魔法迷宮バンクの最下層、第十階層を初めて攻略した。第九階層のボス狩りで集めた、デモンシリーズは冒険者ギルド本部に買い取らせた。
高額だが、それなりの利益の有る話だし彼等も買取の準備をしていたので良かった。これで冒険者ギルド本部への義理は果たせた。
残りは魔術師ギルド本部と盗賊ギルド本部だが、先ずは世話になっている魔術師ギルド本部からだ。彼等も未知のマジックアイテムには興味が有るだろう。
「さて第十階層のモンスターだが、今日はレイスとゴーストしか現れなかった。ゴーストはアイテムをドロップしなかったが、レイスはレアとノーマルの両方をドロップした。
ノーマルは『状態回復のポーション』でレアは『古代魔術師のローブ』だ。これは魔術師ギルド本部に引き取って貰い、調べて欲しいのだが……」
「どちらも知らないアイテムですね。我が魔術師ギルド本部が責任を持って、未発見だった二つのドロップアイテムを解析してみせます。
そうですね、魔術師の防具は数が少なく状態回復のポーションも確認されていなかったので……両方で金貨三万枚で買い取らせて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」
最後まで話す前に前屈みになって迫って来たぞ。しかも買取価格が金貨三万枚とか、金銭感覚が狂う。今日だけで金貨二十万枚以上、パーティで分けても結構な金額だ。
彼女達に分配金の上限を一回の探索で金貨一万枚にするって強制的に決められたんだ。最初は僕が三割で彼女達が二割、残りの一割を共有資金にって提案したが満場一致で却下された。
パーティ共有資金は僕が全額管理して欲しいって言われたけど、武具や防具は自前で錬金し治療はイルメラの神聖魔法で治せる。行動食は各自負担、昼食は彼女達の手料理で材料費のみ負担。
つまり彼女達に金貨三万枚を渡したら残りは自分の取り分。困るので、内緒で彼女達用の金庫を用意して貯めている。もう直ぐ養子になり貴族になるから、資産は必要だ。
既に各自金貨十万枚を超えているので、教える時を楽しみにしている。多分だが呆れて怒られるが、必ず受け取って貰う。言うなれば僕に嫁ぐ為の支度金だから必要な経費だね。
「良いでしょう、では一つずつ引き渡します。これらのドロップ率は低いですね、多分ですが1%以下です。古代魔術師のローブは一つ、状態回復のポーションは二つしか手に入れられませんでした」
オールドマン殿の手前、僕のギフトは秘密なので誤魔化す。ブリザードランサーも頑張ったが1%以下では入手は無理だったのだろう。
その分、宝箱を漁り財を稼いで無事に冒険者家業を引退するだけの資産を手に入れた訳だ。六人分を稼ぐのは大変だったと思うよ。
最後の盗賊ギルド本部だが、どうやって話を切り出そう。『治癒の指輪』を渡すのは問題無い、自分用のストックも数が有る。
オバル殿の様子は、もう餌を食べるのを待てない飼い犬状態だ。これ以上焦らしても無意味かな?直球で話すか、指輪の対価に第十階層の情報を寄越せと。
「さて、治癒の指輪ですが一個確保出来ました。オバル殿は、対価に何を提供出来ますか?僕は金銭には余り興味は有りませんよ。今日だけで金貨二十万枚は稼げましたから」
「む、でもそれでは……」
今朝は金貨十万枚迄なら払えると言っていたが、僕は既に金貨二十万枚は稼いでいる。金銭だけでは渡さない、『全能者の王冠』と『ネクタル』の情報を提供しろって意味だ。
もしネクタルを定期的に手に入れる手段を確立すれば、空間創造に百個を超えるネクタルが眠っているから堂々と使える。だが見た目だけの若返りだし、外観が変わると本人証明が難しくなるかな?
多分だが王家に献上するには効果を証明する必要が有り、ザスキア公爵に使用して貰い実際に見た目だけ若返って貰う。国王の前でなら、若返っても本人だと証明して貰える。
「分かりました!十年近く探しても手に入らなかった『治癒の指輪』の為ならば、我が盗賊ギルド本部に代々伝わる財宝の眠る場所を示した地図を見せましょう!これが、その地図です」
宝の地図?随分と古典的な物が出て来たな。懐から取り出して広げた地図は、魔法迷宮バンクの第十階層の地図だと思う。冒険者ギルド本部から貰った物と合わせても、同じ配置をしている。
だが代々って言う割には新しい、つまり写しだな。ブリザードランサーは約二割しか埋められなかったが、コレは三割以上埋めている。特にワープトラップの事も何ヶ所か書いているから、代々伝わるは信用しても良い。
大ホールの右側だが一方通行で小部屋が七つ有るだけの行き止まりの筈だが、この地図には行き止まりの小部屋の先が書いてある。不自然に空間が有る場所の壁は調べたが、突き当たりに隠し部屋が?
「エレさん、この場所に不審な所が有ったかな?隠し通路になってるよ」
「分からない、でも一体化した壁や床に切れ目や筋はなかったと思う。現地で調べれば何か見付かると思う」
写しの地図だから肝心な隠し通路を開く条件は書いてないのか。この八番目の小部屋に、『全能者の王冠』や『ネクタル』が有るのか?もしかして一個だけ?いや、最低でも過去に一個は手に入れてる筈だ。
そうじゃなければ、自爆気味な提案などしない。自信が有るから、僕を騙して使おうとしたんだ。オバル殿は余裕の表情だな。私だけが知っているってか?だが隠し扉の場所さえ分かれば、何とか解除する事も可能かな。
自主的に教えないなら構わない、此方から頼むと対価を寄越せとか言われても嫌だな。明日は僕も魔力探査とか色々調べたい、何とかなるかな?
「明日調べてみようかな。まぁ絶対必要って訳じゃないし優先度は低い。ワープトラップの先に進んで未だ解明されてない部分を調べた方が良いだろうね。新しい発見が有るかも知れないし……」
相手が焦らすならば此方も焦らす。現状、魔法迷宮バンクを攻略出来るのは僕等しかないない。次に攻略出来るパーティが現れるのは何時になるのかな?
む、オールドマン殿が目配せしたが何をするのだろう?その後で、レニコーン殿とも目配せしてから頷いたな。二人の間で、何かしらの取り決めでも有ったのかな?
「オバル殿、勿体ぶらずに早く秘密の小部屋の情報を教えてはどうかな?」
「リーンハルト卿は王国の守護者、他人を洗脳出来るマジックアイテムを入手したがる危険人物を捕まえられる権限を持っている。
王宮の拷問吏に引き渡されても文句は言えぬ。リーンハルト卿の名声や信頼度を考えれば、オバル殿は反逆者として極刑にしても問題は無かろう。反発など有り得ぬな」
おぅ!年配者二人の連携に、流石のオバル殿もドン引きだな。僕は『全能者の王冠』の事に思い当たる節が有るから、それ程危険視はしていない。
だが他から見れば危険な洗脳アイテムに固執する、オバル殿は反逆者として捕まえて拷問も有りだと思われているのか。まぁ普通に考えれば、国家反逆罪の可能性は有りか。
オバル殿の表情を見れば、その危険性に思い当たり顔面蒼白だ。多分だが、ネクタルを手に入れたいと思考が偏っていたのを思い知らされたのか?
だが現実問題として、洗脳出来るマジックアイテムの存在が本当なら危険だ。その為にも僕が見付けて、本物ならば人知れず処分。僕の持っているジョークアイテムの方を献上する。
アレも鑑定すれば名前は同じだし、有る意味では使用者に死の危険を伴う要注意マジックアイテム。まぁそんな危険なマジックアイテムの存在など知らない、だから偽物だよ。
「確かに、オールドマン殿とレニコーン殿の心配の通りに危険なマジックアイテムに変わりは無い。オバル殿、反乱の疑いを晴らす為にも情報を隠さず教えなさい」
少し高圧的に言う、僕の立場で弱気は駄目だ。今の彼女は国家反逆罪の嫌疑が掛けられているので、無実を証明出来ないと一族郎党極刑だし。
オールドマン殿もレニコーン殿も人が悪い。女性の美貌と若さへの渇望による馬鹿な行動だが、イラッと来たんだな。今は清々しい顔してるし。
チラリと後ろを見れば、イルメラさんが輝くばかりの笑顔を浮かべて首を掻き切るジェスチャーをした。反逆者、死有るのみ!みたいで怖いです。
イルメラさんは僕至上主義者だから、オバル殿の態度が気に入らなかったんだ。ウィンディアとエレさんが、背中と左腕を拘束しているのは……もしかして殺る気だった?
暗殺者として育てられた、クリスが彼女に懐いた理由ってさ。愛を説くモア教の僧侶だけど、僕絡みだと苛烈な判断を笑顔で下すからだと最近思い始めた。
目が合った時に微笑んでくれたが、慈愛溢れる聖母みたいな彼女の内面には恐ろしい一面を持っている。僕には無害だから関係無いし、嬉しいから構わないが……
「は、はい。分かりました。私は反乱など考えてはいませんので、どうか御配慮をお願い致します。その通路に入る為には……」
怯えた彼女の説明によれば、入り組んで一本道だけれど最初の入口から常に左側の壁に沿って触りながら進む。
そうすると最後の部屋に隠された扉が現れる。階層を移動すれば何度でも現れるし、宝箱は固定で置いて有るそうだ。
その言い伝えを残した盗賊は、宝箱の解除に失敗し死亡。その後何度か挑戦したが、常に壁際に居る為に壁抜けしてきたレイスに殺されパーティが解散。
最初から触らないと駄目とか、途中で幾ら調べても分からない筈だよ。それに壁抜けするレイス対策で、壁際には行かない。二重の意味で分からない、良く解除方法を見付けたな。
「そのパーティで生き残った戦士職の女性はネクタルの効果により、エルフ族と同じく死ぬまで老化が止まっていたそうです」
老化が止まるじゃなく外見だけ若返るだよ。だが言い伝えに残るだけの間は常に若かったとなれば効果は不老の方だな、結構な数の『ネクタル』を使用していた筈だ。
ネクタルは分かるが、『全能者の王冠』の話が無いぞ。僕等の本命はソッチだが、その言い伝えは無いのか?本物なら今頃大陸は制覇され偉大な王国が生まれている筈だが?
「なる程、ネクタルによる不老の効果は分かりますね。ですが全能者の王冠の方は、どんな言い伝えなのですか?」
「それが、全てを手に入れて人前から姿を消すと……つまり支配者の孤独ですよね?人々の前から姿を消す、至上の存在になったとか?」
両手を組んで祈る様にして、恍惚の表情をしているけどさ。その至上の存在の後年が伝わってない事に疑問を持てよ、普通に大陸制覇するだろ?
そんな大陸を制覇した話なんて伝わって無い、つまり至上の存在など居ない。『全てを(妄想の中で)手に入れて(引き籠もって衰弱死して)人前から姿を消す』だよ。
予想通りだが、何故壁に手を触れて進むとかの発想に至ったのかが知りたい。それって迷路の脱出方法だけど、単調な一本道じゃやらないだろ?
まぁ過去の偉人の事など分からないな。伝わってなければ、謎は謎のまま。その方が浪漫で済ませられるか。深く考えでも、当人以外は正解など分からないのだから。
「まぁ良いでしょう。写しじゃない原本の地図か資料を見せてくれれば、対価として『治癒の指輪』を渡します。明日も同じ時間から攻略を始めて、その隠し部屋を調べてみますね」
「ええっ?お預けですか?」
何か騒いでいる、オバル殿を残して応接室を出る。明日には謎が分かり、明後日にはアウレール王に報告だな。その前に、ザスキア公爵と相談か。
ネクタル、伝説の妙薬。不老不死は無理だが、死ぬまで若い姿で居られる事は間違い無い。だが三本で十年なら、二十歳の姿を維持し寿命を七十歳と考えれば四十年分。
単純に十二本、最初の若返り分を含めれば二十本位?一人分で二十本なら、希望者が殺到したら何本確保すれば良いんだ?違う意味で頭が痛いが、有用性は高い。
伴侶が常に若いのは、旦那とすれば嬉しいだろう。そう言う事で納得するかな……
◇◇◇◇◇◇
王都の夜の繁華街を馬車で通る、夕食の買い出しや家族や仲間達と外食に繰り出す人達に溢れている。家紋を付けていないお忍び用の馬車だから、僕の身元は分からない。
カーテンの隙間から見える人達は、皆が笑顔で溢れている。この辺は平民階級でも裕福な人達が商売を営んだり住んでいる区画、当然だが貧民街も有る。
モア教の教会が定期的に炊き出しを行い、孤児は積極的に集めて世話をしている。彼等が育ち独立し、収入の何割かを教会に寄付する。今は上手く回っているが、ウルム王国が敗戦したら難民も来るだろうな……
「リーンハルト様。盗賊ギルド本部の動き、怪し過ぎましたが良かったのですか?拘束し拷問してでも事実を吐かせた方が良かったのではないでしょうか?」
隣に座る、イルメラさんから怖い提案が来た。彼女は僕に対する、オバル殿の態度が気に食わなかったのだろうな。
勿論だが、洗脳系マジックアイテムの怖さも強気な態度の原因だろう。甘やかして被害に合うのは自業自得の傲慢だが、この手の感情は甘く見ては駄目だ。
僕もマジックアイテムに予測が付いているから大騒ぎしないだけだが、対外的には大慌てになる案件だよな。下手したら自分が洗脳されて、手駒にされるのだから。
「うーん、徒に警戒するのは問題かなって思ってさ。下手に騒げばパニックだし、国王の勅命すら下りる騒ぎになる。結果がガセネタだと収まりが悪い、不老不死のネクタルに洗脳系の全能者の王冠。
でもさ、事実だったら過去に巨大な帝国が出来ているよ。一代で築いて滅亡したって話しも聞かないし、手に入れた者が自主的に隠遁したのも怪しい。嘘とまでは言わないけど、類似の別物か何かだと思うんだ。
僕が騒いで実は偽物でしたも、政敵から付け込まれる案件になる。だから極力秘密裏に手に入れて、調べて王家に速やかに献上する。他から見れば、僕が洗脳系マジックアイテムを欲しているみたいに取られるからね」
そう、オールドマン殿とレニコーン殿には口止めしているが、端から悪意を込めて見れば僕が危険なマジックアイテムを欲している様にも捉えられる。
だから速やかに入手し、場合によっては明日の夕方にでも、アウレール王に献上し疑いを晴らしておく。政敵からの口出しを潰す事は必要だよ。
問題はネクタルの扱いだな。交渉材料としては破格だろう、その価値は計り知れない。寿命は延びなくても見た目は若返る、女性からすれば垂涎の秘薬。
何とか怪しまれない様に僕が(イルメラ達に)使える様に交渉したい。僕は使わないが、彼女達には常に若々しく美しくいて欲しい。これも一方的だが、愛情には変わりないよね?
日刊ランキング29位、有難う御座います。