古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第729話

 アーバレスト伯爵達の処分は、国王公認で決まった。もう覆らない、確定だ。申し渡すのは派閥の当主である、ニーレンス公爵が行う。

 既に彼等は王宮内に集めているので、これから行って伝える事になる。僕は彼等と会うと揉めそうなので、謁見室を出た所でニーレンス公爵と別れた。公爵は僕に迷惑を掛けないようにすると言ってくれた。

 ニーレンス公爵は処罰を伝え、今後の身の振り方の事も言い含めるのだろう。派閥から放逐するが、良からぬ事を考えたら今度は有無を言わさず潰すぞと……

 ニーレンス公爵も面子を潰され金貨百万枚という、それなりな出費を強いられた。公爵家にしたら大した事はないだろうが、大金には違いない。子爵家辺りなら総資産よりも多いのだから。

 逆恨みされて敵対派閥に取り込まれ捨て駒として行動を起こされても正直困る。派閥放逐は処分の理由を記した回状が回るから、余計に辛い立場に追い込まれる。

 まぁ同情心など無いし情けも掛けない、勝手に敵対して色々と仕掛けられただけだから。警戒はすれど放置、今度は何かされたら全力で潰すで良いだろう。

 正直な所、彼等の所業には少なくない怒りを感じている。主にジゼル嬢を巻き込んだ事に対して……だから三度目の慈悲は無いぞ。

◇◇◇◇◇◇

 む?強い魔力反応を通路の先から感じる。これは、フローラ殿の魔力反応だが王宮内で隠蔽せずに垂れ流しなのは感心しないな。そういう配慮は出来る者だと思っていたのだが……何か有ったか?

 無駄に力を誇示するみたいだし、魔術師じゃなくても魔力を感じる連中には不要な不快感を与える事になる。要は威嚇行動だな、ペチェット殿を思い出す。

 廊下の角を曲がったら鉢合わせだが、魔術師相手に対抗の魔力放出は喧嘩を売ってるみたいだし……軽く魔力を放出すると、向こうも気付いて直ぐに魔力を収めた。

 これって感情的に高ぶって思わず魔力を放出していた的な?つまり怒っているのか?誰かが怒らせたのか?

◇◇◇◇◇◇

 廊下の先を見詰める。そろそろ、フローラ殿が現れるだろう。待つこと数秒、やはりフローラ殿が現れた。双方お互いの事は既に魔力感知で把握している。

 僕を視界に入れたが、特に感情面の揺らぎが無い。それは身に纏う魔力の揺らぎで分かるのだが、慌てず落ち着いている。既に気持ちを切り替えたのだろう、魔術師には感情制御は必須の技能だ。

 先程迄の感情の揺らぎは何だったんだ?もしかしなくても王宮に出入りする誰かから嫌味か何かを言われたのか?新参者に釘を刺したのか、出る杭と思われて潰しに掛かってきたのか。

 初期の頃の僕も似たような事をされたが、宮廷魔術師団員とリッパー殿、マグネグロ殿に圧勝し力で黙らせたんだ。その分、裏でコソコソ嫌がらせをされているが……

「フローラ殿じゃないですか?何時、バーリンゲン王国から此方に来たのですか?」

 自分の執務室に向かう途中で、病み始めた元バーリンゲン王国宮廷魔術師殿に遭遇した。僕がエムデン王国に引き抜こうと提案した相手だ。やはり改めて見ると不機嫌そうだな……

 彼女の処遇についての報告書は関係各所に回って見ている。親族共々、エムデン王国に引き抜いたんだ。彼女は独身で家族も親類合わせて二十人程度と少ない。

 それは元殿下達と共に、新生バーリンゲン王国と敵対して処分されたから。何人か宮廷魔術師団員の職に就いていたが、パゥルム女王を裏切った訳だ。

 一族の中で宮廷魔術師になった出世頭の彼女が仕えるパゥルム女王じゃなく、逃げ出した元殿下達に付き従った訳だな。時勢が読めなかったのは仕方無い。王位争いに負けた相手に付き従ったのは男尊女卑か?

 敵に寝返った宮廷魔術師団員達は、僕とクリスで粗方屠ったからな。その意味でも僕は彼女の親族を倒した憎い敵、だが彼女に敵意は感じられない。未だバーリンゲン王国に居る時に、リゼルがギフトで確認し報告してくれた。バリバリ嫌っている連中も纏めて教えてくれたが……

 僕を見て先程の失態を恥じたのか、視線を逸らして横を向いた。表情や雰囲気からは、僕に対して怒っている訳じゃなさそうだが……やはり誰かが失礼な事でも言ったのか?

「これは、リーンハルト卿。バーリンゲン王国での模擬戦以来ですね。元殿下の討伐、報告は私の耳にも入っています。私を軽く捻り倒しただけの事は有りますわ、流石ですわね」

 いや、少し嫌味が含まれている?それとも自信を失い掛けて自分を蔑んだのか?無表情に戻ってしまったので、真意は全く分からない。

 だが立ち止まってくれたので多少は会話をするつもりなのだろう。挨拶程度で終わらせず、少し探りをいれてみるか。

 同僚になるのだし、彼女の能力には期待もしているし、病み始める前の性格には好感が持てた。バーリンゲン王国で腐らせるには勿体ない逸材、対魔術師特化の魔術師は希少だ。

「有り難う御座います。王命を達成出来て安堵しています」

 何度も言った同じ挨拶を交わす。良く見れば未だ目が澱んでいるし、雰囲気全体が暗い。精神的に病んでいる感じがする。彼女が正式に引き抜きに応じたのは最近であり、暫くはサリアリス様の預かりとなる。

 今回の戦争で功績を上げれば晴れて宮廷魔術師となる。だが最前線で使い潰す訳じゃなく、アウレール王の護衛を問題無く達成したら……となるだろう。予定調和ってヤツだな。

 前は割と可愛らしいコーディネートだったが、エムデン王国に来る前から喪服みたいな真っ黒なドレスを愛用しているらしい。同僚を捕縛し処刑したからか?彼女の闇は思ったよりも深い。

「私はアウレール王に同行し、リーンハルト卿が落としたハイゼルン砦に向かいます。前線には出ずに護衛の任務ですので、分かり易い手柄を挙げるのは難しいでしょう」

「国王の護衛は信用されている証でしょう。最前線で敵を屠るだけが手柄では有りませんが……それを僕が言っては嫌味ですね。申し訳ないです」

 単独や少数を率いての侵攻、侵攻特化魔術師の僕が言って良い言葉じゃなかった。嫌味になってしまうので、直ぐに謝罪する。

 フローラ殿は苦笑したが気分を悪くした感じはしない。垂れ目気味の可愛い系なのに、今は目の下の隈が酷くて少し不気味な感じだぞ。

 もしかしなくても寝不足気味か?ストレスの解消や発散をして欲しいのだが、何もネタが思い付かない。彼女が望む事って何だろう?

「体調不良では有りませんか?疲労しているみたいですが、何か希望が有るなら考えますよ。希望に添えるかは分かりませんが……」

「ふふふ、少し嫌な夢を見るので眠りが浅いのです。リーンハルト卿では、いえ他人では解決出来ない類の問題ですから。お気になさらず、大丈夫ですから」

 フッと陰のある笑みを浮かべた。他人では解決出来ない悩みとは、自分でしか解決出来ないって事だよな。やんわりと拒絶されたのだが、やはり味方だった同僚宮廷魔術師を倒した事が原因か?

 味方殺しはマイナスイメージだしトラウマを抱えても不思議じゃないか。バーリンゲン王国の元宮廷魔術師筆頭の誰だっけ?ソイツが無責任に引退して引き籠もったから余計に話がややこしくなった。

 本来ならば宮廷魔術師筆頭が行うべき事を引き継ぎも無しに押し付けられた重圧も有った筈だが、それを全て放り投げさせてエムデン王国に引き抜いた。宗主国のゴリ押しでね。

 根が真面目だから色々と悩むのだろう。確かに自分の中で割り切って折り合いを付けなければ、他人が何を言っても無駄か……

「話は変わりますが、先程は何やらいきり立っていたみたいでしたが?何か有りましたか?」

 露骨に話題を変える。これ以上はヤブ蛇になりそうだし、慰めや同情に上から目線の偉そうなアドバイスなど不要だろうし。説教とかしたら余計に駄目だ。

 そもそも理由も原因も理解していて、自分でしか解決出来ないと言われたんだ。大人しく見守るのが正解、余計な事をするのは有り難迷惑だろう。

 だが変えた話題も問題だったのだろう。顔をしかめたのは、そのナニカを思い浮かべてムカムカしたんだ。誰だ?我がエムデン王国でも、詰まらない真似をする奴は居るのか……

「いえ、英雄殿に媚びを売って引き抜かれたのでは?とか言われたのです。実際は私が通り過ぎる時に、これ見よがしにヒソヒソと話していた内容を聞いてしまったのですが……

下級の官吏だと思いますが、睨み付けたらコソコソと逃げ出しましたわ。私は年下は趣味じゃないので、完全なる誤解。実力を示し雑音を黙らせるにしても、手柄を立てる機会が無い。思い出しても腹立たしいわ」

「また下級官吏の連中か……未だ圧力が足りなかったか?全く嫌な連中だが、僕からも手を回しておきます。彼等は僕が嫌いなので色々と仕出かすのですが、今は陰口くらいしか出来ないのです」

 英雄殿も小者の嫉妬には苦労しているのですね!って陰のある笑顔で言われたのは、やはり嫌味だな。何処かで僅かながら、僕に対して隔意が有るのだろう。

 まぁ仕えし国を属国化し、同僚の宮廷魔術師達を捕縛させて殺させた原因の殆どが、僕とエムデン王国に有る。しかも僕への嫌味で嫌がらせをされたのならば余計にか?

 一旦会話が途切れたのだが、それを合図に簡単な挨拶をして別れる事になった。しかし下級官吏達の掌握には力を入れていたが、未だ反発する連中も多いのか……

 実際、嫌になる。悉(ことごと)く滅べよ、小者共め!

◇◇◇◇◇◇

 貴族街を巡回する予定が大幅に狂ってしまったが、ニーレンス公爵との関係を悪化させずに、僕に隔意を抱いていたアーバレスト伯爵達を処罰する事が出来た。

 当事者である未成年者達は廃嫡、保護者達は財務官吏の職を解かれ財産の半分を没収。領地に関しては財貨で賄えるなら問題は無いが、それができなければ召し上げられる。

 勢力は半減、当分は派閥無所属として力を蓄えろと言われているだろう。僕とニーレンス公爵に敵対している派閥は絶賛衰退中で、派閥に入る意味は薄い。

 復讐心に駆られて、バニシード公爵の派閥に組み込まれても助力など得られず使い捨ての駒扱いだろうな。まぁ、ハリシュ嬢が諫めるだろう。

 彼女も大事な同腹の弟殿が継ぐ予定のアーバレスト伯爵家の危機には、強く父親を諫めるだろう。総資産の半分を失っても未だ耐えるだけの余力は有る筈だ。

 気持ちを切り替えて事務仕事を再開しようとしたが、新しい報告書が届いていた。これは国内に潜伏している、傭兵団の監視報告書だ。定時じゃない緊急の報告書だ。

「何だと?予想と違う、リーマ卿の指示か勝手な判断なのか?」

 厳重な蝋封をペーパーナイフで剥がし、中の報告書を取り出して中身を読んで独り言を漏らしてしまった。報告書なのに蝋封をしているのは書かれた内容を秘密にする為だ。

 光に透かしても見えない様に意味の無い細かい文字が書かれた紙にくるまれている中身を取り出して再度急いで読む。

 因みに人払いはしてないので、イーリンとセシリアが壁際に控えて様子を窺っている。諜報・謀略担当の二人だが、報告書の内容は知らない。最後まで読んで余りの問題に肺の中の空気を全て吐き出す。何だコレは?

「ふむ、理解出来ない動きだな。だが複数の傭兵団が一斉に動いたとなれば事前に計画しているか、リアルタイムに情報を得て指示を出しているのか……

イーリン、セシリア。国内に潜伏している、傭兵団が動いた。グンター侯爵とカルステン侯爵に騙された貴族達の領地の近くに潜伏していた複数の傭兵団が、バラバラに散った。

監視していた連中も同数が居なければ全員は追跡出来ない、辛うじて捕まえた奴を尋問したが行き先だけしか知らされてなかった。団長クラスしか知らないのかも知れない」

 わざわざ弱体化し略奪し易い領地から離れる意味が分からない。旗色が悪いと逃げ出したにしても、複数の傭兵団が同時には変だ。タイミングを合わせている。

 だから監視していた連中も応援を呼ぶ事が出来ずに半数以上も取り逃がしてしまった。しかも団長クラスは全員逃がしてしまった。

 末端の連中は行き先と集合の時期しか知らされていないが、解散する時に前金を旅費として何割か渡しているのが嫌らしい。手付け金だけで逃げ出す奴は少ないからな。

「リーンハルト様。傭兵達の行き先は?」

「このタイミングで目的地を変える?変です、領主一族が王都に集まっている無防備で弱りきった獲物を見逃すなんて……」

「僕もそう思った。何故、絶好のチャンスを捨てて迄動いたか。しかも行き先は……此処だ、奴等は王都に集まっている」

 そんな事が!って顔で驚いているが、僕だって驚いている。まさか傭兵団だけで、王都を落とせると考えたのか?何かしらの陽動か?

 この報告書はザスキア公爵の指示で、僕以外にも公爵三人にも届けられている。だから早急に集まって話し合いが必要、僕等の計画に齟齬が生じる程の問題だ。

 もしもリアルタイムで情報を得て傭兵団に指示を出しているならば、リーマ卿はエムデン王国内に居て奴に情報を流す裏切り者が居る確率が高いぞ。

 


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