古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第732話

 下級と中級の官吏の一斉処分が決まった。度重なる不祥事の引き締めを含めて、問題を起こしていた連中を纏めてバーリンゲン王国に押し込む事をアウレール王も了承した。

 ニーレンス公爵は派閥構成貴族の下位とはいえ二割の連中の役職のすげ替えを行う事になり、多大な労力と人員を割く事になった。幸いと言うか事務方なので、参戦する連中に動きは無い。

 バーリンゲン王国の連中は一応は使節団として扱い、同行した侍女兼お見合い候補の淑女達と左遷させる官吏達との顔見せも実施する。実際に行かせるのは戦後で、今は引き継ぎと後任の育成だ。

 使節団も一週間程度は滞在させてから、バーリンゲン王国に送り返す。成果は有った、此方の入り婿候補は決まったから、リストを作成し届けさせる。

 後は爵位や家柄、能力や役職の内容に応じて割り振るだけだ。勿論だが、僕とミッテルト王女の政略結婚は無い。その辺は厳しく返信の親書に書いておく。

 もう紛らわしい事はするな。次は穏便な対応など無いから気を付けろと……

◇◇◇◇◇◇

 一日で色々有り過ぎて疲れてしまったが、未だ仕事は終わりじゃない。後宮警護隊、武装女官達との装備計画の打合せが有る。事前に仕様について資料を渡して要望も貰っている。

 チェナーゼ殿は他の淑女達と違い、ルーシュとソレッタからドレスアーマーの現物を見せて貰っているから具体的なイメージを持っている。故に要望が彼女達よりも高い。

 武人の常と言うか宿痾(しゅくあ)と言うか、他人よりも少しでも高性能な武器や防具を欲しがるんだよな。そして女性用のマジックアーマーの究極、ザスキア公爵用の鎧兜を見てしまった。

 戦場のド真ん中で立っていても安心をコンセプトにした防御特化、そして現役公爵に似合う装飾と意匠。流石に同じ物を全員分揃えたら国家予算並みの価格になる、原価は大した事はないが安くは出来ない。

 アレはザスキア公爵だから所持が可能な壊れ性能の逸品だ。エムデン王国には居ないが、他国には王女で有りながら武に長け軍属である姫将軍と呼ばれる者が居るらしい。

 実は外交ルートを通じて僕に姫将軍用の鎧兜の錬金依頼が来ていて、アウレール王から丁重に断ったと報告が来ている。友好国でも敵対する可能性が有り、そんな危険な鎧兜を国外には出せない。

 建て前は国防上の機密に当たるので、国外に現物を持ち出す事は不可能。本音は敵国になる可能性も有るから、軍事力を上げる手助けは出来ない。鎧兜の錬金については、少し自重が必要だな……

 だが防御については見通しがついたが、攻撃面だとパンターかレオパルトだけなんだよな。別に用意するゴーレムじゃなくて、鎧兜自体に装備されている自動攻撃システムの構築。

 黒縄(こくじょう)の装備化、考えてみるか。イルメラ達の装備は防御面なら完璧に近いが、攻撃面は装備者任せ。『召還兵のブレスレット』だけでは不安だ、更なる強化……

 危ない危ない、今は本題に集中しよう。新装備の検討は後でゆっくりと……

「リーンハルト卿、ようこそいらっしゃいました。ささ、此方の席へお座り下さいませ」

「直ぐに紅茶の用意を致しますので、暫くお待ち下さいませ」

「この焼き菓子は私達が厨房を借りて作りました。遠慮無く、お召し上がり下さいませ」

 うわぁ!笑顔と善意の接待攻勢に引いてしまう。彼女達は僕が理想の鎧兜を錬金出来るから、物凄い持て成しをしてくれる。しかも元が上級貴族の令嬢だからマナーも良い。

 彼女達の選考には容姿端麗なる項目が有るのだろう、全員が見目麗しい。王族に仕えるからには、見た目も中身も一定以上の水準が必要なのだろうな。

 更に武の才能まで有るんだから、両騎士団より選定基準が厳しい。良く定数を揃えられたものだが、その分新人が少なく引退が三十半ばで婚期を逃す。宮廷魔術師も定員割れしてるが、それは派閥の力関係とか複雑だよな。

 その所為で婚期を逃す方々が多いらしく、ザスキア公爵の広める新しい世界に傾倒している淑女も多い。彼女は、チェナーゼ殿を筆頭に後宮警護隊に信者を抱えている。

 だから僕に熱い視線を向ける方も多い。家柄その他を考えると引く手数多な筈の淑女達だが、仕事を優先してしまうから出会いが少なく男性からも敬遠されてしまうらしい。

 多分だが男のプライドが嫁さんよりも役職が低いとか稼ぎが無いとか、貴族的序列が低いとか家庭での主導権を握られるとか……我慢出来ない男が多いのだろう。

 だからって、未成年を結婚相手として性的に狙わないで下さい。驚くべき事に、既に結構な年の差の婚姻が行われているらしい、逆玉の輿か?

 爵位が無くても無職でも、自分がこれから育てるから平気。年上の頼れる奥様に囲われる美少年達も、勿論両家も納得の祝福された結婚だから文句は無い。

 花婿の実家は稼げる嫁を花嫁の実家は跡取りを授かる為に、特に文句も無いらしい。東方の諺(ことわざ)では、姉さん女房は金の靴を履いても探せ!

 頼れるし稼げるし役職も有る年上の淑女か、選択肢としては有りだとは思う。まぁ僕も本妻のジゼル嬢は一歳年上だから姉さん女房、同じと言えば同じかな?

「えっと、お構いなく。そして落ち着いて下さいね」

 グィグィ来るので牽制する。招かれたのは後宮に有る小さめのダンスホール。打合せ用に椅子や机を運び込んで会議室に模様替えしたのだろう。手伝いに駆り出された下級侍女達が部屋の隅に控えている。

 後宮警護隊は信用の置ける淑女しか入隊出来ない。つまり彼女達は中級以上の貴族令嬢であり、実際に立場は高い。荷物運び等は自らせずに他人に指示して任せるのは普通だ。

 だが王族の方々の為ならば身体を張って命懸けの任務をこなす脳筋肉体派の淑女達でもある。近衛騎士団も聖騎士団も真正面から戦えば負けないが、彼女達には一目を置いている。

 男では立ち入れない所でも、彼女達になら任せても安心だからと。役割分担が明確だから競争心は有っても敵愾心は無い。昔の宮廷魔術師や宮廷魔術師団員に隔意が有った理由だな。

 今は改善されたが昔は酷かった。マグネグロ殿の横暴に嫌気がさした宮廷魔術師筆頭の、サリアリス様が半ば放置していたから余計にだよな。この責任問題の追求回避の為にも、早急に改善したんだ。

 まぁ火属性魔術師の鼻っ柱を叩き折って四属性最強(笑)の地位を奪ったり色々やらかしたから、その所為もあり彼等からは距離を置かれたけどね。だがその程度の連中は不要、距離を置かれたなら、そのままフェードアウトしてくれ。

「さて、リーンハルト殿。事前に頂いた資料の性能ならば、私達に文句など有りません。いえ、想像以上で嬉しくもあり興奮しています」

 チェナーゼ殿の言葉に全員が頷いた。全体的に既成の鎧兜の二倍の防御力、布地部分もチェインメイルと変わらぬ強度。重量は半分以下、そしてフロートベイル(浮遊盾)装備。

 他国の将軍級よりも高性能の鎧兜、いやドレスアーマーだ。文句の付けようが無いと、自画自賛だが自分でも思っている。これ以上のドレスアーマーは無い、ドレスアーマー自体が数少ないけどね。

 だが彼女達は僕に要求が有るらしい。性能面じゃないのは、今の言葉で分かった。そうとなれば後はデザインか?意匠は統一する条件だから、さては仲間内で揉めたかな?

「ですが、その……デザインで少し意見が……」

「私達は護衛です。主賓よりも目立たぬ地味な意匠とするのが不文律ですが、それでも多少なりとも拘りの部分が欲しいのです」

「リーンハルト様の提案して頂いた、ドレス部分は黒を主体に金属部分を銀色にした拵えも実に見事な機能美。私はこのデザインが良いと言ったのですが……」

「リッツ殿!それは私の提案が、リーンハルト様のデザインにケチを付けているとでも?」

「いえ、ライリーヌ殿。御年を考えられた方が宜しいかと思いまして。派手な意匠は若い娘には似合いますが……」

 うわぁ、それ禁句。年齢を持ち出したら拗れてしまうって、それは駄目だって。

「ワンポイントだけです!装飾品の拘りは悪い事では有りません」

 ああ睨み合ってる、これ駄目な部類の言い争いだ。双方歩み寄りなんてしない、年齢層に幅が有る事が原因で改善策なんて無いやつだ。

 リッツ殿は二十代半ば、ライリーヌ殿は三十代前半。大体十歳前後の差が有るけれど、後宮警護隊での立場はどうなんだろう?

 上司に噛み付く部下って感じはしないけれど、同格とも思えない。だが聞ける相手が居ない、チェナーゼ殿はテーブルの向かい側だし。

「リッツとライリーヌは姉妹なのです。リッツが本妻の、ライリーヌが側室の娘ですわ。ライリーヌは中隊長、リッツは平隊員ですが実家の序列の関係で毎回揉めるのです」

「申し訳有りません。この様なはしたない言い合いの場を見せてしまうなどと、私達の品位が疑われてしまいますわ。事前の話し合いでは、リッツも強硬な反対はしなかったのですが……」

 左右に座る淑女達が彼女達のいがみ合う理由を教えてくれた。腹違いの姉妹か、確執は根深いし何も知らない僕が仲裁するのも変だよな。

 だが余りに酷いと折角のドレスアーマーも意見を取り入れられない方が、ケチを付けそうで嫌だな。傍目からは弄られている、ライリーヌ殿の方に感情的には惹かれる。

 だがライリーヌ殿は統一意匠の改善を希望している。リッツ殿は基本案で了承しているからドレスアーマーの話し合いとしては、リッツ殿の方が僕的には楽なんだよな。

 安易な妥協案は彼女達の怒りの鉾先が僕に向く、だが何も言わないのも問題だ。ワンポイントの意匠か、装飾品なら各自が用意すれば問題は解決だ。

 僕が錬金する意味は無いのだが、何故拘るんだ?だが淑女の言い争いに、男の僕が口を挟んでも良い結果になどならない。余計に拗れて終わりだよ。

 そう、どちらかの肩を持てば片方が反発する。喧嘩両成敗にすれば、今回の話が流れて二人は後宮警護隊全員から総攻撃だ。皆のイライラも限界に近い、こんな恥曝しなど我慢出来ないだろう。

「もういい!リッツとライリーヌは退席しろ。後宮警護隊全員の品位が問われる失態だ!」

 テーブルを叩く大きな音が響き、チェナーゼ殿が二人に退席を迫った。つまり喧嘩両成敗、両方の意見は聞かないって事だ。他の皆さんも頷いているが、当事者二人は真っ青だな。

 実家の派閥争いを職場に持ち込んで騒いだツケは大きいが、ドレスアーマー自体は錬金するから細かな希望が叶わなかっただけと諦めれば良いのか?

 まぁ次回に繋げる提案をするか。此処での提案は問題無い、チェナーゼ殿が一喝し仕切り直しにした後での提案だから。僕が止めれば問題も有ったが隊長ならば大丈夫、後は部隊の中で話し合いだよ。

 だが他の皆さんも静かにキレてるんだよ。この会議の後で、リッツ殿とライリーヌ殿は話し合いの前に全員から説教だろう。

「まぁ基本的なデザインは了承して貰えた事にして、階級や班を分かり易くする為の装飾を新たに作りましょうか?階級章に班毎のエンブレムとか、今後必要になるでしょう?」

「それは素晴らしい提案ですわ!」

「確かに今迄は無かったですが、少し不便を感じていました」

「小隊毎のオリジナルエンブレムですか!色々と夢が広がりますね」

 うん、感触は悪くない。本来は影の護衛の意味合いも有るから、階級章とかは必要とされてなかった筈なんだ。無闇に私が護衛の隊長です、班長ですはね。

 でも装飾のデザイン違いならば、パッと見は他の連中には分からないだろう。自分達だけのエンブレムも嬉しいだろうが、決定する迄は次の会議は無しだな。

 どうせまた揉める。だがそれを纏めるのも仕事の内だし、決まるのが遅くなればドレスアーマーの納品も遅れる。つまり他の連中も躍起になって話を纏める、何故なら早く欲しいから。

「襟元の装飾を階級章代わりに、胸元の装飾にエンブレムを組み込みましょう。後でサイズと見本のデザイン案を送りますので、参考にして皆さん方で決めて下さい。

次回の打合せは、皆さん方のデザインが決定した後にしましょう。デザインが決まれば採寸して錬金を始めますが、順番も決めておいて下さい。五人ずつで製作には一週間下さい。場所のイメージはコレです、此処を参考にして下さい」

 そう言って機能を省いたドレスアーマーを錬金する。襟元に階級章、左胸元にエンブレムを取り付ける。皆さんの目の色が変わった。デザインさえ決まれば最短一週間で納品だ。

 百人で五人ずつだと二十週、約五ヶ月だから急ぎたい。遅くなれば最後の連中は半年後になるから、他の隊員が先に装備するのを指を咥えて見なければならない。

 早い者は紙にデザインを書き始めたが班分けは最低で五人、最大で十人位か?つまりエンブレムは最大二十種類。どんなデザインが来るか今から楽しみだな。

「よし、各班毎に集まりエンブレムのデザインを考えろ。期間は一週間、階級章は隊長全員で集まって決めるぞ。遅れは許されない、各員肝に銘じろ。解散!」

「「「「はっ!了解しました」」」」

 見事に全員の声が揃った。キビキビとした動作で各班毎に集まり退室していくが、場所を変えて話し合いだろうな。

 階級章は数種類、隊長・小隊長・一般隊員くらいか?そんなに時間も掛からず決まるだろう。だがエンブレムは揉める、僕なら鷹一択だけどね。

「ああ、リーンハルト殿は話が有りますので少し待って下さい」

「はい、分かりました」

 チェナーゼ殿に呼び止められてしまったが、話となると言い争いをした姉妹の事だろうか?詳細を教えてくれるのか、他に問題が有るのかな?

 


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