古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第641話

 謎の行動をする要注意人物、ストライスの潜伏場所を確認した。僕に交渉を持ち掛けて来たが、何か有れば直ぐに逃げ出せる様に城壁の正門の反対側に陣取っている。

 アブドルの街を夜襲した時に、夜目の利かない騎馬を纏めて素早く逃げ出した実績が有る。奴は間違い無く夜襲を恐れ対策をしている筈だ。

 それが街中に居ないで、わざわざ外に野営地を構えているのだろう。軽騎兵部隊とは言え、バーリンゲン王国正規軍と、ダッケルク伯爵を手玉に取った事は素直に賞賛しよう。

 だが飼い主たる、クリッペン元殿下を裏切り早々と逃げ出す判断と夜間に素早く騎馬隊を動かす手腕は大したモノだし、裏切る事に躊躇しない思い切りの良さ。

 僕との交渉材料と言うだけで、盗賊ギルド支部を唆して手引きさせる狡猾さ。不足な戦力の補充の為に、少数部族を纏めた事も警戒に足る人物だろう。

 ストライスはバーリンゲン王国に良い感情は無い。少数部族の族長の娘との混血だから、彼は貴族では有るが差別されている。

 純血至上主義者で人間至上主義者が多いから、混血である奴は確かに差別され虐げられたのだろう。だが主を選ぶ目は無かったな、素直にパゥルム女王に忠誠を誓えば良かったんだよ。

 お前は危険だ。今迄関わったバーリンゲン王国の連中の中で一番厄介だと思っている。今更仲間に加える事など出来無い、裏切り行為を繰り返す有能な男。

 配下の軽騎兵部隊も高い練度を持っている、謀略も厭わない汚れ仕事にも抵抗が無いだろう。新生バーリンゲン王国には不要、パゥルム女王では御せないだろう。

 過去の恨みが有るから、周囲も味方と思ってない。何より属国の不安要素を取り除くのは宗主国の義務だ。悪いがお前は逆賊共の内輪揉めで、ブレスの街を奪い略奪した逆賊でしかない。

 交渉も無用、危険の排除の為に僕が倒すだけの存在だよ……

◇◇◇◇◇◇

 監視場所を大きく迂回しながら、ブレスの街の後ろ側に移動した。街道を外れ荒野を真っ黒な馬ゴーレムに二人乗りをして、同じく真っ黒なローブを羽織っている。

 幸いと言うか悪天候が味方してくれた。天候は夕方から風が強くなり今は雨が降っている。悪天候は襲撃日和、此方の気配を消してくれるので丁度良い。

 僕等は闇に紛れて発見し辛く、奴等は篝火や焚き火のお陰で丸分かりだ。雨雲が月を隠してくれるので、闇夜であり雨により更に視界が悪い。

「主様。接近し、そのまま奇襲して皆殺しにしますか?」

「む、そうだな。ゴーレムポーンで包囲網を敷いて逃げられない様にしてから、一応だが名乗り出るかな。あと少し身体を離してくれ」

「寒いと思ったのですが、大丈夫ですか?」

 二人乗りで後ろに乗っているのだが、会話の為に身体を寄せているのかと思えば、甘酸っぱい理由ではなく寒いから?だから抱き付いて胸を背中に押し付けているの?

 革鎧越しとは言え、母性の象徴の感触は分かるし確かに身体を寄せ合えば人の体温は暖かい。雨に濡れると思った以上に身体は冷えるし体力も消耗する。

 無口無表情とは言え美少女に抱き付かれて悪い気はしないが、暖を取る為に抱き付かれていたのか?それも自分じゃなく僕の為にか?そんな判断と行動をする娘だったっけ?

「大丈夫。少しだけワインも飲んだし、これから身体も動かすからね。直ぐに暖かくなるさ」

「なる程、敵の血を浴びてですね?主様は敵に対して一切の慈悲が無い、素晴らしい事です」

 更に抱き付いて耳元で囁かれた言葉は大変宜しくない。そもそも僕はゴーレム特化魔術師、敵の血を浴びる程接近攻撃などしない。

 情け容赦無いのは見逃した場合、仕返し等の自分に不利な行動をする連中が居る事を経験則で知っているから。逃がしても有利な事など少ない。

 勿論だが味方に引き込めたり仕返しなどしないと確認出来るならば、情けと言うか見逃す事もする。だが現実は敵対した相手を見逃しても良い事など少ない。

「いやいやいや!それ誤解だから!生き血を浴びて暖を取るとか、何処の吸血王妃だ?」

 過去に滅びた国の王妃は、自分の若さを保つ為に若い女性の血で満たした浴槽に身体を浸したそうだ。反吐が出る血液風呂ってヤツだが、その王妃は吸血鬼と言う人外の化け物だったらしい。

 言い伝えだから真偽の程も怪しいし、確かめる術も無い。人間を食べるモンスターは沢山居るが、肉を食わずに生き血を啜るモンスターは居ない。蚊は人間からも動物からも血を吸うが、昆虫が人程に巨大化した話も聞かない。

 吟遊詩人が謳う物語の中に、悲劇の王妃として吸血王妃の話も有るには有るが……僕の転生前の話が適当過ぎて真実を伝えてないから、何かの話が混じった嘘だな。

「吸血王妃。自分の美貌と若さを保つ為に、若く美しい乙女達を攫い拷問し殺した。若返りや美容効果より、自分より若く美しい女性を嫉妬により惨殺した。結果的に自分より若く美しい女性が居なくなれば、自分が一番です。私は吸血王妃などと言う曖昧な話は信じられませんので、只の精神を病んだ大量殺戮者でしょう」

「平民の娘達だけでなく、貴族の娘達にも手を出した。故に王妃でも、その罪を臣下から責められ捕まり処刑された。人の欲望を突き詰めた嫌な結果だね、確かに自分より上の者を皆殺しにすれば、自分が一番か……」

 転生前の僕は、実の父王の嫉妬により罠に嵌められ処刑された。転生後の僕は程度の差は有れども、自分の幸せの為に他人を踏み台にしている。

 結果的には変わらない、だが変える気も無い。自分達の幸せの為に敵対する者を犠牲にする、優先順位が明確だ。皆仲良く平等に幸せなんて幻想は抱いていない、誰かの幸せは誰かの不幸だ。

 吸血王妃も自分の若さと美貌の維持の為に、権力を使い自分の欲望を優先した。だが王妃でありながらも手を出しては駄目な者に手を出し仕返しされた。因果応報、退き際を間違えた。

「そして自分の欲望を優先した為に、周囲から人が居なくなり捕縛され処刑された。その点、主様は味方や配下の心を掴んでいますから安心ですね。私が主様を害する者達は皆殺しにしますから大丈夫です」

 だ、大丈夫じゃない。クリスが病んでしまった、巷で噂のヤンデレか?いや、デレは無いから病んでるだけ?まさか先程の抱き付きがデレ?僕の敵を皆殺しにするがデレ?

 戦いしか知らない筈の彼女が、他の感情を意図的に排除され暗殺者として育てられた彼女が、こんなヤバい方向に成長しているとは驚いた!

 驚いたが教育が間違った方向に突き進んでないか?自分の出来る事で僕の為に何かしたいと思ってくれる事は素直に嬉しい。だが手段と結果が殺戮と皆殺しは、どう考えても駄目だよな……

◇◇◇◇◇◇

 ストライスを確実に倒す為と、何か有って逃げ出した場合に直ぐに追い掛けて倒せる様に、クリスと二人で最初に攻める。

 盗賊ギルドの伝令以外に連絡の伝手を用意しているかと思ったが、特に無かったか間に合わなかったか。盗賊ギルドに頼んだ交渉が無効になった事は現状では知られていない筈だ。

 時刻は二十二時、クリスと交代で三時間ずつ仮眠したので体調は悪くない。変な話をした所為か眠気も消し飛んでいる、問題は何も無い。

 途中で巡回する五人組の兵士と二回遭遇したが問題無くやり過ごした。向こうは照明を持っているから位置はバレているし、武装集団の発見を目的としているので二人なら難なく隠れられる。

「主様、奴等は夜間でも半数の馬に鞍を装着しています。常に戦うか撤退の準備をしています」

 もう夜間で篝火の明かりを頼りにしても目視で確認出来る距離まで近付いた。確かに屋根だけの簡素な天幕の中に、鞍有りと鞍無しの騎馬が見える。

 完全に覆っていないのは、緊急時に出入口が一ヶ所なのを嫌ったのか?天幕は狭いから、壁を無くし広く使える工夫としては有りだな。

 見張り番も立っている、やはり夜襲を警戒して警備体制を整えてはいるが、暗殺者であるクリス主導の隠密行動では見付からないだろう。馬ゴーレムも僕等も黒一色だ、闇に紛れて分からない。

「馬の疲労を考えて半数を交互に鞍を装着か……緊急時は鞍無しの裸馬でも乗る事は出来る。草原の騎馬民族は両足で身体を固定し、馬の首を掴んで方向指示も出来るとか……」

 鞍どころか轡(たづな)も不要とか凄い技術だ、流石は馬と共に暮らす草原の騎馬民族であるロードレイス族か。鞍有りは戦闘用、鞍無しは逃走用かな。

 流石に武器を持って戦う場合は鞍無しでは厳しいだろう。だが馬上から両手を使い短弓を射る騎射を使えるらしいので、短時間なら手綱さばきを必要としない技術も有る。

 正規騎士団の突撃とは違う、機動力を生かした多彩な攻撃。やはり彼等は敵に回すと危険だが、味方に迎えても厄介だ。機動力が高い分、防御力が低いのだが運用次第で何とでもなる。

「さて、そろそろかな。もう僕のリトルキングダム(視界の中の王国)の制御範囲内だから、逃がす事は無い」

「丁度焚き火に当たっている連中の輪の中に、ストライスが居ます」

「ああ、本当だ。似顔絵と言うか肖像画の通りだな。貴族って自分大好きだから、良く肖像画を描かせるけど大体三割は美化してるから本人を特定するのは難しいけど……特徴は良く掴んでいるね」

 流石に夜も遅いので鎧兜は着込んでないが、剣と盾は近くに置いている。夜襲を警戒しているのは間違い無いが、警戒網は甘かったな。

 夜遅くに雨の中で焚き火に当たりながら酒盛りとか、少し感性が変なのか?それとも夜更かししなければ駄目な理由でも有るのか?

 女性を攫って悪さとかはしていないみたいだが、結構な勢いで酒を飲んでいる。配下とのコミュニケーションか酒好きなのか?やはり謎な行動が多いな。

「主様。雑兵と違い名の有る将ですから、名乗り出ずに一方的な襲撃は問題有りなのではないでしょうか?」

 近い、近いぞ!耳元で囁かないでくれ!背中がゾクゾクする、寒くもないのにだ。僕に対してこんな事をするのは、クリス位だから対応に困る。

「名乗りか。確かに一部隊の将だけど、会話すると嫌な思いをしそうな予感がする。俺を倒せば仲間が街中で無差別に暴れるぞ!とかブラフで言いそうなんだよな」

 清廉潔白な訳もないし、裏切り上等の腹黒い感じがするし。あの手のタイプとは交渉しないのが正解、話せば何かしら仕掛けてくる。

 僕も為政者として、領民に被害が出ると言われたら無視する事は難しい。難しいが、不用意な妥協は逆効果。

 提案を受け入れた所で、結果的には被害が増える。此処で逃がしたら余計に被害が増えるだけで、安易な妥協は自分の首を絞める悪手でしかない。

「ならばサクッと殺しましょう。何かを企んでいても、指示をだせなければ無意味です」

「それが一番確実だけど……駄目だな、方針がブレブレだよ。悩み出すと止まらない、全く優柔不断だな」

 もう100mと離れていない、もう少し進めば流石に気付かれるだろう。雨足が激しくなってきて、顔に大粒の雨が当たる。手綱を握る手にも雨が滴る、身体は冷えて来たが感情は高ぶって来た。

 クリスの質問は無視しても問題は無い、目撃者など居ないんだ。別に名乗りが無くても問題は少ない、後で名乗ったと偽っても良い。誰も真偽など問えない?

 だが確かに指摘としては正論であり、それを無視するのは彼女を軽んじている。何より僕の感情がモヤモヤしている、後悔するなら行動して失敗した方が納得出来る。

「いや、初志貫徹。交渉しないと決めたんだ。悩まない、後悔しない、妥協しない、何より逃げない。自分が下した判断だ、結果は潔く受け入れる」

「初志貫徹、良いですね。敵は皆殺し、そこに慈悲など無い。流石は私が仕える主様です」

 うん、言葉にされると何とも微妙な気持ちになるな。だが最後の一人を追い込む迄は、気を抜いては駄目なんだ。

 今夜、ストライス達を倒しブレスの街を解放する。そしてイエルマの街に籠もる、コーマを倒して終わりにする。

 ストライスよ、悪いが僕の不安材料の解消の為に死んでくれ。お前は何かが引っ掛かるんだ、捨て置く事は出来無い。

 だが苦しまず長引かせず速攻で終わらせる。僕が一番苦労した敵として、武勇と名誉を損なう事はしないと約束するよ……

 


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