古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第780話

 自らを『本妻様の下部組織』と名乗り、近衛騎士団達から選抜された有能な(癖の有る)淑女の集団、クラリスさんを筆頭に能力だけなら私にも迫る女達。

 彼女達はリーンハルト様を気に入った近衛騎士団員の方々が、義理でも我が子にしたいからと一族郎党から集めた中で更に選抜された才媛。当主達の純粋な好意によって集められた好敵手(お邪魔虫)。

 思考はギフトで丸裸だから邪(よこしま)な思惑で摺り寄って来るならば対処は簡単なのですが、私を本妻に据えて共に旦那様に助力する事を目的としているので困る。

 本妻とは側室や妾を管理し不和を無くし調整する事も大切な役割。遺産相続時に知らない認知待ちの子供が居ますとか、場合によっては家が傾く一大事。そして割と有る恥ずかしい騒動なのです。

 幸いですが、リーンハルト様は特定の女性以外には興味が無く限られた愛情の多くを私達に与えてくれる得難い旦那様。その分母が多くなるのは避けたいのですが、多数の領地を持つ侯爵待遇の伯爵家としては人材が足りないのです。

「リーンハルト様より、レイニースさんとウルティマさんを家臣として迎え入れたいと希望されましたので、彼女達の実家とも調整致しました。レイニースさんは『真実の目』のギフトで嘘を見抜き、ウルティマさんは諜報能力を買われております」

 そう、有能で必要になるのよ。リーンハルト様が定期的な御茶会に参加してまで関係を続けるのは、近衛騎士団員達との関係維持の他に単純に有能だから、引き抜きたいから。

 今も嘘を見抜くギフト『真実の目』の持ち主を家臣団に加えたわ。彼女は私やリゼルさんの『人物鑑定』のギフトの隠れ蓑に最適な尋問には必須な人材。

 そしてザスキア公爵様に頼り切りな諜報能力を持つ、ウルティマさんも私達に必須な人材。リーンハルト様は人材コレクターなのかしら?少数精鋭ですが、必要な駒を揃えはじめているわ。

「レイニースです。宜しくお願い致します」

 ちょこんと頭を下げた、レイニースさんは十三歳。その年齢に相応しい体型をしていますが、その年で有能なのですから油断が出来ません。しかも嘘を見抜けるギフト持ち、言葉を聞けば真偽を見抜ける。

 話術を磨けば相手に尋問だとは感づかれずに情報の裏取りが可能、交渉要員として私達のギフトの隠れ蓑として二度美味しいわね。そんな希有なギフト持ちを簡単に引き抜いて来る。

 ですが、リーンハルト様の好みからは大きく外れています。彼はヘルカンプ殿下の件で、幼女愛好家を毛嫌いしていますから。本人も幼女は恋愛対象外、エレさんが良い例かしら……

「ウルティマよ。今は家臣で甘んじますが、リーンハルト様の寵愛を得る事は諦めていませんから。今は実家の為に我慢しているだけなのですわ!」

 古式ゆかしい珍しい左右縦ロールの髪型、胸を反らして挨拶するのは自分に自信が有る強気の性格。聞けばアヒム侯爵の縁者ですが、当主から嫌われて冷遇されていた家の娘だそうね。

 引き抜きにはデメリットも大きいのですが……側室に迎えて親族関係を築くのではなく彼女だけとの雇用関係を結ぶなら許容範囲かしら?アヒム侯爵は計画的な裏切り行為を働く予定だから、その親族や派閥構成貴族達の立場は微妙だわ。

 諜報能力を買っての採用となれば、彼女の他に配下の実働部隊が居る。それが彼女の実家の関係者なのでしょう。アヒム侯爵の裏切り行為を跳ね返し実家の生き残りの為に、早急に家臣の立場に甘んじた。

 でも側室になる事は諦めてはいない。その上昇志向は、リーンハルト様の好みの性格だと思うから彼女は要注意ね。今も私を挑発的に睨み付けているけれど……

 考えている事は正々堂々と評価して貰い、家臣から側室へ迎えて貰いたいと言う好ましい考え方だわ。下手に色仕掛けとか小細工をするとかは嫌いなのね。

 思わず微笑み掛けたら目元を赤くして、そっぽを向いてしまった。照れているのね、口調や態度はキツいけれど優しい娘。周囲に誤解を振り撒く不器用な娘、貴女は優遇しても良いかしら。

「因みに私は『私的書庫』という本十冊分の内容を記憶し適時引き出せます。資料が必要な交渉時に同席させて頂ければ役立つ筈ですわ」

「確かに交渉時の情報は多い方が良く、具体的な資料や数字関連は持ち込み出来ない場合も多いですから、活躍する機会は多いわね」

 クラリスさんも『私的書庫』と言う優れたギフトを持ちドヤ顔で教えてくれましたが、自分の存在が薄くなる危機感から大切なギフト(秘密)を教えてくれるとは。貴女も、お可愛い事ね。

 ですが身分上位者との話し合いに大量の資料を持ち込み、一々探して待たせる事は悪手。本十冊分の内容ならば量的には困らない、確かに必要では有りますね。

 彼女が『本妻様の下部組織』の取り纏めを任されているのならば、彼女達の中で一番有能か影響力が有るのかしら?彼女を指名した、リーンハルト様に真意を聞いておきましょう。

「家臣の件、了解しましたわ。ウルティマさんの家臣団としての席次は五番目、レイニースさんは六番目。上からアシュタルさんにナナルさん、ベリトリアさんにクリスさんです。間違えない様にお願いしますわ」

 リーンハルト様に雇われた者は他にも居ますが、正式に家臣団としての席次を与えられた者は少ないのです。今回は事前に知らされたのですが、直ぐに伝令兵を使ってまで知らせる事かしら?

 ハンナさんとかリリィさんとかコレットさんとかは席次を決めてないのに……

でも本当に女性しか居ないわ、本当に人材不足よね。嗚呼、コレットさんは男性だけれど巷では『男の娘』と言う不思議な呼び方が有るらしいわ。

 ウィンディアとリィナさんが嬉しそうに話していたのをこっそりと聞いてしまったのだけれど、大人しそうなリィナさんも結構俗物的な事に驚いたのよね。だって『男の娘』って同性愛的な雰囲気が有りますもん。

「御屋敷に私の部屋は頂けるのかしら?」

「今は御自分の屋敷からの通いになるのかしら?正式にはウルム王国に勝った後に改めて話し合いとなるでしょう」

 ウルティマさん、グィグィ来ますわね。私でさえ同居していないのに、側室狙いの貴女が同居など許されざる不貞行為よ。貴女は私がリーンハルト様に嫁いだ後で、お部屋を用意して差し上げますから、今はお預けです。

◇◇◇◇◇◇

 ウルム王国王都攻略作戦が開始されたわ。御前会議の時に決めた通りに、フレイナル兄様が城壁の南側正門を破壊する為に配置された。私は御父様の補佐として同じく南側に。

 他の宮廷魔術師の方々ですが北側にはラミュール様、東側にはリッパー様、西側にアンドレアル様。アウレール王の護衛に、サリアリス様とフローラ様と四方に分散して配置されたわ。

 これは籠城中の敵の宮廷魔術師達の集中配備を分散させる意味も有るらしい。戦力は一点集中が基本だと思いますが、強大な力を持つ宮廷魔術師を双方がフリーにはしておけないからです。

 攻略の主要戦力ですが、北側は第一陣と第二陣、東側と西側は王家直轄軍。南側は聖騎士団と第三陣、アウレール王の本陣の護衛には遊撃部隊が配置されたわ。第三陣は主力として最後の花を受け持つ、第二陣と遊撃部隊は活躍し過ぎたから閑職。

 主戦場は南側です、その他の三方向は逃走防止の抑えの配置。ですが南側の城門が陥落したら一斉に攻める手筈になっています。ラミュール様やアンドレアル様は城門を破壊する高威力の魔法を使えますが、リッパー様は微妙らしいです。

 風属性魔法は質量破壊には不向きだから強固な城門の破壊は難しい、その為に宮廷魔術師団員の火属性魔術師が多めに配置されています。この戦いは手順さえ間違えなければ勝ちが確定している、私でも分かります。

 それは軍事関係の教育を受けていない私にも何となく分かる事。ウルム王国攻略は、もう詰みの段階まで来ています。それは聖戦という建て前を用意し、デオドラ男爵達を正しく狂戦士に仕立て上げた、リーンハルト兄様の手腕。

 御父様達も話していましたが、今回の戦いは従来の運用を叩き壊した全く新しい戦いらしいです。リーンハルト兄様を筆頭に、デオドラ男爵にバーナム伯爵、ライル団長と単独で軍団単位に戦いを挑み勝つのですから……

 『平地での戦闘に絶対の自信が有り、自分と良い勝負がしたければ万単位の戦力を用意しろ。地上に立つ限り自分に負けは無い、勝ちたければ空でも飛ばなければ無理と思え!』リーンハルト兄様の名言は広く伝わっています。

「いよいよ始まるな。ウェラーよ、良く見て戦場の雰囲気を感じるんだ。今はそれだけでも貴重な体験なのだよ」

「はい、御父様。ですが、フレイナル兄様が及び腰になったりした場合は……助力したいと思っています」

 この言葉に、御父様は顔をしかめたわ。フレイナル兄様の一世一代、最初で最後の『約束された勝利と活躍』の場ですが失敗しそうな場合は乱入してでも何とかしなくてはならない。末席でも正式な宮廷魔術師の失敗は周囲に悪影響を及ぼす。

 余計な御世話ででしゃばりかも知れませんが……だって攻撃陣形の最前列に立ってるだけで、既に雰囲気に飲まれてしまってますよ。腰が引けて足が微妙に震えているのは、怖じ気づいてしまったか恐怖に飲まれたのかしら?

 フレイナル兄様のヤル気を起こさせる為の最大の理由は、美人で気だての良い巨乳な淑女を嫁がせると言う俗物的な餌を与える事なのでしょうが……そんな都合の良い女性など戦場に居ません。

 いえ、御父様がバーナム伯爵からお預かりしている、エロール様ならば該当します。ですが最初の挨拶の時に既にやらかしてしまい、今では近くに寄るだけで嫌な顔をしますし避けられています。

 間違っても、フレイナル兄様に熱い声援を送って欲しいなど頼めません。彼女も一流の域に居る魔術師であり、今大戦で何度か小競り合いですが実戦を経験し精神的に大きく成長されました。

 そして、その身を任せるならばリーンハルト兄様以外はお断りだ、と言い寄ったフレイナル兄様をハッキリと拒絶しました。清々しい位にハッキリと、もう惚れ惚れする位にでした!

 それを聞いた、フレイナル兄様は大地に膝を付き男泣きしたらしいのですが……それは男らしくないマイナス評価です。全く恥ずかしい、一応は兄様と慕う私の立場は?

「ウェラー、お前は未だ宮廷魔術師団員でもない。今回のフレイナルの役目は……」

「分かっています。火属性魔術師達の立場の向上、宮廷魔術師団員達への配慮も含んだ事。リーンハルト兄様がフレイナル兄様に花を持たせる茶番劇ですが、主役の役者が既に怖じ気づいています。

失敗し恥を掻かせる位ならば、私が乱入し控えている火属性宮廷魔術師団員達に城門を破壊させます。事実はどうあれ、フレイナル兄様が先頭に立ち、火属性宮廷魔術師団員達が活躍すれば良いのです。後は情報操作で何とでもなるでしょう」

 戦場の噂話など後から色々と変化する類の正確性の低い物です。アウレール王も多少の失敗は飲み込んででも、フレイナル兄様に盛った評価をする。名誉は与えても実の部分の褒美は成果に見合って少ないでしょうけれど……

 でも、フレイナル兄様の最大の御褒美は本妻と側室を国王公認で与えられる事。当然ですが、彼女達には事実を伝えて教育を済ませた後で嫁ぐ事になるのでしょう。貴女達の旦那様はですね、どうしようもないのでシッカリと尻を叩いて教育をしろ!

 敗戦国から選抜する筈ですから、彼女達も自分と実家の為に奮戦するでしょう。教育の失敗は自分達の衰退と同義、自分の立場に涙するかも知れません。ですが唯一の生き残りの道、拒否はしないし出来ないでしょう。

 まぁ同じ女として、アレに貞操を捧げる事には同情致しますわ。お調子者でスケベで馬鹿で……まぁ善人では有りますが、物足りないのも事実よね。リーンハルト兄様に負けて、少しは性格が改善したのですが……

「お前、ザスキアの女狐に毒されてないか?リーンハルト殿が妙に装備を手厚くしたのは、もしかしなくても失敗した時の保険か?」

「いえ、リーンハルト兄様は私の安全の為だけに、この常識から外れた装備を下さいました。大切な妹弟子が傷付く事は我慢出来ないと。今は妹弟子ですが、何時かは……」

 そう言ってローブの裾を持ち上げる。信じられない高性能なローブ、外見は白地に襟元と袖回りは銀糸で刺繍を施してあります。見た目も公式な場所に着て行っても問題無いレベルでしょう。

 肝心な性能ですが麻痺に睡眠、毒に混乱の回避率は50%。防御力は、布地なのに攻撃を受けると瞬時に硬化しプレートメイル並みの強度になります。しかも衝撃を受けると30%程の衝撃軽減。

 それに自動修復機能と体力と魔力の回復機能も付加されています。私には無償で、ラミュール様には有償で。他の宮廷魔術師団員の方々には、魔法迷宮バンクの最下層でドロップしたローブを渡していました。

 見た目は襤褸(ぼろ)いのですが、性能は市販品を凌駕するモノです。フレイナル兄様は恥ずかしいからと自前のローブの下に着ています。恥ずかしいなら自分で改良すれば良いのに、私のローブを見て依怙贔屓だと騒いでいました。最低です!

「何時かは何だ?ウェラーには未だ早い事じゃないよな?」

「何時かは過保護から脱却して一人前の魔術師(淑女)として認められたい。そう言う事です、御父様」

 そうかっ!と言って男泣きしていますが、何時か私はリーンハルト兄様に認められて同僚の宮廷魔術師となり、男女交際を始める予定です。

 その為にも、フレイナル兄様の尻を蹴飛ばしてでもウルム王国王都攻略を成功させます。何時までも戦争中とか困るのです、離れ離れなのです。

 早く日常に戻して、エムデン王国の王都で今迄通りに兄妹弟子として教えを乞い距離を縮める。これが私の未来計画なのです!

 


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