古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

785 / 1003
第779話

 バイカルリーズ殿との模擬戦を終えて、エルフ族の王との謁見も終えた。ディース殿の案内で何処かの施設に行くのかと思えば、彼女の家だった。入って直ぐに両親と思われる、エルフの男女に挨拶して彼女の私室に通された。

 妙齢の美女の部屋に呼ばれる意味ってなに?木造住宅で所々に植物が生えている。彼等が自然と共に生活しているのは知っていたが、まさかベッドにまで蔦とか絡んでいるとは驚いた。生木だし羽虫とか居るんじゃないかな?

 そして部屋も広くない、6m四方位でベッドや衣装棚にテーブルセットとこじんまりとして生活感に溢れている。取り敢えず四人掛けの丸テーブルに座らされる。出された飲み物は知らない緑色をした薬草水みたいだ、つまり甘苦い。

「ふふふ、私室に異性を招くのは家族以外では、リーンハルトが初めてだぞ」

 ディース殿も今日は笑顔の大盤振る舞いだぞ。クールビューティーな感じだったのに、微笑むと雰囲気が全く変わる。そんなに自分達の意識改革が始まったのが嬉しいとか?

「それは光栄ですね。えっと……その他の場所でも良かったのではないですか?」

 それは光栄って言った時に、レティシアが不機嫌になった。私の部屋にも来いって、色々と邪推されるから駄目だって。ファティ殿も、若いな!とか言ってるけどさ。

 貴女達は300歳を越えている、エルフ族の中でも古参の重鎮だよね?レティシアが若いなら、バイカルリーズなど子供扱いじゃないか?それとも年齢関連は長寿種らしいエルフジョークとか?

 甘苦いが後を引く味わいの薬草水をチビチビと舐めるように飲む。僕の知っている薬草の味じゃないから、エルフ族の特製なのだろう。効果は感じからして疲労回復か?体力的な疲労は回復するが、精神的な疲労は回復しないけどね。

「まぁ部屋に招いたのはだな。他の連中には内緒で、この本を渡したかったからだ」

 そう言って本棚から抜き出した薄い紙の束を差し出された。魔導書かと思えば違うみたいだな、固定化の魔法すら掛かっていないし。

「えっと、見させて頂きます」

 厚さ1㎝程の本だが、ディース殿が自分で綴じた手作りみたいだ。紙を束ねて糸で縫い付けた、製本というか本当に紙の束みたいだ。開いて読むが、書かれてある文字はエルフ語じゃん!

 確かに僕はエルフ語を習得しているが、現代でエルフ語を習得しているのは極僅からしい。転生前より交友は進んでいるのに、読み書き出来る人は少ないの?需要が少ないの?

 流し読みをすれば、下級の精霊魔法の教本と言うか要点を纏めた覚え書きみたいな?何となくだが、ディース殿が過去に学んだ時に使っていたノート?僕が冒険者養成所に行っていた時に纏めていたものに似ている。

「本来精霊魔法とは代々口伝により伝わるエルフ族の秘技なのだが、私は物覚えが悪くてな。教わった事を反復練習する為に、こっそりとノートに記録していたんだ。リーンハルトの役に立つと思って、私の部屋に招いたのだ。余り他のエルフに知られるのは嫌だからな」

 話し振りからして彼女は勉学に苦手意識が有ったっぽいが、これもエルフジョークか?出来る女感は三人の中では彼女が一番なんだけど、例えれば副官や秘書みたいな感じかな。

「そうですか、有り難う御座います。全くの無から始めるので、参考資料が有るのは助かります」

 下級精霊は四大属性魔法と同じ四種類、水の飛魚(ひぎょ)に火の熱蛇(ねつへび)。土の亀岩(きがん)に風の空鼬(からいたち)か。僕は水の精霊の飛魚だけだな。

 興味深く読み耽りたいが、それをやってしまうと彼女達を放置してしまうから我慢だ。空間創造にしまう、他の連中にバレない様にしてから熟読しよう。

 秘匿する内容で人前で精霊魔法を使う事は問題を多々含むが、飛魚達との触れ合いの方法として習得しなければ!僕はこの子達が好きになってしまった。会話はコミュニケーションには必須技能だよ。

「まぁ急がずにゆっくりと学んでいこう。リーンハルトは、ゼロリックスの森への立ち入り許可を得たからな。王都にあるエルフの里から転移すれば良い、私が懇切丁寧に教えてやる」

「別に此処に来なくても、メディアの屋敷に来れば私が教えるから大丈夫だ。バイカルリーズと取り巻きの馬鹿共も居るから、此処に来る必要もない。余計な軋轢は避けるべきだろ?」

「ふふふ、若いな。男を取り合うとか、エルフ族では珍しいぞ。いや珍事だな、あの異性に興味が無かったレティシアが男を取り合うのか?男勝りで同じく異性に興味が無かったファティまでもか?」

 腹を抱えてベッドの上で笑い転げる、ディース殿もエルフ族としても珍しい珍種じゃないかな?エルフ族は喜怒哀楽が無いって言われてたけど嘘じゃん!あとスカートで暴れると下着が見えそうだから止めて下さい。

 飛魚達が身体を擦り付けて癒やしてくれるのが嬉しい、精霊って全く未知の者達だったけど親しみ易いよな。でも尻や股間は突っつかないでくれ。お前達には下ネタは似合わないからな。

 色々と考える事は多いけれども、有意義な一日だったな。新しい知識に仲間達、この幸せを維持する為にも更なる努力が必要だ。先ずはアヒム侯爵とモンテローザ嬢の対処だが、未だ根回しと下準備が足りない。いや、御姉様方の調整問題か……

◇◇◇◇◇◇

 ゼロリックスの森から聖樹の力を借りて、王都にあるエルフの里まで転移した。エルフの里に有る聖樹はゼロリックスの森だけにしか繋がらないが、ゼロリックスの森の聖樹は各国に有るエルフの集落に繋がるらしい。

 多分だが神聖魔法の一種だろう。身を包む膨大な魔力を感知したが、今の僕でも全く解らない。魔法迷宮から脱出する帰還魔法とは別物だな。まぁ調べて解析しちゃうと大問題になるし、僕が使える事がバレれば更に問題だよ。

 先ず流通関係が崩壊する、兵士の輸送手段が強化されて戦争に関する事が狂う。僕一人でも無言兵団が異質で異常と思われているのだから、自重は必須だね。今迄の常識が崩壊すれば、反発する者達が大量に湧いて出る。

 既得権の侵害、輸送関連に従事する連中からすれば仕事を奪われた事になる。直接運搬に従事する連中以外にも、馬の育成や馬車の製造過程の連中もだな。人の行き来が減れば、途中の街や村で金を落とさなくなるし。

 少し考えただけでも頭が痛い。確かに空間創造のギフト持ちなら似たような状況になるが、エムデン王国全体でも百人も居ないし運べる量も個人差が有る。僕の収納量が異常なだけで、普通は多くても馬車五台位らしい。ユーフィン殿はレベル20で、収納スペースは10m四方と言っていた。

「漸く帰ってこれた。半日でも濃い内容だった、早く屋敷に帰りたい。帰って休みたい」

 エルフの里の中心部にある聖樹の前に一瞬で転移出来た。馬車で移動すれば急いでも四日、いや五日は掛かるのに数秒とか信じられない。フワッと浮遊感を感じたと思ったら転移が完了。

 そして僕の右手人差し指に輝く『聖樹の指輪』が問題だ。エルフの里からゼロリックスの森の往復に限り、転移が許可された証らしい。指輪を嵌めて聖樹を触れば勝手に転移する簡単設計だね。

 金の台座に聖樹の小さな花が水晶でコーティングされて収まっている。内包する膨大な魔力、この指輪は転移の許可キーの他に治癒の力も持っている。身に付けていれば、簡単な怪我なら数秒で完治する。

 試さないけれど、腕がもげてもくっ付けておけば数時間で元通りらしい。これが今回の正式な報酬で、他のエルフ族にも見せれば敵意無しの証明と有る程度の助力が得られるらしい。

 他種族に渡すのは数百年振りだとか……自分の里への転移許可とか、普通に考えても相当な配慮だが他人には見せられないから使う時だけ空間創造から取り出す事になるな。

 聖樹はエルフの里の中心部に有るので里に居る他のエルフ達に見られたが、ディース殿達が同行していたので怪しまれはしなかった。だが僕が『聖樹の指輪』を託された事は、既に通達されているらしい。

 まぁ勝手にエルフの里には入れないし、聖樹の生えている中心部に行くのにも何ヶ所かの関所を通らなければ駄目なので一人で気楽に移動など出来ない。つまり、ディース殿の案内が必要だ。

 因みにこの『聖樹の指輪』では同行者を伴えない、装備者だけだ。ディース殿達エルフならば、何人か同行者を連れて転移出来る。安全や防犯を良く考えたシステムだな。

「まぁ今日は早く帰って休め。精霊魔法の修行については、私の手が空いた時に此方に来るから呼び出すぞ。月に一回か二回程度だが、完全に制御する迄は勝手に使うなよ」

「え?レティシアが来るの?いえ、何でも有りません嬉しいです。でも飛魚達は人目に付かない方が良いですよね?」

 何故、泣きそうな顔をする?他人に見られたら誤魔化すのは無理だから、この子達とは人前で遊べない。屋敷の中でだって、使用人達も居る。彼女達の何人かは他家とも繋がっているから、秘匿は出来ない。

 残念だけど、幾らエルフ族と付き合いが有るからって、精霊魔法まで使えますとは言えない。下手をすれば異端扱いで排除される危険も有るから、慎重にしなければ……

 悲しげな感じを醸し出して僕の周囲を回遊する、飛魚達が愛おしく感じてしまう。精霊と触れ合うのは初めてだが、こんなにも心惹かれるものなのかな?ゴールドフィッシュを飼った時は、此処までじゃなかった。

「安心しろ。精霊は気を許した相手にしか姿を見させない。例外は攻撃する時だが、リーンハルトは飛魚達を戦いには使わないなら大丈夫だ。ただ気を付けないと独り言だと思われてしまうからな」

 む、魔法馬鹿だと有名な僕が更なる奇行に走る。駄目だな、恥ずかしいのもそうだが正気を疑われるレベルだ。気が触れているとか言われても反論が難しい、考え込むなら未だ分かるが独り言は不味い。

「それは困る、只でさえ変人扱いだから余計に困る。だが少数の人達には説明したい、イルメラ達は秘密は守るから大丈夫だと思うけど……駄目かな?」

 レティシアが腕を組んで考え始めたが、ジゼル嬢やイルメラ達に教えるのは駄目か。秘密は知る人が少ない程守れるから、仕方無いか。でもイルメラだけには教えておきたい。何か有った場合に、誰か一人位はフォローを頼めるのは大事だから。

 見えない相手との会話は確かに周囲からは独り言をブツブツ呟く怪しい人だな。気を付ければ良いのだが、現実的には職場や屋敷で独りになれる場所は少ない。必ず誰かが側に控えているんだよな。

 話しながらエルフの里の中を歩く。石畳の通路の脇には幅8m位の川が平行して流れているが、その中に飛魚達が飛び込んで泳いでいた。水の精霊だけあり水が好きなんだな。本来は攻撃に利用する精霊じゃないんだよ。

 ただ道を歩いていたエルフ達が、僕に纏わり付いたり川で泳いだりしているのを見て驚いている。ディース殿が簡単な説明をして納得しているが、それで良いのか?僕は人間だぞ。それとも、ディース殿の信用度かな?

 エルフの里の入口まで案内して貰ったが、このエリアだとエルフ族に雇われている人間達も働いている。エルフ族が人間の見送りをしてくれた事に相当驚いていたが、僕だと分かると何故か納得してくれた。

 英雄の肩書きは地味に良い働きをしてくれる。僕ならばって事で、大抵の事は意味も無く納得してくれる。数少ないメリットだが、変人なのが前提なのだろう。この噂話も広まる、ザスキア公爵に何て説明すれば良いんだ?

◇◇◇◇◇◇

 本妻様への定期報告会ですが、今回も旦那様の御屋敷の方を指定されました。デオドラ男爵の御屋敷に行ったのは最初だけで、それ以降は此方の御屋敷に呼ばれます。

 本妻確定とは言え未だ男爵令嬢ですから、見栄と立場を明確にさせたい為に此方に呼ぶのでしょう。可愛いと思えば良いのか、最初からマウントを取りに来ているのか悩みますわ。

 毎回旦那様が不在の時に呼ぶのも意味を考えてしまう。私達と旦那様を会わせたくない可愛い嫉妬心なのか、腹黒い一面を見せたくないのか……才媛と呼ばれる淑女の仮面の下なんて皆一緒でしょう、真っ黒でドロドロですわよ。

「良く来て下さいましたわね」

「お招きに頂き有り難う御座いますわ」

 屋敷の玄関で待ち構えるなんて、未来の女主人としては我慢が足りなくてよ。しかも、アーシャ様達も一緒なんて……彼女は現状唯一、旦那様から寵愛を授けられているエムデン王国で最も幸せな女性。

 深窓の令嬢、居るだけの華、側に置いても邪魔にならない、大人しく言う事を聞く都合の良い女。そう言う政略結婚用の貴族令嬢の理想を体現した女性だった筈なのに前評判とは全く違うのよね。

 そして側室確定のニール様。一度は実家が没落し、ローラン公爵家に買われた褒美用の女。旦那様も最初は仕方無く預かり、寵愛を授けずに本妻様の護衛としてデオドラ男爵様に預けて鍛えさせた。

 元々裕福でない実家の為に冒険者となり稼いでいたので、最初に出会った時には既にランクDだったのに短期間でランクも上げて大幅に武力も高くなった。今ではデオドラ男爵様の派閥でも上位に食い込む程の実力者。

 旦那様と関係を持つ淑女達は劇的に能力を高めているのは何故?最初から素養が有り鍛え上げたのかしら?いえ、そんな見極める時間など少なかった筈よ。特にニール様は初めて会った時に引き取ったのだから……

 旦那様は他人の能力を見抜く力が有るわ。ギフトなのか魔法なのか分からないけれど、レイニースの『真実の瞳』も見抜いたのだから。つまり彼女とウルティマさんを引き抜いたのは能力を買ったから?

 商才の有った、アシュタルさんもナナルさんもそう。冒険者ランクAのベリトリア殿に、ブレイクフリーの三人も魔術師・僧侶・盗賊として一流の域に居るの。正に才媛・才女で固めた最強の集団ね。

 その豪華な集団に私達も加わりたい、エムデン王国の繁栄の中核に位置する最強集団に……通された応接室で私達に対応するのは、ジゼル様と護衛としてニール様と情報が全く無いクリスさんがソファーの後ろに立って威嚇している。

 彼女は旦那様と二人で城塞都市を攻略した、化け物の域に居る暗殺者。旦那様を襲撃したが返り討ちにあい臣従したらしい、全く感情を感じさせない何を考えているか分からない恐怖。

 威嚇要員としては最強ね。でも旦那様に利する行動を心掛けている私達には手を出さないと確信している、逆に護衛の対象かも知れないわね。ジゼル様にしては可愛い失敗かしら?

「なる程、アヒム侯爵とモンテローザさんの動きと対策ね。リーンハルト様の指示の通りに動けば問題は少ないでしょう」

「はい。実家と派閥構成貴族達には通達済み、特に彼女に接触し洗脳された者は居ません。公爵の方々には、旦那様から親書にて報告するそうです」

 見た目に決定的な差異は無い、美少女に間違いは無いですが私だって容姿には自信が有り負けてはいない。リーンハルト様は彼女の才能を愛したのかしら?

 謀略系なら私も同じ、やはり共に過ごした時間の長さかしら?作法は完璧、紅茶を飲む仕草も品が有るけれど……その他人を見透かす様な目が気になりますわ。

 ジゼル様の観察は程々にして、今は対策を練らないと駄目ね。アウレール王が認めたのだから、本妻の座は狙えない。でも側室でも一番の寵愛は狙える、女の幸せは旦那様からの愛情の多さだと思うの。

 レイニースさんとウルティマさんは側室争いから脱落した事ですし、未だ勝負は諦めてなどいませんわ。ジゼル様、覚悟して下さいませ。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。