古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第700話

 インゴの素行不良の対応を両親と話し合ったが、リゼルに誘導されてほったらかしの兄の気持ちも考えてくれ的な話に纏まった。

 父上やエルナ嬢が自分が責任を取る、腹を切るとか離縁されて王都を離れるとか。バーレイ男爵家断絶の危機だったので仕方無かった。

 インゴには悪いが既に両親は彼を一人で僕の領地スピノに二年間鍛え直す為に送り出すと決めた。国王にまで知られた悪事に対して、覚悟を示さねばならないから。

 ニルギ嬢には悪いが、もうインゴの側室の件は解消だ。純潔を尊ぶ貴族だから再婚は難しい、後妻か妾か?可哀想だが良い家には嫁げ無いだろう。

 グレース嬢と共に僕の屋敷に引き取り働いて貰い、暫くしてから本人の希望を聞いて叶えよう。お祖父様にも相談して、シルギ嬢にサポートを頼んで……

 彼女達は被害者、情報が何処まで隠されるか分からないから僕の配下として囲った方が守り易い。噂が落ち着いたら、本人の希望を叶えると説明し今は我慢して貰おう。

 両親が落ち着いた所で、インゴとニルギ嬢とグレース嬢を呼ぶ。関係者(被害者)には、彼の今後の苦労を知らせた方が幾分は感情がマシになるから……

◇◇◇◇◇◇

 暫くして落ち着いたのか、インゴがニルギ嬢と共にやって来た。微妙な笑みを浮かべている、年相応な笑いじゃなく卑屈な部類の嫌な笑みだ。

 ニルギ嬢は表情が無い、彼女は旦那の行く末に予想が付いたのだろう。両親の顔を見て何かを悟ったのかな。基本的には大人しいが、実は聡い子なのかな?

 グレース嬢は、インゴを見て警戒している。今なら両親にも分かったのだろう、我が子が性的に狙っていて怯えていたのだと。未婚の貴族子女は純潔を大切にするから、インゴは恐怖の対象だろう。

「インゴ、前に座れ。ニルギとグレースは此方側だ」

「に、兄さん固いよ。折角の家族の団欒だよ?久し振りに集まったんだよ」

 無理に明るく振る舞うが、お前は仕出かした事の大きさには気付いてないのだろう。兄や父上の力で揉み消せると安易に考えてないか?

 立場上、僕が会話の主導権を握り話を進めるしかないし両親に辛い言葉を吐かせたくもない。命は助けるが、厳しい修行の始まりだぞ。

 僕が返事をしない事が不安なのか、父上とエルナ嬢を交互に見る。だが両親も言葉を掛けないし、横目で確認すれば固い表情だ。

 何かが何時もと違うと感じたのか最後に、ニルギ嬢を見るが彼女も表情を変えない。いや、インゴを見てもいない。その視線には何も写っていない虚ろな……

「インゴ、お前が貴族の紳士として不適切な行動を繰り返している事の調べはついている。正確には、エムデン王国の内偵が調査し国王に報告した。極めて珍しい事態だが、言い訳は有るか?」

「え?不適切って、ちょっと平民の子に悪戯しただけだよ?僕は貴族だし、兄さんの弟だから……」

「お前、本気か?与えられている権力を間違った事に使って反省してないのか?」

「間違ったって?他の人達は、もっと酷い事してるよ。僕は触っただけだし、悪く……は少しは思うけど普通だよ」

 嗚呼、理解した。インゴは見たか聞いたかした淫行貴族の話を信じて自分もやって大丈夫とか思ったのか。十三歳なら善悪の判断は出来るだろう。

 父上の教育には騎士として領民を守り、エルナ嬢は女性を大切にしろと教えていた筈だ。ニルギ嬢の扱いは改善していないのか?

 悪いと理解しながら行ってしまう。本人はその程度の問題とか、他の人もやってるから大丈夫とか安易に考えている。僕の恩恵で周囲もチヤホヤするから余計に増長したか。

「今のままなら暗殺か事故死だな。栄光あるエムデン王国の貴族で不適切な者は、人知れずに処分される。お前の言う他にも悪い事をしている連中の末路も知っているんだろ?」

 この言葉に具体的に誰が唆したのか、誰を見本にしたのかを心に思い浮かべるだろう。リゼルがギフトで読んで……あれ?首を振ったぞ、凄い呆れた感じだがどうした?

 リゼルが僕の後ろに回り耳元で小声で教えてくれた、少しくすぐったいぞ。は?『艶本を参考にしています。創作の話を事実と捉えてます』だと?

 馬鹿な!誰か政敵に唆されての行動だったら僅かながらの情状酌量と、政敵を攻撃する理由に成り得たのに創作の艶本を信じた?現実と空想を混ぜ合わせたのか?

 世間知らずで少しズレているとは思っていたが、こんなにも愚かだったとは思わなかった。信じたくない言葉を聞かされたが、リゼルが言うなら事実だ。彼女とギフトに対する信頼は揺らがない。

「知らなかったじゃ済まされない。本来なら父上は職を辞して腹を切り、エルナ様は離縁され王都追放。だが僕の今回の功績をもって相殺する」

「やた!無罪だね、流石は兄さんだよ。少し心配しちゃったよ、意地悪だなぁ」

 インゴ、反省していないな。安易に兄の威光って便利とか思っているだろう。少しは嘘でも、しおらしく反省した姿を見せられないのか?

 ニルギ嬢とグレース嬢の表情が変わった、諦めか軽蔑か……インゴよりも僕に対してだな、弟の悪事を揉み消したと思ったな。気持ちは甘やかすな馬鹿兄様だろう。

 一人で陽気に話し続けていたが、誰も相手をしてくれないので不安そうな顔をして、エルナ嬢を見ている。やはり一番に頼るのは母親なのか……

「この措置は両親の為で、インゴの為じゃない。お前はエムデン王国のブラックリストに載った、分かるな?」

「つまり暫くは自宅謹慎だね!大丈夫、暫くは大人しくしてるよ」

 何故、そんなに軽い判断が出来る。自宅謹慎?国王にまで報告が行って、父上が腹を切ると言ったのに自宅謹慎?エムデン王国のブラックリストに載ったんだぞ、自宅謹慎とか有り得ない。

 頭が痛い、これがあの優しく大人しく引っ込み思案で食いしん坊だった我が弟か?権力という蜜を吸って、何処までも増長したのか?両手で頭を揉むが、少しも痛みが引かない。

「違う、そんな甘い処罰になる訳が無い。今から言う事を素直に聞いて反省するなら命は助けよう、嫌なら兄として処罰する。国家に亡き者にされるより、家族の手に掛かった方が幾分はマシだろう」

「何を言ってるの?血の繋がった弟だよ!兄さんの所為で不遇な弟に対してふざけないで、ちゃんと守ってよ!」

「インゴ、貴様は何処まで甘ったれなんだっ!」

 余りの言い分に、父上が切れて殴り飛ばした。手加減はしている、口の端を切った程度だ。本気なら顎が砕けて歯が折れているからね。

 頬を押さえて不満そうに、父上と僕を交互に見ているが睨み返されて下を向いた。ブツブツと何かを言っているが、不満か文句みたいだ。

 余り長引かせても双方が嫌な思いをする。一気に話して終わらせよう、これ以上嫌な言い訳を聞いたら取り返しがつかなくなる気がする。

「インゴ、お前は成人するまで僕の領地スピノで警備隊の一員として鍛錬に励み、代官から貴族としての教育を厳しく躾けてもらう。誰も僕の弟だからと甘やかさないし遠慮もしない、一人だけで二年間頑張るんだ。嫌なら今此処で処分する、反論は受け付けない。抵抗する気概が有るなら構わないぞ、やってみろ」

「嫌だよ!一人って、ニルギは連れてくよ。僕の側室なんだよ、可哀想じゃないか!それに警備隊の真似事?僕は騎士になるんだよ……に、兄さん?」

 肉親とは大切な人達だが、愛情が反転すると何処までも憎く感じるんだな。これが父王が僕を疎い処刑した時の気持ちか……漸く分かったよ。

 殺気を込めて睨み付ける。僕がやらないと、父上が全力で殴りつけようとしたから止める為に。流石に全力で殴れば、インゴの頭は柘榴(ざくろ)みたいに砕け散る。

 反抗するのは構わないと言ったのは、反抗したら僕が直接手を下すって脅しだったんだぞ。それを躊躇無く反抗したが、自分には負い目が有るから手を出さないとか思ったのか?

「一回は見逃した、頭も下げた。更生するチャンスは与えた、お前は心を入れ替えると約束したのに裏切った。家族を破滅に巻き込むつもりか?二回目のチャンスは甘くない、生き残る為に努力しろ」

「そんな、嫌だよ楽に暮らしたい。もっと可愛い女の子と遊びたいんだ、イチャイチャしたい。田舎で修行なんて嫌だ、助けてよ」

 イチャイチャ発言に我慢出来なかったのか、父上が腹を一発殴り大人しくさせた。これ以上何も喋らせたくない、黙って王都を離れて修行しろって諭していたが全く言う事を聞かない。

 仕方無く父上が拘束し執事を呼んで運び出させた、騎士団は捕縛術も学ぶから手際良く縄で縛った。明日にでも私兵に護送させて、速やかにスピノに送ろう。

 しかしエルナ嬢も我が子を見る目じゃない、夫を無職にし腹切りさせる程に追い込んだ事で見捨てたのか?妹に手を出そうとして呆れられたか?貴族の見切りは厳しいぞ。

 父上も我が子を殴っても後悔はしていない感じだが、二人揃ってリゼルに誘導された感じだ。貴族の相続絡みだと、身内の排除は当たり前。冷酷だが家の存続には必要な措置だと割り切れる。

 これで最悪の事態だけは回避した、インゴには更生の機会を与えて両親の辞職や離縁騒ぎは無し。父上もエルナ嬢も、やたらと僕に構ってくれる。残された子供に愛情を注ぐ的な?

 二人が我が子を地方に送り出し、残された不遇な長男との絆を確かめ合う。素晴らしいですねと美談で纏めたのは、リゼルの手腕だが納得は出来ない。だが両方から抱き付かれてしまい固まる、親の愛に慣れてないから。

「その……グレースとニルギは、僕の屋敷で暫く働いてくれ。ほとぼりが冷めたら希望を叶える、そのまま働いても良いし結婚したければ相手を紹介しよう。ニルギは、インゴと離縁で良いか?」

 残された二人の進退の説明はしなければ駄目なのだが、ニルギにインゴが禊(みそ)ぎを終えて帰って来るまで二年間も待たせられない。

 離縁すれば再婚は可能、未だ若いし拘束しても良い結果にはならない。インゴの、元旦那の未来は栄達とは無縁。

 僕の領地で働かせる、バーレイ男爵家は継げないがそれなりの暮らしは約束する。王都には二度と来れないが、僕の領地だって優良だから田舎じゃない。

 しかし、ニルギ嬢だが運ばれて行く元旦那に対して冷たい視線を送っていたな。正直少し怖い、女性って怖いよ。

「はい、離縁でお願いします。いずれは祖父や姉の手伝いをして静かに暮らしたいと思います」

 インゴの事をバッサリ切った。少しも悩まなかったのは、彼女が側室を辛いと感じていたからだ。解放された位に思ってる?もう少し優遇しないと駄目だ。

「インゴの処分は結果を出す迄は騒ぐ奴も居るだろう。安全の為に、暫くは僕の屋敷で働いてくれ。シルギ嬢は王立錬金術研究所で働いているから、手伝いは難しい。家を用意するから、姉妹二人で仲良く暮らしてみるかい?」

 ニルギ嬢には魔力が無い。残念ながら姉と同じ職場では働けないが、一緒の家で暮らす事は出来る。シルギ嬢も僕の直属の家臣だし、良い考えじゃないか?

 お祖父様は領地改革で忙しいので、手伝うなら王都から離れなければならない。安全の為にも、暫くは無理だ。後は貴族子女として、僕の屋敷で暮らす?

「御厚意、有り難う御座います。御屋敷で働かせて頂き、何れは姉と暮らしたいと思います」

 漸く僅かにだが微笑んでくれた。薄幸な親族だから、今度は優遇するから。僕やお祖父様の仕打ちを許してくれ。

「分かった、シルギ嬢も喜ぶだろう。グレースも僕の屋敷で、アシュタルやナナルと一緒に働くで良いのかな?屋敷に部屋を用意しても良いし、此処から通っても良いよ」

 インゴが居なくなれば姉である、エルナ嬢が居る方が何かと心強いだろう。知らない屋敷に使用人として住み込みで働くのは、グレース嬢には酷かな?

 馬車で三十分程度の距離だし家を出て働きたいのは、インゴから逃げ出したい事が一番の理由だ。インゴが地方に行けば、僕の屋敷で働く理由は薄い。

 今のまま、此処で父上とエルナ嬢と一緒に貴族子女として暮らした方が幸せだろう。性格も改善されているし、問題は少ない。

「出来れば姉の出産迄は、此処でお世話になり手伝いたいのですが……」

「分かった。援助はするから、エルナ様の世話をして欲しい。生まれて来る子は、バーレイ男爵家を継ぐ大切な子だから頼むね。父上もエルナ様も、宜しいでしょうか?」

 グレース嬢が、あの高飛車で金使いが荒く敬遠されていた彼女が、姉を思う立派な淑女に変わった。インゴ、お前は何故変われなかったんだよ?

「お前が良いなら構わない。夫婦二人だと、エルナも寂しいだろう」

「勿論よ、貴女は私の大切な妹なのだから。ごめんなさいね、気付いてあげられなくて……」

「姉様、怖かった。怖かったんです」

 抱き合う姉妹を見て、今回の件は何とか収まったと実感した。両親の承諾も貰えたし、援助は毎月金貨百枚だったが出産には費用が掛かる。

 そうだ、二倍の金貨二百枚にしよう、大切な跡取りだし僕の弟か妹になるんだ。今度は教育はしっかりとしよう、どこの一族にも一人は居ると思われる下半身で問題を起こす人物。

 バーレイ伯爵一族では、まさかの未成年の実弟だった。本当に御家断絶の危機を引き起こすとは、色事だからと甘くみていた反省……

 




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