古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第773話

 偶に貴族街と新貴族街の定期巡回に同行すると、主不在の屋敷が更に多く目に付く。ウルム王国攻略に参戦しているのが殆どだが、派閥当主の裏切り行為により連座で罰せられる者も多いんだ。

 元バセット公爵夫人の提案により、残された淑女達を親族という禿鷹から守る為に公爵の屋敷に集める事も無事に済んだ。警備はザスキア公爵の手の者が主流となり厳重に行っている。

 そう、内からも外からも出入りを厳しく監視し制限している。前回の巡回の時に前を通ったが、各門前に四名ずつ警備兵が居たし屋敷の敷地内も複数班が巡回している。忍んで来る馬鹿な奴が居るらしい。

 運び込まれた美女と美少女と財貨を求めて忍び込む。処罰待ちの元公爵家だから大丈夫とか、甘い考えで実行する男性貴族を既に数人捕縛している。彼等の実家に問合わせをするが、殆どの場合は処罰を此方に任せてくる。

 処分前の今は未だ上位貴族の屋敷で、ザスキア公爵が警備を任されているんだぞ。甘い処罰など無理、治安維持は僕の権限の範疇だから財産の二割を国庫に納めて解放。大抵はその後で当主が勘当、下手をすれば内密に処分。

 財産目当ての泥棒より、捕らわれの淑女を奪還?しようとする男性貴族の方が多いって……色事に狂う奴等は、どの家にも一定数居るのが貴族の闇か膿か?全く馬鹿な事をして身の破滅を招くよな。

 巡回警備の報告書を読みながら思い出してしまったが、最終的に避難してきた淑女や幼い子供達は百人を超えた。彼女達の行く末は、アウレール王の判断次第なんだよな……

「リーンハルト様。そろそろ午後の巡回の時間ですが、本日は巡回の警備隊に同行されるのでしょうか?」

 イーリンはザスキア公爵に呼ばれたので、セシリアが対応してくれる。リゼルは公休で僕の屋敷に遊びに来ているし、オリビアは取り寄せる新しい食材の打合せの為に食堂に向かった。

 ロッテは大量に書いた親書の返事を送る手配を頼んだので、暫くは帰って来ないだろう。ハンナは旦那と離縁し、今は僕の屋敷に通いで勤め始めた。ハンナの実家には彼女を雇用したと伝えたら、偉く驚かれて恐縮されたよ。

 彼女の身の安全の為に、僕の庇護下に入ったと周囲に知らしめる為にだ。ヤザル男爵から復縁を求められたそうだが却下、当然だろう。余計なヒモなど不要、彼女の幸せは僕が引き継ぐから安心して退場してくれ。

 既にアシュタルとナナルとは意気投合していて、共に政務の手伝いをしてくれている。ジゼル嬢もリゼルも彼女の能力を認めて仲も良好、不足していた人材も僅かずつ埋まってきた。

「ん?ああ、今日はダーダナス殿の屋敷の方に行くよ。定期的な御茶会に呼ばれているからね」

 月末恒例の『本妻様の下部組織』なる集団が本人未公認で設立してしまった。ジゼル嬢は何も言わないが、内心は忸怩たる思いが有るのだろう。僕も婚約者の置かれた立場の理解が不十分で反省している。

 まさか近衛騎士団の関係者達が、ジゼル嬢に苦労を掛けるのを抑えてくれって頼んだのに彼女達を管理する組織を立ち上げたとか理解不能の斜め上の対応だよ。

 まぁステファニー殿のギフトが有る意味危険だから、それを制御する意味も有る御茶会なのだが、ザスキア公爵は御不満らしい。定期的に近衛騎士団の親族達と交流を持つ、それも未婚の淑女オンリーで……

「近衛騎士団員達が結託して身内を差し出し、リーンハルト様の抱え込みに動いた。巷で噂になっています。側室予備軍、口の悪い方々が噂に尾ひれを付けて広めています。

リーンハルト様の政務担当は皆さん美女と美少女だけで構成されている。それはアウレール王の後宮にも迫る勢いだそうですわ。未婚既婚を問わず、能力重視ならばと他にも立候補者が現れそうですわね?」

 セシリアの楽しそうな表情からすれば、既に噂の発信元は掴んでいるのだろう。じゃなければ、余裕有りげに嬉しそうに笑わない。情報収集と操作に長けた淑女だから、満足のいく調査結果だったのだろうな。

 ふと窓の外を見れば、見事に雲一つ無い快晴だ。こんな天気の日に外出するならば、庭の芝の上に寝転がり日差しを存分に浴びたい。可能ならば、イルメラに膝枕をして貰ってだ。膝枕万歳、ミルクみたいな体臭も嗅げて二度美味しい。

 最近は彼女達とのコミュニケーションも順調で家庭内は円満だ。僕の望んだ幸せな生活を満喫しているのだから多少の不自由位は大目に見るが、今回の噂話は流石に駄目だ、駄目駄目だ。

 幸せな新婚家庭に波風立てる悪意有る噂の発信元には、相応の対応をする。どうせ生き残りのバニシード公爵かアヒム侯爵とかの関係者だろう。他は没落どころか家が取り潰されたから、そんな嫌がらせをする余裕は無い。

「最後が疑問系?まぁ確かに端から見れば、そう感じるのかな?その噂の発信元が知りたい。調べはついているんだろ?」

 巷の噂ね?近衛騎士団はエリート集団、その彼等を噂とは言え貶めて無事に済むと思っているのだろうか?拡散する噂の発信元は特定されないとか、慢心してると思わぬ逆襲をされるぞ。

 別に証拠を揃えて公に糾弾するとは言ってない。嫌がらせには相応の対応方法が有るし、僕は建て前さえ用意すればグレーゾーンな事も実行するのに躊躇はしない。政敵に甘い対応などしない。

 それは何度も行動と結果で示しているのだが、不思議と未だ甘く見ている奴等が一定数は居るんだよな。逆に言えば悪意有る噂話を広める程度しか出来ないのだろう。

 本格的に敵対行動を仕掛けてくれば、直ぐに返り討ちにされるのは明白。もう僕と公爵三家の連携に逆らえる者など国内には殆ど居ない、居る訳が無いんだ。勿論だが甘く見ないし油断もしない。

「調べた結果は発信元の処遇を含めて、ザスキア公爵様から報告が有ると思います」

 うわぁ、見惚れるような笑顔だけどさ。ザスキア公爵が対処したって事は、僕よりも辛辣だぞ。未だ知らぬ相手だが、同情だけはしてやるよ。

 オリビアが戻ってきて執務室に顔を出したが、セシリアの笑顔を見て引き下がったよ。美人の笑顔には何とも言えない迫力と圧力が有る、正面から見ると更に良く分かる。

 だから逃げたオリビアを責められない。彼女はイーリンやセシリアとは違い、優秀ではあるが食べ物関係に秀でている。腹黒い同僚には敵わない、だから安心して良いよ。

「うん、そうだね。既に特定し対処済みとは流石だよ。じゃ僕は出掛けて来るけど、今日は戻らないから宜しく」

「承(うけたまわ)りました。いってらっしゃいませ」

 セシリアが深々と頭を下げて見送ってくれた。彼女から侍女達の御茶会の誘いが来てるんだよな。もしかしなくても、今日の御茶会に対抗心を燃やしたとか?

 あの多対一の御茶会は、情報収集の場としては有効だけど……何て言うか気苦労が絶えないんだよ。戦争中だから、重苦しい空気を払う意味でも華やかで有効なんだけどね。

 今は上級貴族が多数処罰された事により、派閥の変動が激しい。アウレール王が帰国する迄は動くなと命じたが、水面下では色々と蠢いているのだろう。その情報の交換会ならば、参加して情報を収集するしかないな。

◇◇◇◇◇◇

 何度目かのダーダナス殿の屋敷訪問だが、僕が定期的に訪ねる約束をしたからか正門を守る警備兵の態度が更に軟化した。つまり馬車の家紋が確認出来れば、ノーチェックで通過出来る。

 余程の懇意な相手じゃなければ無理な対応なのだが、ダーダナス殿とその家族達は僕を亡くなった息子みたいに感じているみたいなんだ。滲み出る雰囲気で分かる、家族に向ける親愛さだ。

 ダーダナス殿の娘達は貴族的常識の範疇で遠慮して一定の距離を置いてくれるが、孫娘達は血の繋がった叔父だと思っている。名前も同じで享年に近い、幼子なら勘違いしても仕方無い。

 敢えて違うと突き放す事は可哀想で無理、だから偶に屋敷に寄らせて貰うと全力で甘えてくる。僕は幼女愛好家ではないので、変な勘違いは止めて欲しい。家族の交流が近いのか?

「ようこそいらっしゃいました。リーンハルト様」

「わーい、リーンハルトさま!おひさしぶりです」

「もっとウチにかえってきてください。わたしたちも、もっといっしょにあそびたいです」

 玄関先には、ターニャ夫人と子供を抱き抱える娘達が並んで出迎えてくれる。使用人一同も左右に並ぶ、一家の主を出迎えるみたいだよ。因みにだが、クラリス嬢達は出迎えには参加しない。彼女達は来客だから……

「ターニャ夫人、出迎え有り難う御座います。ごめんね、仕事が忙しいから中々帰れないんだよ」

 母親達の腕から飛び出した幼女二人が僕の足に左右から抱き付く。本当は中々帰れないじゃなくて中々寄れないのだが、前にそう言ったら凄い悲しそうな顔をされた。

 何故、ウチには帰ってこれないの?そう言われたら何も言えなくなり、ターニャ夫人の許可を得て中々帰れないと言う事にした。屋敷の主が不在なのに、血縁でも親戚でも無いのに許可無く帰るとは言えない。

 優しく頭を撫でてから二人一緒に抱き抱える。『剛力の腕輪』の効果で二人で40㎏位なら余裕だ。少しあやせばタイミングを見計らい母親達が遠慮がちに受け取ってくれる。

「クラリスおねえちゃんたちが、リーンハルトさまをまってるよ」

「あたらしいね、おねえちゃんがきたけど……なにかけんかしてた。じぶんたちだけひどいんだって!なかよくしないと、だめなのにヘンなの」

 彼女達の内情が小さな諜報部員によってバラされた時の、ターニャ夫人の困った顔で分かる。この定期的な御茶会は、有る意味では機能していない。別の意味では有意義なのだが……

「うん、そうだね。喧嘩は良くないからね、良く言っておくから大丈夫だよ」

 幼女に心配される位、ギスギスしていたのだろう。クラリス嬢達は新人交代枠を三人で設定したのに毎回一人しか呼ばない。最初の五人がローテーションで四人参加する。

 僕はクラリス嬢とステファニー嬢は毎回参加しろと頼んだのだが、何故かレイニース嬢は毎回参加しシャルロッテ嬢とヤーディ嬢が交代で参加している。

 故に新人は一枠、他に十五人位居る筈だから御茶会の参加権を独占していると思われても仕方無い。その言い争いを幼女二人に聞かれたのだろう。何をやっているのやら……

 さて、気持ちを切り替えて御茶会に参加しますか。

◇◇◇◇◇◇

 今回は御茶会の場所は中庭じゃなく、室内の応接室に通された。密談じゃないが防諜対策的には室内の方が良いのだろう。僕が定期的に参加する御茶会、不思議がる連中は多い。

 ダミーの噂として『本妻様の下部組織』の構成員である彼女達からの報告会として艶っぽい集まりでは無いとしているが微妙だ。何故なら彼女達は、僕の側室予備軍だと思われているから……

 酷い誤解だが、元々は才女達の集まりだから言われた以上の結果を出している。実際にジゼル嬢への直接的な陳情が無くなったのは、彼女達が窓口となり調整しているからだ。

 そして本日の新人は一人、見た目にインパクトが有る。古き良き時代の髪型、左右縦ロールだ。王都では流行遅れと言われているらしく僕も直接見るのは初めてだが、ルトライン帝国時代では流行っていた。

「お待たせして申し訳ないです」

「いえ、定刻通りですわ。お気になさらないで下さいませ」

 ターニャ夫人に案内され、貴族的礼節に則り型通りの挨拶の後で待たせた事を詫びる。約束の時間通りなのだが、新人さんが驚いた顔をしたのは何故だ?

 今回は円卓なので僕を起点に右隣から、ターニャ夫人・クラリス嬢・ステファニー嬢・新人さん・レイニース嬢・ヤーディ嬢の順番だ。シャルロッテ嬢は今回は欠席。

 シャルロッテ嬢とヤーディ嬢のどちらかが毎回欠席となり、新人さんが来るのだが……この会合の力関係では、二人は立場が弱いのかもしれない。

「此方は、ウルティマさんよ」

「ウルティマです。宜しくお願い致しますわ」

 ターニャ夫人が紹介してくれたが、毎回家名は教えてくれない。多分だが最初は実家による背後関係の影響を受けずに第一印象で判断して欲しいのだろう。

 敵対派閥ではないが、敵対寄りな者が親族に居る家の可能性も有る。僕は敵味方の線引きに拘るから、最初から分かってしまえば敬遠する。それでは困るのだろう。

 近衛騎士団員達も一枚板じゃなく、細かい派閥が有り敵対もしている。だが任務に関しては派閥の垣根を超えて協力し当たる。人の縁とは複雑に絡み合って厄介な部分も有るから……

 ウルティマ嬢だが礼儀作法も問題無く気品も有る。そう、上級貴族の令嬢が纏う気品に近い、間違い無く実家は上級貴族だな。もしかしたら王族が降嫁している名家かも知れない。

「モンテローザさんの動き、いえアヒム侯爵家の動きが怪しくなっています」

 最初は時事ネタで会話を繋いだ後、そう話題を振ってきたのはウルティマ嬢だった。クラリス嬢達に特に反応が無いのは事前に打合せ済みで、ネタを掴んで来たのが彼女なんだな。

 ザスキア公爵を筆頭に女傑達から攻められているからには、多少は変な動きもするだろう。静観し処罰を座して待つ程、彼等が潔いとは思わない。必ず足掻く、それが貴族と言う生き物だ。

 だが当事者以外の視点から情報を得る事の有効性は理解している。自分の思い通りに他人を動かせるとか思い上がりはしない、周囲がどう見ているか知る事は必要だ。

「成る程、古き歴史と血筋を持つ侯爵七家筆頭殿と秘蔵っ子の動向。気になりますね」

 同意し興味が有りそうだと装って話を促したのだが、ウルティマ嬢は鼻で笑ったよ。この令嬢、只の才女じゃないな。今の僕を小馬鹿にする胆力、クラリス嬢達の方が動揺が酷い。

 ターニャ夫人でさえ非常に困った感を出してオロオロしているが、此方は半分以上が演技だな。彼女は僕が、この程度で怒らないと知っている。それを知って尚、動揺したとウルティマ嬢に示したのは……無言の牽制か?

 面白い。ウルティマ嬢の話に俄然興味が湧いた、この令嬢が何を考えて何を齎すのか?それはそれで興味深い、新たな腹黒淑女になり得るのか?

 思わず黒い笑みを浮かべてしまったらしい。クラリス嬢達だけでなく、ウルティマ嬢まで顔を逸らしたり下を向いたりしてしまった。僕の真っ黒な笑みは、淑女達には不人気なんだよな……反省しよう。

 


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