古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第633話

 待ち伏せ部隊を率いていた、リヨネル伯爵と一族郎党の処遇も決めて決戦の地である、シャリテ湿原に向かっている。時間まで指定されているので、此方も進軍のスピードも調整出来る。

 手前半日の距離で最後の野営をして、明日の正午が決戦。口上も考えたし作戦も練り直したので問題は無い、これで元殿下三人の内の二人を倒せる。

 残りは一人、だが一ヶ月以内に平定しての帰国は無理だった。時期的にはウルム王国攻略の本命、ライル団長率いる聖騎士団を中心とした第二陣が出撃した暫く後に帰国となる。

 この主力不在の空白期間に、旧コトプス帝国に唆された連中がエムデン王国内で騒ぎ出す筈なので対処が後手になりそうで怖い。自分が居ると居ないとでは、対処に時間が掛かる。

 ニールやメルカッツ殿達が居るし、冒険者ギルド本部にも応援を頼んだので問題は無いと思うが、もう少し手を打っておくか……

◇◇◇◇◇◇

 決戦前夜、天候は夜半から生憎の荒れ模様。明日も雨が降り続くだろう事が予測出来る程、月を覆う分厚い雨雲が分かる。しかも寒い、荒野は朝晩の寒暖差が激しいので体力を消耗する。

 見張り番として巡回警備する連中は辛いだろうが、彼等の仕事に口出しはしない。雨風を凌ぐ錬金小屋の中でも、焚き火が出来る様にしているのでズブ濡れでも暖は取れる。

 金属製の鎧兜は暑さ寒さに弱い、装着者の体力を問答無用で奪っていく。濡れて体力が落ちた連中の回復薬はアルコールなので、ホットワインを用意した。

 僕も寝付けないので一杯貰う、赤ワインを温めてオレンジのスライスを浮かべる。金属製の大きいカップを両手で包み込む様に持って、チビチビと味わう。

 大きな錬金小屋が二十棟ほど並ぶ、その殆どは焚き火の灯りが漏れているが寝静まっている。中には更に天幕が設置され、快適な暖かさを保っている。

 大規模陣地の構築も慣れたな、無駄にテラス席とか作って寛いでいるし。昔は要塞や砦も作らされたが、今同じ事をすると問題になりそうだ。だから仮の野営地構築位で抑えておくか……

「ふむ、野営や雨風の強いシチュエーションだからか?妙に美味く感じる」

 摘みとして味付けの強い干し肉をかじると、香辛料が舌を刺激する。なのでホットワインを一口飲む、やはり妙に美味く感じるな。

 椅子に仰け反り考える、この高揚感って何だろう?上級貴族としての堅苦しい環境から逃れて野外生活に変わった開放感?いや、進軍途中だし喜びを見出したらヤバい奴だぞ。

 日常より戦争が良いとか人として駄目な部類だと思うし、バーナム伯爵達戦闘狂と同じ思考回路か?いや、馬鹿な。僕は理知的な魔術師だ、そんな筈は無い。

 僕とザスキア公爵、侍女達の天幕は同じ錬金小屋の中なのだが、これはこれで問題じゃないかな?言葉にすれば、同じ屋根の下で寝食を共にした?振り返って三つの天幕を見るが、皆さん寝ているのか静かだ。

 ははは。警備上防犯上の観点から仕方無い、不可抗力だ。浮気じゃないし不貞でもない、妙な事を考えだすと止まらない。何で、そんな事を考え始めた?

 変に意識する事が問題だ。一緒に行軍しているが、周囲に付き人もいるし二人っ切りになる事など無い。だから対外的にも外交的にも大丈夫なんだ!

「あらあら?表情をクルクルと変えて何を考えていたのかしら?」

「え?ザスキア公爵?」

 ヤバい、百面相みたいな事をしてたか?情緒不安定みたいな奴だと思われたか?いやいやいや、そんな事より、ザスキア公爵の衣装が不味くてヤバい。

 所謂ナイトドレスだと思うが、どう見ても素肌に真っ黒な薄絹を羽織っているだけだ。風に靡くだけで、色々と見えちゃ駄目なモノが見えそうだよ。

 転生前を含めても人並み程度には女性経験は積んだ筈だが、年上の淑女を相手にした事はなかった。アーシャは今の僕より年上だが、転生前は二十七歳だったんだぞ!

「珍しく緊張してるのね。明日の相手は、それ程強いとは思えないわよ」

 その服装に優しい笑顔、何というギャップ。妖艶な笑みとか浮かべられたら逃げ出すが、他意の無さそうな笑顔だと僕が誤解しているみたいだよ。

「違います!ザスキア公爵の格好に驚いて、狼狽えているのです。旦那か家族にしか見せちゃ駄目な格好ですよっ!」

「あらあら?意識してくれるのは嬉しいわ」

 駄目だ。完全に遊ばれてるとしか思えない。実際に弟みたいな感じなのだろう、だから気安い格好で来る。

 僕だって理性と自制心が強いと自負は有るが、不意打ちでそんな格好をされたら困るんです!何か羽織って下さい。

 何で向かい側に座るんですか!腕を組まれると、胸元が危険な形にぐにゃぐにゃと……慌てて視線を逸らす。

「御自分の魅力を理解して下さい!」

「あらあら、おませさんね?年相応に慌てる姿を見れて良かったわ。それに私達はお互いが大切なパートナーよ。それは家族みたいなものでしょ?」

「年相応って?まぁ確かに関係からして、家族みたいなモノですが……それでも、家族でも異性に見せる衣装じゃ有りません」

 巡回警備の兵達だって居るんです。最上級貴族の淑女が、そんな無防備な姿を晒しては駄目なんですって!

 急いで空間創造から何か羽織る物を取り出そうとするが、慌てているのか何を出せば良いのか中々思い浮かばない。仕方無く普段羽織っている、魔術師のローブを取り出して渡す。

 その際に、うっかり視線を向けてしまった。満面の笑みを浮かべる彼女からは、いかがわしい雰囲気など欠片も無い。僕一人が慌てているだけ、恥ずかしい勘違いをしている。

「取り敢えずコレを羽織って下さい」

「はいはい。女性に自分の普段使っているローブを羽織らせるって、意味深よ?」

「他意は有りません!ですから早く、誰かに見られる前に早く!」

 弟分をからかうのは良いですが、誰かに見られて最悪な誤解をされる前に早く羽織って下さいって!

◇◇◇◇◇◇

 うふふ、成功だわ。最初の頃は迫っても警戒して軽くかわされたりと、本気にされていなかった。私の性癖を対外的な手段と誤解した後は、冗談として気遣われたりしていたのに……

 今夜は違ったわ。普段は冷静沈着な、リーンハルト様が初(うぶ)な態度を見せるなんて……はぁはぁ、最高だわ。何て興奮するのでしょう!

 意識している、間違い無く私を意識しているわ。家族と認めさせた事で、私の事もアーシャさんやジゼルさんと同じ様に感じたわね。

 彼にとっての家族とは、祖父や両親、出来の悪い弟以外は全て異性の女性。本妻や側室に迎えて、新しい家族になるのよ。

 そして私も大切なパートナーから、家族に立場が変わったわ。感じ方も変わる、仲の良い他人と大切な家族。私は今夜、この一線を越えた。

「うふふ、うふふふ。強行軍な討伐遠征に変わったので、仲を進展させる事は厳しいと思ったけれども……」

 ああ見えて、リーンハルト様は甘えん坊な所が有ると報告に有ったわ。今肉体的に甘えられる相手は、アーシャさんだけ。半月近く離れた事により、寂しさが募っている。

 精神的に甘えられるのは、多分だけど一番はイルメラさん。彼女の存在は、ゴーレムクィーンのモデルにした事でも分かる。王の対の女王、リーンハルト様の中では彼女の存在が一番でしょう。

 でも今回は此処までで様子見ね。彼を相手に焦る事は禁物、今は家族と認めさせた事だけで十分よ。そしてこれからは家族として接し、対応して貰える。

 漸く、漸く攻略方法の糸口を掴んだのよ。慌てて壊す事は愚策、落ち着いてゆっくりと手繰り寄せれば良いの。後は時間の問題ね。

「嗚呼、堪らないわ。漸く貴方を組み敷いて快楽に鳴かせる事が出来る、出来る希望が出て来たわ」

 成人式迄に、じっくりねっとりと攻めれば大丈夫。お姉さんの愛に溺れさせてあげるから、楽しみにしていなさいね?

◇◇◇◇◇◇

 決戦当日の朝、何故か寝汗で全身がズブ濡れだ。風邪でもひいたかと心配したが、頭痛もないし喉も痛くない。身体が怠い訳でもないし、咳や鼻水も無い。

 緊張する程の強敵でもないから、変なプレッシャーも無いのに寝汗とか、何故かいたのだろう?嫌な夢を見たみたいだからか?正夢じゃなきゃ良いが、内容は覚えていないんだ。

 転生前に滅ぼした国は、夢見により吉兆を占い国家の方針を決めていたらしい。滅ぼされたのなら、夢見の吉兆など当てにはならないのだろうな。

 朝七時に起床、六時間程度は熟睡したので体力も魔力も漲っている。朝食は珍しい数種類の穀物のリゾット、身体を暖めて胃に優しいメニューだった。

 腹が減っては戦は出来ぬ!そう言う人も居るが、満腹で激しく身体を動かす事が良いと思えない。腹八分以下に抑えて、身体が栄養を求めた時に適時簡単に栄養価の高い物を食る。

 貴族だと栄養価の高いドライフルーツや木の実を沢山入れた、一口サイズのパウンドケーキを食べたりする。卵にバター、砂糖を多く使っているので栄養価は凄く高いが価格も高い。

 甘味は適度にストレスを発散するが、パウンドケーキは半月位しか保たない。平民達は干し肉や木の実、固く焼いたパンとからしい。

 干し肉は塩気が強く少量でも涎が出て飲み水を節約出来るし、木の実は味は微妙だが栄養価は高い。固く焼いたパンは美味しい物ではなく、良く噛む事で空腹を紛らわす。

 徒歩での移動が主な下級の兵士や徴兵された平民達は、荷物の軽量化も体力を温存する為には必要な事だ。行軍に付いて行けなければ、最悪敵地に取り残される。

 荷馬車と言うか、輸送部隊が随伴して有るのは凄く恵まれているんだよ……

「そろそろ目的地が近いな」

 つらつらと考え事をしていたら、馬車の窓から見える景色が岩肌だらけの荒野から膝下位に生えた草木が見られる様に変わったのは大地に水分が含まれている、つまり水場に近い。

 まぁ現在進行形で雨が降っているので、大地は水を吸って濃い茶色になっている。恵みの雨が上がれば新しい草木が芽吹くだろう。僅かな雨でも、生命の営みは生まれる。

 雨足が強くなって容赦無く体温を奪っていく。僕は体力温存の為に馬車で移動しているが、他の連中は防水用に獣脂を塗ったマントだけだからズブ濡れだな。

「天気の回復を待った方が良かったですかね?」

「余り相手に時間を与えるのは良くないわ。本来なら焦らすのも選択肢としては有りですが、今回は敵の疲弊を待つとか言われたくないもの。私達に与えられた時間は少ないのですから……」

 向かい側に座る、ザスキア公爵に言われた通り、僕達には時間が無い。出来るだけ早くエムデン王国に帰り、自国の安定を優先したい。

 後少しで、ライル団長率いる第二陣が出撃する。王都を守る聖騎士団の殆どが出撃すれば、警備が手薄となる。其処を突く罠を旧コトプス帝国は準備している。

 第三陣のニーレンス・ローラン両公爵が率いる貴族連合、アウレール王自らが率いる王家直轄軍と次々と戦力がウルム王国に向かうので国内が手薄となるんだ。

「周辺に放った偵察部隊からは、伏兵の存在は見付けられていない。つまり正面の本隊と左右に伏兵、大回りして後方にも移動してくるかも知れないけれど……ザボンには、其処までの兵力は無いわ」

「兵士を小出しにしたり少数部隊に分けるのは悪手ですね。大勢で纏めて攻めるから効果が有る、少ない集団など蹴散らされます」

 百人や二百人の部隊など、足止めにすらならない。それはザボンも分かっている筈だ、自国の宮廷魔術師達を一方的に蹴散らした僕が抑えられる訳がない。

 自分に有利な場所と時間で待ち構えているから決戦に踏み切った、そうじゃなければ付き従う配下の貴族や兵士や領民が納得しない。説得力が無い。

 リヨネル伯爵みたいに、騙されて捨て駒にされた連中も居るかも知れないが殆どが従っているのは何らかの理由が有る筈だ。

 王族とは言え、劣勢な相手に忠義だけで従う連中がバーリンゲン王国に居るとは思えない。そこには何らかの利益が絡んでいる、空手形の乱発は直ぐにバレるぞ。

 どうにもバーリンゲン王国の貴族は信用が全く無いんだよな、自分が不利になれば速攻で裏切る位はすると確信している。それが僕等にも通用するかは、別問題だけどね。

 この一戦で圧勝した場合、ザボン側に付いた連中が降伏する可能性が高い。パゥルム女王も受け入れは認めている、腐敗しようが貴族の数を減らしたくない。

 辺境を治める連中の交代要員は居ないんだ。左遷に近いが、常に少数部族の圧力に晒されている領地を守る程度には有能な連中だからな……

「あら?最新の情報だと、ザボン達の背後に少数の部隊が幾つか居るそうよ。後方部隊じゃなくて、偵察部隊みたいね」

 馬車の窓から差し込まれた折り畳まれた紙、偵察部隊からの報告書に目を通しながら教えてくれた内容を考える。

 増援や予備兵力じゃなくて偵察部隊、つまり考えられるのはザボン達に協力していない第三勢力かな。コーマか辺境の少数部族、または様子見の貴族連中?

「つまり、ザボン達以外の第三勢力の偵察部隊。コーマか中立の貴族か、または辺境の少数部族か?この戦いで僕等の情報を少しでも得たいとか?」

「そうね。思ったよりも、この戦いの結果は影響が高そうね。思いっ切り頑張りなさいな!」

「リトルキングダム(視界の中の王国)は封印しゴーレムの遠距離操作はしませんが、それなりの対処を見せますので期待して下さい」

 圧勝すれば、日和見の連中に危機感を与えられるだろう、敵対せずに中立でも構わない。一時期でも辺境が静かになれば、僕は帰れるし後任の連中も仕事が楽になるだろう。

 いよいよ決戦か、腕が鳴る。ゴーレムマスターとしての力は見せられないが、土属性魔術師として力が有る事は知らしめる事が出来る。

 最後のコーマ対策だが、今日の結果によっては仲間割れや引き抜きが出来るかも知れない。その意味では不利ではあるが、決戦を受けて良かったかな。

 


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