古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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ここまで続けられたもの読者の方々のお陰です、本当に有難う御座います。
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第747話

 バセット公爵の乱心による討伐処分、公爵五家の三位の当主自らが討たれるという大問題に派閥構成貴族達が巻き添えを嫌がり一斉に騒ぎ出した。

 いや、いち早く状況を知り得た事により国王不在時の最高責任者としての権限により、情報の遮断と強制力を伴う命令を下し自粛させた。

 中立に関係を下げても公爵五家の三位である、バセット公爵の勢力は強大だ。ラデンブルグ侯爵を腹心として根強い勢力を持っている。

 幸いな事に、ラデンブルグ侯爵本人は参戦せずに補給等の責任者として後方に居た。故に公爵の乱心を諌める責任は問われないので、処罰の対象にはなってない。

 まぁ王都には居ずに自分の領地にて補給部隊の編成・手配をしていたが、情報が入れば王都に急いで戻ってくるだろう。もう第一陣は崩壊し、補給の必要も無いから。

 彼が不在のため、王宮で僕の専属侍女であるハンナには関係各所から一斉に問合わせが殺到し、保身絡みの命令も押し付けられただろう。

 そんな彼女は、今僕の前で涙を浮かべている。もう少しで決壊しそうだよ……

「バセット公爵と派閥の構成貴族達など、悪いが信用などしていない。だが、ハンナ。君だけは信用している」

「リーンハルト様、ですが私は……私には……」

 有能であり王宮の専属侍女の役職を持つが爵位は無い。旦那と実家に括られているのが、貴族の子女の現状だ。貴族の女性は親と旦那に従うのが一般的だな。

 だから彼女は辛い立場に置かれている。僕から情報を聞き出せたなら良い方で、色仕掛けで誑し込め位は言われたかもな。追い込まれた奴に常識が通用しないのは実体験で学んだ。

 今のバセット公爵の派閥構成貴族達の立場は最悪、下手をすれば主家と連帯責任で処刑。お家も取り潰し、親戚関係も軒並み同罪。皆が疑心暗鬼になっているだろう。

 それ位は有り得る程、バセット公爵の犯した罪は重い。軍属として王命を達成出来ず、他人の手柄の横取りを強行しかけたんだ。

 軍隊で一番の禁忌である命令違反、それは利敵行為にも繋がる愚行。だから、ライル団長は貴族的爵位が上位の彼を自分に与えられた権限を使い処罰した。

 まぁそれは多分に政敵を陥れる為にとか、報復を恐れた為にとか、理由は色々有るが建て前は用意されている。だから表立って非難も処罰もされる事は無い。

 それはどうでも良い事で今は不遇な環境に置かれた、ハンナをどうするかが問題なんだよ。

「旦那さんや実家、同じ派閥の仲間達から色々と……強く言われているんだろ?」

「はい、確かに。でもそれは……」

 俯いたが言えないよな。情報を引き出して来いとか、派閥移籍に協力しろとか、一方的な欲望塗れの命令など言える訳が無い。ザスキア公爵の存在で、既に自分達の事は全てバレていると不安になっている。

 実際に、ザスキア公爵の諜報能力を目の当たりにしているんだ。敵国の事を細かく調べられるのに、自国の連中の事を調べられない訳がない。

 彼女は嘘はつきたくないが、何処まで調べられているのかが分からなくて不安なんだ。もう表情を隠す事すら出来ないのだろう……

「聞かなくても大体分かる。それで、ハンナはどうしたい?旦那さんや実家の事は考えなくて良い、君がしたい事だよ」

「私の?私だけの、したい事?それは、そんな事は、私は……」

 ハンナはバセット公爵の三男の娘で、ヤザル男爵に嫁いでいる。つまり大罪を犯した男の孫娘、血縁者の括りで言えば非常に近い。場合によっては、彼女にも罪が及ぶ。

 旦那であるヤザル男爵は、一族との婚姻関係を結んでいるため立場はバセット公爵に近い。だが内務系の為に、今回は参戦していない。故に彼に直接の罪は問われない可能性は高い。

 まぁ孫娘の婿だし中級官吏の男爵だから、派閥の中での順位は中の下くらいか?それ程の危機感は抱いてないらしい。最悪は、ハンナを離縁すれば良いから。勿論だが、ザスキア公爵とリゼルの調査結果だ。

 彼女に選択肢を与えた形にしたが直ぐには答えられないだろう。それも予想の範囲内で、意を決して話す前に僕から提案をする。これで希望は聞かれたが、マゴマゴして答えを返せなかったことが負い目となる。

「僕はバセット公爵の愚行の連帯責任で、ハンナが罪を負い専属侍女を止める事は嫌なんだ。張本人の孫娘だから、近しい血縁者として罪を問う奴も居るだろう。だが僕なら守れる」

 おぅ!物凄い勢いで伏せていた顔を上げたな。その涙を湛えた表情は、不安と驚きと僅かな疑い。政敵の孫娘に救いの手を差し伸べる意味を考えている。

 ザスキア公爵には事前に相談した。政敵の血縁者を引き抜く危険性、身内に裏切る可能性の有る者を置くのだ。普通なら専属侍女を辞めさせて距離を置いて終わりだ。

 だが彼女は有能であり義理堅く信用が置ける。この才媛を手放すなんて勿体ない。彼女を手元に置けば、バセット公爵の派閥から有能で信用の置ける者を引き抜ける。

 そう、ハンナが信用出来ると保証する相手を引き抜けるんだ。

「バセット公爵は戦場の恐怖に精神を病み保身の為に愚行に走った。計画的じゃない場当たり的な行動だが、同行者には止められなかった責任が有る。無罪は無理だが、王都に居る連中は違うから何とか出来る……ハンナ、僕は君を失いたくない」

 最低の勘違いを誘発する台詞を態と言う。僕は性的には狙ってないが、その能力は欲しくて堪らない。人材不足の僕からは喉から手が出るほど、君が君の能力が欲しい。

「ですが、このまま専属侍女を続ける事は出来ません。後ろ盾を失った私では、王宮での立場が変わります。信用が重視される王宮では、もう今の役職では勤められないでしょう」

「そうだね。上級侍女の条件に反する、罪は問われない場合でも雇用条件を満たせなくなるから。でも個人的に仕える事は可能、僕の家臣団に入れば諸々の事からも守れる。強制はしない、考えてくれ」

 そう言って最後まで黙ったままだった、ハンナを退室させる。彼女は色々と考えていただろうが、決断を下す事は出来なかった。

 当然だ、実家や旦那の事も有る。自分だけ引き抜きに応じる事は、優しい彼女には即決出来ない。相談する相手は、先ずはロッテ。次が旦那で最後が実家か。

 同僚から意見を貰い旦那に判断を仰ぐ。その結果を両親に相談、最悪は離婚しヤザル男爵家と縁切り。その可能性が高いと思う、何故なら……

「ヤザル男爵との夫婦関係は表向きは良好だが、彼はハンナに内緒の妾が二人も居る。娼婦を二人も身請けして家を与えて囲っているんだ。既に世継ぎも生んでいるから、ヤザル男爵としては彼女に固執する必要性は低いか……最低だな」

「最低なのは、御主人様です。僕は君を失いたくない……そう言われた彼女の内心は、物凄く嬉しいでしたわ」

 うん、リゼルよ。御主人様呼びは止めてくれると嬉しい。そして蔑んだ目で見ないで欲しい、気持ちが萎えるから。今回の件は、事前に打合せした筈だよ。

 バセット公爵の派閥構成貴族の引き抜きは、他の公爵達と調整する必要が有る。ぶっちゃければ、ハンナだけ引き抜ければ満足なんだ。後は要らない。

 政務を手伝える希有な才媛を引き抜き家臣として囲って決済権限を与えれば、仕事の一割……いや二割は任せられる。流石に政務関連は、アシュタルやナナル、ジゼル嬢でも無理だ。

 だから、ハンナだけで良い。当然だが安全にも配慮するし、彼女の実家にも配慮する。離婚しなければ、旦那のヤザル男爵にも配慮する。まぁヤザル男爵と彼の一族の配慮は、交渉次第かな。

「私の予測ですが、ハンナさんが旦那に正直に引き抜きの話をすれば、離婚されないでしょう。御主人様と縁が深くなりますから、離縁して手放す事など有り得ない。

ですが彼女が言わなければ、旦那であるヤザル男爵は責任の追求を恐れて離縁するでしょう。不祥事を起こした公爵家とは普通に縁切りしたいでしょうから。

ロッテさんは、ハンナさんの幸せだけを考えるならば旦那には黙って話を受けるべきと言うでしょう。他の選択肢に、彼女の幸せは有りません。今の彼女を幸せに出来るのは、御主人様だけです」

 リゼルさん?後ろに回り首を優しく絞めながら言う台詞ですか?この女ったらしとかスケこましとか、不穏な台詞は何ですか?人材確保は必要だって、お互いに納得しましたよね?

 結果を詳細に一語一句間違わずに、ザスキア公爵に報告して来ます!って意気込んで、リゼルは執務室を飛び出して行った。彼女はザスキア公爵を怖がっていたのに、今は連携している。

 だが、ハンナの未来が不幸な結果になる事は嫌なんだ。専属侍女を辞して離婚までされたら、実家に戻っても居場所など無いだろう。後妻に出されるか、最悪は修道院に押し込まれる。

 男尊女卑が蔓延していない、エムデン王国ですら結果は不幸で救われない。今の僕には、彼女を守れる力が有る。互いに利益の有る提案だから……ハンナよ、僕の手を取ってくれ。

◇◇◇◇◇◇

 バセット公爵の失脚は後宮にも影響が出ている。寵姫アンジェリカ様はバセット公爵の娘であり、ヴェーラ王女は孫娘。同じ孫娘でも、ハンナとは立場が違う。

 アンジェリカ様は、お里下がりになるだろう。幾ら最近では一番寵愛を受けているとはいえ、もう後宮には居られない。自主的に王宮から離れるだろう。

 だが王女である、ヴェーラ様の処遇は国王の沙汰を待たねばならない。つまりウルム王国に勝ち戦争が終わる迄は保留になるのかな?流石に王女の扱いを国王不在では決められない。

 アンジェリカ様とヴェーラ王女の安全と、彼女達が不用意な行動を取らない為の措置は……

「僕の権限の範疇を越えていますよね?レジスラル女官長」

 後宮の女性陣に絡むのは、絶対嫌です!

「いえ、現時点で王宮の最上級責任者は、リーンハルト卿です。その決定には、私でも逆らえません」

 気怠い午後、昼食の後の紅茶を楽しんでいた時に、レジスラル女官長がベルメル殿を伴って執務室にやって来た。彼女の方から訪ねて来るのは珍しいが、開口一番問題を投げて来やがった。

 後宮の人事権については、僕よりも彼女の方が優先されるのが暗黙の了解なのだが……今回は、それで納得しない連中が居るって事だ。それも影響力の高い誰かが居る。

 アンジェリカ様は自主的に実家に帰る事は、良く考えたら無理だった。今のバセット公爵家は当主が罪人であり、国王の沙汰が下るまで謹慎中。そこに国王の寵姫が帰るのは問題だよな?

「では、レジスラル女官長の判断を尊重します。僕には後宮の人事など分かりませんが、アンジェリカ様とヴェーラ王女を守れば良いのですよね?」

 要は立場の危うい寵姫と王女をアウレール王が凱旋帰国する迄、守れば良いんだよね?物理的な安全ならば、ゼクス五姉妹を貸し出せば解決だが後宮の派閥争いは無理だ。

 女性特有の権力や別の力が働いた時は、僕では力不足で守れない。後宮の中に入れる男性は、アウレール王だけだから。その中で問題を起こされたら無理だな。

 この回答は及第点に届かなかったみたいだ。ベルメル殿は無表情だが、レジスラル女官長は片眉を少し上げた。これはお気に召さない時の仕草だよ。やはり物理的防御だけじゃないってか?

「アンジェリカ様の事など問題にしていません。部屋に閉じ込めておくだけで、何とでもなります。他人からの接触を断ち、後宮から去るのを待つだけで良いのですが……ヴェーラ王女は、アウレール王の尊い血を引く王族なのです。手厚くお守りする必要が有ります」

 ベルメル殿も頷いているのは、既に二人の中での意志疎通は完了済み。僕にやらせたい事も共有済み、母親の方は迷わず切り捨てた。替えの利く女程度の認識、今回もそうか。

 でも幼い王女を母親から引き離す事は良い事か?悲しむだろうし情操教育上は悪手だと思う。親の愛を受けた子供は立派に育つと、僕は思うけどね。

 幼い頃に両親から引き離されて、教育係に厳しく育てられた王子の成れの果てが僕だ。その僕が言うのだから、間違ってはいないと思う。

 まぁ巨大な権力や特権を持つ王族の義務として、十分な教養を身に付ける事も必要な事だからな。レジスラル女官長は、ヴェーラ王女を母親から引き離して教育したい。

 だが邪魔をする者が居る。それは母親かライバルの側室達か、その側室達の後ろ盾の連中か。レジスラル女官長でも、対処に厳しい誰かか?

「尊き王族の幼い姫様に出来る事など、僕には有りませんよ。物理的な安全ならば、ゼクス五姉妹を貸し出します。でもそれ以上は……」

 無理です。国王の寵愛を求めて熾烈な争いをする寵姫達と、その後ろ盾の相手など全力で遠慮します。レジスラル女官は、アンジェリカ様を既にバッサリと切り捨てている。

 後宮の側室など、国王が寵愛を授ける替えの利く女程度の認識なんだよ。だが、ヴェーラ王女はアウレール王の血を継ぐ王女だから対応が全く違う。一度お会いしたが、幼いながらも利発そうな方だったな。

 ヴェーラ王女の後ろ盾はバセット公爵だが、彼は失脚し公爵家は取り潰しの危機だ。レジスラル女官長は、その事を問題にしている?新たな後ろ盾を探す迄の安全確保か?

 ん?後ろ盾となりうる公爵三家とは友好的な関係であり、僕は彼等との関係悪化を望まない。落ち目の、バニシード公爵の影響力も今なら跳ね返せる。

 生き残りの侯爵四家も同様、筆頭のアヒム侯爵にだって、仮に真正面から敵対しても、僕が負ける要素は少ない。それ以外となれば、同じ王族の方々だろう。やはり後宮の女性陣絡みじゃないのか?

 リズリット王妃が養子として引き取って育てると思うのだが、彼女に力が集中する事を危惧した連中が蠢いている。これが正解かな?それなら、レジスラル女官長の危機感も分かる。

「アウレール王の親族の方々が動き出しています。父王の弟、王弟であられる……」

 それは一大事じゃないか!レジスラル女官長の話を纏めれば、アウレール王の血を継ぐ方々じゃなく先々代の父王の弟であるロジスト様が、ヴェーラ王女の後見人として名乗りを上げた。

 未だ六十代で現役として領地を治めている方だが、中央からは遠ざかり悠々自適の生活を楽しんでいると聞いていたが?アウレール王が不在の時に、権力欲が生まれたか?

 これは後宮の人事じゃない、レジスラル女官長の権限の範疇を越えている。だが彼女の事だから、既にアウレール王に伺いの使者を送ったが、返事は最短でも一週間は掛かる。

 王族の要求を一週間も引き伸ばす事は不可能で、アンジェリカ様は保身の為に新たな後ろ盾となる王弟になら愛娘でも差し出すだろう。アウレール王の父王の親族の中で、唯一生き残っている御方だし……

「今までは中央から距離を置いていた方だと記憶していますが、何故に今のタイミングで?」

「内々の調査では、アヒム侯爵の末の娘である、モンテローザ嬢が接触したそうです。彼女は才媛と有名ですが、私は信用していません」

 ええ、僕もそうです。勘でしかない、あやふやな根拠ですが信用出来ないと確信しています。アヒム侯爵の意向に沿って動いてると考えた方が良い。

 全く、この大事な時に色々と動いてくれたものだな。確かに国王不在で行動するには絶好の機会だが、自分の利益より国益を優先してくれ。

 あの噂が本当だとすれば、バセット公爵の派閥構成貴族達にも接触する可能性が高い。だが、モンテローザ嬢だけなら対処の方法など幾らでも有る。無官無職の淑女の影響力ならば……

 だが、コレは前置きに過ぎず本題の方は直ぐに対応を迫られる事だった。だから、レジスラル女官長はザスキア公爵に何も言わず僕の所に直接来たんだ。

 時間的猶予は余り無く直ぐに対応する必要が有るが、リゼルだけは呼び寄せなければならない。彼女が今回の件の肝となる、毎回頼るだけなど心苦しい。

 何かしらで報いなければ駄目なのだが、彼女の希望に添える事が少ない。流石に側室に迎えて欲しいは、アウレール王だって許可はしないんだぞ!

 


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