古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第8話

 魔法迷宮バンクから帰る途中の乗合馬車の中で、僕等を見てヒソヒソ話す一団が居る。

 互いに会話する相手から大体のパーティ編成は想像がつく。彼等は全員男で20代後半の戦士系のみの四人組だ。

 戦士系のみのパーティは珍しくない、僧侶や魔術師の数が圧倒的に少ないのだから全てのパーティがバランスよく編成などされない。

 僧侶や魔術師は限られた有能なパーティが抱え込んでしまうのだ。この乗合馬車の乗客は僕等の他に三組のパーティが乗っている。

 20代後半の男性四人組の戦士系と同じく20代の前半の女性三人組、それに中年男性のみの六人組だ。

 見事に戦士系ばかりだ。装備も年齢性別にバラツキは有るが中級以下で彼等も魔法迷宮を探索するのは初心者の部類だと感じた。

 

「よう、坊主達。見ない顔だけどバンクの迷宮は最近から探索を始めたのか?」

 

 フレンドリーに話し掛けてきたが、情報でも欲しいのだろうか?

 イルメラは端から相手にしない感じだ、彼女は無礼な相手には結構辛辣だし雇い主の僕を坊主と呼んだ事が気に入らないのだろう……

 チラリと横目で見たが口を一文字に結んで相手を睨んでいる。

 ヤレヤレ、僕のメイドは強情だがワザワザ敵を増やす事も無いだろうに。

 

「ええ、この魔法迷宮には初めて探索に入りました。

今日は様子見で半日程しか潜ってませんが、最初の階層なら問題は無いですね。

暫くはレベルアップと資金稼ぎに重点を置きます。

僕等『ブレイクフリー』は少人数の利を生かせますから……」

 

 多分だが勧誘なのかも知れない。彼等が話し掛けてきた時に残りの連中が一斉に意識を向けてきた。

 確かに不足気味の僧侶と魔術師二人のパーティなんて魅力的だろう、それが子供でもね。

 だから牽制の意味を含めて少人数のパーティの利を生かして行動すると言った。

 実際に乗合馬車に乗ってる連中は僕の召喚するゴーレムと大差ない能力だろうから一緒にパーティを組むメリットは全く無い。

 

「でも二人切りだと危ないぞ。バンクは危険な迷宮だ、パーティメンバーは多い方が安心だぞ。これは年長者の助言だ、俺達は既に三階層まで降りているんだぜ」

 

 やはりな、面倒臭い勧誘話かよ……

 年長者の助言って自慢されてもな、僕等より五歳以上年上なのに未だ初級迷宮の三階層止まりの連中だし。

 この魔法迷宮バンクは地下九階層の構成で最下層に行くにはパーティ平均レベルが30だそうだ。

 つまり三階層止まりの彼等は精々10から15レベルって事か。

 

「そうですか、でも僕等来月に冒険者養成学校に入学するんでパーティメンバーはそこで探す予定です」

 

「あら貴方達、私達の後輩になるのね?私達は『野に咲く薔薇』のメンバーで私がリーダーのアグリッサよ、宜しくね」

 

 女性三人組が話し掛けてきた。

 成る程、適度に品が良いと思ったが冒険者養成学校に通えたとは裕福層の子女達か……

 確か冒険者養成学校は卒業生をOBやOGと呼んで色々な繋がりを作るんだっけ?ならばこの女性陣は無下には出来ないか。

 

「OGの方ですか。此方こそ宜しくお願いします。僕が『ブレイクフリー』のリーダーでリーンハルト、彼女がイルメラです」

 

 流石に洗練されたメイドであるイルメラは、僕の対応と会話から彼女達には失礼の無いように軽く会釈をした。

 強情な所は有るが我を通す事はなく僕の考えを読み取り対応してくれるんだよね。

 

「あら、貴方達って恋人同士なの?」

 

「いえ、リーンハルト様は私の御主人様です。故に私の全ては御主人様の物ですので、対等な関係では御座いません」

 

 それを聞いた時のアグリッサさんの目は冷えきっていた、多分だが酷い勘違いと妄想をしているのだろう、若干頬が赤いし……

 

「イルメラは僧侶ですが僕付きのメイドでもあります。職務に忠実なので変な妄想は失礼ですよ、先輩?」

 

「ももも、勿論変な事なんて考えてないわ!でも折角知り合えた後輩なんですもの。そうだ!今度一緒にバンクを攻略しない?

私達六階層を攻略中だけど貴方達に合わせて三階層くらいでも良いわよ。魔法迷宮ってどんな物か教えてあげるわ」

 

「一寸待てよ!勧誘は俺達が最初だぞ。OBだかOGだか知らんが割り込むなよな!」

 

「まぁ失礼ね。貴方達こそ私達の大切な後輩をどうするつもりなの、三階層程度の実力で?」

 

 話に割り込んできた男がグッと詰まる。彼女達は三人で六階層まで潜れる連中だからレベルも20以上は確実だ。

 まともに戦えば勝てないのは自分達がよく知っているのだろう、そのまま黙ってしまった。

 

「お誘いは大変有り難いのですが、僕等は自分達だけで何処まで行けるのか試したいんです。勿論、無理はしません。その為に冒険者養成学校にも通うので大丈夫です」

 

 出来るだけ自分達だけで迷宮を攻略したい本音は僕のギフト(祝福)の事も有る。まだゴブリンだけしか相手にしてないのに稼ぎは他の連中よりも多い。

 貴重な僧侶と魔術師がセットでレアドロップアイテムも沢山手に入ると知ったら?

 

「そう、残念ね。でも貴方達を狙う連中はこれから増えるわよ。

僧侶と魔術師は貴重な存在で、貴方は珍しいゴーレム使い。

前衛を消耗品として扱えるゴーレムを召喚できる貴方に回復役の彼女まで居るなんて、どうしても抱え込みたい連中が多いわ。

何か有ったら私達『野に咲く薔薇』から既に勧誘を受けていると言って良いわよ。

勿論私達以上のレベルの連中には無意味だけど、在学中の有象無象には効果的の筈よ」

 

 確かにOGで現役迷宮探索コースのパーティの知り合いと言えば、まだ学校に通う程度の連中なら黙るだろう。

 あとは彼女達の実家の勢力次第だろうな、次女三女以降とは思うが我が子の為に権力を行使する親も多いだろうし。

 僕は最終的にはバーレイ男爵家から縁を切る予定だし、貴族の権力を跳ね返すだけの力を付けないと駄目なんだな。僕の第二の人生も何気にハードルが高くない?

 その後は『野に咲く薔薇』のメンバー達と雑談をしていると乗合馬車は王都へと到着した。

 結局オッサン六人組は終始無言だったが、若者の会話に入り込めなかっただけだと思う。

 何度か口を開こうとしてたけどね。彼等は現場からの叩き上げっぽい苦労人の集まりみたいだったし貴族っぽい僕やアグリッサさんには話し掛け辛かったか?

 乗合馬車を降りて別れの挨拶を済ましてバーレイ男爵家に歩いて帰る。僕等は貴族街に向かったが、アグリッサさん達は商業区に拠点を構えているそうだ。

 一応住所を書いたメモは貰ったので、一度はお礼を含めて訪ねないと駄目だろう。

 冒険者養成学校に通ったらOBやOGとの正しい付き合い方も調べないとね。

 

「イルメラ、どうだった?僕等は二人でやっていけるかな?」

 

 貴族街に入れば僕等は『ブレイクフリー』の関係じゃない貴族とメイドの関係に戻ってしまう、だからイルメラは一歩後ろを歩いている。

 

「はい、リーンハルト様なら大丈夫です」

 

 御主人様と呼ばれるよりは名前で様付けの方がまだマシか?

 

「そうか……なら早目に引っ越しも済ませような」

 

 嬉しそうに微笑むイルメラを見て、昔の僕には向けられなかった感情だと思った。

 イルメラは良くも悪くも純粋に僕の事を自分の主だと思い接してくれる、そこには自惚れじゃなくても分かる、好意が混ざっている事も……

 それは僕にとって凄い嬉しい事だ。打算的に近付いて来る女は多かったし立場的に与えられた女も多かった。

 彼女達はただ自らを送り込んだ連中の為に僕の子種が欲しかったのだが、僕が濡れ衣を着せられ処刑された後はどうなったんだろう?

 過去の事なんて既にどうでも良いのだが、気になると考えが止まらないな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 魔法迷宮バンクに潜り帰った後、父上と話をする時間を作ってもらった。

 夕食後に父上の書斎に呼ばれ二人きりで報告を兼ねた今後の相談をする為に……

 武道一本槍の父上の書斎らしく蔵書の殆どは読んでないそうだが、貴族の嗜みとしてある程度の価値有る本が並んでいる。

 魔術関連の本も有ったが全て貰い受けた。時間が有る時にでも読むつもりだ。

 テーブルには魔法の燭台が灯り、二人の前には紅茶が用意され壁際にイルメラが立っている。

 

「既に魔法迷宮の探索をしたそうだな?急ぎ過ぎじゃないのか?」

 

「今日は様子見でした。でも準備を整えて油断をしなければ問題無いです。稼ぎも悪くないので学校の方にも時間が割けます」

 

 生活苦の為に迷宮に籠もりっ切りにはならない。それどころか頑張ると稼ぎが凄い事になりそうだ。

 周りに悪影響も有りそうだしレアアイテムのドロップ確率については、それは下層階にいく程かモンスターのランクにより変動するとか調整が必要かもな。

 高確率でレアアイテムをドロップし過ぎると力の弱い内に目を付けられてしまう。当分は既にギルドにバレているゴブリンを倒してハイポーションで稼ぐか。

 

「そうか、お前には苦労を掛けるな。バーレイ男爵家か、俺は騎士団の副団長のままの気楽な生き方が懐かしい。

貴族の当主など成るものじゃなかった。お前はイェニーが死んでから二年で随分変わったな。

その変わり様を俺は気付けなかった。

確かにお前にバーレイ男爵家を継がせる事が大変な事なのを理解したよ。貴族院にお前の相続放棄を申請したら即日許可が出た。殆ど審議など無かった。

団長からも言われたよ『何故もっと早く申請しなかったんだ?』とな」

 

 自分の言った言葉に耐えられなかったのか、ワインボトルとグラスをだして僕のグラスに満たすと自分はワインボトルから直接飲み始めた。

 

「父上、僕は我慢も悔しい思いもしてません。逆に今はインゴに悪いと思っているくらいです。

僕は明日、この家をでて下町で暮らし始めます。冒険者として立派に名を馳せてみせますから安心して下さい」

 

「すまんな……本当にすまん。

イェニーが使っていた装備を渡すからイルメラに使わせろ、杖以外は全て残っている。

お前は魔術師だから渡せる装備は無いが剣も使えるのだろう?俺が若い時に使っていたのをやろう」

 

 そう言うと新しいワインボトルを取り出して口でコルク栓を開けて飲み始めた。

 父上も慣れない貴族社会の生活にストレスを感じていたのだろう。新貴族の男爵など貴族社会では最下層だからな。

 その下に準男爵や士爵も有るが、アレは厳密には貴族とは違う一代限り貴族扱いになる名誉職みたいなモノだ。

 その後は父上の愚痴のオンパレードだった……

 

「俺も新貴族になれて嬉しいとは思った。だが実際は貴族社会の最下層だ。

まだ貴族の次男坊の方が気が楽だったよ。全く騎士団の副団長って言っても相手も役職よりも爵位の高い方を優先するから……」

 

 相当溜め込んだモノが有ったのだろう、それから一時間以上愚痴を聞かされた。

 散々言ってスッキリしたのか最後は晴れ晴れした顔でテーブルに突っ伏して寝てしまったので毛布を掛けて退出した。

 しかし貴族院も審議無しで即申請許可とか父上も辛い現実を突き付けられたのだな、親の愛が軽んじられたのだから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「それでは父上、エルナ様、それとインゴ……行ってまいります」

 

「ディルク様、エルナ様、インゴ様、今までお世話になりました」

 

 ペコリと頭を下げるイルメラにはバーレイ男爵家を出て行く事に何の未練も無いみたいだな、実に生き生きしている。

 

「リーンハルト、辛かったら何時でも戻ってきて良いのですよ」

 

「兄上、必ず帰ってきて下さい」

 

 エルナ嬢とインゴは貴族社会の暗部には触れてないのだろう、温かい言葉を本心から掛けてくれる。

 だから僕も善意で貴方達と距離を置きます。僕かインゴが15歳に成った時に必ず一悶着有ると思うから。

 

「インゴ……バーレイ男爵家を頼んだぞ、お前が正式な跡取りになるんだ。エルナ様、お世話になりました。父上をお願いします」

 

  第二の家族との別れを済ませてイルメラと暮らす新しい我が家に向かう、先ずは第一段階が成功した。

 だが僕の第二の人生を自由に楽しく暮らす為には、未だ何段階か越えなければならない障害が有るんだ。


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