古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第709話

 裏切り者として既にマークされている、グンター侯爵とカルステン侯爵の動向を探っている。カルステン侯爵は完全にエムデン王国を裏切り、ウルム王国に亡命する計画だ。

 我等遊撃部隊が近くにいては裏切れない、直ぐに殺されてしまう恐怖故にだ。だから夜陰に乗じて第一陣の野営地から逃げ出す。配下には作戦行動なので秘密裏にと言うが、全員が裏切っている訳じゃない筈だ。

 騙されて同行している貴族連中は事実を知ったらどうなる?ウルム王国の軍隊に襲われるか、裏切り者を止められなかったから同罪か?奴等の仲間を買収した、ザスキア公爵から個別に指示が行っているらしいがどうする?

 あの毒婦め、何手先まで読んでいる?自国に居ながらに他国の軍事侵攻状況を読み切るとは驚いた、あの女は軍属じゃないのに何故読める?何故分かる?

 バーナム伯爵を野営地に残し選抜した三十人を従えて、グンター侯爵が放った略奪部隊を追う。どうやら腹心と精鋭を集めたらしく、それなりの練度と統率だな。身なりの良い何人かは貴族か、裏切り者の仲間だな。

 奴等は夜陰に乗じて一旦第一陣の野営地から離れたが、三時間程進んで休憩に入った。その場で座り込んで携帯食や水を飲むとなれば小休憩か。この方向だと、シャンベル子爵領に入るぞ。

 バニシード公爵の派閥構成貴族で、子爵本人が長男以外の息子達を率いて参戦している。最前線なのに、兵力をゴッソリと引き抜かれたらしい。バニシード公爵め、領地の守りを疎かにするとは馬鹿な事をする。

「デオドラ男爵様。奴等、シャンベル子爵領で略奪しますかね?この先には中規模な村が有ります」

「ローバーの村か?確か五百人規模の村だから、自警団は精々五十人位か。第一陣に引き抜かれたから、もう少し少ないか?」

 国境線付近の村だから平時はそれなりの戦力を張り付かせているが、今は戦力を引き抜かれて大した数じゃない。本来ならば、バニシード公爵が派閥構成貴族に警備を厳重にする様に指示するが今回は逆だ。

 兵力を引き抜き相応の食糧等も供出させただろう。略奪部隊の発見と殲滅の為の巡回部隊も居るが、予定表か巡回計画書でも手に入れている筈だ。迷いの無い移動だった。

 さて、第一陣が最前線のプロコテス砦で足踏み状態だったから、全くウルム王国側に侵攻していない。これはこれで困った状況だ、このまま国境付近の村を順番に荒らされては困るのだ。

「確か板塀に空堀を備えた、それなりには堅牢な村だと記憶しています」

「守りは固くても敵を防御陣の内側から撃退する弓兵が少なくてはな、侵入されるのは時間の問題だ。しかも今回は略奪部隊の数が多い、約二百人強か……」

 完全武装の二百人の兵士と戦うには、村の警備兵や自警団には荷が重い。奴等は戦いのプロであり、憎い相手の派閥構成貴族の領地だ。

 略奪は苛烈になるだろう。後で事が発覚しても、ウルム王国の所為にすれば誤魔化せるとか安易に考えていそうだな。

 つまり証拠に残りそうな物は奪わず、皆殺しにして焼き討ち位はするか?戦争で狂う奴の異常性は身に染みて分かっている、だからなんとしても被害は最小限に……

「デオドラ男爵、奴等に近付く武装勢力が居ます。その数は約五十人、身なりからして傭兵みたいです」

「む、確かに装備はバラバラだし統率も取れてない。だが人殺しを生業(なりわい)にする連中の雰囲気を感じるな。傭兵団か、厄介だぞ」

 ローバーの村の方角から来たから、俺達が潜んでいるのに気付かれなくて良かった。だが傭兵団が合流となれば、最初から用意周到に計画していた略奪だな。

 奪って足が付きそうな品物は傭兵団が持ち去るのだろう。金や戦略物資だけを奪い、後は傭兵団が売り捌く。人も攫えばエムデン王国領内では売れない、ならば奴等の行き先は隣国。

 つまりあの傭兵団にも、ウルム王国の息が掛かっている可能性が高い。だがエムデン王国に入り込んだ傭兵団には各々監視が付いている筈だが、見落とした連中か?

「グンター侯爵め、ウルム王国と相当深く関わっているな。この略奪計画も、もしかしたらウルム王国の差し金かもしれん。愛妾も凄腕の諜報要員かもな、女とは厄介なものだ。副長、五人一組で周囲を探らせろ。未だ仲間が居るか、傭兵団を監視している奴が居るかもしれない。仲間なら一緒に始末し、監視者には獲物を横取りする詫びを入れるか……」

 傭兵団の監視者は、ザスキア公爵にニーレンス公爵、ローラン公爵と今後のエムデン王国の政(まつりごと)を担う主要メンバーの配下の筈だ。

 後から俺達が手柄を攫う訳にはいかないが、略奪を見逃す事も出来ないから一言伝えておかねばな。リーンハルトに迷惑が掛かる、アレに俺達の不手際の尻拭いをさせる訳にはいかぬ。

「了解です。ですが十人残して四班で対応します」

「うむ。俺達はこのまま奴等を監視し、事に及べば問答無用で殲滅する。連絡を待ってる訳にはいかぬからな」

 事前に自国民からの略奪を用意周到に準備していたとはな、数人の連中は証拠として生かして捕まえねばなるまい。悪事を白状させたら処刑だな、何人か付けてザスキア公爵に送り届けるか……

◇◇◇◇◇◇

 偵察に向かわせた連中に、ザスキア公爵の放った諜報要員の方から接触が有った。やはりあの傭兵団は、ウルム王国の息が掛かった連中で監視対象だったんだな。

 奴等は小休憩した後、ローバーの村へと向かった。グンター侯爵の手勢二百人が隊列を組んで、その後ろに隠れる様に傭兵団が続く。

 作戦としては単純だ。先行した奴等が、正規のエムデン王国軍としてローバーの村の中に入り込んだ後で、傭兵団を引き入れる。住人が五百人程度の村に、半数近い略奪者が群がるとは最悪だな。

 後は略奪し放題、グンター侯爵の発行した正式な書面でも持たせているのだろう。ローバーの村の連中も、侯爵家の正式な書面を見せられたら村に入れるしかない。断る事は貴族に刃向かう事、そのまま無礼討ちでも文句は言われない。

 多分だが正式な書面が有れば食糧でも徴発される程度だと思うだろう、実は根刮ぎ略奪されるんだ。過去の大戦の略奪部隊の事を思い出してムカついてきた。ぶっ殺す、奴等は全員ぶっ殺す。

 絶対に奴等は許せない、正しき罰を与えてやる!だが未然に防げないのが嫌になる、割り切るしかないのだが理解はしても納得は出来ない。このジレンマを飲み込まねばならぬとは、建て前とは面倒な事だ。

「いよいよだな。皆も気を抜くな、奴等が村に入り込んで略奪を開始したら俺が村を守る。同時に傭兵団に奇襲を掛けて殲滅しろ。傭兵団に生き残りは不要、皆殺しだ!」

「了解です。数は多いですが、最初の奇襲で半数近くを行動不能にすれば逃がさず全員倒せます」

「我等も助力します。そのまま主要な何人かを生かして王都に連行、我が主と思い人様が動きますれば……グンター侯爵など如何様にしても問題は御座いません。手早く始末して下さい、首は預かりに後から伺います。それよりも二百人もの部隊を一人で相手にして大丈夫ですか?」

「ふん、二百人程度問題は無い。油断も慢心もしていないぞ、残らず倒すつもりだ」

 義理の息子が十倍以上の正規兵に単独で挑み粉砕しているのだ。義父として情けない姿を見せる訳にはいかぬ、完全勝利しか有り得ない。

「それは差し出がましい事を言ってしまいました。申し訳有りません」

 慇懃無礼に頭を下げる諜報要員だが、普通に傭兵共よりは強そうだな。総数十人ならば、俺の配下と合わせれば五十人程度の傭兵など取り逃がしたりは無いだろう。

 しかし我が主は、ザスキア公爵だろうが主の思い人は?いや間違い無く、リーンハルトだろう。配下にまで知れ渡っているのか?不味いな、変な話が蔓延するのは良く無い。

 確かに現役公爵と国王からの信頼の厚い奴が動けば、裏切り者の侯爵などなんとでもなるだろう。最初から裏切り者としてバレていて、証拠も揃う。何をしても無駄だな。

「任せた。だが余り不用意な事は言わない方が良かろう。誤解は双方に不利益だぞ」

 この嫌味に無言で頭を下げて影が薄れる様に居なくなりやがった。諜報要員?いや隠密の類だな、流石は毒婦だ恐ろしい連中を飼っていやがる。

 む、奴等が門番と揉め始めたぞ。グンター侯爵の書状か何かは通用しなかったのか?明け方だから朝まで待てと言われたのか。あの門番の若者、二百人からの完全武装兵を前に拒絶するとは大した勇気だな。

 不味い、剣を抜いて喉元に突き付けて脅していやがる。とてもじゃないが、侯爵の手勢とは思えぬ乱暴さだ。だが剣を突き付けられても全く引こうとせずに両手を広げて拒否をしている。何か不審だと感じて命懸けで拒否しているのか……門番の仲間達が危険と思い渋々と若者の命の為に門を開けてしまった。

 後は予想通りの展開かよ、糞野郎がっ!

「貴様等は、裏切り者のグンター侯爵の手の者だな!自国民から略奪目的で村に押し入るなど言語道断、証拠は揃っているぞ。俺はウルム王国攻略の遊撃部隊に所属する、デオドラ男爵だ。言い逃れは不可能と思え!」

 全力で飛び出して近くの数人を切り飛ばし、若者を刺し殺した男を殴り付けて捕縛の為に無抵抗にする。いきなり現れた俺に双方が驚いているが、行動が早かったのは門番の仲間達だ。

 素早く剣を抜き残りの略奪者を警戒、笛を鳴らし村中に警戒を促し開けてしまった門を閉めようとする。だが倒れた若者が邪魔して門が閉められない。

 動揺した略奪者共が一瞬中に逃げ込むか、後ろに逃げるか迷ったみたいだが一斉に後ろを向いて走り出した。迷いの無い全力疾走だがな、俺がお前達を逃がす訳がなかろう!

「ヤバい、悪鬼だ!逃げろ、殺されるぞ」

「何故バレた?この計画は秘匿されたものだった筈だぞ」

「鬼神を相手になどできる訳が無い、バレたら逃げるしかないんだ!」

 馬鹿が御丁寧に自分の悪行を自白しやがった。俺の顔と新しく付けられた渾名(あだな)を知ってるなら、自分達の置かれた絶望を理解したか。

 突然の乱入者の存在に驚いていた門番達も、俺が奴等の仲間ではない事が分かったみたいだな。目に力が宿り始めた、良い兆候だ。若者の死を無駄にするな!

 逆に戦意を喪失した身なりの良い手前の三人の絶望的な表情には笑える。襲う側から討伐される側に強制チェンジだ、コイツ等と殴り飛ばした四人は貴族。つまり隊長クラス、最低一人は生かして捕まえるが残りは殺す!

「ひひっ、逃げろ!早く逃げるんだ」

「お、お前等は残って足止めしろ」

「雑兵共は命懸けで俺達を守れ!」

 配下共に命令して自分達だけ逃げるのか?この状況で逃げれると考えるとは馬鹿を通り越して大馬鹿だな。腰が抜けたのか、ズルズルと尻を大地に付けて下がっている。

「愚か者が!略奪出来ぬなら逃げ出すとは卑怯だぞ、死んで詫びろ」

 飛び掛かりロングソードで右肩から腰まで斜めに切り裂く、そのまま身体を一回転させて右側の敵を構えた盾ごと吹き飛ばす。

 身体がくの字に曲がり吹き飛んで行く、ロングソードは切り裂くより叩き切るので鈍器と同じ凶悪な力で振り回せば人間など軽く吹き飛ぶ。無様だな。

 仲間二人が有り得ない殺され方をした為か、残りの連中が武器を放り投げで両手を上げた。二百人も居るのに簡単に諦めるな!命乞いの言葉も聞こえる、残念だがもう殺せない。

 武器を手放し降伏した者を殺す事は軍人として失格、強烈な殺人衝動を何とか理性で押し留める。心残りだが、俺は殺戮に酔わないぞ。降伏し無抵抗の者を害する事は、戦場では禁忌なのだ。

 証言出来る隊長格の者が無傷で一人、重傷で一人。これで証拠と証人は確保したから後は、ザスキア公爵の仕事だ。俺は此処まで、早く戻ってグンター侯爵を倒す。

「ローバーの村の門番達よ、数が多く大変だが奴等を捕縛し何処かに纏めて閉じ込めてくれ。未だ傭兵共が村を狙っている、油断は出来ないぞ。俺達は奴等が野営地から抜け出した不審な行動を怪しみ追跡していたのだ。途中で傭兵団と合流し何かと思えば味方からの略奪目的で、ローバーの村に押し入ろうとした。間違いないな!」

「はっはい。確かに門を開けて自分達を中に入れろと騒いでいました。証拠となる書状も見せるだけで内容は確認させて貰えず……それを止めた、フリントを剣で脅して更に殺すなんて……くっ!」

 自己保身ではないが、自分の行動を正当化しておく。俺達は奴等の行動を危ぶみ後を付けて凶行の現場に遭遇、奴等を倒したのだ。

 下手に手柄欲しさで奴等が手を出すのを見守っていたとか言われては堪らない、悪いが誤魔化させて貰う。だが村に押し入る前に止められて良かった。

 後ろから傭兵共の断末魔の悲鳴が止まった。向こうは全て倒したみたいだな、羨ましい戦い足りないぜ。

「デオドラ男爵、傭兵共も処理が終わりました。一人残らず殲滅です」

「ああ、後始末をして少し休んだら戻るぞ。コイツ等に命令した親玉が残っているから、早く倒さねばならない」

 ローバーの村の連中も集まって来たし、少し現状を説明しなければならない。唯一の犠牲者である、フリント殿の勇姿も称えねばならぬ。

 彼は我が身を犠牲にして、ローバーの村を守ったのだ。見殺しにするしかなかったとは言え、罪悪感が半端無い。

 遺族が居るならば報いねばならない。それ位はさせて貰わねば、やってはいられぬよ。もう自国民から犠牲者は出さない、この剣に誓ってだ!

 


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