古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第660話

 約二ヶ月振りの我が屋敷、終の住処の筈なのに帰るのを楽しみにしていた筈なのに、帰りたいと帰りたくない気持ちが、せめぎ合っている。

 愛する者達が待っているのに、会いたい気持ちと会いたくない気持ちも、せめぎ合っている。何と言う矛盾、人の感情の機微は難しい。

 どうして、こんな状況に追い込まれたのか?勿論だが自業自得だ、誰も悪い訳じゃない。クリスの誤解は、拒めば感情を取り戻す事が出来なくなるから不可抗力なんだ。

 言い訳はしないが弁解は聞いて貰おう。男女の件での隠し事は、面子やプライドを持ち出せば大抵悪化する。素直に説明して謝る、それが正解だと僕は思う。

 まぁ男女間の事など不慣れな僕には未知の世界だし、どう足掻いても自力解決は無理だ。複数の嫁を持つ連中の凄さが、分かりたくないのに分かる。

 多くの側室を持つ、デオドラ男爵や後宮を持ち多くの寵姫を持つ、アウレール王とか本当に凄い。僕には真似出来無いし、するつもりも無いが……上級貴族として、何時かは避けて通れない道なんだよな。

 王宮から上級貴族街の僕の屋敷迄は十五分位の距離だが、歩いて帰る訳にはいかない。訪ねる時も訪ねられる時も、徒歩は有り得ない。

 平民階級を呼び付ける時は、辻馬車か迎えの馬車を差し向けるか、色々と配慮しなければならない。見栄と面子、貴族は色々と面倒臭いが軽んじる訳にはいかない。

「面倒臭い事を考えていますね。リーンハルト様の思考は、年配の貴族の方々と似ています。つまり実年齢と合ってないのですが、本当に未成年ですか?若作りとか?」

 え?年齢詐称を疑われた?確かに『治癒の指輪』を装備すれば、老化は半分位になる。でも寿命は延びない、若さを維持するだけだ。

 そして僕は肉体的年齢は未だ未成年、若作りなどしていないし『治癒の指輪』も持っているが装備はしていない。今は早く成人したい、子供じゃ嫌なんだ。

 嗚呼、『治癒の指輪』はあげないよ。複数所持してるけど、冒険者ギルド本部に三個渡したけど争奪戦が凄かったそうだ。オールドマン代表が半泣きになる位、凄かったそうだ。

 恐ろしきは若さと美貌の維持を望む女性かな……

「魔術師は常に冷静たれ。僕は未成年だが爵位と役職を頂いた時点で、年相応とかは捨てた。それは甘えでしかない」

「私だって女です。若さには気を使いますが、『治癒の指輪』を強請るほど恥知らずじゃ有りません」

 思考の海に沈んでいたが、リゼルがギフトで読んでいたみたいだ。そして叱られてしまった、強欲じゃないって事だな。確かに考え方は少年でも青年でもない中年だ。若さ溢れる無謀さが無い?経験が薄い未熟者?

 年相応か、同い年の友人って貴族と平民を合わせても少ない。何を持って年相応と判断するのか分からない、コレットが一番身近だが彼も特殊だからな。

 同僚や友人は年上の父親世代が多いし、僕も今更無冠無職の同世代と友人関係を結べるか?無理だな、庇護対象だし対等な友人関係とか無理で上から目線に……

「トラウマを抉る様で申し訳有りませんが同世代の友人ではなく、リーンハルト様が少年らしくないと言っています」

「だから年相応な少年の態度が分からないんだよ。知り合いの年の近い連中も同じ様な状況だ、自立し働いている。故に年相応な態度を取る奴とは接点が無い、だから分からない」

 僕と同世代って未成年だが、まともに話した事は少ない。ヘリウス殿は子供っぽいし後は誰だ?年上の友人は居るが、誰も息子を紹介してくれないんだよ!

「いえ、性格や態度の話だったのですが……笑顔を振り撒くとか、表現豊かに喜びを表すとか、もっと友好的に接するとか、他人に積極的に触れ合うのも十代の特徴ですわ」

 笑顔を振り撒く?前に実践して引かれて失敗したよ。表現豊かに喜びを表す?性格的に無理、わざとらしい感じになるからマイナスだよ。

 もっと友好的に接する?距離感が掴めないし、僕の立場で誤解を招く行動はマイナスだよ。他人に積極的に触れ合う?インゴみたいにか?

 そんな態度を取れば、側室が直ぐに集まって親戚付き合いが問題になる。マイナスだよ、全部マイナスだよ!

「却下!マイナスだよ、全然良くならない。無愛想で消極的で非友好的で結構、問題しか無いよ」

「あらあら、リーンハルト様は女性に対しての考え方と態度を気にしてますが、同性の友人に対してですわ」

 む?積極的に触れ合って来る同性を自分が触れ合われる側で考えると……恐怖しかない。前に『妖(あや)かしの恋』とか男性同士の恋愛が有るとか聞いたが最悪だ。

 僕は異性の成人した女性が好きなんだ。幼女は趣味じゃなく、親子ほど離れた年齢差も無理。極々一般的な性的思考を持っている、メイド服と女性の体臭が好きな平凡な男だ。

 リゼルの意見は参考にならない、ならないったらならない。彼女は、イーリンやセシリアに毒されている。友人関係に口は挟まないが、少々特殊だな。

「違います。リーンハルト様は自分に好意を向けてくれている女性に対して淡白過ぎます。もっと相手に誠意有る対応が必要です、必要なのです!」

「誠意?多情は誠意から程遠い、つまり僕は誠意を持って淑女に接しているから問題は無い。嗚呼、屋敷に着いたから、この話は終わりだよ」

 話し込んでいる内に、我が終の住処に到着した。正門前に、ニールとメルカッツ殿が警備兵を従えて整列している。

 帰る前に先触れを送ったから、わざわざ待っていてくれたのか。それは嬉しく思う、本当に嬉しい。

 メルカッツ殿達は、王都を守る戦いに参加して貰う。これで名誉の回復と汚名の返上が出来るだろう。待たせてしまったが、今回は上手くやれそうだ。

「この話はまた次回に、ゆっくり話し合いましょう」

「いや、もう結論まで行ったから討論はお終いだよ」

 可愛く頬を膨らませて横を向いてしまったが、君は僕の友好関係に何を求めているんだい?

 そしてクリス。全く興味有りません的に無反応だったが、せめて何か話すなり反応するなりして欲しかった。

 いや、肩をポンポン叩かれても慰めてくれているって事か?哀れむ視線を送る事は出来るのか……

◇◇◇◇◇◇

 ニールやメルカッツ殿、警備兵達に窓から労いの言葉を掛けて手を振る。馬車はそのまま屋敷の正面玄関の前に横付け、使用人一同が出迎えの整列をしている。

 先に馬車を降りて同乗していた、リゼルに手を差し伸べて降りる手伝いをする。彼女は男爵位を持つ淑女だが、クリスは平民で護衛だから一人で降りる。

 差別みたいで心苦しいが、リゼルは貴族で女男爵、クリスは平民の護衛。身分差を甘く見て蔑ろにすれば、何時か自分にマイナスとして跳ね返ってくるので、嫌なモノだが仕方無い。

「「「「「お帰りなさいませ、旦那様。従業員一同、旦那様の凱旋帰国を誇らしく思います」」」」」

 メイド長のサラと、筆頭執事のタイラントが使用人を従えて出迎えてくれたが……一糸乱れぬ行動に声まで揃っていたけど、まさか練習したの?

 その後ろに唯一の側室で伯爵夫人のアーシャと、唯一の婚約者で本妻予定のジゼル嬢が満面の笑顔を浮かべている。少し後ろには、イルメラとウィンディアも控えている。嗚呼、早く匂いを嗅ぎたい!

 リィナにナルサの新人メイドコンビ、ベリトリアさんとコレットの魔術師コンビ、アシュタルにナナルの家臣コンビにも短いが声を掛ける。これも人心掌握術であり、雇い主の気持ちだ。

 彼女達は、イルメラ達の左右に控えている。声を掛け易い順番なのか?僕の知らない順位が有るのだろうか?まぁ知らない方が良いのかもね。

「お帰りなさいませ、旦那様。無事で帰って来てくれただけで嬉しいです」

「今回の王命も理想的な形での達成ですわ。ですが、ザスキア公爵様からの報告書の詳細については……後で、ゆっくりと教えて下さいませ」

 ジゼルさん、その微妙な間は何ですか?

「うん、そうだね。危ない事は全く無かった、平和的にとは言わないが比較的簡単で安全だったよ。だから心配しないでね」

 事実は言えない、軍規も有るが幾つかの誤情報も攪乱の為に流しているから。アーシャは僕の無事だけを喜んでくれたが、ジゼル嬢は少し溜めた後に教えて下さいませって笑顔だけど尋問みたいだぞ。

 ザスキア公爵の報告書って何だ?彼女は僕に内緒で、ジゼル嬢達にどんな内容の報告書を送ったんだ?悪い事は書いてないのは分かるが、ジゼル嬢の額に浮かぶ青筋を考えても……

 まぁ全て後回しにして、今は自分の屋敷に帰って来た事、彼女達に会えた事を喜ぶ事にしよう。先ずはジゼル嬢とアーシャの匂いを嗅がなければ、禁断症状が収まらない。指先の震えが押さえ切れ無い、早く嗅ぎたい。

 待てが出来無い犬の気持ちが分かった。なる程、この焦らし気分は耐えられないな。

「細かい話は後回しにしよう。ただいま、今回も無事に帰って来たよ」

「お帰りなさいませ、旦那様!」

「お帰りなさいませ、リーンハルト様!」

 飛びかかる様に抱き付いてきた二人の腰に手を回して抱き締める。そのまま首筋に鼻を押し付けて匂いを嗅ぐ、胸一杯に吸い込む。嗚呼、頭がクラクラする。多幸感に包まれる感じだ、これが守りたい幸せ。

 僅かな時間だが満たされる。未だ嗅いでいたいが今は我慢、玄関前で変態行為に勤しむのは駄目なんだ。名残惜しいが、二人から離れる。

 次は、次はイルメラとウィンディアだが外では不味い。僕は品行方正で慈悲深いらしいから、変態行為はイメージ戦略的にも駄目なんだ。

 皆が求める英雄は変態でした……それじゃ民衆は納得しないだろう。下手をすれば暴動だな、うん止めよう。

「さぁ屋敷の中に入ろう。久し振りに、自分の屋敷で寛ぎたいんだ。二ヶ月振りだから、色々と話したい事が沢山有るんだ」

 アーシャとジゼル嬢の腰を軽く押して中に入る様に促す。早く外からの視線を外して室内に入れば、もっと自由に匂いを嗅げる。

 駄目だ、頭の中が変態的思考に埋め尽くされている。僕ってこんなに性的欲望に忠実だったかな?もっと我慢強くてストイックだと自負してたけど、全然駄目だ。

 やはり二ヶ月も彼女達と離れちゃ駄目なんだ。匂いの成分不足が身体を蝕む、これは新しく魔香の恩恵を受けた弊害なのだろうか?新たな効果の組合せは、難しいかな……

◇◇◇◇◇◇

 使用人の前では迂闊な行動は慎まなければならない。つまりイルメラとウィンディアの匂いを嗅ぐのはお預け、我慢しなければならない。

 厳選した使用人達だが、前にメイド長のサラのことで伯爵家を仕切るには平民は駄目だと吹き込んだ者が近くに居る。嫉妬なら良いが、敵対勢力に買収されていたら情報が流れる。

 イルメラとウィンディアは、ウルム王国との戦争が終わらなければ、バーナム伯爵とライル団長と養子縁組が終わらない。確かな地位を得ない前は慎重に、それが重要なんだ。

「夕食前だが紅茶を飲んで少し休もうか。王宮の自分の執務室の親書の山を見て、帰って来たと変に実感したよ」

 皆で応接室に移動する。お付きのメイドは、ヒルデガードだけだ。彼女も古参のメンバーだからか、メイド長のサラの次に立場が強そうだ。

「御屋敷の方にも沢山来ていますわ。親書の仕訳と祝いの品物の目録は用意しています」

「傷みやすい生物(なまもの)、青果や鮮魚類は全てライラック商会に売り払っております」

「バニシード公爵様の派閥構成貴族の方々からです。嫌味を含めたいけれど、祝いの品物を贈らないのは不義理で非常識。もうガラクタは贈れないので、高価な不要品として生物(なまもの)なのでしょう」

 普段は心優しい女性陣からの説明は多分に毒を含んでいた。直接的な表現は無いが、その表情が雄弁に物語っている。だが政敵だし、立ち位置が明確だから摺り寄られるよりは良い。

 確かに最初の頃は爵位も低く、新人貴族の洗礼として不要品やガラクタ等を贈られたな。あれは嫌味だったと、後から教えて貰ったんだ。

 出世して地位も権力も高くなったから、嫌味としてもガラクタ等は贈れない。身分上位者に対して不敬だし貴族的常識も疑われる。

 だから王命達成を祝うが不要品を贈る事で、派閥のトップに義理立てしたんだ。贈る事は贈ったが、嫌味で困る物を贈りましたとね。

 何人かは本当に派閥移籍を匂わせて摺り寄って来ている。バニシード公爵は没落に向かっている、泥船に乗るのは嫌な連中は派閥移籍しか手段が無い。

 直接摺り寄るのが嫌な連中は、他の公爵四家を頼り実際に派閥を移籍した者も居る。家の存続を賭けたパワーゲームなんだよな……

「今の所、敵対していた連中を受け入れる事はしないが、バーリンゲン王国で有能な連中の引き抜きをしたんだ」

「ラビエル元伯爵ですわね。汚職塗れの方々の中で珍しく清廉潔白で有能な方、その少ない一族もですね。アウレール王が子爵位を与えて、旦那様の配下にしたとか……」

「ミズーリさんは、ザスキア公爵様が直々に鍛えて一人前の淑女にすると聞きましたわ。腹心候補ならば、相当優秀な方なのでしょう」

 ん?先程決まった話なのに何故知っている?何処まで情報が流れている?謁見室での話だから、ザスキア公爵がか?

 彼女は僕の家族との連絡網を構築している。つまり双方情報は筒抜け、だが味方だし彼女も家族みたいなモノだから良いのか?

 真面目な顔なのか無表情な顔だと思って良いのか、ザスキア公爵とジゼル嬢達の関係性が良く分からない。調べて把握しておかないと、不味いような……

 


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