古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第806話

 晩餐会後の打合せで、ザスキア公爵がやらかした。この御姉様は腹心と家族だけの話し合いだからと、終わった後に直ぐ寝れる様にナイトドレス姿で現れたよ。一瞬皆の時が止まった……

 直ぐに女性陣が再起動して着替えさせたが、心臓が止まるかと思った。普段から着替えとかの身の回りの事を他人に任せる弊害だな。羞恥心が他人とズレている、身内や使用人には緩くなる。

 だが、リゼルさん。後ろから僕の目を塞ぐのは良いのだが、座っているから丁度後頭部にだな。その、胸が当たっているので離れて下さい。心の声で訴えても無視ですか?そうですか?

 余計に手に力を入れないで下さい。不用心に動くとアレなので大人しくしますが、何も見えないからアレですが。君の手のひら越しにも、イーリン達の視線が突き刺さっているのが分かります。

◇◇◇◇◇◇

 着替えという仕切り直しをして話し合いを再開する。ザスキア公爵は真っ白で飾り気の無い、それでも生地は厚いので及第点なナイトドレスに着替えたが少しむくれています。

 何故、そんなに気にしますの?的な感情なのだろうが、貴族の一般常識的でもアウトです。政敵にバレたら一大事なのに、本人の中では大した事じゃないのだろう。

 時間も押しているので、リゼルに視線を向けて晩餐会で大使達が何を考えていたかを話す様に促す。各国大使の思惑と、ベアトリクス王女の思惑を知らなければ明日からの三連続舞踏会での対応に困るから。

「はい。先ずはデンバー帝国とルクソール帝国の大使達ですが、既に我が国を共通の仮想敵国と見做しています。未だ共闘や同盟、連合等の具体的な話は持ち出していません。祖国に戻り皇帝の指示を仰いだ後、秘密裏に条件を詰める考えでした。

どちらも隣国に攻める計画が有るが、相手国がエムデン王国に助けを求めた場合、高確率で仲裁に入られる。または協力要請を盾に攻め込んで来る危険性が有るので、その辺りの対策を練る迄は動けない。

その他の国の大使達は、エムデン王国との友好関係の強化。そして強固な関係になった後の、周辺諸国への対策……いえ要求ですね。東方の諺『捕らぬ狸の皮算用』ですか。良からぬ考えを妄想して悦に入ってました」

 予想より悪くは無い、未だ二国間での協力体制の構築がメインで連合を組む考えには至っていない。他の国も敵対よりは協力体制の強固の方に意識が向いているから、即連合設立は無いな。

 だがデンバー帝国もルクソール帝国も他国への侵攻を考えているのか。一度でも武力侵攻をすれば、侵略者と連合を組もうとは思わなくなる。そして侵攻された国は負けそうなら周辺諸国を頼るだろう。

 それが外交の戦いで有り、侵攻前に周辺諸国への根回しが重要なんだ。今回はモア教を守る聖戦だから不可侵条約を結ぶのは、比較的楽だった。これに利害と国家の安全が絡むと何を仕出かすか分からない。

 攻め込む方の根回しが万全なら、負けそうだからと助けを求めてものらりくらりとかわされる。侵略国より条件を上乗せして交渉か、事前に協定を結んでおくか。国家間外交は奥が深く、腹黒鉄面皮じゃなきゃ無理なんだよな……

 強国のゴリ押し?圧迫外交?そんな事をすれば、モア教が黙ってない。敗戦国の悲惨さを熟知しているから、破門や撤退する位の実行力が有り影響力も高い。敗戦国の復興へと、ごそっと移動しかねない。

 今回は聖戦、前回は平定だからモア教は干渉して来なかった。いや、積極的に助力さえしてくれたが……侵略戦争には協力しないし、強く干渉してくるぞ。それを力で跳ね除ければ、周辺諸国が侵攻の建て前を得る。

 国教の教義に逆らうのだから、いくら内政に干渉しないとはいえ教義の違反行為は別問題だから……

「最悪でも無い、いや悪くは無い状況ですね。デンバー帝国とルクソール帝国は他国への侵攻を考えている。その為に周辺諸国を纏めて連合を組む予定も無い。同盟を組むにしても互いに皇帝の意向を確認するしかなく、暫く時間が掛かるだろう。

どちらが有利になるか、有利な条件を飲ませられるか。それなりの協議と摺り合わせが必要、だが時間的に待てないのは……我が国と隣接している、デンバー帝国の方かな?」

 周辺諸国が力を増している。それを一番脅威に感じているのが、デンバー帝国だ。あの国は食料の国内生産力が弱く輸入に頼っているのに軍備を増強して金が無い。無いならどう考えるか?

 周辺諸国と友好な関係になり輸入に優遇措置をしてもらうとか?食料自給率は低いが工業や商業が強い。輸出の工業品には困らないと思うが、武器や防具等の軍需関係が多い。

 輸出すれば他国の軍事力アップに繋がるから、大量に輸出が出来ないジレンマを抱えている。だから手段が強奪、つまり戦争寄りに傾くのだろう。考えは分かるが納得は出来ない。

「そうね、そしてデンバー帝国が隣接しているのは我が国の他にはバルト王国とシグ王国。ですがシグ王国を下すとルクソール帝国と隣接してしまうわね。バルト王国よりシグ王国の方が国力は低い、可能性としてシグ王国を半分に分割とかも有りよね」

 うーん、バルト王国に攻め入れば、エムデン王国は干渉出来る。シグ王国の場合は国境が隣接していないから援軍は送れない。デンバー帝国の後方を脅かす事で協力する?

 同盟を組んで、バルト王国軍と協力して領地を通らせて貰う事も可能だが……未だバルト王国を信用出来ないから、領地を通過する時に周囲から一斉に襲われたら僕でも守りきれずに負ける。

 だが援軍に僕は参加出来ないと思うから、跳ね返せるだけの兵士数を送る必要が有る。補給抜きで一万人位じゃないと大した活躍は出来ない。補給部隊を含めれば一万二千人位か?

「各国大使の動きについては、未だ積極的に動く段階じゃないから今直ぐ手を打つ必要はなさそうですね。シグ王国とバルト王国には、それとなく三国間で相互安全条約に近い話を匂わせますか?

仮にデンバー帝国が攻め入っても、最低限初期に参戦する理由にはなりますが……他の国を刺激する事にもなるかな?焦りが侵略される不安を助長して暴発とか?早期にルクソール帝国と手を組むとか?」

 ザスキア公爵的にも有り得そうな未来予想図らしく、真剣に考え始めた。大陸最大最強国家になったが、無敵無敗って訳じゃない。迂闊な行動は控えるべきだな。

 アウレール王への報告書には叩き台の案として記載し、要検討にしよう。参謀連中の考えも聞かないと、独断専行の献策だ!とか難癖を付けられるのは嫌だし面倒臭いし。

 ザスキア公爵に幾つか質問して報告書の体裁を保てる程度の情報を纏めた。後は、ベアトリクス王女の考えだな。模擬戦を行う意味の確認、その内容によっては断固拒否か条件付きで受け入れるか……

「リゼル、模擬戦を言い出した時のベアトリクス王女の考えって何だった?」

 あれ?この質問は凄く嫌だったのか、凄い顔をしたぞ。淑女がして良い顔じゃない、もしかして彼女の考えは真っ黒か?もしかして、パゥルム女王ばりの腹黒王女だったのか?

「ピンク一色でしたわ。リーンハルト様との力量差を知りたいとか、模擬戦で技術を学ぶとか前向きな思考は欠片も無かったです。既に強さについては、自分より数段上だと理解しています。絶対に勝てない相手だと嫉妬もなく素直に認めています。

しかも武官として宮廷魔術師としてだけでなく、官僚としても一流だと確認が出来ました。結婚相手の条件は最上位でクリアしましたが、最後の性格的な事の確認ですが……理知的で柔和、そして年下。

そう、ベアトリクス王女の性癖は年下好き。ザスキア公爵と同じく若い男が大好きです。あの女、晩餐会で欲情してました。頭の中では、リーンハルト様を視姦しながら普通の態度をしていた変態です!」

 え?僕が視姦されてたの?普通は、ベアトリクス王女がされる側じゃない?年下は性格の確認に必要ねぇよ!少年愛好家の変態め、僕は一国の王女に性的に見られていたのか?思わず手が震える、怖いと思ってしまった。

 うわぁ、もう普通の態度で接する事が出来るか不安だよ。視姦する相手と対面で話す時とか、絶対に顔に出るし無意識に避けそうだ。なんだよ、少年趣味って聞いてないよ!報告書に何て書けば良いんだよ!僕が性的に狙われています?

 誤解を招くみたいだから否定するが、僕は年上の御姉様方を嫌ってはいない。単純に恋愛対象に見れないだけで、友人や仕事仲間ならば喜んで受け入れる。だが性欲の対象として見られるのは嫌なんだ。おぞましいとは言わないが、幼女愛好家と被るから嫌なのか?

「その、ミッテルト王女も同じです。隙あらばハニートラップを仕掛けて既成事実を作り上げて、即日入籍。そのままバーリンゲン王国にお持ち帰りコース……あの女、そんな薄汚れた妄想をしてましたわ」

 リゼル、元仕えていた王女をあの女呼ばわりとは……相当妄想が酷かった?しかし僕は一国の王女二人に性的に狙われているの?ミッテルト王女は未だ懲りてないの?

 散々断ったよ拒否したよ、嫌だって言ったよ。アウレール王からも駄目出しされたよね?まぁ報告書に纏めるだけの情報は集まったから、良い話し合いだったな。

 そろそろ日付が変わる時刻だし、総評を聞いて御開きにしよう。睡眠不足は美容と健康の大敵だし、明日も忙しいからな。ベアトリクス王女、見た目は清楚系美人なのに残念な方なんだな。

「今から纏めます。アウレール王と同じ物をザスキア公爵にも送りますので明日の朝に確認して下さい。その後で調査報告書をアウレール王に提出し、対策は参謀連中に検討させて下さいと言葉を添えておきます」

「そうね。無能の集団だけど仕事は与えなくては駄目、失敗するか成功するかは努力次第かしら?」

 ん?失敗が先?普通は成功が先じゃない?ウチの参謀連中って無能だったっけ?まぁ良いか、頑張って一時間位で終わらせば六時間は寝れる。さて、もう一踏ん張りだ!

◇◇◇◇◇◇

「ん?もう朝か……アイン、有り難う。いや分かった、起きるから急かさないでくれよ」

 最近は世話焼き姉さん振りを発揮する戦闘用ゴーレムクィーンが身体を揺さぶり起こしてくれる。ゴネると毛布を剥ごうとするんだよ、鬼畜だよ。両手を上げて欠伸をする。

 アインがカーテンを引いて窓を開けてくれる。眩い朝日が部屋に差し込む、壁掛けの時計が七時を刻む。六時間程寝れた、睡眠時間としては十分だろう。

 窓から爽やかな風が入り籠もった空気を清浄にしてくれる。用意された洗面器に汲まれた水で顔を洗い、残った眠気を散らす。今日は良い天気だな、風も爽やかで心地良い。差し出されたタオルで顔を拭く。

「ん、ありがとう」

 アーリーモーニングティーと昨夜送って添削されて返ってきた報告書を貰う。ストレートで味わいながら報告書を確認するが、特に手直しは無さそうだ。

 ツヴァイが朝食を用意している。君も世話焼きスキルが上がったね、もう厨房に普通に出入りしているらしい。飲み終わったカップを渡すと、アインが身嗜みを整えてくれる。

 流石に着替えは一人でするが、ベッドメイキングまでやるとさ。部屋の専属メイドに叱られないかな?仕事を奪われた的な意味でさ?手際も良過ぎるし余計にさ?

「はいはい、直ぐに朝食を食べるから急かすなって」

 椅子に座らされナプキンを着けられては、ナイフやフォークまで持たされる。新鮮な牛乳にオレンジジュースまで用意してくれるけど世話焼きが過剰だよ。子供じゃないんだから、落ち着いてくれよな。

 プレーンオムレツにソーセージ、新鮮野菜のサラダにスープ。クロワッサンにはバターと果物のジャム、僕の食べ切れる量になっているのは、ツヴァイの配慮だな。

 転生後に錬金し直した、ゴーレムクィーン達の変化?進化?に驚くが嬉しくも思う。ゴーレム道とは奥が深く、果たして今生の寿命でも辿り着くだろうか?

 




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