古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第810話

 舞踏会で偶に有る、飲み物を零して相手を濡らしてしまう不祥事。大抵は爵位や役職の上下の力関係で責任の所在に関わらず謝罪する方が決まり、大事にならず纏まる。だが今回は双方が公爵令嬢だった。

 勢力を拡大中のニーレンス公爵と没落中のバニシード公爵の実子と養子、表面上は僅差だが実情はかけ離れている。だがあの兄妹は最初から反発せずに謝罪した、状況的には一方的に悪くはないのにだ。面子的に考えれば微妙な対応、自らを下に位置したのだから。

 だが兄である、ワーグナルス殿は濡れたドレスを自らハンカチで拭こうとした。妹や女官や侍女に頼まずに、自らが未婚の淑女に触れようとした事は貴族的には避けるべき行動だな。

 

 大して親しくもない深窓の令嬢の服に、しかも腹部辺りに触れるなど有り得ない。エルフが取り押さえて事なきを得たが、場合によっては頬を叩かれていただろう。それはそれで大事になり、両家の関係に甚大な亀裂が生じた筈だ。

 関係悪化に配慮し拒絶しなければ、メディア嬢はワーグナルス殿と親しい関係だと誤解された。未婚の淑女にとっては有り得ない評価になり、父親であるニーレンス公爵も黙ってはいなかった。いや報復は苛烈になった筈、ニーレンス公爵にとって、メディア嬢は色々な意味で大切な愛娘だ。

 他国の王族や大使を招いた舞踏会での失態、僕は役職上の関係でワーグナルス殿に口頭で苦言を呈した。後で書面でも同じ事を認めて公式に送りつける。政敵への攻撃じゃなく任務の一環としてだ。

 

 その場でニーレンス公爵が謝罪を受け入れたとしても、後々に噂が変化した場合を考えての保険だ。もしもメディア嬢と良い仲だとか悪意有る噂話を流したら、正式に抗議という対応……いや対処が出来る為に……

 

「実際どうだった?やはり政略結婚狙いのハニートラップかな?浅はか過ぎる馬鹿な行為だと思うけど、他に思惑が有ったのかな?」

 

 ワルツが始まった頃を見計らい、リゼルに詳細を聞きながらニーレンス公爵の執務室に向かう。何かしらの悪巧みならば、彼等に警告する必要が有る。早足になりそうなのを我慢し、会話の時間を延ばす。

 舞踏会を催した責任者として、被害に合った彼等の所に訪ねる事は不自然ではない。珍事の対応を明日以降に延ばす事は怠惰で怠慢だから、面倒だからと放置しても結局は自分も被害を被るから。責任者って辛い。

 舞踏会会場には、ザスキア公爵に残って貰った。ニーレンス公爵とメディア嬢も、彼女の前だと色々と構えてしまうから。責任者が二人も抜けるのは拙いので、後で報告と相談をする事で待機をお願いした。

 

「いえ、ワーグナルス様の行動は咄嗟の事で含みは有りません。女性にだらしない為に、外見的には好みのメディア様の身体に触ろうと反射的に動いただけです。常日頃から隙あらば異性に触ろうとしているのでしょう最低の条件反射でした」

 

「え?何それ?」

 

 女性の扱い方が下手なのか、下心満載で身体が勝手に動いたのか?これが身分が低い女性ならば、男女交際の切っ掛け位にはなったとか?リゼルの彼に対する態度が冷たいのは含むものが有るのか?

 ワーグナルス殿は色魔の類で間違いなさそうだな。普段の色欲的な行動を無意識にしてしまい、慌てて謝罪した。だが態度は慌てていなかったから、意識すれば表情や態度は制御出来る。取り繕う事は出来たのか?

 ザスキア公爵の評価通りに、それなりの能力は有るのだろう。有能でも色欲が強いと色々問題が有る、欲望を抑えられないから貴族的な常識や損得勘定を無視する。それはそれとして、舞踏会に参加した意味は何だろう?招待されたのは分かるが、今迄は僕の参加した催しには居なかった筈だ。

 

「女性大好き、無意識に身体に触ろうとしたのか。だが直ぐに謝罪したけど、それも何かしらの思惑が有ったのかな?表面上は対等な公爵家の跡取り息子が、同じ公爵家の令嬢に頭を下げるのは面子的にどうかな?他にも方法が無かったのかな?」

 

 貴族社会には男尊女卑が根強く蔓延っている。幾ら相手が公爵令嬢でも、自分だって公爵子息。貴族的な見解で考えれば、立場的は上だろう。だが直ぐに頭を下げた事の意味が分からない?フェミニストだから?

 メディア嬢は若手令嬢の纏め役で中心的な存在。そんな彼女に失礼な行動を無意識にした負い目で謝罪?いや意識すれば有能に振る舞えるなら、冷静に考えて他に方法が有ったんじゃないか?同格ならば責任の所在を有耶無耶にも出来た筈だが……

 悪いが今夜の噂話は貴族社会に広まる。和解はしたが非常識な行動をした事は、ニーレンス公爵の派閥構成貴族達が悪意を込めて広めるだろう。彼の評価は激しく落ちる、だから潔く謝罪して最低限の礼節を守った?

 

「ワーグナルス様の本来の目的は、リーンハルト様とメディア様の関係性の確認です。メディア様が取り巻きの方々と、リーンハルト様の話をしていたのを聞きたかったので近付いたのです。

色欲に負けて失敗した後、直ぐに自分のメディア様に対する行動で関係性を推理するつもりでしたわ。因みにメガエラ様の第一目標は、ヘリウス様です。ローラン公爵家への工作の為ですが、彼はリーンハルト様の政敵に話す事は無いと拒絶したみたいですわね」

 

 僕とメディア嬢の距離?思わず足を止めて、リゼルを見詰める。姫と騎士の噂話でも聞いたのか?彼女を娶れば僕は公爵家に婿養子に入るのだが?そんな事は、アウレール王も認めないし僕も嫌だぞ。

 僕等の関係など、友人以外に考えられないだろう。それともエルフの譲渡の件で邪推したか?あとは、ヘリウス殿か……彼は僕に信仰に近い感情を抱いているっぽいから、僕と敵対している相手には例え淑女でも関係無しか。

 しかも拒絶とか、彼女からしたら酷い仕打ちだと思ったろうな。だから最初に見た時の態度だった訳だな。ヘリウス殿は公爵家の正当な跡取り息子、その彼が拒絶したとなれば他の連中も関係を持とうとは思わない。つまり彼女は同じ派閥の紳士にしか相手にされない、社交界での立場が決まってしまった。

 メガエラ嬢の思惑は、ヘリウス殿が無意識に潰した。公爵四家の第二位の正統後継者に逆らう者など居ない。仮に彼女の色香に負けた者が居ても、一族総出で説得だろう。駄目なら排除も考えられる。それだけ落ち目の家に肩入れするのは危険なんだ。

 

「メガエラ嬢については動向の監視だけで十分かな。ハニートラップに引っ掛かった奴が居ても、一族総出で何とかするだろう。それに何人も引っ掛ける事も出来ない、多情な女性のレッテルが貼られる。未婚の彼女にはキツい仕打ちだ。それとワーグナルス殿は、僕とメディア嬢の関係をどう判断したの?」

 

 社交界で人気の有る淑女の中には何人もの紳士と浮き名を流す猛者も居るが、純潔が必須の未婚の若い彼女には無理だ。そんな猛者も手を出す相手を厳選しているから、問題になりにくいんだ。

 火遊びは相手を選ばないと自分と周囲を巻き込んで盛大に炎上する。恋の駆け引きを楽しむとかも結構だが、実家や一族にも被害が行くなら普通に排除されるぞ。家の取り潰しや没落にも関わる大事だから、当主が厳しい判断を下す。

 あの兄妹は、よりにもよってニーレンス公爵とローラン公爵の実子に対して行動を起こした。それは大事だぞ、政敵でありエムデン王国の軍事と政務を司る最大派閥の両翼だぞ。馬鹿と言うか考え無しと言うか何て言うか……

 あと勝手に僕とメディア嬢の関係を邪推して広められるのも困る。だが対応は男女のソレでなく仕事上の対応に終始していた筈、余計な誤解は招かないよね?色魔なら女性の感情の機微も分かるよね?

 

「関係性は保留でしたわ。公の場であからさまな行動はしないと考えてましたし、視線や仕草にも色めいたモノは無い。未だメディア嬢に取り入る可能性は有ると考えていました。メディア嬢の心の中は嫌悪感だけが渦巻いていましたわ」

 

 まぁいきなり触られようとすれは、先ずは嫌悪感だよな。それから報復措置か……父であるニーレンス公爵と連携して攻める。つまりローラン公爵とザスキア公爵、それと僕にも協力を仰ぐな。元々バニシード公爵は政敵として攻めている最中、丁度良いネタが出来たと思うだろう。

 

「二人共にハニートラップ要員か。そして双方失敗、妹には落ち度は無いが兄は己の性癖で失敗。呆れと僅かな憐れみを感じる。バニシード公爵は仲違いしている公爵家との和解の切っ掛けを模索中かな?残りのザスキア公爵は、どうしようとしたのかな?」

 

 子供をダシに関係改善を企んだのかな。実際は良く有る事だが、後継者を狙うのは無いな。それなりの立場の者を抱え込んで和解が本来の方法だろう。でもヘリウス殿のお相手は噂にも聞かないが、誰が候補なのだろうか?

 軍事・政務・諜報と三家が得意分野を持っている。残りは諜報を司る、ザスキア公爵だが何かしら行動を起こすのかな?ワーグナルス殿の色仕掛けは全く通用しないと思うけどね。

 アウレール王にも確認を取っておくか。バニシード公爵は存続を許されたから、勝手に没落に追い込むのも問題だ。その辺を御三家と相談し問題の無いように動くのが正解だろう。

 

「ワーグナルス様は、ザスキア公爵様には一切手出しをするつもりは有りませんでしたわ。母親や親族の女性から厳重に注意され厳命されていました。新しき世界の信奉者は、敵対勢力にも食い込んでいます」

 

「そうだね。ザスキア公爵と信者達は、リズリット王妃と女性王族の方々にも勝ったんだ。敵対など出来ないし不興を買うのも勘弁して欲しいだろう。ザスキア公爵を口説くなど、失敗すれば……」

 

 死んだ方がマシ、そういう事だろう。勇者だとか男の中の男とか、そんな下らない称号の為に死ぬのはお断りだぞ。でも稀に居るんだよな、そういう強者(愚か者)がさ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ニーレンス公爵の執務室に到着、取次を頼めば直ぐに中に通してくれた。既にメディア嬢は着替えを済ませている。予備の衣装も用意していたのだろう、タイトで優雅さを醸し出していたドレスだな。プロポーションに自信がないと似合わないのだが、敢えてこのドレスを着替えに選んだとは……

 

「メディア様。気落ちなさっているかと心配しましたが、杞憂みたいで安心しました」

 

 特に落ち込んだ様子も無く、父娘が並んで座っている。精神的に不安定になったりとかは無さそうだ。深窓の令嬢の中には異性に触れられようとしただけで気を失う方も居る。まぁメディア嬢が弱い訳は無いな。隣に座る父親の方が激怒しているよ。

 彼女は後継者候補を婿に迎える為の大切な愛娘、その愛娘に悪い噂が広まる様な行動をされたのだ。目出度い舞踏会故に謝罪を受け入れざるをえなかったが、当然だが内心は全然許してないな。一波乱有る、だが連携しないと不味いだろう。

 

「あら?私のナイト様が用意して下さった、エルフのお陰で不快な思いはしないで済みましたわ」

 

 優雅に微笑んでくれたし、エルフも主の言葉に合わせて頭を下げた。良かった、パンターとレオパルドが執務室で留守番で!最悪の場合、ワーグナルス殿は引き裂かれて死んでいたぞ。彼等はメディア嬢の足元に侍っているが、主の身に起きた事を察している。

 もしも万が一、ワーグナルス殿が謝罪に執務室を訪れたら、不幸な事故が起こるだろう。父親は止めないかもしれない、狼藉者として一方的に処理されそうだよ。そんな短絡的な事は無いと思いたいが、やってしまっても何とかしちゃうのが公爵四家筆頭の力だよな。

 エルフが紅茶を用意してくれた。僕の娘達はメイドとしての機能は組み込んでないのに一流のメイドとして行動出来る、何故だ?

 

「ワーグナルス、我が愛娘に触れようとは命知らずな無法者め。公の場故に大目に見たが、許した訳ではないぞ」

 

「対処は可能ですが連携が必要でしょう。メガエラ殿もヘリウス殿に絡んだみたいですし……まぁ此方は拒絶されたみたいですが、バニシード公爵の子供二人が敵対派閥の当主の実子に絡む。思惑が気になりませんか?」

 

 この言葉に、ニーレンス公爵の顔色が変わる。愛娘に手を出そうとした男に怒っていたが、少し冷静になったのだろう。または怒る振りをして僕の協力を引き出し易くしたか?味方ではあるが、単純に見た行動だけで考えるのは危険なんだ。

 完全な味方は少ない。協力関係に有れども無警戒なのは危険、それが貴族社会であり貴族の常識。甘えや油断は愚かな行為、無条件で信じられるのはザスキア公爵位だ。まぁニーレンス公爵もローラン公爵も信じて良い部類ではある。

 お互いの職務を尊重しているし実利でも補い合っている。疑う事は心苦しいが、怠れば叱責してくれる位には良い関係を築いている。

 

「ふむ、成程。確かにそうだ、ローラン公爵と連携する必要があるな」

 

 ニタリと真っ黒い笑みも浮かべたので、此方もニヤリとドス黒い笑みを浮かべる。女性陣がヤレヤレ的な顔をしているが、悪だくみには必要な様式美ですよね?

 


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