古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第648話

 リーンハルト卿がバーリンゲン王国の王都に帰って来ると、今朝方に先触れの伝令兵が親書と定期報告書を届けに来たわ。最後の兄、コーマは捕縛し連れて来ると言う大問題を知らせてくれた。

 何度目かの三姉妹での密談、この王宮の最奥の防諜対策を施した王家専用の部屋での話し合いも何回目かしら?話し合いの内容は、リーンハルト卿絡みの事ばかり。女王と王女を悩ませる殿方は、宗主国の年下の重鎮。

 コーマの支配都市も傘下に収めたけれど、間に合わない護衛の代わりに少数部族連合を防衛部隊として周辺に配置したと報告書には書いてある。彼等の助力は必要、あの条件を認めた親書も使わないかと思ったのに……

 私達の増援が遅い為に現地にて徴用したと言われたら反論は出来無い。リーンハルト卿は一ヶ月で討伐遠征を終えるので、増援のタイミングを合わせる様に依頼されたが間に合わなかった。

 極力守備兵を降伏させ傘下に加えて貰いながら間に合わない、私達の不甲斐なさ。でも毎回一日で城塞都市を攻略したり、待ち構える二千人の正規兵達に野戦で勝利するとか信じられないわ。

 向かい側に座り親書と定期報告書を回し読みする妹達の表情は両極端ね。ミッテルトは喜び、オルフェイスは不満そう。そんな彼女達の為に紅茶と御菓子を用意する。この部屋には侍女も入れていない。

「最後のコーマの処分を私達に任せる。ザスキア公爵は公開処刑にして、日和見な連中の危機感を煽り態度を決めさせろとありますが……」

「幽閉など有り得ないわ!反逆者は悉く断頭台に送る、未だに私達に協力しない馬鹿な連中への良い脅しになる筈よ。最後に私達に華を持たせる、リーンハルト卿の気遣いよね?」

「そう。私達の新政権に協力しない連中の希望を打ち砕くには有効、他人任せの討伐では効果が薄いと言われたら反論は出来無いでしょう」

 オルフェイスは公開処刑に難色を示している。有る意味では有効だけれど、リーンハルト卿に集まっていた悪感情が処刑した私達にも向かう事になる。

 リーンハルト卿は辺境の領民や守備兵、リヨネル伯爵にカシンチ族連合とは良好な関係を結んだが、中央の貴族連中からは反感を集め始めている。

 でも非情な公開処刑を断行すれば、彼等への恐怖や反発は此方にも幾分か向かう。リーンハルト卿がエムデン王国に戻れば、負の感情の対象は私達だけ。

 ザスキア公爵は自分が寵愛を授ける、リーンハルト卿に悪感情が集まるのを良しとせずに仕掛けてきたと思う。コーマを生かす事の危険を承知で、必ず処刑する様に仕向けた。

 幽閉など出来無いし、毒杯を煽らせ自殺も許可出来無い。コーマは直ぐに処刑するしかない、処刑を長引かせれば馬鹿な事を考える連中が出て来る。生かせば私達新政権維持の危険度と難易度は跳ね上がる。

「言われた通りに直ぐに公開処刑にするしかないわね。でも彼等は立ち会ってはくれない、私達が主導し彼を処刑するしかないわ」

「国内感情の操作、いえ悪感情の擦り付けでしょうね。辺境の連中は貴族も守備兵も領民も、辺境の少数部族の一部さえも、リーンハルト卿に好意的。地方に親リーンハルト勢力が出来てしまったわ」

「でも彼はエムデン王国に帰るわ。多分もう私達には関わる事は少なくなるから、巻き返せるんじゃないかしら?中央と地方が対立し政権が揺らぐ事は、エムデン王国としてもマイナスの筈でしょ?」

「適度に中央と地方のパワーバランスを調整し、中央への集権化を邪魔しているのよ。政権の安定はプラスだけじゃない、独立心が育つから長い目で見れば中央と地方は適度に反発して欲しい。あの女狐公爵が同行したのは、コレが狙いだったのよ」

 完全に味方じゃない。頼まれた事は完璧に行うが、自分達の為に頼まれない事も完璧に行うとか嫌がらせにしても文句は言えないわ。

 私達の責任も多い、頼まれた増援の遅れに我が国の貴族連中の非協力的な態度。もはや妨害工作と言われても反論出来無い状況を突かれたわね。

 現代最強魔術師と凶悪謀略公爵のコンビに掛かれば、私達など小娘でしかなかった訳よね。文句は言えない、逆に言われるだけだわ。でも逆賊は全員討たれた、状況は好転してはいる。

「英雄様の凱旋を祝う準備を始めましょう。王都を挙げて歓迎、王宮で祝いの舞踏会の開催。感謝の気持ちを目に見える形で行い、私達と友好的な関係だと国内外に広める必要が有るわ」

 予算は確保出来ているわ。討伐遠征と言っても、派遣する兵士の維持費しか消費していないし、兄達に抑えられていた城塞都市を勢力下に置けたから税収も多い。

 大々的に消費する事にはなるけれど、文句は言われないでしょう。宗主国の重鎮、討伐遠征を一人で行った英雄の歓待ですからね。逆に質素ではバーリンゲン王国が笑われてしまう。

 反対するのは勇気が必要だし裏切りを疑われる行為、リーンハルト卿の不興を買えば殺されてしまう。そう思わせるのも一興、彼を恐怖の象徴にするのも良いかしら?

「帰国に合わせて例の集団お見合いの準備も進めます。つまりコーマの処刑に合わせて、非協力的で不要な連中も間引きます。コーマが仲間だった連中の名前を自白したと言えば、事実はどうあれ大丈夫でしょう」

「そうね。直接同行はしなかったけれど、王都に残っていた協力者として処罰しましょう。当主は処刑し、家を残したければエムデン王国の若手貴族を受け入れなさいと強要、いえ説得……提案しましょう」

 彼等が私達への権力集中を妨害をするならば、私達も彼等を利用し不穏分子を減らし地盤を固める事にしますわ。

 そして人材が減り政務が機能しなくなる危険に晒されれば、オルフェイスの集団お見合いの件は強行出来ると思う。つまり事前の摺り合わせの為に、彼等の帰国に同行出来る。

 少しでもエムデン王国の若手貴族の取り込みを急がなければならないわね。宗主国との縁を太く深くして、次の策の取っ掛かりを作る事にしましょう。

 リーンハルト卿には悪いけれど、私達三姉妹は何処までも力一杯縋り付いていきますので、今後とも宜しくお願い致しますわ!

◇◇◇◇◇◇

 バーリンゲン王国の王都の手前まで来ているが、事前情報により盛大な凱旋式典が計画されているらしい。情報を集めているのは、ザスキア公爵直属の凄腕諜報員だ。

 本来ならば歓迎するにしても先ずは僕等に一報が有り、時間や隊列を整える準備をさせるのだが……連絡が無いとは段取りがなってない。

 理由として、コーマと言うお荷物を抱えているので隠密行動に徹しているから。途中の街や村には立ち寄らず極力目立たぬ移動をしている。だが街道を進んでいるし街道沿いで野営しているから、探せる筈なんだけど。

 ザスキア公爵が楽しそうに行程を調整しているから、僕はお任せして何もしていない。彼女は深夜に王都に入るつもりだと思う、凱旋も歓迎の式典も全て断っていた。

 僕も同意した。歓迎式典とか、僕等に擦り寄る面倒な連中が喜ぶだけだ。パゥルム女王に早くコーマを引き渡し、今後の打合せをして早々にエムデン王国に帰りたい。

 歓迎式典や歓迎舞踏会は本来なら受けるべきだが、戦時下に華やかな式典は自粛するのが最良。のこのこ参加すれば、戦時下に何をしてるんだと政敵から攻撃される材料になりかねない。

 パゥルム女王達も戦時下に下手な引き留め工作をしたとか言われかねない。エムデン王国は、ウルム王国と旧コトプス帝国の残党共と戦争の真っ最中なんだ。

 パゥルム女王からすれば、自分が送った歓迎式典の準備の使者は僕等を探し出せず、ザスキア公爵の戦争中故に式典等は不要の親書が届いた訳だから慌てているだろう。

 理由も書いたし、五日後の深夜二時に王都東門から入ると場所も時間も指定したのだから問題は少ない筈だ。東門は王宮に最短で着くし、今は早くコーマを引き渡す事が重要。

 感謝の気持ちか僕等との縁を深めたいかは知らないが、余計な御世話でしかない。早く兎に角早くエムデン王国に帰りたいんだ!

「パゥルム女王ですが、大袈裟な歓迎式典で僕等が喜ぶと思ったのでしょうか?」

 黒塗りの馬車の中で同乗する、ザスキア公爵に聞いて見る。心底楽しそうな笑顔を浮かべただけで応えてはくれない、向こうの思惑を潰しただけじゃなさそうだ……

 予定の時間まで後僅かしか残されていないが、十分間に合う距離に居る。もう東門は目視出来るが普段の三倍の警備兵が見える、黒塗りの馬車の集団に向こうが気が付いたみたいだ。

 街の住民には僕等が凱旋途中なのは知っているが、何時来るかは知らされていない。明日の朝にでも、僕等が来た事と、コーマが捕らえられた事が発表されるのかな?いや、準備が有るから明後日か?

「む、隊列が止まった。話し込んでいたら、城門前に到着したみたいですね。どうやら、ミッテルト王女が出迎えてくれたみたいです。僕が顔を出して来ます」

「あらあら、淑女が深夜に出迎えるなんてはしたない。お土産(コーマ)が待ち切れなかったのね」

「前回も同じだったので、彼女の出迎えは予想はしてました。この時間に設定したのも、何かしらの意味が有ったのですよね?」

「建前は昼間より目立たないからで、本音は嫌がらせかしら?」

 楽しそうに笑ってるけど、そんな単純な理由じゃないのは分かる。だけど、その意味が分からないんだよな。僕も未だ修行が足りないって事か……

◇◇◇◇◇◇

 馬車から降りて先頭まで歩いて行く。前方の隊列は、ザスキア公爵の配下で後方の隊列は、妖狼族を配置している。そのザスキア公爵の精鋭の配下達が戸惑っているのは……

 こんな深夜の城門に、パゥルム女王と二人の妹王女が出迎えれば困惑するよな。常識的に考えて、女王が王都の最端部の城門に来るな。

 多分だけど、自ら出迎える事が誠意とか思ってるのか思わせたいのか……まぁ後者だな。少しだけ手間を掛けさせて悪いと思った、ほんの僅かだけどね。

「これはこれは!わざわざ、パゥルム女王や妹王女達まで出迎えとは恐縮してしまいます。ですが、コーマの引き渡しは厳重な警備体制を敷いた場所にてお願い致します」

 慇懃無礼に一礼する。嫌味じゃないが、向こうも非常識な事をしてきたので牽制してみた。パゥルム女王は笑顔が固まり、ミッテルト王女は不快感をオルフェイス王女は小さく笑った。

 口の端を釣り上げる嫌な笑い方だ。お前の嫌味など大した事はない、可愛いものだと思われたのかな。オルフェイス王女は、悪い意味で成長している気がする。

 国の為に自らの婚姻を受け入れた幼い王女は、自分を裏切った貴族や国民に対して興味が無くなった。今有るのは、姉二人の事だけだ。

「目立てば騒ぎ出す馬鹿者共から、コーマを隠す為に深夜に来たのです。パゥルム女王自ら妹王女二人を引き連れて、最端部の城門まで出向けば疑う連中も居ます。出迎えて貰えたのは嬉しいですが、少し自重するべきでしょう」

 多少のリップサービスを乗せて、やんわりと無茶するなと言う。女王と王女、残された王族三人が纏めて警備が不十分な場所に居る。

 何か有れば、バーリンゲン王国は崩壊し新政権の樹立に尽力する事になる。適当な王位継承権を持つ者を探し、御輿として担がなければ駄目とか面倒だ。

 この姉妹は本当に全力で僕等に縋り付いて来る。少しは遠慮とかしろよ、僕を労えよ!何とか表情は笑顔にしているが、口元が痙攣しているのが分かる。

 深夜で暗いから分かり辛いと思うが、オルフェイス王女は面白そうに笑っている。純真無垢じゃなく黒い笑い、僕が建前で我慢しているのを承知しているんだ。

 すっかり腹黒い少女になってしまった。立場と処遇が彼女を国を思う責任感の有る王族から、姉二人以外に無関心な歪な少女に変えたか……

 フローラ殿も深い闇を抱えてしまったし、今回の件はパゥルム女王も含めて女性の人生を狂わせているよな……

「さて、周囲にバレる前に入って宜しいですか?コーマは早急に引き渡します」

「分かりました。先ずは城内に、その後で地下の特別区画の牢屋を準備しておりますわ」

「私達は、リーンハルト卿を出迎えたかっただけなので、この後の事は彼女に任せます」

「ミーティアです。此処からは私が御案内致しますので、宜しくお願い致します」

 深々と頭を下げたのは、衣装は侍女だが魔力を持っているので、王族の影の護衛だろう。武装女官の様に見た目で強者とは分からない、儚げな美女だ。

 パゥルム女王達との御茶会の時に見掛けているが、彼女を自分達から離すとなると、バーリンゲン王国の人材はお寒い限りみたいだ。

 コーマの公開処刑に合わせて、自分達に協力しない官吏達も間引くのだろう。もしかしたら、オルフェイス王女は集団お見合いの事前打合せだと言って、僕等の帰国に同乗するつもりじゃないか?

 


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