古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第699話

 我が異母兄弟の、インゴがエムデン王国に目を付けられている。貴族として騎士を目指す者として相応しく無いと判断されかけている。

 いや、もう既に判断されているが保留状態なだけだ。未成年なのに女性に興味津々で、騎士を目指しているのに鍛錬を怠ける。

 性格も兄の恩恵により周囲が持ち上げて配慮するからか、傲慢になりつつある。本来なら、この程度は一族の当主が対処するレベルだ。

 王都から離れ隔離して徹底的な再教育を行う。駄目なら廃嫡し、エルナ嬢の生んだ子が跡を継ぐか婿を迎える。それで問題は解決、良く有る事だ。

 我等貴族は尊き存在と傲慢になり周囲に威張り散らして迷惑を掛けて、更には取り返しのつかない失態を犯した連中は多い。

 インゴの場合は少し違う。僕の実弟が犯す失態は、バーレイ男爵家だけでは済まない。何度も注意したが、インゴは楽な方に流された。

 リゼルが無理に、僕の里帰りに同行した理由は……家族には優しく優柔不断な僕が、インゴを強く叱れないとの判断だろう。

 ギフトにより心を読める彼女は、インゴの心を読み正確に今何を考えているのかを理解した。そして矯正は厳しいと判断した、あの表情は相当酷かったのだろう。

 両親とインゴと話し合う前に、リゼルが感じた事と今後の対応について話し合う為に自室にて下話をする事にした。

 インゴはニルギ嬢に任せてはいるが、リゼルの迫力に負けて部屋に逃げ込んだ。基本的には小心者だから、復帰迄には暫く掛かるので丁度良い。

 リゼルと話を合わせておかないと、彼女は生温い対応をすれば意見する。それは僕や父上の面子の関係で宜しくない、家族の事に他人が口を挟むのは非常識だから。

 だがリゼルはエムデン王国の方針を伝えに来たと思われているから、反発は出来ず痼(しこ)りが残る。父上だって息子の事をとやかく言われたくは無いだろうが、貴族として国家の方針なら従うしかない。

 久し振りに入った自室は記憶の通りで、綺麗に清掃されていた。侯爵待遇の伯爵の自室としては質素だが、僕は此処が落ち着くんだよ。

 窓を開けて新鮮な空気を肺一杯に吸い込んで、気持ちを更に落ち着かせる。これからの話は、僕の心にダイレクトにダメージを与えるだろう。

「リゼル……正直に思った事と、インゴの心を読んだ事を教えてくれ。何を言われても覚悟は出来ている」

 僕はベッドに座り彼女は執務机に座る。狭いから応接セットは無い、下級貴族の屋敷では普通だな。彼女は目を瞑り息を吸い込んでから、ゆっくりと吐き出した。

 彼女なりの精神の落ち着かせ方だろうか?今から仕える相手の実弟の悪口と言うか悪行を話さねばならないから、普通に気を使うだろう。

 全く最近は、リゼルに頼り切ってないか?パゥルム女王って言うか、バーリンゲン王国が蝙蝠外交が出来た理由は彼女の存在だな。

「先ずは最初に、リーンハルト様と私を見た感想ですが……また自分好みの女性を侍らすのかという嫉妬、その後は裸の私が自分の前で跪く姿を想像してましたわ」

「インゴ、お前は前もジゼル嬢に一目惚れしたが年上好きなのか?初対面の相手をいきなり視姦するって、お前は性欲魔神なのか?」

 初っ端からコレか?色事絡みなのか?駄目だ、十代は一番性欲が漲るらしいが全く駄目だ。フレイナル殿よりも酷い、紳士としては最低だぞ。

 一族の中に一人は居ると言われる、下半身に問題が有る困った人物。バーレイ男爵一族では、お前か?未成年なのに、もう色事で一族を困らせるのか?

「私が睨んだ時、怯んだ姿を見た使用人達の考えた事は……最後迄はしませんが、性的な悪戯をされた事を思い出していました。人は何か言葉を聞くと、その事に関連する記憶を思い出すのです。グレースさんも強引に迫られたり、偶然を装い何度か触られたらしいですね。彼女の希望は切実、未婚の貴族子女にとって純潔は最も守らねばならない事です」

 両手で頭を抱えて掻き毟る。ニルギ嬢だけでなく、グレース嬢や使用人にまで悪戯という悪行を行うとか完全に悪だぞ。言い訳出来ない、グレース嬢に何て言えば良いんだ?

 引き取った先の家の息子に性的悪戯をされていて、それを姉にも言えない。インゴも母親の妹に、叔母に手を出すとか考え無しなのか?

「これはエムデン王国の密偵が調べた事ですが、愚弟殿は何人かの街娘にも同じ事をしています。リーンハルト様の名は出さず最悪の行為には至りませんが、それは気休めにもならないでしょう」

「貴族だから偉い、だから何でも言う事を聞け!とかか?頭が痛い、此処まで振り切っているんだ?原因は何だったんだ?騎士道精神は学んでいるのに、弱者を虐げるのか!」

 仰け反り天を仰ぐ、泣きたくなる。駄目だ、弁解の余地が無い。気休めに最後迄はしなかった位だが、そんな事は被害者には関係無い。

 最悪だぞ。ペパルニ殿とガトラム殿に、王都の中小ギルドを探し出して陳情をリストアップする候補を探し出す様に指示したんだ。

 その陳情内容に、我が弟が平民の女性達に性的な悪戯をしてるので何とかして欲しいとか言われたら?一発で処分確定、バーレイ一族は恥を晒す。

 もう弟だからとか自分と比較されて可哀想とかの範囲は超えた、強制的に再教育。甘えは一切無い徹底的に鍛え直す。

 平行して被害者を探し出して補償と……謝罪は立場的に出来ないから、金貨を渡して口封じ。王都の治安を守る僕の弟が、率先して治安を乱すのか……

 強く握り込んだ掌が痛いと思ったら、爪が皮膚に食い込んでいる。だがこんな痛みなど、被害者にとっては無いにも等しい。

「リゼル、他に悪さはしてないか?致命的な政治的失態ではないが、致命傷数歩手前だな。直ぐに対策を立てて実行する」

「平民の被害者には既に手を打って有ります。穏便に脅して、金貨を握らせて口止めしています。ザスキア公爵が秘密裏に行いましたが、彼女はリーンハルト様に言わないつもりです。流石に貴族の子女には手を出してはいません。いえ、出す勇気も行動力も無いのでしょう」

 リゼルが吐き捨てた。本来なら僕の親族の事を直接的には悪く言わずに、オブラードに包む配慮をするのだが今回はしなかった。

 インゴは立場の弱い者にしか強気に出られない。新貴族男爵の次男という立場だと、他の貴族子女には強く迫れなかったのだろう。身分差を盾にしないと強気になれない。

 もし貴族子女に強引に迫れば、親に知られて叱られる位に思ったか?実際にやれば、叱られる程度じゃ済まなかったんだぞ。

「分かった。先ずは両親と話してから、インゴの弁解だけ聞いて強制再教育だ。甘えなど無い、性根を叩き直す。リゼルも悪いが同席してくれ」

 家族の話し合いだが、インゴの考えが知りたい。逃げや誤魔化しは許さない、本音を知り対処する。彼女には家族の話し合いに同席すると言う非常識な事を押し付けるが、なりふり構っていられない。

「はい、それが良いと思います。再教育には、リーンハルト様の領地の警備隊に任せるのが宜しいかと。見張りを厳重に教育は厳しく、リーンハルト様の威光は通用しない場所が最適です。

ニルギさんも同行は不可、女人禁制で最低でも成人する迄の二年間は王都に戻さない。これ位の処断をしないと、周囲は納得しないでしょう。出来ますか?」

「ヤるよ。やらなければ、インゴは暗殺されるか事故死だよ。肉親の最後の情だな、更生のチャンスが与えられるだけでも幸せだろう」

 リゼルの挑発的な物言いに反発せずに同意する。王都から一番離れたスピノが良い、代官に厳命して絶対に甘やかさずに逃がさない。

 勿論だが肉体的な怪我や病気はしない手厚い看護は用意する、全員同性でだ。騎士としての強さと貴族としてのマナーも平行して叩き込む。

 しかし性に興味津々なのは分かる、十代とは人生で一番性欲が強くなる時期らしい。だが安易に弱い者を虐げる様な性格ではなかった筈だ、どちらかと言えば気弱で大人しい内向的な弟だったのに……

「インゴ、何がお前を最低の男に変えた?もう僕への反発とか理由にすらならないんだぞ」

 僕の苦味を吐き出す様な独り言に、リゼルは深々と頭を下げてくれた……

◇◇◇◇◇◇

 応接室に移動し、両親を呼んで人払いをした。インゴは未だニルギ嬢と一緒に私室に籠もっている、盛ってはないらしいのが救いだ。

 リゼルと話した事を両親に伝える。父上もエルナ嬢も知らなかったらしく、その動揺する姿は痛々しい。父上は何度もテーブルを叩き、エルナ嬢は声を出さずに泣いた。僕も何度も頭を掻き毟り何本も頭髪を抜いたよ。

 まさか我が子は叔母や使用人、街に繰り出して平民の女性にまで性的悪戯を繰り返していた。しかも悪事は、エムデン王国が把握済みで誤魔化す事など不可能。

 父上が愛用のロングソードを掴み、インゴを叩き切りに行こうとしたので何とか止める。僕の功績で保留になっているが、聖騎士団副団長としては切り捨てるしかない位に追い込まれている。

 エルナ嬢も護身刀を取り出そうとして、父上に止められた。彼女の場合は、自殺しそうだったから。エルナ嬢のお腹の中の子は、バーレイ男爵家の希望だぞ。

 最悪の場合は生まれた子が男子なら後継者、女子なら婿を取る。そうしなければ、バーレイ男爵家は養子を取るしかない。だが貴族院が認めるかは不明、そのまま御家断絶も有り得る。

 いや、正直に言えば更生しても、インゴがバーレイ男爵家を継ぐ事は未来永劫無い。父上は未だ二十年以上現役だし、生まれた子か婿が継ぐ事になる。それが順当で、波風が立たない対応だろう。

「インゴは徹底的に再教育します。僕の領地、スピノの守備隊に放り込んで鍛え直す。ニルギ嬢も同行させず、一人だけで行かせますがサポートは万全にします。

怪我も病気も直ぐに治療出来る体制を整えて、成人まで二年間は女人禁制で禊(みそ)ぎをする。逃げれば廃嫡、悪ければ死罪。それ位の覚悟が必要でしょう、もう甘えは通用しないのです」

「ふっ、何とも情が深い甘い対応だな。これで反抗するなら即勘当する、自分の置かれた環境を理解せずに我が儘を言うのは反省しないと同じ事。アウレール王にまで迷惑を掛けるなど、俺は官位を返上し腹を切る覚悟だ」

 いやいやいや、バーレイ男爵家の当主が無職で腹を切るとか言わないで下さい。父上には未だやる事が沢山有るし、残されたエルナ嬢を悲しませないで下さい。

 子供も産まれるし、ウルム王国を負かせて併合すれば色々と聖騎士団も忙しくなります。死は責任を取るより逃げですからね!まだまだ仕事して下さい。

 エルナ嬢も致し方ないとか思って悲壮な覚悟を決めたみたいな顔をしないで!両親を不幸にするつもりは無いんです、僕が何とかしますから。

「いえ、今回の僕の功績の報償で相殺にして貰います。丁度貰い過ぎて反感を買いますから、罰として無報酬位が良いんです。誰も反対は出来ない、だから良いんですよ」

「馬鹿な!領地を賜る程の大功を愚弟の色狂いで相殺など、認められる訳が無い。そんな事を許したら、俺の立場が無いだろう。俺が腹を切って責任を果たす」

「そうですわ。私が離縁されて、インゴと共に王都から離れれば良いのです。母親としての責任、我が子の教育を間違えた愚かな母の……」

 駄目だ、二人共に自分の責任だと言って譲らない。僕に迷惑を掛けないって言うけど、肉親を失くす事を悲しまないと思ってます?

 大功って言う程の事じゃないし、既に優良な領地を四つも持っている。ネクタル絡みが解決すれば、莫大な転売費用が入って来る。下手をすれば金貨五百万枚とか……

 今回報償を辞退しても全然大丈夫。ミズーリ殿やラビエル殿達の受け入れさえ許可して貰えれば、トータルで黒字です。だから嫉妬や僻みの回避に利用するから、問題無いんだ。全然大丈夫ですから落ち着いて!

「バーレイ男爵、エルナ様。アウレール王は、リーンハルト様に公平な評価を下すと明言しています。今回の件は二十人分の大功、五人分位の相殺で済みますから安心して下さい。

それよりも、我が主様が家族を失くすと言う悲劇を回避したいのです。彼は未だ未成年なのですから、家族の愛を与えて下さい。独りにしないで……」

 リゼル、何故泣く。あと我が主様ってまた言ったな。しんみりとした雰囲気になり、エルナ嬢が違う種類の涙を流し始めた。両手で口元を押さえて、僕を見詰めている。

 父上は乱暴に涙を拭って何か今大切な事を気付いた的な決意が籠もった優しい目で僕を見ている。コレって、インゴの事ばかり見ていて僕を蔑ろにしていた事を反省的な?

 流れ的に、出来の普通な次男に構ってばかりで長男を放任していたが長男だって未だ未成年、親に甘えたい年頃なのだからちゃんと見てあげて的に誘導された?

 父上とエルナ嬢が見えない位置で、リゼルがニタリと笑った。インゴが居なくても出来の良い長男と、期待が出来る産まれて来る子が居るから大丈夫ってか!

「まぁ、それならば私としても血は繋がっていませんが、リーンハルトさんは我が子と同じなのです」

「自慢の息子だ、愛してない訳などない。済まなかった、一人前だと思っていたが未だ未成年じゃないか。リーンハルトよ、辛かったのか?」

 あの、父上とエルナ嬢が左右から抱き締めてくれるけど……こう言う話の流れだったか?インゴを問答無用で鍛え直して、対外的にもケジメを付ける話じゃなかったかな。

 リゼル、美しい家族愛ですねって泣き真似するな!家族が一人欠けてるから、愚弟だけど愛しているから。こんな下話と違う話の流れになってしまうと、インゴの立場が無いだろ!

 いや、確かに自業自得だし女の敵って言われると反論出来ないけどさ。これで、インゴが一人で騒いで反対しても両親は庇わない甘やかさない。結果的に責任の取り方も予定通りだから、結果オーライなのだろうか?

 


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