古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第787話

 遂にアヒム侯爵が、クロイツエン領で謀反を起こした。洗脳されて計画的に起こさせられた訳だが、チクチクと嫌がらせや妨害をしてくれたんだ。反撃されても仕方無いと割り切ってくれ。

 まぁ逆洗脳された実の娘に洗脳されて謀反を起こす。既に本人は理性的な行動は出来ず『エムデン王国に害悪な者達と謀反を起こせ!』の命令しか受け付けないだろう。つまり説得も降伏勧告も受け入れない。

 王宮内の上級会議室に対応する関係者を集めた。王宮の中心に近いのに防諜対策の整った特別な部屋、此処での発言は外部には聞かせられない。参加者も関係者以外には黙秘を守らねば駄目な場所。

 居ないとは思うが、モンテローザ嬢に味方する連中が居た場合の牽制だ。情報が流れた場合、この会議の参加者が最初に疑われる。故に参加者の気持ちも当然引き締まる。

 上級会議室は立ち入るだけでも宮仕えのステイタスとなるらしく、皆さん真面目な態度ながらも少しだけ浮ついた感じもする。まぁ勝てる準備をして、参加者はそれを知っているから……

「リーンハルト様、参加者全員集まりました」

「うん、有り難う」

 何故か当然の如く仕切る、リゼルさんが頼もしいです。上座は留守居役の僕と相談役の、ザスキア公爵の二人。僕の背後には、リゼルさんが腹心だからと誇らしげに立つ。

 参加者は実務を行う各部署の官吏達、今回はクロイツエン領の周辺の領主達を主力とし、近衛騎士団からも兵を出させる。クラリス嬢達に情報を流したので、思惑通りに自主的に名乗り出てくれた。

 近衛騎士団六十四家、全てを合わせれば五百人近い一線級の精鋭達だ。彼等の領地から引き抜いて集めた意味は重い、金銭的報酬で報いる予定だ。周辺の領主達は領主軍を動員、三家で二千人を上回る。

「さて、事前に情報を共有していたが、アヒム侯爵がクロイツエン領にてエムデン王国に反旗を翻した。武装蜂起だが、後先を考えない無駄な足掻きだ」

 参加者全員を見回しながら話す。特に慌てたり不安がっている者も居ない、王都から離れているし直接的な被害は受けないからだろう。幸いと言うか、クロイツエン領を囲む領主達は武門の連中だ。

 アウレール王も問題を起こしそうな奴の周辺に、さり気なく武門の者達を配している。何か有った場合の一次対応が出来る信頼出来る兵力を持つ者達なのだろう。

 僕も面識が有る。近衛騎士団と聖騎士団の古参の団員であり、従来貴族の爵位を賜った連中だ。既に親書で詳細を報告し準備をして貰っているので、ゴーサインを出すだけだ。

 まぁ当主は参戦中で後継者と代官が対応するのだが、武門の後継者は留守番に嫌気がさしていたから手柄を立てられるチャンスだとヤル気に満ちている。これが王都に住む法衣貴族の後継者だと尻込みをする。

「ハミルトン子爵とビルゲイム子爵、それとメンテス男爵の屋敷に至急伝令を出して下さい。予定通りクロイツエン領へ繋がる関所の閉鎖、増援が集まる迄は現状待機。難民は受け入れる事、但し逃げ出した貴族は捕縛。

今回参加を打診してくれた近衛騎士団員達にも至急伝令、予定通り指定のルートを通り各合流ポイントに急がれよ。補給物資も予定通り送る事、滞る事は許さず。総指揮はハミルトン子爵に、では各自の仕事を進めて下さい。解散!」

 パンパンと手を叩く。此処からは時間との勝負、予定通り組まれたスケジュールに則って行動すれば負けない。クロイツエン領の各ギルドも引き込んでいるが、商業ギルドは反発した。

 悪徳の街クロイツエンを仕切る強欲な連中だから、素直に此方の言う通りにはならない。何かしらの妨害か干渉をしてくる、金が有るから余計に既得権を失いたくないので手を出してくるだろうな。

 叩けば埃の出る連中ばかり、領主と共に街を牛耳り巨額の富を稼いでいた。既得権が無くなる位ならと、強攻策を取る可能性は低くない。だが此方も甘くはない、街を奪還し健全な状態に戻す。

 悪いが悪徳商人達は一斉に調査の手を入れて、違法性が有れば厳重処分。私財は没収に国庫に預けて復興資金の足しにする。強攻策を用いても、クロイツエンの街の健全化には暫く時間が掛かるだろうな……

「「「「了解致しました、リーンハルト卿!」」」」

 参加者が一斉に会議室を飛び出して行った。今回の参加者も僕に好意的な連中であり、鎮圧が成功すれば評価対象となる。故に全力で当たるだろう。戦力は整えた、後は補給を絶やさなければ勝てる。

 備蓄用の物資を古い順に放出する。備蓄は常に新しく入れ替えなければ、必要な時に劣化して使えませんとか有り得ない。今回の聖戦だが余り物資を消費していないんだよな。

 自国や敵国の国民からの供出品が多く、わざわざ輸送コストを掛けてまで運ばせなくても良いらしい。バーリンゲン王国と違い、ウルム王国の国民には余裕が有ったんだな。

「そういう所ですよ、リーンハルト様」

「普通に謀反の鎮圧を計画し普通に配下を使い実行出来る。普通なら反発し合う軍部と官僚や官吏達を纏めてスムーズに仕事を行わせる。言うは簡単ですが、実行出来るかは別問題なのですわ」

 会議室に残った、リゼルとザスキア公爵から変な言葉を貰った。仕事を割り振り行わせる、普通の事を普通に行わせる。何が『そういう所ですよ』なんだ?

 確かに軍部と行政部は反発している。それは軍部が平時は金食い虫だから、国家予算を預かる連中からすれば反発するのも分かる。予算を抑える、軍部が弱体化し戦争に負ける。

 本末転倒どころの話じゃない。今回は戦争中に内乱、早急に鎮圧しないと他国から干渉を受けるネタとなる。分かっていながら妨害する馬鹿は居ない……いやウチは少ない。

「何をそんなに不思議な顔をしてるのかしら?貴方は一人で本来なら参謀本部が行うべき作戦立案を行い実務部隊に指示を出した。間違い無く勝てる戦力を用意し増援も補給も整えたのよ。

しかも現地の盗賊ギルド支部の構成員に反乱軍の情報を常に討伐軍に知らせる仕込み、魔術師ギルド支部と冒険者ギルド支部にも圧力を掛けて静観させる。勿論彼等も泥船に乗る気は無いから承諾したでしょう。でも領主に逆らわせるには理由がいるわ。

本来ならば周辺の領主軍だけでも勝てたのに、増援として近衛騎士団六十四家にも手柄を与える。何故彼等にも配慮したの?しかも進軍ルートの領主達の調整とか面倒事も全て引き受けて事前に段取りしてまで?」

 あれ?笑っているけど目が笑ってない?ザスキア公爵が不機嫌だけど理由はなんだ?駄目押しの増援だったのと……裏の事情もバレてるのか?深呼吸を三回……うん、落ち着いた。

「いえ、近衛騎士団の方々の子女達から側室予備軍なる不思議な組織を編成されてまして……今は有耶無耶にしていますが、何れは何人か雇用して解散させたいのです。ですが『ハイさよなら!』って訳にはいかない。

故に相殺するだけのメリットを与える必要が有るのです。今回の件、祖国に残った跡継ぎ達が安全に活躍し名声を得られる筈ですから。それなりの恩を売り関係を築き、まぁ側室話は無しでも仕方無いね?で終わらせ……」

 ヤバい、失敗だ。ザスキア公爵は明らかに不機嫌になり、リゼルは後ろから僕の首を軽く絞めている。何故だ?波風立てずに断れる、完璧な流れじゃない?恩を売るだけだよ。

 八方美人が駄目だった?だが派閥争いの意味では味方してくれる連中に配慮するのは大事だし、近衛騎士団でも僕に好意的な六十四家にも手柄を立てさせるのは問題無い筈だぞ。

 進軍ルートの整備や各ギルドへの根回しは責任者として参戦する連中の安全と負担を減らす為には必須だし、情報は戦う為に必須だ。つまり必要な事しかしていないのに何故?

 ザスキア公爵が、リゼルに目配せして共に頷いた。何を視線を交わすだけで了承したの?そんなに仲良しさんだったっけ?

「近衛騎士団六十四家の当主達は、リーンハルト様の思惑とは違う考えだと思います。娘達から、リーンハルト様から事前に情報を与えて貰い軍備を整えられた。増援ではあるが、主力三家との調整も既に済んでいる。

リーンハルト様の手配ならば、主力三家も近衛騎士団六十四家の増援を軽く扱えない。しかも本来なら相当苦労する他領主の領地に武装兵を通過させる手続きもして貰い、補給や敵の情報も入手が可能。

もう来て見て勝った!ですよ。

当然ですが最短で反乱を鎮圧させた実行部隊としての評価は高いでしょう。聖戦に参戦出来ず手柄も立てられずに残されて悶々としていた方々にとって、今回の件は物凄い配慮をして貰った事になるのですわ」

「つまり側室話を蹴る為に配慮したつもりでしょうが、実際は此処まで手厚い配慮をしてくれた、リーンハルト様の事を是が非でも我が子にしたい気持ちと感謝の気持ちが爆上がりです!

側室話を無しに?無理無理、無理です。逆に期待感が高まる筈です。側室予備軍として送り込んだ娘達に、旦那様候補のリーンハルト様が事前に情報を与えて迄、勲功を稼がせて貰ったのです。

もう全員纏めて側室に貰ってくれ!ですね。六十四人の側室、アウレール王の後宮よりも多いです。期待に満ち溢れた彼等に、配慮したから側室話は無し!が通用すると?我が娘を側室に欲しいから配慮してくれたのだ、そう思うのが普通でしょう」

 何時の間にか背後から目の前に移動し、ザスキア公爵とリゼルさんが並んで説明してくれた。思わず姿勢を正してしまう。いや、そんな話にはならないよ。貸しを作った訳だから、僕の願いを聞いて貰って相殺だよ。

 それに側室六十四人とか物理的に無理です。雇用も無理、そんなに家臣は雇えない。それにもう側室は全員決まってますから、ジゼル嬢と結婚したらイルメラ達を順次側室に迎える。

 此処に僕の幸せは完結する。後は彼女達と幸せに暮らすだけだ。十五歳の成人式を迎えたら幸せが完結する。少し早いかも知れないが、僕は僕の為の幸せ未来計画の為に頑張って来たんだ。

 今更変更とか調整とか要らない、もう最終章まで行ったから完結!

「「聞いていますか?リーンハルト様!」」

「はい、聞いています。ですがもう動き出したから止まらないので、後はクロイツエン領の制圧が終わったら考えますです、はい」

「その様な貴族院の回答みたいな誤魔化しは通じませんわ」

「そうです。じゃ先に私を嫁に迎えるから勘弁して下さいなら考えます」

「お黙り!リゼルさんとは、またお話が必要かしら?」

「未来計画の摺り合わせは完了している筈では?」

 コレって駄目なパターンだ。何を言っても納得しない、理不尽なのだが何とも出来ない。変な会話も有るが、聞き返せない。ひたすら謝るしかないのだが、扉の外から様子を窺う専属侍女達の噂話が怖い。

 僕は今、浮気がバレた旦那みたいな感じで叱られて謝っている。痴情の縺れでもないのに、居たたまれない気持ちで一杯だよ。これも僕に畏怖の感情が集まらない為の配慮と思い我慢しよう。

 嗚呼、帰ったらイルメラ達に慰めて貰うか。幸いな事に家族団欒の時間は潤沢に取れるんだ。確かな幸せを今は噛み締めていられる、努力は報われているんだよ。今夜は更なる幸せを噛み締める為に全員で添い寝、異論は認めない!

◇◇◇◇◇◇

 特注品の天蓋付きのベッドに大の字になっている。全員で添い寝の場合は、僕を抜いた全員で厳正な話し合いを行い場所を決めたそうだ。僕の意見は反映されていない。

 左手は本妻予定のジゼル嬢と、唯一の側室のアーシャ。右腕は、イルメラとウィンディア。左足はニール、右足はユエ殿だ。ユエ殿が不在の場合は、ウィンディアが右手から下がって右足担当になる。

 ジゼル嬢が不在の場合は、アーシャが左腕を独占する。因みに今夜は、ジゼル嬢とユエ殿は不在だ。ジゼル嬢は、デオドラ男爵不在の為に代わりに実家を取り仕切っている。

 アルクレイドさんと後継者殿は、デオドラ男爵に呼ばれて新しい領地に向かった。どうやら新しい領地は後継者殿に任せるのだろう。代官任せの僕と違い、一族から派遣して領地経営をする。

 特に元敵国だから戦争に負けて支配者が新しくなったら反発する者達も居るだろう。僕も戦後の復興と農地改革で三ヶ月程度は派遣される、だがスケジュールは揉めているらしい。

 スケジュールを決めるのは聖戦に同行した文官達が、現地の様子を確認して決める。一応誰を優先するかの腹案は送っている、論功行賞を絡めて考えないと駄目だから……

「リーンハルト様?難しい顔をしていますが、何か悩み事でしょうか?」

 真っ暗闇の中で、耳元で囁くように心配された。息遣いを感じる程だし、息の匂いも分かる。良い匂いだ、僕の性癖にも磨きが掛かっている。遂に体臭だけじゃなく口臭もだ。

 クンクン嗅ぐと彼女が恥ずかしがるので分からない様にさり気なくだな。うん、立派な変態だが他人に迷惑を掛けずに自己完結してるからセーフ!

 気配を探ったが、イルメラ以外は寝ているみたいだ。時刻は既に深夜、規則正しい寝息が聞こえる。最近はアーシャとの子作りは風呂場でベッドは添い寝専用だな。

「ん?イルメラが心配する事じゃないよ。仕事絡みで守秘義務が有り詳細は教えられないんだけどさ、旧ウルム王国領に復興支援で向かうだろ。それ絡みでさ、多方面から要求がね……」

 小声で囁くと困った様な気配を感じた後、右腕に抱き付く力が強くなった。国家の仕事絡みは、イルメラ達では力にはなれない。それを前に悲しいと言われたんだ。

「そんなに心配しなくても大丈夫、どんな仕事でも楽勝なんてないから悩む事は有る。でも何ともならない訳じゃなく、それなりの苦労ってだけさ。今、僕は幸せだ。定時に帰れて休みも有る。

家族との団欒を楽しみ、添い寝も出来る。最近は危険な仕事も無いけれど、出世に伴い仕事が増えて難しくなった。だが、イルメラ達と幸せに暮らしたい。この当初の願いは叶った、だから今は凄く幸せなんだ」

「リーンハルト様……イルメラも幸せです。信じられない位に幸せなのです。今生は共に老いて死ぬまで一緒です」

 嗚呼、そうだね。イルメラには転生の秘密も教えたから、前世の早死にの事も知っている。だから寿命で命尽きる迄、僕は君を離さない別れない失わない。

 でもね、共に老いては嫌なんだ。イルメラは永遠の二十代、永遠の若さを保つから。僕は威厳とか諸々の関係で、三十代後半かな。もう十年も経てば、普通にネクタルが使える環境が整う。

 なんたって公爵本人や公爵夫人が先に永遠の二十代を保つんだ。問題事は彼女達が解決してくれるから、安心して欲しい。僕等はずっと一緒だから……

 


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