古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第643話

 夢を見た、とても幸せな夢だった。イルメラと二人で冒険者となり、ウィンディアとエレさんも後からパーティに加わり楽しく過ごす夢だった。

 冒険者ギルド本部の指名依頼の無茶振りに文句を言いながらも依頼をこなして報酬を得る。次第に知り合いのパーティ、『野に咲く薔薇』や『静寂の鐘』、『マップス』と交流を深めていく。

 シュタインハウスで馬鹿騒ぎをして、兄弟戦士に男の夢百選を教えて貰い、ポーラさんにからかわれて、リプリーが慌てる。貴族の柵(しがらみ)や国家間戦争など無縁の穏やかな日常。

 冒険者ランクCとなり成人して、イルメラと結婚し、ウィンディアを妾に迎えた。妻妾同居、力有る冒険者ならば複数の嫁を貰うのは普通の事で恥じる事ではない。

 父上と母上が新婚の時に暮らしていた家で三人での新婚生活。二人の手料理を毎日食べれる幸せな生活、夢でしか見れない有り得たかも知れない違う未来。

 廃嫡して平民となった、只のリーンハルトとしての未来。だが目覚めた後の現実は、新貴族男爵の長子から宮廷魔術師第二席であり、四つの領地を持つ侯爵待遇の伯爵への異例の大出世だ。

 誰もが羨むサクセスストーリーの実情は、バニシード公爵と政争を行い旧コトプス帝国とウルム王国の連合勢力の謀略を跳ね返し、属国化したバーリンゲン王国を平定する総司令官。

 貴族の柵(しがらみ)どころか、魑魅魍魎が蔓延る王宮内でドロドロの政争をしながら他国とも戦争もしている。幸せな夢とは真逆の現実、僕の両手は同族四千人以上の血で真っ赤に汚れている。

 だから何だ?

 有り得たかもしれない幸せな未来、気苦労の少ない穏やかな暮らし。だが現実では有り得ない、力を持った者には相応の試練と困難が付き纏って来る物だ。

 僕は自らの意思で力を得た。権力も財力も魔術師としての力も……もう平民として気楽な暮らしなど不可能、降り懸かる不条理に打ち勝つ力を求めた結果だよ。

 だから僕はこれからも戦って戦って戦って勝ち取る。自分の未来、自分の幸せ、大切な人達との幸せな生活の為に……敵対した者は容赦しない、自分勝手な傲慢な考え方だが自重はしない。

 血塗られた手で掴む幸せなど無い?いや、有るよ。他人に祝福されずとも、自分と大切な人達だけが幸せならば良いんだ。他は余裕が出来れば考える、優先順位は明確に八方美人は優柔不断だと思うんだ……

◇◇◇◇◇◇

 リーンハルトが、バーリンゲン王国の平定に向かって一ヶ月が過ぎた。ザスキア公爵が定期的に情報を王都へと伝えているので、殆どの国民達は奴の活躍に一喜一憂している。大した人気だな、奴は過剰な位に平民に配慮している。

 漸く第一陣が王都を発った。バセット公爵が最後、グンター侯爵とカルステン侯爵の軍は連携もせずに個別に出陣した。王都の外で集合し、逐次出陣と消極的だが本人が一族を纏めて共に出陣した。

 侯爵二人は裏切り者疑惑が持たれている、その疑惑を晴らす為にも陣頭指揮をする必要が有る。その二人を監視する為にと、バセット公爵は最後に出陣した事になっている。

 最前線に裏切りの疑惑が有る者が出る、そのまま亡命するか軍を率いてエムデン王国に敵対し牙を剥くかは分からない。まぁ奴も侯爵二人に嵌められたとは言え、僅かながら裏切り者疑惑が有るので微妙だが……

 侯爵二人は各々騎兵部隊百騎と歩兵八百人、それと荷駄部隊が二百人とそれなりに纏まった戦力を用意した。バセット公爵は裏切り者疑惑を晴らす為にも更に力を入れている。

 騎兵部隊二百騎に歩兵千五百人、荷駄部隊は三百人。予備兵力として歩兵五百人も第二陣として合計二千五百人を集めて出陣した。派閥の連中から最大限絞り出した戦力、自分達の領地の守備兵を減らしてまで動員した。

 だが領民からは徴兵はしていない。エムデン王国内で、旧コトプス帝国の連中が手引きした傭兵共が悪さをする対策の為にも、戦力は残す必要が有る。自警団任せだから微妙だが、それでも守備兵としては機能はする。

 いくら結果を出さねば裏切り者疑惑が晴れないとは言え、自分の領地の安全も維持出来無いのは無能。遊撃部隊の俺達よりも先に結果を出す必要が有れども、最低限の備えを残す必要が有る。

 我等が派閥のバーナム伯爵軍は、機動力重視の騎兵中心の遊撃部隊。最大戦力は俺とバーナム伯爵の二人だが、リーンハルトから貰ったマジックアイテムで基礎能力は八割増し。武器や防具も魔力付加が施されている。

 派閥内から選抜した精鋭部隊は三百人だが、コイツ等も基礎能力五割増しのマジックアイテムを貸与されているし、同じく武器と防具にも魔力付加が施されている過剰戦力だ。

 はっきり言おう。三千人規模の正規軍に正面から挑んでも勝てる、負ける理由が無い。しかしザスキアの女狐から勝ち方に注文を付けられた。曰わく、リーンハルトが悪目立ちする程に活躍するから、俺等も派手に単騎侵攻して目立てと……

「漸くバセット公爵も出陣したか。遊撃部隊とは言え、先鋒である奴等より先には出陣出来無いからな。しかし一ヶ月も待たされるとは待ちくたびれたぞ」

 出陣の準備の為に、連日バーナム伯爵の屋敷に集まっている。ライル団長も後から来るだろう、我等は聖騎士団より先行するが連携はする必要が有る。遊撃部隊とは言え好き勝手は出来無い。

 ライル団長の聖騎士団と正規軍が主力。故にバセット公爵よりも準備に時間が掛かる、私兵と違い正規兵を動かす場合の手続きは煩雑だ。関係各所との調整とか胃が痛くなる話だな。

 逆に我等は支度金の申請位で、後は自由裁量だ。結果を出さねば赤字になるが、参戦し国を守るのは貴族の義務だ。貴族として国家に貢献し敵を倒すのは当然。出来なければ貴族ではない、存在する意味が無いからだ。権利に対する義務、これをリーンハルトは良く分かっている。

「それが普通の軍団規模の軍事行動だ。少数の我々でも半月、即軍団規模の戦力を動かせる、我々の義理の息子が異常なのだ。補給要らずの空間創造のギフトも凶悪だな」

 執務室で話し合う。本来ならば模擬戦をして力を蓄えたいが、熱く成り過ぎて魔力の付加された武器や防具を壊す訳にはいかない。興奮すると我慢が利かなくなる、リーンハルトが居ないから壊したら修理は不可能だ。

 バーナム伯爵の愚痴に応えるが、普通は千人規模の兵力を領地から呼び寄せて出陣するには一ヶ月は掛かる。俺等は少数だから急かさずとも半月程度で済んでいるが、更に領地から徴兵し動員するなら同じく一ヶ月近くは掛かる。

 それを騎士団員クラスの力量を持つゴーレムを五百体も自分だけ行けば用意出来るとか、他国の軍事関係者からすれば涙目モノの反則だろう。そして、リーンハルトは城塞都市攻略に目立つ様なゴリゴリの力押しの攻めをしない。

 報告書に有る、アブドルの街の攻略の仕方だが少数での夜襲だ。元暗殺者の女と二人で敵陣深く侵入し、敵の総大将を倒し敵戦力のみを選んで倒す。街の連中には知られずに、朝には新たな支配者の誕生だ。

 そして領民達に配慮している為に、その後の占領政策もスムーズに進む。恐ろしい話だ、警戒厳重な城塞都市の最奥に籠もる敵を倒す。しかも千人近い敵兵も合わせて倒す、籠城戦って何なんだ?

 巨大ゴーレムルークを十体近く同時制御出来るならば、並べて進軍すれば簡単に勝てる。だが攻略する城塞都市の被害もデカい、復興の手間や領民の心情を考えて敵以外の被害は最小限に抑えるか……

「一晩経ったら、前の支配者と取り巻き連中や兵士が全滅。新しい支配者は自分達に危害を加えず配慮までしてくれる。だが他国の重鎮だ、引き継ぎしたバーリンゲン王国の後任に対しては……」

 何度も読んだ報告書の内容は把握している。ザスキア公爵は真実を書いた物と、少し脚色してマイルドにした物を使い分けて関係者に届けている。両方届くのは我等だけで、他にはマイルドにした物を届けている。

 口止めはされている、素直に全てを報告するには刺激が強過ぎる。だから何となく有り得そうな内容に書き換えている、ザスキアのリーンハルトに対する気遣いは本物だ。

 あの噂……年下の生意気で有能な少年が好きと言う爛れた噂だが真実かもしれん。ザスキア公爵は理想の性的対象者を見付けてしまったが、公には結ばれる事は無い。秘密の関係なら有り得るか?

 リーンハルトも男だし、母親と同じ世代とは言え贔屓目無しに容姿は良い。戦場で頼れる異性との距離感は難しい、ヤバいか?いや、奴は異性には消極的だし、アーシャとジゼルも居るから大丈夫か?大丈夫だよな?

「比較されるな。他国の出来事とは言え、内容が余りに荒唐無稽過ぎる。だから奴は支配下に置いた守備兵に内応の協力をさせたと手柄を分け与えた。本来なら奴等は処分対象だが、功績によりお咎めは無し」

 そうだ。この報告書には守備兵の副官が侵入の手引きをした事にして、彼等の立場を守り街の治安維持を強化した。本来なら逆賊に与したとして重い処罰となる。

 だが実際は罪を問われず現状維持で、そのまま守備兵として同じ待遇となっている。治安維持に必要な連中だから全員処分はお互いに困る、逆に手引きの功績が認められるだろう。

 武人として思う所は有るだろうが、リーンハルトは上手く言いくるめている。やはり占領政策に慣れと言うか、普通なら知らない事を自然と行っている。何か色々と違和感を感じるのだが……

「欲望が薄いから、他人に手柄を平気で譲る。故に相手は心酔する、命の恩人は何も見返りを求めない高潔な人物。バーリンゲン王国の地方には、親リーンハルト派が出来つつあるそうだ。全く笑えないな……」

 中央と地方の力関係は、宗主国の我等としても軽く見れない事だ。属国が中央と地方の関係を密にすれば、独立へと動き出す。国が一丸となれば、次に望むのは独立だろう。

 だが国の意思統一が乱れたままならば、国内の統一に奔走する訳だから独立など夢のまた夢……自国も纏められずに独立など不可能。ザスキアは、奴が其処まで考えて守備兵達を優遇していると言った。

 占領政策に慣れすら感じると……侵攻特化魔術師、単独で幾つもの城塞都市を攻略する。籠城戦も無意味、正面突破も平地の集団戦には絶対の自信を持っている。

 ウルム王国聖堂騎士団五百騎を数分で壊滅させている。ジウ大将軍と五千人の正規兵相手に一歩も引かずに一方的に勝ち続けた。レズン・ハイディア・アブドルと三つの城塞都市を被害0で攻略。

 なる程な……ザスキアの奴め、リーンハルトが敵味方から危険視される前に俺等を悪目立ちさせるつもりか。バーリンゲン王国の出来事は、所詮は属国内の出来事。だがウルム王国との戦争は、自分達に密接した出来事だ。

 ソファーに深々と座り腕を組んで考える、本当に少数で短期間に属国を平定する。手際が良過ぎる、普通なら万単位の兵力が必要なレベルだ。情報は都合良く変えてはいるが、何時かは真実に辿り着くだろう。

 その時に異常な成果を上げた、リーンハルトの事を敵や味方がどう思うか?異端として恐れて排斥する?距離を置いて関わらない?だが国家の重鎮だからどちらも無理だ、リーンハルトは既にエムデン王国の中枢に食い込んでいる。

 アウレール王も奴の能力を国家の運営に組み込んでいる、奴が居ないと色々と不都合が生じる程に……若く忠誠心に溢れ有能な臣下、排斥など有り得ない。だから義父たる我等が何とかするしかない。

「つまり、リーンハルトの隠れ蓑として、俺達はド派手に戦場で暴れろって事だな」

「俺とデオドラ男爵の二人で敵陣に特攻。または砦を襲いド派手にブッ壊す!今なら可能だし、実際にやりたい」

「やるか!敵陣地に乱入とか、敵の砦を正面から突撃して全壊とか、兎に角派手に目立てば良い。俺達の手柄にもなるし、一石二鳥だな。腕が鳴る、武人として戦人(いくさびと)として最高の舞台だ」

 従来の戦争と違い、今回の戦争については集団による連携攻撃よりも、個人の武力が活躍するだろう。それは常識を覆す事になる、新しい戦い方だ。

 俺達も全盛期よりも気力・体力・技量が高まっているし、マジックアイテムによる底上げもされた。今ならば単独侵攻も可能、だが目標はライル団長とも協議が必要だな。

 未だ一週間は第一陣の様子見で動けない。奴等の尻を叩くにしても、多少の時間的猶予は与えねばならないから面倒だ。進軍して一週間も何も無しならば、煽る意味でも仕掛けるか……

「くはっ!楽しみだな、デオドラ男爵よ」

「ああ、義息子には負けられぬ。精々ド派手に戦おう、今迄の鬱憤を晴らす為にも最初の標的は大物を狙うぞ!」

 全く楽しみだ。十年以上飼い殺されたが、今その檻から解き放たれたのだ。ウルム王国相手に、この溜め込んだ鬱憤を晴らさせて貰うからな!

 覚悟しろ、旧コトプス帝国とウルム王国よ。過去の大戦の因縁を晴らす為にも、俺達は甘くないぜ。亡き友の為にも、お前達は全力で叩き潰してやる!


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