古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第680話

 クロチア子爵のブルームス領地に向かっている。自然豊かな湖畔の領主の館に、魔牛族のミルフィナ殿が僕への非礼の謝罪と言う名目でだ。

 本当の理由は、彼女が姉と慕うエルフ族のレティシアから叱られたから。僕に『制約の指輪』を渡して仲を取り持った筈が、公の場で人間などにと危険な言葉を吐いたから。

 他種族と人間族の関係は微妙だ。圧倒的な精霊魔法を扱うエルフ族には配慮するが、妖狼族や魔牛族等の強大な力を持っていても絶対数が少ない連中には割と高圧的だな。

 人間族の強みは圧倒的な数と繁殖力であり、例え人間族よりも十倍以上も強い妖狼族でさえ数の暴力には屈する。エルフ族程の圧倒的な力量差が無ければ損耗覚悟なら勝てるから。

 勿論だが一国の軍隊規模の戦力をすり潰す覚悟が必要で、全滅してまで勝つ意味も無い。そして彼等は、エルフ族と懇意にしている。つまり寄らば大樹の陰的な意味も有りそうだ。

 そんな思惑を含む、ミルフィナ殿に会う為に深夜の街道をブルームス領に向かい爆走している。だが流石はニーレンス公爵!何と寝室タイプの大型馬車を人数分用意してくれていた。

 王都から三時間程進んだ小休止の時に軽く夜食を食べて、事前に用意していた三台の寝室タイプの大型馬車に別れて乗り込み朝まで寝ていられる待遇の良さ。

 ニーレンス公爵と女性である、メディア嬢と大型とは言え一台の馬車に乗ったまま一晩を過ごすのは、お互いにストレスが溜まる。公爵の前で眠り込むのも不敬だし、メディア嬢の寝顔を見るのも不敬だ。

 特にメディア嬢は父親は別として、他人の僕と一晩中一緒とか苦痛だろう。有り難く寝室タイプの大型馬車を利用させて貰った。御礼に固定化の魔法を重ね掛けしたので、強度は何倍も上がっている。

 前方にテーブルと椅子、後方にベッドの配置になっており十分に足を伸ばせるスペースが有る。多少の揺れや振動も、ベッドのスプリングが緩和するのか快適な寝心地だ。

 テーブルには固定された瓶入りの飲料が用意されている、蓋を閉めれば飲み物は振動で零れない。簡単な軽食……サンドイッチも固定されたボックスの中に用意されているし、驚いた事に狭いがトイレまで完備しているんだ。

 因みにだが、メディア嬢はエルフとパンター、レオパルトを同行させているので警備は万全。アウレール王には微妙な言葉を頂いたが、完全に駄目とは言われなかったので譲渡したままだ。

 窓にはカーテンがキッチリと閉められていて、外部から中の様子は分からない。あくまでも上級貴族のお忍び旅行を装う為にだ。うっかり見られたじゃ、折角の努力も水の泡だ。

 城壁の門番と警備兵には、事前に隠密任務だからと命令書を出している。馬六頭引きの大型馬車が連なっているが、護衛も精鋭中の精鋭が十騎も同行している。

 そもそも僕が居るのだから、初撃だけ凌げれば何とでもなる。潜伏している傭兵団が攻めて来ても余裕で撃退出来る。まぁ厳重な警備は人目を引くが、見られなければ違うと言い張れるから大丈夫なのか?

 折角の御好意だし、有り難く寝かせて貰おう。昨日からイベントが続いて実際に疲労困憊だから、ミルフィナ殿に会う時に疲れてまともに思考出来無いとかは駄目だから……

 上着と靴を脱ぎ、ベッドに横になる。多少の振動と音が気になるが、寝心地は高級ベッド並みに素晴らしい。馬車の中とは思えない位に快適だ。

 備え付けのランプを消すと遮光性の高いカーテンのお陰で真っ暗になる。防犯灯として小さな魔法の光球を一個浮かべれば、準備は完了だ。

「では、おやすみなさい。明日は忙しいと思うけど、頑張るぞ!」

 毛布を首元まで引き寄せて目を瞑る。振動も車輪の音も、心地良い子守歌みたいで直ぐに眠気が襲って来たよ……

◇◇◇◇◇◇

 翌朝四時に時間調整と警備兵の休憩の為に街道から離れた場所で野営をする。起こされるまで六時間近くも熟睡していた、不思議と馬車の中なのにぐっすり寝れた。

 野営の準備を手伝う、焚き火や竃(かまど)の準備は錬金ならば直ぐに出来るし、ゴーレムによる警戒網を敷いて警備兵の負担を減らす。

 軽食に温かい飲み物、二時間程の仮眠も取らせる必要が有る。彼等はブルームス領に到着すれば休みだが、未だ数時間は警備が必要だし徹夜は能力を下げる。

 休憩を終えて出発し七時前にブルームス領に到着、八時過ぎにはクロチア子爵の屋敷に到着した。湖の畔に建つ洒落た外観の三階建ての屋敷、華美ではないが造形が見事で見応えが有る。

 途中の整備された道を朝日を浴びてキラキラ輝く湖面を見ながら走った、この景色を見るだけでも苦労して来た甲斐が有る。マウテラ湖は中心部の水深は30mと深く澄んでいる。

 水温が低い為に泳ぐ事は難しいが、貴族の水遊びはボートに乗る事で泳がないから問題は無い。この冷たく澄んだ水に生息する魚が、淡水魚なのに美味な秘密らしい。

 本題は乗り気じゃないので、こういったお楽しみを見付けないと辛いんだよね。観光と食べ物しか楽しみが無い、だが嫌な事は早めに終わらせたい。終わらせて帰りたい。

「ようこそいらっしゃいました。ニーレンス公爵、メディア様。それと噂の英雄殿を我が屋敷に迎えられて嬉しく思います。クロチア・フォン・ブルームスと申します」

 屋敷の玄関前に馬車を横付けにして降りる。寝室タイプの馬車に乗っていても、起きて身嗜みは整えている。馬車を降りて、ニーレンス公爵とメディア嬢の後ろに立つ。

 先ずは派閥の当主と、その愛娘に挨拶をしたが人当たりの良さそうな紳士だ。中肉中背、白髪混じりの短髪。肉体は鍛えてない華奢な感じだが、年相応に少しお腹が出ている。見た目は五十代前後かな?その後で一旦姿勢を正し、僕に向けて挨拶をしてくれた。

「リーンハルト・フォン・バーレイです。今回は僕の為に色々と尽力して頂き、有り難う御座います」

 貴族的礼節に則って挨拶をし、深く頭を下げる。異種族の魔牛族の相手など、普通に大変で苦労しただろう。しかも派閥当主から失礼の無い様に厳命された筈だし……

 爵位的には僕が上だが今回はお忍びだし、ニーレンス公爵やメディア嬢にも苦労を掛けているので丁寧な対応を心掛ける。苦労を掛けて上から目線とか愚かな事はしない。

 まぁ英雄殿は嫌味も含んでいるとは思うが、それは甘んじて受け入れるしかない。直ぐに終わらせて双方帰りますので、後少しだけ我慢して下さいお願いします。

「ふむ、噂通り謙虚な方なのですね。一国に単独で立ち向かい勝つ偉業を成し遂げても、増長も慢心も無いとは……未だ未成年なのに驚きました」

「はっはっは!クロチアよ、驚いたか?リーンハルト殿は王命を達成する為には全力を尽くすのだが、本人は達成して当たり前で誇る事では無いと言うのだ」

「喜びはしゃぐのは、無理難題を押し付けられて達成したと言うのと同じ。アウレール王は、臣下の力量を把握し王命を下す。故に増長など有り得ないそうですわ」

 ニーレンス公爵とメディア嬢の褒め殺しがキツい。確かに言ったよ、王命を達成して喜ぶのは不敬と取られる事も有るってさ。

 だが王命とは達成して当たり前、努力しても頑張っても未達成じゃ意味が無い類の事だから。頑張りましたが無理でした!じゃ駄目なんだよ。

 派閥トップの褒め殺しに、クロチア子爵も困惑気味だな。何故そんなに褒める?いや、敵対する気が無いと今更ながら思い知らされたからか?

「ふむ、最初は難攻不落のハイゼルン砦の奪還。ドラゴン狩りに、大規模灌漑事業、バーリンゲン王国の属国化に平定。これを達成して誇らない?いやはや、アウレール王が我が忠臣と言うのも分かります」

「誇らしくは思います。ですが増長や慢心など、目指す理想に届かぬ身としては有り得ない愚考です。僕は五年以内に、エルフ族のレティシア殿とファティ殿に挑まねばならない。足踏みなどしてられないのです」

 この言葉に全員が驚いたが、ニーレンス公爵とメディア嬢は、僕とファティ殿の模擬戦の時に話を聞いた筈だぞ。

 ゼロリックスの森のエルフ族絡みだから、ニーレンス公爵には知っていて欲しいので確認の意味で言ったけど忘れてたの?

 玄関先での立ち話も問題だからと、クロチア子爵に視線で屋敷の中に案内して欲しいと促すとウィンクで了承したと伝えてくれた。彼は少しお茶目な性格なのかな?

◇◇◇◇◇◇

 屋敷で朝食を食べる事は伝えてあったのだろう、直ぐに食堂に通された。堅苦しくない普通の食事で、長旅を労ってくれるのだろう。派手な装飾は無いが明るく広い食堂に通された、やはりセンスが良いな。

 食後に打合せをした後で、ミルフィナ殿に会う事になる。一仕事前に、食事で持て成してくれるのは嬉しい。ブルームス領の特産品は川魚、そして食卓には二種類の魚料理が用意されている。

 エムデン王国で一般的に食べられる川魚、鱒(マス)とヘヒト(カワカマス)だ。ふんだんにバターを使った、マスのムニエル。香草と共にグリルしたヘヒト。

 どちらも珍しい料理ではないが、川魚の生活環境が素材の良さを引き出して普通よりも何倍も美味しいらしい。養殖より天然、天然も澄んだ水と広大な湖で育った魚の味は別格だ。

 食卓を囲むのは四人、だが壁際に控える執事やメイドは十人以上も居る。だが気配を消す技量も高いのか、それ程気にはならない。流石に装飾は控え目でも、配置人員は多いのだな。

 折角の川魚料理を堪能する。先ずはマスのムニエルだが、淡白な身に濃厚なバターソースが合う。川魚特有の臭みも消えているし、普通に美味い。今回は山の幸は無く川の幸で持て成してくれるみたいだな。

 ヘヒトは転生してから初めて食べる川魚だ。カワカマスとも呼ばれるらしいが、マスよりも淡白な感じだがグリルする事により脂が滲み出し香草と塩のシンプルな味付けなのに美味い。

 付け合わせのジャガイモもホクホクして味が濃い。バターを乗せると、溶け出して塩味が足されて美味い。料理自慢なのは自分の舌で理解した。

 素朴な料理だが舌の肥えた、ニーレンス公爵も美味しそうに食べている。メディア嬢は少し乗り物酔いしたのか、食が進んでない。

 僕にしては珍しくマスのムニエルはお代わりしてしまった。イルメラ達にも食べさせたいので、幾つか譲って貰おう。満足な朝食だった、もう帰りたい。いや駄目だ、弱気になるな!

「普段は少食なのに珍しくお代わりするとは、リーンハルト殿は此処の川魚料理を気に入ったみたいだな」

「はい、僕にしては珍しくお代わりしてしまいました。普段は思考が鈍るので腹八分目にしていますが、今回は美味しかったので特別ですね満腹です」

 軽くブルームス領を誉めて会話を繋げる。クロチア子爵も自分の領地の特産品を誉められれば、悪い気はしないだろう。

 他にもマウテラ湖の素晴らしさ、風光明媚な領地だと一通り感想を言う。本題に入る前の、お互いの腹の探り合い……

 とは行かないが、人となりは少しは分かったかな。双方悪い印象は無い、僕は迷惑を掛けてしまったが特に悪感情は無さそうだ。

 面の皮が厚いとか鉄面皮とかじゃないと思う。ジゼル嬢やリゼルが居れば、また違う判断かもしれないけれど……僕はクロチア子爵の事を気に入った。

「さて、我が家に滞在する見目麗しい他種族の淑女達ですが……そろそろお会いになりますかな?」

 淑女達?ミルフィナ殿一人って訳でも無いよな。不用心だし付き人位は同行して当たり前だった。あの結婚式に同行していた二人か?

 名前すら知らない魔牛族の二人の顔を思い出すが、形になる前に崩れてしまった。名前も交換してないし、仕方無いよな。

 角とか胸が大きいとか、特徴が有り過ぎで顔を覚えてない。バーリンゲン王国の連中が欲望まみれの目で彼女達を見るから、僕は極力見ない事にしてたし……

「魔牛族の、ミルフィナ殿にゼロリックスの森のエルフ族、レティシア殿が来ています。魔牛族の従者二人は、先にゼロリックスの森に帰りました」

「え?何で、レティシア殿が居るかな?」

「当事者不在だと意味が無いと言われまして……ですが、魔牛族の方々を抑えてくれましたので助かりました」

 お色気担当って言うか、人間族からすれば理想の母親像の魔牛族は知らない内に、クロチア子爵達に迷惑を掛けていたとか?貴族男性って殆どマザコンって言う暴言も有るみたいだし。

 エルフ族たる、レティシアには魔牛族は逆らわない逆らえない。だから大人しくしていた?本当に謝罪する気が有ったのか?レティシア同伴で、ミルフィナ殿が僕に謝罪するの?

 苦笑しながらも此方の表情を見ても否定しないって事は、魔牛族達はクロチア子爵達に迷惑を掛けてしまったのか……本当に早く帰ってくれ、魔牛族との今後の付き合いは浅くなるな。

「重(かさ)ね重(がさ)ね申し訳無いです。余計な苦労を掛けさせてしまい、本当に申し訳無い」

「いえいえ、リーンハルト殿が謝る必要など有りません。私の一族に不心得者が居ただけで、既に処分はしていますから安心して下さい」

 不味い、目が笑っていない。これは彼の一族の中に、魔牛族に対して熱烈なアプローチを強引に行った者が居て一線を越えてしまった。

 つまり相当強引に迫り排除されたって事じゃん!どんな一族にも必ず一人は居るって言う、女癖が悪く女性問題を起こす奴だよ!

 バーレイ伯爵一族だと、弟のインゴが最有力候補だ。最近は父上が引き取った、グレース嬢にまで色目を使ってるとか……僕より色事に積極的だよ。

「兎に角、早めに引き上げて貰う為にも直ぐに会いましょう」

「それが宜しいですな。では十時の御茶会として、周囲から隔離した離れの応接室にて顔合わせを行いましょう」

 周囲から隔離した離れ、つまり密談に最適な防諜対策を施した応接室って事だ。エルフ族に魔牛族の女性達と会うには最適、誰にも聞かれず知られず。

 逢い引きじゃないのは、ニーレンス公爵にメディア嬢。それにクロチア子爵も同席するから大丈夫、疑われない。逆に疑うなど、ニーレンス公爵の面子を潰す事になる悪手。

 ニーレンス公爵が自分の派閥の密談用に用意した、他に情報を絶対漏らさない為の屋敷だ。自然豊かな場所にしたのも、人目を極力避けるのと万が一の時は誰にも知られずに……

 


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