古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第704話

 巷で噂の少年宮廷魔術師、リーンハルト卿との接点を作ろうと画策した一つが引っ掛かった。愛弟子と噂の、ウェラーさんの動向を監視し王宮に向かう事をキャッチし先回りしたわ。

 画策その二は、リズリット王妃派だと知られているから残りの二大派閥のトップに接触。年の近い娘が居る、マリオン様に近付いて知己を得たわ。親族がウルム王国に嫁いでいたので、開戦前に連れ戻した事が切欠ね。

 後宮に勤める御姉様方からの信じられない情報、水上のダンスに星屑のドレス。古代魔法を復活させたと、まことしやかに噂された話。信じられない与太話をマリオン様に囁いて強引に会える様に動いたの。

 一年も満たない内に数々の偉業を成し得た、リーンハルト卿と敵対こそしていないが良くて中立の立場に甘んじていた御父様の焦りは理解出来ます。侯爵七家筆頭、ですが下位三家は没落一直線。

 リーンハルト卿は侯爵待遇の伯爵だけれど、その異常な功績を短期間で成し得て四つの優良な領地を得たわ。しかも王立錬金術研究所の所長として、マジックアイテムの量産も同時に行っている。

 長期的に金を生み出すシステムと配下の魔術師の育成の両立、御自分は常識外の錬金技術で古代迷宮から稀に見付かるレベルの鎧兜を量産し多額の報酬と引き換えに両騎士団に後宮警護隊、そして王宮警備隊に提供している。

 変人偏屈人嫌いと三拍子揃った現宮廷魔術師筆頭様をドロドロに溶かした、次期宮廷魔術師筆頭と指名され現役宮廷魔術師達から文句も言われないし言えない。異常な立ち位置に漸く危機感を感じて、御父様は私に命じた。リーンハルト卿を籠絡する様に……

 先ずは彼を知り且つ距離の遠い方々から接触し、さり気なく情報を聞き出したのだけれど少し……いえかなり異常なのよね。彼等は殆ど崇拝に近い感情を抱いているのよ。

 王宮警備隊に聖騎士団、近衛騎士団に後宮警護隊の方々は、リーンハルト卿の事を尊敬している。我が子と変わらぬ年齢差なのに、全く嫉妬も隔意も無い。プライドの高い彼等が、配下に組み込まれても問題無いと言い切ったわ。

 特に近衛騎士団の中堅以上の方々が、ヤバい位に傾倒している。男が男に惚れると言うのだろうか?現代の英雄に、前大戦で活躍し実績も実力も有る方々が我が子の如く褒め千切る。

 そして本当に我が子にしたいからと、一族から有能で見目の良い子女を集めている。私でさえ唸る程に有能な淑女の方々が、結束して側室になろうと動く。ライバルが束になって先に動いているから、私も少し焦っているわ。

 不味いわ、不味いのよ。動きが後手後手過ぎて、この私でさえ焦る。公爵三家が連携して抱え込みに動いている、財務・軍事・諜報と得意分野も被らないから付け入る隙が無いの。派閥の一員じゃ安泰だけど旨味が無い、もっと利益を引き出したい。

 後五年もすれば、サリアリス様は引退する。その後継者は、アウレール王が我が一番の忠臣と公言し軍事の要に居る、リーンハルト卿が確実。疑い様も無く、反論も殆ど無理。対抗馬なんて居やしない、フレイナル様?無理ね、まるで相手にならないわよ。

 エムデン王国は繁栄する、盤石の体制で三十年は揺るがないでしょう。でもそこに、我がアヒム侯爵家の名前が無いのが大問題なのよ。侯爵家筆頭すら危うい、何故ならリーンハルト卿は間違い無く少し先の未来で侯爵になるから。

 今後も積み上げる功績に釣り合う報酬が無いから、もう三年位で特別待遇で爵位を上げる為に侯爵になってしまう。前例が無い?血筋が悪い?馬鹿ね、前例なんて意味が無い位に巨大な成果をあげてるじゃない!

 エムデン王国の栄光を支える名誉有る家から、我がアヒム侯爵家が外されるのは、御父様としては我慢がならないのでしょう。様子見で慎重になり過ぎたのも原因、初動で失敗。ですが私達は中立か微妙に敵対寄りな感じを受けました。

 私が調べた範囲で評価するならば、間違い無く現代最強の土属性魔術師といえるわね。御父様は配下の最上位の土属性魔術師の十倍の能力と最初は見立てたけれど、桁が違うわ。

 そして戦場で輝くカリスマを備えている。ハイゼルン砦に同行した、公爵家の最精鋭の方々が惚れ込む程の強さと度胸。他国の大将軍と率いる軍勢に単騎で挑み勝つなんて、彼等は英雄の誕生に立ち会えたのよ。

 そしてその絶対的な力を持つ現代の英雄が、誰しも認める戦果をあげた英雄が、自分達には未だ及ばないと持ち上げられた近衛騎士団員達の心の喜びは……女の私でも分かるわ。

 国家の力の象徴、傲慢不遜な宮廷魔術師の中で異端な考えを持ち国家への忠義を身一つで成し得た男に認められる喜び。エムデン王国を害する全ての者達との戦いに、最前線で戦うと言った決意。

 もう私達では両騎士団の切り崩しも懐柔も、若手以外は不可能。でも力無い若手など、何人取り込んでも無意味。未だ未成年なのに、魔術師なのに、武人に取り入る術が凄過ぎて笑うしかないのよ。

 でも戦闘関連だけだったのなら、ウルム王国との戦争が終われば用済みとなり未だ対策は取れた。平時に軍隊は無用の長物であり金食い虫、軍縮の流れで色々と工作する事も可能だったけれどね。

 土属性魔術師とは本来は平時に活躍する事の方が多い戦闘外で活躍する属性、錬金術による潅漑事業や施設や主要道路の整備等、本来莫大な予算が掛かる事を早く安く出来る。

 そして、リーンハルト卿は旧クリストハルト侯爵領の潅漑事業を短期間で終わらせた実績を持っている。私も見に行ったけれど、上位の土属性魔術師が百人で一年間は従事して何とか同じ事が出来るかの完成度だったのよ。

 単純な比較は出来ないけれども百人の土属性魔術師の一年間の仕事量は100×365で36500人分の労働力、彼は一人で一ヶ月だから30人分。約1200倍の仕事量をこなせる、費用は労務費だけで……でも彼は宮廷魔術師の仕事の範囲だからと、報酬を辞退する可能性が高い。

 戦後落ち着けば国内の整備に入る、疲弊した国力の回復は急務であり短期間で殆ど労務費だけで、もしかしたら無料で反則的に行える彼の活躍は……下手をすれば戦時よりも多くの人達から賞賛されるだろう、貴族や平民を問わずに。

 軍部と反発し易い財務系の連中も予算の関係上頼るしか無いし、下手をすれば王命かもしれない。全面的に協力するしかなく、整備対象の領主にも領民にも恩が売れる。戦中戦後と活躍出来る、隙が無さ過ぎて笑える。

 現状での弱点、配下の少なさと政務の拙さ。急な出世による王宮内での政争だけれど基本は押さえている……有能な協力者に丸投げして全面的に従うと言う潔さで解決したわ。

 諜報と謀略を得意とする女狐、毒婦ザスキア公爵。後宮の影の支配者、レジスラル女官長。才媛と有名だった、ジゼルさんにアシュタルさんにナナルさん。

 私の知らない急に降って湧いた様に現れた国王直属だった、リゼルさん。サロンの女主人、モリエスティ侯爵夫人。政務は微妙ですが影響力が高い、現宮廷魔術師筆頭サリアリス様。綺羅星の如く権力者や才媛達との繋がりを作り丸投げしやがった。

 リーンハルト卿に上級貴族で有能な者が陥り易いマイナス要因、傲慢で他人に従えないプライドの高さが全く無いのよ。既に本妻予定の婚約者の尻に敷かれているけれど、その弱点は彼に対する周囲の恐怖心の緩和になっている。

 敵対者には容赦が全く無いけれど、味方は大切にしていて奥様には弱い。このギャップが同族五千人以上を一方的に屠った悪名の緩和になっているのよ。人は完璧な超人は受け入れない、嫉妬心を緩和する弱点はデメリットを上回るメリットを生むのよ。

 そして本当に完全に尻に敷かれているから、色仕掛けは通用しない。プライドを擽り味方の淑女達と反発する様に仕掛けても無駄、直ぐに相談されて対策されてしまうのよ。男としての情けなさが、結果的にプラスになっている。

「駄目だわ。全く隙が無さ過ぎて嫌になるわね」

「モンテローザ、どうかしましたか?」

「いえ、目の前の模擬戦が素晴らしく、双方隙が無いなと驚いてしまいましたわ」

 何時の間にか言葉にして喋っていたみたい、警戒しなさい反省よ。

「そうですわ!人が空を飛べるなんて、私初めて知りましたわ」

「リーンハルト卿は大地にも潜れるとか!でも私は空も地中も怖いので、水上歩行を楽しみたいのですわ」

 思わず零れ落ちた独り言に反応されてしまったわ。でも黒縄(こくじょう)の応用らしい、身体に鋼鉄の蔦を絡ませて空を飛ぶとか異常よ。誰も言わないから気付いてないのかも知れないけれど、二種類以上の同時魔法制御を行ってる。魔術師の壁を軽々と未成年者二人が超えているのよ。

 多分ですが人類史上初の空中戦を見ている、既存の常識に真っ向から反発する異常性。この殿方は私の手には余るわ、深追いは禁物。でも御父様は中立だと満足しない、下手なちょっかいは藪蛇なのに……

 マリオン様も二人の王女様も、目の前の模擬戦を食い入る様に見ている。騎士の戦いは刃引きした剣や槍を用いる、有る意味では野蛮で血生臭い物理的な殴り合い。でも魔法による模擬戦は、見る者を興奮させるエンターテインメント的な楽しさが有る。

「水上歩行と星屑のドレス、神秘的なダンスについては王宮での定例行事とする為に、今は自粛だと聞いています。厳選された方々しか参加出来ない、格式の高い催しになるのでしょう」

「アウレール王が、リーンハルト卿の負担を減らす為に王家主催の定例行事にすると決めましたわ。頻繁に頼まれない様に、回数を減らす為に……次回は戦勝祝いの時になるでしょう」

 この言葉だけで、アウレール王のリーンハルト卿に対する配慮が分かる。噂では国王と何らかの約束をしていて守らせているとか……有り得ない珍事だけれど、何故か納得はしてしまう。

 マリオン様は少し悔しそうだわ。言葉と表情に表れている、そんな素敵イベントをリズリット王妃とその子供達で独占するのはズルいのかしら?雅の世界に生きる方々ですから、独占されるのは腹立たしいのでしょう。

 単純で気楽な生き方ね。もう子供も二人生んでいるから安泰で変な焦りも無いから、好きな事だけをして暮らしても許される。問題さえ起こさなければね……馬鹿な側室と元側室は、彼を陥れようとして逆に貴族的処分をされたわ。

「それだけ古代の魔法とは、術者に負担を掛けるのでしょう。英雄リーンハルト卿でも大変な魔法制御が必要、だからこそ素晴らしいのでしょう。私も見てみたかったですわ、リズリット王妃やセラス王女が羨ましいです」

 マリオン様をチクリと煽る。純粋な顔を作る、キラキラした夢見る瞳も忘れずに。淑女は表情を使い分けてこそ一流、涙だって左右指定で片側ずつでも両方同時でも流せるわ。

 淑女の涙は諸刃の剣、使い方次第で庇護欲を煽ったり逆にウザがられたりと時と場所と相手を見極めて使うのよ。リーンハルト卿には効果は薄い、あの殿方は一定以上の友好度が無いと無理。

 分かり易い、婚約者や側室に遠慮して淑女とは極力絡まないのよ。遠慮、いえ逃げてすらいる情けない殿方。私は絡む様に、御父様から強要されているけれど子供になど興味は無いの!

 殿方はね、四十歳を超えてからが本番なのよ。いぶし銀のダンディさに憧れるのよ、深く刻まれた皺とか最高!加齢臭は素敵スメルよ。貴方のは青臭くて全く魅力が無いわナッシング。少なくとも三倍は年齢を重ねてから来なさい、それならば相手をしてあげましょう。

「モンテローザ、涎を拭きなさい。リーンハルト卿に興味が有るのは分かりますが、周囲の目を気にしなさいな。淑女がして良い表情では無いわよ」

「違いますわ。でも御父様から、リーンハルト卿と仲良くなる様に頼まれているのですが……私、彼に避けられているみたいなのです」

 下を向いて悲しんでいるアピール、流石に涙までは流さない未だ早い。今は親から困難な事を言われて困っているけれど、健気に努力する女を演じるの。

 直接的な願いは危険、言質も取らせない。何となく可哀想と思わせるだけで今は十分、マリオン様の胸の中に仕込みとして残せれば……

 私のギフト『感情増幅』で、その可哀想や少し配慮してあげるとかの感情を爆発的に底上げして凄く可哀想、絶対何とかしてあげる!に変える。

 これでウルム王国に嫁いだ淑女達を本来拘束すべき連中を操り護衛させて帰国させた。少し可哀想だが仕方無いを可哀想じゃないか、何とかする!に変えたのよ。

 リーンハルト卿に誰にも疑われずに接触し、少しでもプラスの感情を与えられれば私の勝ちで全く感情を動かせなければ私の負け。

 簡単な様で簡単じゃない。何故なら大切な婚約者と側室に骨抜きにされていて、私の……いえほかの淑女達の事など眼中に無さそうだから。

 純情一途?はん、尻に敷かれて管理された青臭い男なんかに、魅力を感じろって方が無理なのよ。でも少し苦手とか余り好きじゃないとか思われたら、ギフトで感情を増幅したら……

 大嫌い絶対殺すになってしまい、実際に軍隊に喧嘩を売れる男が行動を起こせば間違い無く私は殺される。難しい、私のギフトの使用条件に持って行くのが凄く難しいわ。

「あら?模擬戦も終わりみたいだわ」

「双方のゴーレムが突撃したけれど、ゴーレムマスターに挑むには未だ経験不足だったみたいだわ」

 お互いのゴーレムが突撃したけれど、圧倒的な技量の差で切り捨てられたわ。あのゴーレムを何百体と遠隔操作する『リトルキングダム(視界の中の王国)』とか、やはり敵対すれば敗北しかない。

 さて、マリオン様をけしかけて総評と言う御言葉を掛けて頂こうかしら?アンジェリカ様もそわそわし始めたし、どちらが先に動くのかしら?

 後宮順位から言えば、マリオン様なのよね。派閥の規模でもそうだけれど、最近寵愛が多いからと増長してるのが、アンジェリカ様。

 くふっ楽しいわ。男の寵愛を奪い合う愚かな女達の常軌を逸した行動って、端から見てると凄く楽しいわよね?

 


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