その流通の確保の件。まことに見事でした。その功績を称え、褒美としてエリクサーと金貨1万枚を与えます。貴方ならば完全回復薬でもあるエリクサーを解析する事が可能でしょう」

 

「有難う御座います。謹んで受け取ります」

 

 急に話を振って来たと思ったら、報酬はエリクサー五本と金銭か。体力回復ポーションの次は、いきなり完全回復ポーションね。報酬であるコレを解析しろって、もう形振り構わない感じかな?

 レジスラル女官長が顔を顰めた。基本的に彼女は国王の血縁には敬意を示すが、血の繋がりのない者は例え王妃や後宮の寵姫であっても敬わない。貴き血の繋がりの無い彼女達は、貴種を産む女性程度の認識だから。

 逆に貴き血を引く、セラス王女の成長は嬉しいのだろう。幼少の頃から彼女が厳しく指導してきた筈だから、教え子の成長は無条件で嬉しい筈だ。エリクサーが複数なのは研究の為に使いなさいって配慮かな?

 

「品質が向上したポーションでも治らない怪我も有ります。ですがエリクサーなら治りますが、貴重品であり高額で品数も少ないと聞きます。製法も既に失伝し、魔法迷宮でのドロップ品に頼るだけとは嘆かわしい事です」

 

「そうですね。魔法迷宮バンクの最下層の宝箱からしか入手が不可能、その製法も現代には伝わっておりません」

 

 報酬でエリクサーを渡して序に製法を調べろって事ですか。暗にだけど結構強引に頼んで、いや頼んでない。僕から自主的に言わせたいのだろう。短期間に連続して多忙な僕に頼むのは王妃であっても難しい。

 下級官吏なら使い潰しても構わないって考えの連中も、宮廷魔術師第二席に同じ事をするかと言えば否だ。エリクサーを解析し量産できれば確かにエムデン王国としては有益だが、臣下の扱いとしては落第点だな。

 前もそうだったが、リズリット王妃の小細工は相手が悪感情を抱くやり方だぞ。僕もエリクサーの製法は知らないし、解析するにしても年単位の研究が必要。それこそ生涯を賭けての一大研究なんだけど、あまり興味を惹かれないんだ。

 

「なので大切に使わせて頂きます。本当に必要な時まで厳重に保管し、必要な時には迷わず使わせて頂きます」

 

 そう言って深く頭を下げる。エリクサー自体は十分な数を持っているが、王国の宝物庫にも十本も無かった筈だ。その半数近くを僕に渡すのは研究の為にだろうが、僕は研究せずに大切に保管すると言った。

 まぁ本当に必要な時が訪れれば迷わず返しますって意味だったんだけど、レジスラル女官長には伝わりセラス王女は微妙でリズリット王妃には伝わらなかったみたいだ。だって睨まれたし。

 有難く研究しますなんて言わないし言えない。僕だって本腰入れて年単位で研究しないと無理だし、もしかしたら解析不能かもしれない。魔法迷宮バンクの最下層に籠れば一日で数個は入手可能だから、そこ迄必要性を感じない。

 

 もっとも、リズリット王妃は最終目標がネクタルの複製であり、エリクサーは解析出来なくても僕の能力がアップすれば問題無いのだろう。最悪全てを使い切っても構わない位にはね。

 

「ゴーレムマスターであり土属性魔術師の最高峰の、リーンハルト卿でもエリクサーの解析は不可能ですか?」

 

 挑発かプライドを刺激させたいのかは分かりませんが、視線と言葉に棘が有りますよ。リズリット王妃はネクタル絡みだと知能が低くなり過ぎませんか?これってアウレール王やザスキア公爵に相談案件なんですが!

 肯定も否定もせずに静かに微笑む。自重を促したつもりだが、リズリット王妃にとっては反逆位に受け取ったのかな?ウーノさん?処しますか?みたいな顔は止めなさい。僕にしか見えてませんが非常に危険ですよ。

 でもエリクサーの解析なんて公言すれば結構な時間を拘束されてしまう。魔道の探究者としては失格かもしれないが、興味の薄い事に時間を割きたくないんだ。

 

 困ったな。どういう終着点にもっていこうか悩むな。

 

 


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