盛大に拗ねた、セラス王女の御機嫌回復の為に幾つかの提案をした。空を飛ぶか地に潜るか、巨大セラス王女像か高速軍艦による川下りか。
最終的にはライティングの魔法による光球の乱舞で、地上に満天の星を生み出す事で纏まった。報酬は王家主催の晩餐会への招待と、セラス王女本人が宝物庫を案内してくれる事。
だがロイヤルファミリーが参加する晩餐会で、セラス王女が両親や姉弟からどう思われているのかが何となく分かった。知りたくはなかったが……
最初は腫れ物を扱う的な対応かと思ったが、実際は彼女に構いたいとか彼女で遊びたいとか、本人は嬉しくない対応だろう。
初めて親馬鹿な、アウレール王も見る事が出来た。知らない方が良かったのか、孤高の国王だが人間味溢れる所を知れて良かったのか未だ判断に迷う。
実子でも一線引いた対応をしてると思っていたのに、セラス王女だけは特別扱い。ヘルカンプ殿下を簒奪の贄として扱い最近生まれた、レスティナ様には特に愛情を注いでいる様には感じない。
ヘルカンプ殿下は問題児だし裏切り者を集める贄だから分かるが、レスティナ様は……僕絡みで母親が色々やらかしたからか?それは僕にも責任の一部が有りそうだな。
◇◇◇◇◇◇
晩餐会の会場から、そのまま中庭の池の畔(ほとり)に移動する。ベランダに設えた特別観覧席は七席、同じメンバーで追加は無しか。キュラリス様とか参加すると思ったんだが……
既に八時を過ぎているし、残念ながら曇りで本物の月や星は見えない。普段より篝火(かがりび)や外灯も明るさを絞っているのは、今夜のイベントを邪魔しない為だな。
レジスラル女官長が段取りをしただけは有る、気遣いは完璧だ。彼女は少し離れた場所に、ベルメル殿とウーノと共に控えているが少し嬉しそうなのは楽しみだったのか?
ウーノに視線を送れば、小さく拳を握り締めて頷いた。つまりイベント参加の権利をレジスラル女官長からもぎ取ったのだろう。
セラス王女は自分だけの素敵イベントにしたかったみたいだが、実際は国王夫妻が参加する一大イベントになってしまった。ロンメール殿下は嬉しそうだが、ミュレージュ殿下は少し不満そうだ。
武官で武人だから、華やかなイベントより武闘会とかの方が嬉しいのだろう。僕との模擬戦も、アウレール王がやんわりと止めたから余計に不満が溜まっているのかな?
それなりに広い中庭だが、護衛の近衛騎士団員や参加する権利を勝ち取った女官や侍女達が大人しく控えていて、それなりの大人数になっている。
見回せば見知った顔は……セシリアにオリビア、それと今日世話になったカルミィ殿とユーフィンも居るな。凄い嬉しそうだが、結構話は広まったのか。
僕等の観覧席は池側に一列に向いて並んでいて、演者の僕が一番左側の席になっている。始まれば席を立たねばならないから有り難い。
アウレール王が中央、右側にリズリット王妃にミュレージュ殿下、そしてサリアリス様。左側にセラス王女にロンメール殿下、そして僕だ。
この配置、セラス王女が小声で不満を漏らしたのが聞こえたし、ロンメール殿下は何故かバイオリンを用意している。今夜は演奏や伴奏は不要なのだが?
王族って自己主張が激しいのか?セラス王女も自分の姿をした巨大セラス王女像を希望して却下されたし、目立つ事が必要なのかな?
「さて、準備も整ったみたいだし始めよう。古代魔法の復活、失伝した太古の魔法であるライティングを今夜復活させる。皆も楽しみにしているぞ!」
「なっ?御父様、それは私が……」
またですか?アウレール王はセラス王女と仲良くしたいと言っていましたが、主催者はセラス王女ですから美味しい所を持っていくのは駄目ですって!
思わず立ち上がり文句を言い掛けるが、すんでのところで思いとどまり座ったけれど相当不満だぞ。自分が主催した、素敵イベントを父王が横取りした位に思ってますよ!
「リーンハルト殿、満天の星を模すならば、私がバイオリンで伴奏しますので合わせて下さい」
え?ロンメール殿下もですか!僕が知らない曲に光球の動きを合わせるの?いやいやいや、ハードル高いですって!
それにバイオリンについては自他共に認める天才音楽家の、ロンメール殿下が演奏なんかしたら主役をセラス王女から奪いますって!
アウレール王もロンメール殿下も自己主張が激しいです。これじゃ折角回復した、セラス王女の機嫌が悪くなります。次は素直に機嫌が直るかは分かりませんよ。
まぁ王族のお願い事だから、僕に断る権利は無いし出来無いし無理なんだけどね……
「心配しなくとも、一般的で珍しくもない曲にします。そうですね、『星降る夜に貴女と』か『流星群』か『星空のパレードの下で』とかですね。どれが良いですか?」
「では『星降る夜に貴女と』でお願いします。一曲終わったら、次は無伴奏でお願いします」
ロンメール殿下、横を向いて下さい。セラス王女が拗ね始めています、このイベントは彼女の御機嫌回復の為の筈なのに、皆さんグイグイ前に出て来ます。
もう腹を括ろう。セラス王女も私的な催しとは言え、途中で拗ねて退場はしないで我慢しているみたいだ。彼女の堪忍袋の緒が切れる前に、何とかするしかない。
これも王命、セラス王女の機嫌が回復しなければ何度もチャレンジするしかない。まぁ巨大セラス王女像で何とかなると思うが、レジスラル女官長を説き伏せないと駄目なんだよ。
アウレール王が開始の挨拶をしてしまったので待たせる訳にもいかない。覚悟を決めて立ち上がると、僕に合わせてロンメール殿下も立ち上がる。
池の畔まで歩いて行くと、否が応でも視線が集まる。ロンメール殿下が説明も無くバイオリンを構えると、集まっていた視線が分かれ少しだけざわついた。
彼が演奏するとは説明に無かったから余計にだな。だが僕が両手を広げると静かになる、皆さんのキラキラした目の方が純粋に星屑だろうに……
「闇夜を照らせ、ライティング!」
自分の周囲に三百個の白色の光球を浮かべる。直径は5㎝、直視しても明るい程度だが数が多いと僕の周りだけ真昼のようだ。
このタイミングで、ロンメール殿下が演奏を開始する。聞く者を魅了する怖い位に素晴らしい演奏に、護衛の近衛騎士団達も意識の半分以上を割いている。
広げた両手を天に突き出す。クルクルと竜巻状となり10m程上空に昇った後で、水が湧き零れる様にして水面に広がる。狭い水面に浮かぶ光球を演奏に合わせて動かす。
最初は四つに分けてクルクルと回転させる。そのまま円柱の形にして浮き上がらせれば、四方に光の柱が出来た。柱と柱を繋げる様に光の渦が伸びる、石柱の神殿みたいだ。
『星降る夜に』は二人の男女が夜の丘に登り、寝転んで夜空を見上げて星空の素晴らしさに感動する話だ。その場で男が女に求婚する、流れ星を指輪の飾りにするとかロマンチックな話だ。
だが実際に星屑を集められる訳じゃない、比喩としては楽しいし女性受けはする。芸術家の、ロンメール殿下が好きそうな話だな。横目で見た、ロンメール殿下は目を閉じて一心不乱にバイオリンを弾いている。
出来れば演奏の方で演者の動きに合わせて欲しいのだが、演者である僕が演奏に合わせるしかない。星の輝きは白色に黄色に赤色、青色や緑色は無い。
神殿を模していた光球を一旦バラバラにして白色からオレンジ色、そして赤色に色を変化させてグラデーションにする。曲に合わせて細波(さざなみ)の動きをさせる。
色と動きの変化に観客達の視線は釘付けだが、未だ驚くのは早い。次は色を水色から青色と黄緑色から緑色に変化させる。普段は見られない光の色に、観客の興奮が高まる。
「そろそろ曲が終わる。余り連携は出来なかったが、ロンメール殿下は目を閉じて演奏していたから気付いてない。観客の評価も悪くないし、大丈夫かな?」
観客の興奮は最高潮、演奏の終わりに合わせて光球を池の中心に集めて竜巻状に上空を舞い上げる。演奏が終わり一礼する、ロンメール殿下に雪の様に光球を降らせる。まさに星降る夜だな……
この演出は気に入ったらしく、右手を胸に当てて右側から左側、最後に中央に向かい頭を下げると拍手が沸き起こるけど……皆さんも、セラス王女を見ようね。
不味い位に不機嫌さを表している。腹芸とか苦手な感じだったし、怒って立ち去りそうな雰囲気を纏っちゃってるよ。
もう少し、セラス王女に気遣って下さい。今夜の催しの意味を考えて下さい。レジスラル女官長も無表情を装っているけど、内心は慌てている。
僕と目が合うと口パクで『何とかなりませんか?』って言ったぞ。それは言質を取ったって事で良いですよね?軽く頷いて了承した旨を伝える。
「さて、第二幕を始めましょう。セラス王女、お手を……」
「え?あっと、はい」
拍手喝采だったが、ロンメール殿下が六割で僕が四割だろう。だがこのままでは終われない、王命が未達成だよ。未だ拍手が鳴り止まない内に、セラス王女の前に移動し跪いて右手を差し出す。
呆気に取られた、セラス王女がおずおずと手を差し出してきたので軽く握り締めて池の畔まで案内をする。既に全ての光球は雪の様に降り、地面に触れて溶けて無くなった。
次は新しい光球の乱舞を見せる、前座の第一幕は終わりで次の主役は、セラス王女。未だ誰も見た事の無い、ライティングの魔法の御披露目の始まり。
「大地より生まれよ、太古の神秘。地中より湧き上がれ光球よ!」
「まぁ?光球が地面から生み出されているのかしら?」
今度は逆に大地から生まれる様に、大量の真っ白な光球が浮き上がる。生まれたては真っ白、徐々に水色から青色に変わり上空を漂う。
その数は第一幕の三百個よりも多い五百個、大きさも1㎝と小さく光量を落としているので生まれたての儚い感じを醸し出している。
吹けば飛ぶ様な心細さに漂う弱々しさだが、数と制御された動きが意志の有る群れを彷彿とさせる様にしている。
「セラス王女、此方に。水上歩行をお見せしましょう。沈まないから安心して下さい」
「え?池の上を歩けるのですか?」
手を引いて池の中心に誘う。最初に僕が池の上を歩くのだが、ネタは水面の1㎝下に透明な硝子の板を錬金しただけだ。
だが足を乗せれば波紋が広がり、まるで水上を歩いている様に錯覚する。最初はオドオドしていた、セラス王女もネタに気付けば安心したみたいだ。
軽く握っていた手を放し数歩下がれば、僕の意図を感じたのかクルクルと回り始めた。観客の視線が全て集まっている、これが彼女の希望だよ。
「星屑のドレスを貴女に贈りましょう」
「まぁ?これは……」
上空に漂っていた光球をセラス王女のドレスに纏わりつかせる。わざと小さくした光球をみっちりと並べて星屑のドレスに見立てる。
周囲にも彼女を中心に光の輪を作れば観客の興奮は最高潮、水上の舞台は彼女だけの独壇場だ。もう少しだけ頑張れ、数が多く常に彼女の動きに合わせる制御はキツい。
視界の隅にバイオリンを構えた、ロンメール殿下が見えた。まさか演奏する気か?第二幕は無伴奏でとお願いしたのに、またやらかすのかと視線を送れば……笑った?
「ワルツ、『二人だけの夜に』だと……」
つまり僕に、セラス王女と一曲踊れって事か?この難しい光球の制御をしながらダンスを踊れとか鬼畜な所業だぞ!
セラス王女が動きを止めて僕を見ている。これは腹を括って一曲踊らないと終わらない。幸いだが彼女は、ロンメール殿下の乱入を悪く思っていない。
自分の独壇場に、僕が参加しても構わないって事だな。早く行動しないと間が開いて間抜けな感じになる、やるしかない。
「セラス王女、僕と一曲踊って貰えませんか?」
「良いでしょう。今夜の私は王女ではない一人の女、貴方だけを見ていましょう」
オペラの有名な台詞の引用だな。危険な台詞だが、幸い周囲には聞かれていない。セラス王女の手を握り腰に手を回してダンスを踊る、アレンジ無しの正当な方でだ。
光球の輪を広げ、セラス王女と僕を包む様にする。星屑のドレスに光球のリング、水面に写る姿は自画自賛だが幻想的だろう。女性陣の興奮が凄い。
めったに、いや僕以外では演出不可能な舞台を見ているのだ。創作上でしか不可能だった星屑のドレスに水上のダンス。これは、アーシャ達ともプライベートで同じ事をしよう。
ダンス自体は転生前に身体に叩き込まれたから意識を割かなくても何とか踊れる。光球の輪も大した事は無いが、星屑のドレスが厳しい。
動くからスカートも捲れる、衣服の動きに合わせるのは難しい。動きがズレて、ドレスの布地が見えてしまっては興醒めだ。
そろそろ厳しい。終わらない演奏に痺れを切らして、ロンメール殿下を見れば目を閉じて一心不乱に演奏している。だから主役は、セラス王女だって知ってますよね?
結局、ロンメール殿下が満足する三曲分の長さを踊らされた。何とか失敗せずに無事に終えたが疲労困憊、敵軍を殲滅するより疲れるってなんだよ。
演奏が終わり向かい合わせとなり一礼する。セラス王女に纏わり付かせていた光球を空気に溶ける様に魔素に還す。最後の仕事として、手を取り水上の舞台から降りる。
セラス王女は御満悦みたいで、真っ赤になり目も潤んでいる。本人も興奮が止まらない感じだろう、現代では再現不可能な魔法を体験したからな。
最後にセラス王女の前で跪いて一礼、右手を差し出してくれたので軽くキスをして終了。僕の長い戦いは終わった……早く部屋で休みたい、もう限界です。
「リーンハルト卿、見事に古代魔法を復活させました。その功績を称え、この指輪を授けます」
「有り難う御座います」
ん?周囲がざわついたが、女性から指輪を貰うのが不味かったのか?受け取った指輪は、特に魔力は付加されていない普通の……
いや、普通じゃない。エムデン王国の紋章が刻まれている。つまり曰く付き、いや由緒正しい歴史有る指輪って事だよな。
これ不味くないか?最後の最後で、とんでもない指輪を貰ったって事?アウレール王に視線を向ければ、笑って頷いたからギリギリ大丈夫?
リズリット王妃は苦笑して、レジスラル女官長は額に手を当てて首を振っている。つまりギリギリ大丈夫じゃなかった?満足げに会場から去る、セラス王女のフリーダムさが怖い。
彼女に続いてロイヤルファミリーが退場する。レジスラル女官長とサリアリス様に話を聞かないと駄目だ、未だ僕の夜は終わらない。
日刊ランキング19位、有難う御座います。