古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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2020年初投稿です。本年も宜しくお願いします。正月三が日は連続投稿します。
自分は明後日から三泊四日で京都方面に旅行に行ってきます。
寺社仏閣を見学するのが最近のブームなんです。



第767話

 カルミィ殿に、ラナリアータと壺との関係性について報告した。彼女は壺を愛している。後は姉である、カルミィ殿が直接聞くだけで謎は氷解するだろう。

 若い身空で壺好きとは、ニッチな趣味嗜好だが他人に迷惑を掛けないのだから問題無いだろう。当事者が納得してればOK?好きにして下さい。妹の謎は解けそうだが、姉の謎が増えた。

 良く分からないタイミングなのだが、カルミィ殿は額に何かをブチ当てる癖が有る。二回しか話してないのに、二回共に額を壁や兎ゴーレムにぶつけた。怪我こそしないが赤く腫れて、相応に痛かった筈だ。

 あの姉妹は変わり者姉妹、仲が良いのはお互いがお互いを良く理解しているのだろう。壺好きに額に物をぶつける事が好き、もし矯正するならば家族か彼女の旦那に任せるべきか?いや、人に迷惑を掛けてないのだから無理強いは駄目か?

 これで喉の奥に刺さった魚の小骨みたいな小さなモヤモヤした謎は解けるだろう。

◇◇◇◇◇◇

 王宮を少し早めに出て、モリエスティ侯爵夫人の愚痴を聞きに向かう。モンテローザ嬢の件について後ろめたい話も有るので、ジゼル嬢やアーシャは同行させていない。政敵とは言え彼女の排除とか薄暗い事は知らせない方が良い。

 モリエスティ侯爵夫人のサロンに呼ばれる事は貴族としてのステイタスなのだが、他の人に愚痴を聞かれる訳にもいかないので二回に一回は僕だけだ。まぁ洗脳されて入り浸る芸術家達が不貞ではないと証言してくれるから、疑われる問題は無いけどね。

 因みにだが、モリエスティ侯爵夫人とザスキア公爵は上級貴族の夫人として互いに張り合っているのだが、若返りの秘薬ネクタルの所為で形勢が一気にザスキア公爵側に傾いたそうだ。有名サロンの女主人も、美の探求者には勝てなかったか……

 ザスキア公爵はネクタルの秘密をモリエスティ侯爵夫人には教えていないが、どちらが上の立場かを明確にした後で取り込む気じゃないかな?だがザスキア公爵でも『神の御言葉』には敵わない。相手に抱く感情など関係無く、強制的に支配下に置かれるから。

 だから無用な衝突をしてギフトを使われる前に、僕がネクタルについて説明する。ザスキア公爵がギフトの所為で変になったら大変だから……早めに彼女もこちら(ネクタル利用者)側に引き込む。

 因みにだが、モリエスティ侯爵夫人は芸術家肌のロンメール殿下が強力なパトロンとして彼の派閥や影響を受けた男性貴族達から絶大な支持を受けている。男女で真っ二つに分かれたのだが、知らぬ間に僕も男性芸術家達側の括りらしい。

 ロンメール殿下が自分と感性が同じだと大絶賛してくれた為に、全く芸術に疎いのに何故かロンメール殿下派閥の芸術家達から仲間認定されている。つまり、ザスキア公爵とモリエスティ侯爵夫人の仲を取り持たないと、僕の胃に穴が空くんだよ。

 モリエスティ侯爵の屋敷の中に彼女のサロンが有り、僕は既にアポ無し顔パスで正門を通過出来る。屋敷の正面玄関に馬車の横付けも許可され、使用人一同に出迎えられる。ロンメール殿下の次に大切な賓客らしい。

 洗脳されていない有能な執事にメイド長の二人が並んで出迎えてくれる。二人共に凄く嬉しそうなのは、武の象徴たるエムデン王国の英雄が芸術にも造形が深く女主人と懇意にしているから。武力(力)と芸術(知)の両方に理解が有るからとか?

「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト様。使用人一同歓迎致します」

「主がサロンの方でお待ちになっております。もう待ちきれないみたいですわ」

 執事の挨拶に合わせて従業員一同が見事に揃って頭を下げる。貴族様万々歳な連中には堪らない歓迎だろうが、僕は背中がムズ痒い。好待遇には未だ慣れない、困った事にね。前世は王族だったのに、不思議なモノだ。

 メイド長は嫁いだ頃からモリエスティ侯爵夫人に仕える最古参の使用人で絶大な信頼を受けているし、姉妹みたいな関係が滲み出ている。もう待ちきれないとか言って微笑むとか、微妙に不敬と取られるよ?

 モリエスティ侯爵は屋敷に居る筈だが、愚痴を聞きに来たのだから会う事は無い。まぁ洗脳され過ぎて常に笑顔だが何を考えているか分からない怖さが有るんだ。やはり洗脳系ギフトは危険だよな……

「うん、世話になるよ。案内を頼む」

「はい、ご案内致します」

 屋敷から中庭を通り過ぎ離れに構えたサロンに向かう。掃除の行き届いた廊下を歩いていると、モリエスティ侯爵夫人が最近ハマっているテーマの絵画が幾つか飾られている。

 緻密な写実の風景画、ハーフとは言えエルフだからだろうか?自然豊かな泉や森、其処に戯れる小動物達が描かれている。見ているだけで心が洗われる、高名な画家の作品だろうか?

 中庭には季節の花々が咲き誇り、池には水鳥が浮かんでいて癒やしの空間を演出している。ふと風が吹くと花びらが舞い、浮き世離れした風景に思わず魅入る。最近心労が酷いから和む本当に和む。

「リーンハルト様の感性に触れましたでしょうか?モリエスティ侯爵が最近手を入れて整備致しました、当家の自慢の庭園です」

「屋敷の中に居ながら、豊かな自然を感じられて心が和みますね。モリエスティ侯爵は良い趣味をしていて、本当に荒んだ心が洗われます」

「荒んだ……ですか?」

 心配そうに声を掛けられた。端から見れば僕は順風満帆、出世街道を最短で走り抜けている。私生活では深窓の令嬢で美少女の、アーシャを娶り来年はジゼル嬢を本妻に迎える。

 世の男性貴族の恨みと貴族令嬢の憧れを一身に浴びている羨ましき存在。心が満たされる事は有っても荒む事は無い。それをポロッと否定したんだ。

 少しフォローをしないと、変な風に噂話として広まるから注意が必要だな。家庭の不和とか勘違いされたら、新しき心を癒やす側室に我が娘をどうぞ!とか有り得るから……

「嗚呼、仕事の愚痴だよ。気にしないでくれ、今はもう大丈夫だからさ」

 仕事なら仕方無い、どんなに有能でも楽勝なんて事は無い。普通に誰もが感じている事だ。それよりも嬉しそうに説明してくれた庭園だが、度重なる洗脳の結果で不思議な感じになったのに感性は見事だな。

 本来は芸術的感性の持ち主なのだろう、暫く見詰めていると待ち切れなかった御姉様がノシノシと供も付けずに早足で歩いて来たよ。これって駄目なパターンじゃないか?

「遅いわよ!何、庭を見て黄昏れているの?背中が煤けて見えるけど、ちゃんと休んでる?蓄積された疲労は厄介なんだから、仕事は適当に手を抜きなさいな」

 いやいや、政務なのに手を抜くとか普通に無理です。アウレール王が任命してくれた留守居役なのに、サボる手を抜くは絶対に駄目だって!

 バシバシ背中を叩くのは止めて下さい。使用人達も微笑ましそうに見ないで、女主人の奇行を諫めて……は、無理か。身分の差って怖いよな。

 親にも周囲からも叱られないから、常識知らずの馬鹿が生まれるんだ。子供の教育は親の責任で、甘やかすだけは駄目なんだ。最近実体験で学んだよ。

 あと仕事で荒んだ心を我が主様との懇親で癒やして下さい!とか止めてくれないかな。心労の何割かは、貴方達の女主人の所為だからね。

「お招き頂き有り難う御座います。モリエスティ侯爵夫人に身体の事を心配して貰えるとは嬉しいですね」

 微笑みを添えて貴族的礼節に則り一礼し、サロンに招かれた礼を言う。最近この手の礼儀をすっ飛ばす連中が多くて困る。主に義父殿とか義父殿とか義父殿とか……

 使用人の目が有るから簡略化は駄目なのだが、この御姉様は両手を腰に当てて御立腹だよ。使用人達に僕等は気を使わない間柄だとアピールなのか?

 もしかして、ザスキア公爵への牽制?いや酒臭いからもう飲んでいるんだ。酒の勢いで愚痴ろうにも相手(僕)が寄り道して中々来ないから迎えに来たってか?アクティブ過ぎる御姉様だな。

「はいはい、真面目よね。英雄様は大変ね?私は平凡な侯爵夫人で良かったわ」

 いや侯爵夫人はエムデン王国内でも七家に一人ずつしかなく、既に下位三家は没落か取り潰しで四家しか残ってないんです!本妻として正式に侯爵夫人を名乗れるのは、もう四人だけですから。

 また背中をバシバシ叩かないで下さい。痛いです、結構本気なのに常時展開型魔法障壁が発動しないのは悪意が無いからだろう。今日は機嫌が悪そうだけど、何か有ったのかな?

 戦時中で自粛ムードだから彼女の好きな芸術的な催しは出来ないし、お気に入りの淑女達を呼ぶ回数も減らさなければ駄目だからかな?結構寂しがり屋さんの御姉様なんだよ。

「片手で足りる数しか居ない侯爵夫人が平凡ですか?少しは御自分の影響力を考えて下さいね」

 はいはいって軽く流されて、手を捕まれて引っ張られてサロンに連れ込まれた。執事とメイド長が並んで深々と頭を下げたのは、敬愛する女主人が少し不機嫌なので宜しく頼みますってか?

◇◇◇◇◇◇

 案の定、既にサロンで飲んでいたのだろう。数種類の摘みにワインボトルが転がっている、既にフルボトルを一本空けたのか?確かに吐く息が酒臭く目も血走っている。

 ヤバいな。ある程度の愚痴を聞いてストレスを解消させたら、モンテローザ嬢とザスキア公爵の事を相談する予定が愚痴が終わったら撃沈するパターンか?それは勘弁して下さい。

 幾らサロンを訪ねるからと言っても、自粛ムードの中で華やかな芸術的活動拠点たるサロンに何度も訪ねるのは嫌味を言う奴等も出て来るので嫌なんだよな。自分が呼ばれない僻みも有るが、現実は華やかなサロンの活動でなく、ひたすら愚痴を聞くだけだぞ。

「早く座りなさいな!」

「えっと、もしかしなくても酔ってます?」

 座ると直ぐに空のワイングラスを渡されて、並々と注がれた。これってシャンパンじゃないか?祝いの酒なのに機嫌悪いの?ダバダバ注ぐ酒じゃないよ。溢れます、縁ギリギリまで注がないで!

 自分のワイングラスにも手酌で注いで、胸の前に軽く持ち上げる。乾杯なのだが無言で一気に呷るとか、今日のモリエスティ侯爵夫人は少しじゃない位に変だぞ。

 釣られて一気に半分以上飲むが、空きっ腹に強い酒を飲んだから胃の付近がカッと熱くなる。高いシャンパンなのに、エールを呷るみたいな飲み方は勿体ないよ味わおうよ。

 空になったワイングラスをテーブルに勢い良く叩き付けるように置く。貴婦人に手酌などさせられないのだが、人払いをしているので仕方無くシャンパンを注ぐ。

 ジロリと睨んだ後で、また一気に呷るように飲む。これは駄目な飲み方だ、身体を壊すぞ。空間創造から果実水の入った瓶を取り出して、空のワイングラスに注ぐ。

 原因を考えるが分からない。もしかしなくても、ザスキア公爵との勢力争いが不利だから不機嫌なのかな?未だ決定的な差は無い筈だけど……

「もうシャンパンは駄目ですよ。少し果実水を飲んで落ち着いて下さい、身体に悪い飲み方ですよ」

「酔わなきゃやってられないわよ!折角目を掛けてあげていたのに裏切るなんて、悔しいやら情けないやら腹が立つやら本当に嫌になるわね!」

 果実水も一気飲みしたぞ。立て続けに三杯とか、親父みたいに駆け付け三杯?だが台詞の中に危険な単語が混じっていた。目を掛けていた者が裏切った?

 パトロンとして若き芸術家に裏切られたのだろうか?それともお気に入りの有能な淑女にか?現状、モリエスティ侯爵夫人を裏切るメリットなど無いだろ?まさかザスキア公爵側に引き抜かれた?

 エムデン王国でも上級貴族達が次々と裏切り没落し御家断絶の嵐の中で、安定しているモリエスティ侯爵家の正妻を裏切る?他国からの謀略か、単純に芸術性の反発か?少し探りを入れてみるか……

「才能有る若き芸術家の卵にでも裏切られましたか?芸術的感性の違いとか、そう言う譲れない部分なら仕方無いと諦めましょうよ。芸術的感性は相容れない事は珍しくないし、無理をすれば爆発しますよ。芸術だけに……」

 時代の流れで芸術の流行も入れ替わりが激しいが、絵画だって写実派や抽象派も居て絶対に交わらないからな。パトロンとして両派閥を抑えたいのか?

 どちら側を支持したとか贔屓にしているとか、言い出したら止まらないし拗れるだけだし。まぁ反発し飛び出して行ったら諦めるしかないよな。

 因みに僕は写実派だな。緻密な細工とかも好きだし性格的にも合っている。抽象的な絵画とか、理解の範囲外だよ。確かに感性の問題だから、無理に受け入れるのは不可能だ。

「違うわよ!モンテローザさんよ、彼女が私を裏切ってギフトで洗脳しようとしたのよ。この私に、『神の御言葉』を使える私に、あんな下らないギフトを使おうなんて!とんだ裏切り行為だわ」

「え?モンテローザ嬢のギフト?あの感情を増幅させる使い勝手の悪いギフトをモリエスティ侯爵夫人にですか?」

 あ、コレ駄目なパターンだ。ハーフエルフの彼女は自らの保身に相当気を使っている。もしも自身の秘密がバレたら、差別主義で選民意識の高い貴族社会では死を意味する。

 幼少時にエルフ族からも人間族からも仲間じゃないと弾かれていた反動で、多くの才有る者達と話し合えるサロンを開いているんだ。本人は認めないが寂しさの裏返し、他者との触れ合いを求めている。

 そんな彼女に対して洗脳しようとか、モンテローザ嬢も愚かな事を仕出かしたんだな。報復は苛烈で手加減などしてくれないだろう。アレ?そうすると、モリエスティ侯爵夫人はモンテローザ嬢を逆洗脳したとか?

「今日訪ねたのは、モンテローザ嬢の動向と危険なギフトの事を教える為だったのですが……」

「遅い、遅いわよ!あの娘の裏切り行為に対しては、一切の慈悲も手加減も無いのよ。私を破滅に追い込むつもりだったのなら、逆に破滅に追い込まれても本望よね」

 嗚呼、ザスキア公爵達にモンテローザ嬢の対処を頼んているのに新たな参戦者が現れたよ。また調整業務が必要か……逆に考えれば心強い味方が増えたんだ。

 そう、仲を取り持とうとした二人に都合良く共通の敵が現れたんだ。共闘と言う関係を経て仲間になる道順が出来た。そう考えよう、じゃないと僕の胃に回避不能のダメージが来る。

 だが洗脳スキルを使ったのなら、モンテローザ嬢の行動に不自然さが現れる。モリエスティ侯爵夫人の『神の御言葉』は秘密だから、バレないようにしなければならない。

「先ずは、モンテローザ嬢に何をしたか教えて下さい。彼女に対して心強い仲間を紹介出来ます。僕達も彼女のギフトには手を焼いていまして、対処を考えていました」

「あら?偶然ね。でも甘い対処はしないわよ。徹底的に潰す、実家を含めてね」

 ニヤリと酷い顔で笑い合う僕等ってさ。絶対宮廷内に蔓延る魑魅魍魎の悪巧みの連中だよな。モンテローザ嬢だけでなく、アヒム侯爵家も没落一直線かもしれない。

 侯爵七家筆頭の没落、これはアウレール王にも説明が必要だ。モリエスティ侯爵夫人のギフトを仲間にも知られず、国王にも誤魔化す。事件が解決する迄、僕の胃は大丈夫だろうか?

 


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