古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第742話

 漸く来たかの。ザスキアの女狐の予想通りのルートで来た、我が国の篭絡された下級官吏共の教えた警備兵の巡回を避けて王族の居住区に向かう最短ルートでな。

 淑女が音も立てずに集団で廊下を走る異様な光景、そして暗殺者を王宮内部まで侵入させた不甲斐なさ。また十五年前の繰り返しか、やるせないな。前回は暗殺を防げなんだが、結果的には良い方向に転がった。

 じゃが今度は違う、未遂で終わらせる。そして暗殺者は皆殺し、それが宮廷魔術師筆頭である儂の使命。リーンハルトに同族の女殺しなどさせられぬ。儂が速やかに殲滅し終わらせる、それが師としての優しさじゃな。

「ふぉふぉふぉ、どちらに行くのかな?此処から先は立ち入り禁止区域じゃよ。亡国の残党共よ、悪足掻きはお終いじゃな。お前達は此処で全滅する、異論は受け付けぬ」

 壁際に置いて有る鑑賞用の鎧兜の陰から通路の真ん中に移動し、持っていた杖を突き付ける。魔力を隠蔽し気配も消していたので気付かなかったろう。その僅かな動揺で辛うじて分かる、感情制御はマァマァだの。

 ザスキアの女狐に指示されるのは業腹じゃが、旧コトプス帝国の謀略を掴んだ手腕は認めねばなるまい。しかしバーリンゲン王国め、何時も足を引っ張りおる。使節団を詐称するとか、不敬罪で皆殺しで良かったんじゃ。

 今回も王女から内緒で親書を預かり、到着してから公にして使節団を名乗るとか宗主国を舐めているとしか思えない愚行。それを許した下級官吏共々、断じて許すまじ!馬鹿犬を躾る如く、叩いて叩いて叩き捲るべきじゃな。

 そして多分じゃが『王族の影の護衛』か、それに匹敵する力量の女共が本命の暗殺部隊か。全く舐められたものだ、過去に前王の暗殺に成功したからといって、同じ事が二度も通用すると思うでないぞ!

「ふむ、無言か?暗殺者としては正解じゃがな、如何せん弱過ぎじゃよ。儂を倒すには数が少ない、その十倍は用意せねば勝負にすらならぬぞ」

 ドヤァ顔を浮かべて暗殺者共を挑発する。リーンハルトも敵軍に対して言っておったし、武官達が自分も言ってみたいと騒いでいた台詞じゃ!

 暗殺者は全員女で二十人、集団お見合いの候補者全員が暗殺者とは思い切ったものじゃが、女狐は全てをお見通しか?全く怖い毒婦じゃ、リーンハルトは姉と慕うが油断は出来ぬ。

 何も喋らず視線を交わし頷くだけで作戦と覚悟を決めたみたいじゃな。変装用のドレスを脱げば、その下には黒装束を着込んでおる。やはり暗殺者か……

 狭い通路じゃ、幅は5m高さは3mも無いし近くに扉も無い。逃げるなら真後ろに全力疾走じゃが、投擲魔法が使えれば的でしかないぞ。こやつ等だが死兵じゃな、目を見れば分かる。国に殉ずる手強き者共。

 ナイフを構え此方に走り出し、途中で壁や天井を足場に四方から走り込んで来る。なる程、立体的な攻撃だが閉鎖空間で儂に勝てると思うでない!

 口に含んだ毒針を吹き出して牽制して来たが、魔法障壁が有るから無駄じゃよ。四組が五回連続で攻撃する布陣、犠牲覚悟の特攻だから勝率は高い……普通ならばな!

「その覚悟に免じて儂の最大最強の魔法で屠ってやろう……『埋葬されし異形の者の墓所を荒らす咎人(とがびと)よ。常世から隔絶されし太古に滅びし世界、静寂の棺に埋葬され共に眠れ!……永久凍土!』凍えて眠れ」

 儂の最大最強の広域殲滅魔法。今回は通路全てを四方から凍らせる、逃げ場は無い。氷漬けにしてやるわ!

『馬鹿な?通路が氷で埋まるなんて!私達ごと凍らせるつもり?』

『不味いわ。身体が寒さで動かない……嗚呼、指が凍って砕けるなんて』

『一矢報いる迄は死ねない。足が床に凍り付いて離れない、それに抵抗出来ないほど眠い。レジストが効かないなんて』

『四方から氷が迫って来るだと?避けられないわ』

 床・壁・天井から短時間で一斉に冷気が生じ廊下という空間ごと凍らせていく逃げ場も塞ぐ攻撃。お前達の覚悟は立派じゃ、命乞いも泣き言も言わなかった。

 じゃが生かしてはおけぬし、証人はリーンハルトが捕まえておるじゃろう。儂は殺すのは得意じゃが、捕獲とかは苦手なんじゃ。汎用性では、リーンハルトに負ける。

 だがそれで良い、それが良い。儂の後継者にして愛弟子は、既に儂を越えておる。女殺しなどの汚れ役は、儂がやればよい。リーンハルトは誰もが認めるエムデン王国の無垢なる英雄じゃからな。

 栄光と喝采の全てをその身に浴びるのだ。曇りなど一点も要らぬ、太陽の如く輝くカリスマの持ち主、儂の自慢の孫なのじゃ!

「それに国王を守ると言う華を持たせてくれたのじゃ。亡国の残党共の捕獲よりも、暗殺を防いだ方が手柄としては分かり易いとな。全く気を使い過ぎじゃよ」

 さて、終わりじゃな。廊下を埋め尽くす氷塊の中に、全ての暗殺者が驚愕の表情で閉じ込められている。仮に冷気で死なずとも、放っておけば窒息死するじゃろう。自然に溶ける迄は取り出せぬ。

 今後の事も含めて、アウレール王に報告と相談じゃ。あとはバーリンゲン王国にはキツい仕置きじゃな。国王暗殺の手助けをするなど、許されるなら儂の手で滅ぼしたいくらいじゃ!

 これで、リーンハルトの手柄がまた増える。この巨大な功績に報いるのは難しいが、ザスキア公爵は取り潰された侯爵家の代わりに新しい家を興すのが丁度良いと言った。最年少侯爵か、それも有りじゃな。反対する奴等は悉(ことごと)く潰してやるぞ!

◇◇◇◇◇◇

 全ての処理を終えて謁見室にて、アウレール王に報告を行う。参加者は、アウレール王にレジスラル女官長。それと、サリアリス様にザスキア公爵。最後に僕とリゼルだ。

 王宮内部で後宮に近い場所での襲撃、レジスラル女官長には事前に知らせてはいたが詳細は言ってないので少し、いやかなり不機嫌だよ。

 多分だが、もっと後宮から離れた場所で対処しろ!とか思ってる筈だ。彼女は王族至上主義だから、アウレール王に危険が迫っていた事を怒っている。もっと素早く対処しろ的な?

 最短時間で潰したが、流石に王宮の外でとかは無理だった。既に王宮内部に入り込んでいたし、移動させた時点でバレて逃げ出すかした筈だ。しぶとさだけは一流だから……

「先ずは良くやってくれた。俺の暗殺を防ぎ、旧コトプス帝国のリーマ卿を捕らえた事。この意味は大きい、前大戦の因縁を断つ意味でもな。これで残党共を一掃し、地上に旧コトプス帝国の残滓は消滅した」

 アウレール王から、お褒めの言葉を頂いた。勲一等はザスキア公爵とリゼル、次がサリアリス様で僕は四番目だな。事前調査に立案と指示を行い、それが見事に嵌まった。

 僕とサリアリス様は言われた場所で待ち伏せして敵に対処しただけだが、国王の暗殺を防いだサリアリス様の武勲は大きい。僕は中年の文官連中を拘束しただけだが、サリアリス様は一線級の暗殺者集団を殲滅した。

 よくもまぁ二十人も『王族の影の護衛』クラスの淑女を集めたものだ。バーリンゲン王国やウルム王国からも寄せ集めたのか?その辺は追々調べれば良い。

 バーリンゲン王国の一部の連中も荷担してそうだし、粛清する必要も有る。奴等は悪い事をすれば罰が有るって叩き込まないと懲りない、本当に懲りない。

「お褒めに預かり光栄ですが、勲一等は残念ながらザスキア公爵とリゼルじゃな。儂は暗殺者を倒しただけで、首謀者を無傷で捕まえたリーンハルトが次じゃろう」

「いえ、僕が拘束したのは武力の無い文官に滅んだ国の謀臣だけ。暗殺者の集団を倒し国王の暗殺を未然に防いだ、サリアリス様が次点でしょう。素晴らしい功績です」

 あんな中年の群れなど王宮警備隊や聖騎士団員なら誰でも可能だぞ。それよりも暗殺者の部隊を一人で倒した、サリアリス様の方が凄い。

 離れた所に居た僕にも感じる事が出来た巨大な魔力反応、確認しに行けば廊下が僅かな隙間も無く氷付けになっていた。

 流石は『永久凍土』の二つ名に相応しい威力、暫くは溶けないから中の連中の取り出しも不可能。僕でも魔法障壁ごと氷の中に閉じ込められたら酸欠で死ぬ。

「互いに功績を譲るなよな。普通は逆なのに、お前達は本当に仲が良いな。まるで実の祖母と孫以上だぞ、血の繋がりが無いのに不思議だな」

 豪快に笑ってくれたが、確かに血の繋がった親族とは不仲なんだよな。努力もせずに恩恵だけ欲しいという連中、だからサリアリス様は我が子や孫達と距離を置いている。

 絶縁しないのが、彼女の優しさなのだろう。全員が一応魔術師らしいが、その力量は宮廷魔術師団員にもなれない事で分かる。

 才能は有るだろう。魔術師の才能は遺伝するから、鍛錬を積めば開花する。だがその彼等は鍛錬を拒み恩恵だけを欲しがった。それじゃ無理だよ、諦めろ!

 魔術師とは生涯を通じて魔術の深遠を求める連中の総称、それを怠り怠惰に耽るなど恥ずかしくて魔術師を名乗れない筈だぞ。

 素晴らしき師が身内に居る恵まれた理想的な環境、なのに何故怠けた?勿体ない、本当に勿体ない。そして彼等は僕に対しては完全に不干渉を貫いている。

 何か不愉快な事をしたり言ったりすれば絶縁する。サリアリス様からキツく言われたらしい、だから親書の遣り取りすら全く無い。

「本当に、悔しいけれど不思議で強固な絆よね。まぁ今回は、リゼルさんの功績が一番よ。彼女は、リーンハルト様が元同僚の屑共との接触は不要と気を遣われたのに、危機感から命令を破り独自に調べた。

私に報告と相談に来た時には驚いたわよ、まさかリーマ卿が堂々と此処に居るなんて信じられなかったけど……私達の近くに居ると予想はしていたので、対策はギリギリ間に合ったわ」

 嗚呼、アウレール王の言葉に、ザスキア公爵が追従してくれたが、全くその通りだ。僕は身勝手な同情心から、リゼルを使節団を名乗る元同僚の連中から遠ざけた。

 バーリンゲン王国の連中は本当にどうしようもない屑ばかりだから、相手をさせるのも嫌だった。だから距離を取らせ、ギフトでの調査を怠った。

 先入観に騙されたんだ。リーマ卿もバーリンゲン王国ならば、常軌を逸した行動も誤魔化せると踏んだのだろう。それにまんまと引っ掛かったんだ。愚かだった、反省してます。

「その通りです。僕は愚かな元同僚達と、リゼルが関わり合う事が嫌だと個人的な感情でギフトでの調査をさせなかった。まさに怠慢で愚行、この償いはさせて頂きます」

 深々と頭を下げる。アウレール王は困った顔で、他の方々は苦々しい顔。レジスラル女官長だけが、首を振った後で溜め息を吐いた。

「いえ、私の命令違反の方が問題でしたわ。偶々上手く行っただけですし、上司のフォローは配下の役目。私はその役目を行っただけであり、リーンハルト様に失態は有りません」

「本当にどうしようもない屑共だからな!アウレール王の許しを貰えるならば、儂が行って滅ぼしてくるぞ」

「リーンハルト様は配下の心を掴む事に長けていますから、リゼルが命令違反をしてまでフォローしたのは有る意味当然よ。反省は必要だけど、懲罰は不要ですわね」

「まぁ組織として動いて結果を出したんだ。過程は自分達の中で検討し反省すれば良いし、リーンハルトに責任を追求する事など出来ないだろ」

 えっと、レジスラル女官長を除く全員からフォローして貰ったのか?宮廷魔術師筆頭や現役公爵本人から?ヤバい、どうなっているんだ?しかもそれを国王が肯定した?

 深々と頭を下げる。此処で遠慮しても反対してもグダグダになるだけで不毛だ。罪は与えられなくても、自分で反省すれば良い。

 暗殺を防いだが今回の事は正直に公開など出来ない。ギリギリまで気付かなかったとか王宮内部に侵入を許したとか、国家の保安体制に疑問が生じる大問題だ。

 幸い他国に情報は漏れていないので、僕達だけで公表する内容を決められる。つまり事前に把握していて、行動を起こしたら直ぐに捕縛した。

 リーマ卿を捕縛出来た事が最大の結果だな。地下に潜り嫌がらせを繰り返す謀臣を捕まえたので、全てを吐かせる。序でにバーリンゲン王国には責任を追求する。

 グーデリアル殿下とロンメール殿下には良い交渉材料が出来た。宗主国の国王暗殺に荷担したのだから、秘密にしていた親書の件も合わせて相当な譲歩が引き出せる。

 アウレール王が今回の件で、僕をバーリンゲン王国の担当から正式に外した。王女からの親書を託すとか馬鹿な事を仕出かさない為にも、屑共から距離を置けと王命を貰った。

 大分お怒りだ、パゥルム女王の受難の始まりだな。もうあの三姉妹には関わらない。後は殿下二人に任せれば良い、その事は国王からの書面として正式に要請するそうだ。そして殿下二人の腕試しでもあると……

 次期国王と補佐をする者として、バーリンゲン王国程度を上手くあしらわねば駄目だって事だな。まぁ僕は振り回されて失格って事で反省しよう。レジスラル女官長は最後まで空気だったが、苦笑いを浮かべながら頷いていたので許容範囲だったんだな。

 そして後日、アウレール王はサリアリス様と共に直轄軍を率いてハイゼルン砦に移動。ウルム王国攻略の指揮を執る事になったし、グーデリアル殿下とロンメール殿下も予定より早いがバーリンゲン王国に向かった。

 大失態を犯した、バーリンゲン王国は早めに叩いて叩いて叩き捲って上下関係をはっきりさせる為にと二人の殿下は張り切っている。未だ先だが王位を継いだ後の予行練習みたいな感じらしい。

 そして第三陣として諸侯軍を率いる、ニーレンス公爵とローラン公爵も最後に出陣。臣下の上位陣が軒並み出陣してしまったので、留守番で爵位と役職が一番高いのは……

「留守中の最高責任者が僕?ザスキア公爵が補佐?何かの間違いで、逆でしょ?アウレール王、何の予行練習なんですか?」

「宮廷魔術師筆頭は国王の右腕ですから、今後を見据えた予行練習ね」

 アウレール王から直筆の指令書を頂いたのだが、将来の為の予行練習だから頑張れって書いてありますが!いや、本当に何をさせる為の予行練習なんですか?

 


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