古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第612話

 愛娘の危機?を周囲から吹き込まれた、ユリエル殿はハイゼルン砦防衛の任務を放棄して王都に戻ろうとしたらしい。今考えたら大問題だが、それをサリアリス様がフォローした。

 アウレール王が公の場で、ウェラー嬢を認める事で、ハイゼルン砦に詰めるアウレール王の護衛として同行する布石を打った。ウェラー嬢の方から、ハイゼルン砦に行かせる為にだ。普通は軍事拠点に気楽に行けない、しかも魔術師とは言え未だ十二歳の少女が戦時中に訪ねるのは難しい。

 だが戦争とは国家と国民が一丸となり挑む国家戦略だ。未だ少女とは言え強力な魔術師である彼女を遊ばせておく事は勿体無い、そう周囲に思わせる理由の一つ。でもそれは、ウェラー嬢を参戦しやすくする諸刃の行動でもある。

 もし僕が宮廷魔術師を目指さずに冒険者を続けていたら、廃摘されて平民の身分だったら。幾ら冒険者ランクを上げても、最終的には強制的に徴兵されただろう。

 そして最前線で使い潰される可能性も有った。勿論だが国家権力の干渉を嫌う冒険者ギルド本部であっても、精々ランクCまで上がれただろう僕を擁護するには限界が有った。

 弱小なバーリンゲン王国からの要請だったから、冒険者ギルドレズン支部のリリーデイル殿や魔術師ギルドレズン支部のロボロ殿はいずれは屈したが、最初は断る事が出来た。

 だがエムデン王国は大陸最大の国家であり、当然だが権力もバーリンゲン王国とは比べ物にならない位に膨大だ。僕はデオドラ男爵やジゼル嬢に感謝しなくてはならない。

 彼等が僕が冒険者として安寧に生きる考えを否定してくれたからこそ、転生前の焼き直し人生だが宮廷魔術師第二席となり、強大な権力を手に入れられたんだ。

 そして今、その責務を果たす為に、再度バーリンゲン王国へと向かう。現政権に反抗する、元殿下達三人の討伐の為に……

◇◇◇◇◇◇

 僕がバーリンゲン王国に向かう事は、アウレール王が大々的に広めたが、何時出発するかは未定だった。実際に予定よりも延びている、主に派閥の長達が破壊した鎧兜の修復の為にだ。

 今回同行するメンバーは、ザスキア公爵本人と配下の精鋭部隊七百人と伝令部隊と荷駄隊の二百人の合計九百人。全てが騎馬と馬車による編成、迅速な行動が可能。

 僕の方は、クリスだけだ。妖狼族は後からウルフェル殿が選抜した精鋭部隊三百人と合流する。今回はユエ殿は留守番、女神ルナの神殿を中心とする新しい領地の準備に巫女の存在は必要不可欠だから。

 外観は地味だが最高級の素材を贅沢に使い仕上げた馬車の内装は、外観とは逆に豪華な造りをしている。六頭引きの大型馬車は、ザスキア公爵の外遊仕様の逸品。

 元々強固な防御力に更に僕が固定化の魔法を重ね掛けしたので、要塞の外壁並みに強固になってしまった。少数生産し王家や親しい貴族達のみに販売している馬車より、結果的に強固になった。

 護衛の騎馬隊は二百人、精鋭中の精鋭に守られた馬車が王都の中央通りを走れば注目の的だ。だが馬車に付いているザスキア公爵の家紋を見ると納得する、公爵家の財力は凄い。

「そんなに緊張しなくても良いじゃない?」

「いえ、緊張はしていませんが、少し驚いています」

 豪華な馬車に乗っているのは、ザスキア公爵の他には僕と護衛のクリスの三人だけだ。クリスは我関せずと気配を消して無言で座っている、故に感覚的にはザスキア公爵と二人切りだ。

 しかも我が屋敷に予定外に訪問し、自分用の馬車を用意していたのに強制的に同乗させられた。その代わりに目立ってはいるが、僕が乗っているとは気付かれていない。

「急に訪ねて馬車に押し込んだのは悪かったわよ。でも普通に出掛けたら大騒ぎになるわ、だから私の馬車に乗せたのよ」

「まぁ確かに……自慢ではないですが、僕は英雄として国民には人気が有ります。それが急に出陣するとなれば大騒ぎ、無駄に王都を混乱させますよね」

 優雅に微笑むザスキア公爵の衣装は、バーリンゲン王国に反旗を翻し敵対する元殿下達を討伐しに行くには絢爛豪華だ。精巧な細工を施した素晴らしい装飾品とは真逆に、黒をメインに赤で縁取りをしただけのシンプルなドレスを着ている。

 彼女的には楽な衣装らしいが、素材が良くないと衣装に負ける。大きく開いた胸元は、ショールを羽織り隠している。ドレスは淑女の鎧兜、パゥルム女王達に会う時は更に豪華になるだろう。

 因みにクリスは僕専属のメイド扱いだが、元々は王宮の上級侍女だったので問題は無い。人数にはカウントしていないが、ザスキア公爵の護衛としてツヴァイも同乗している。

「一番苦労する王都の警備隊や聖騎士団からは苦情が来ないのに、他から苦情が来るらしいのよ。リーンハルト様の人気を妬む連中が騒ぐのよね、嫌になるわ」

「ああ、そう言う理由ですか。確かに予定外に中央通りに人が溢れれば、交通整理に駆り出される連中には苦労を掛けますね」

 気付かなかった。凱旋時は事前に準備して問題は少ないが、行きは事前に準備などしていない。ドラゴン討伐の時とかは、警備隊や聖騎士団に迷惑を掛けたのか……

 苦労に見合う見返りと言うか、聖騎士団員達には鎧兜に固定化の魔法を掛けるとか対応しているが、警備隊には全く無いな。今度差し入れか何か苦労の見返りになる事をしよう。

 僕の存在を隠す為に馬車の窓はレースのカーテンを閉めて見えない様にしている。隙間から覗けば、何時もの賑やかな日常の景色が見える。僕はこの平和な日常を守る為にも……

「今回の元殿下達の討伐、時間は掛けられませんね。早く王都に戻り、治安維持に専念する必要が有ります」

「そうね……全く予定外だわ。それとバーリンゲン王国の現状を教えておくわ。先ずバーリンゲン王国側に攻略を任せたアブドルの街だけど、未だ攻略出来ていないわ」

 む、嫌な顔をして吐き捨てたな。彼女の期待に添えなかったのだろうが、僕としては想定内だ。籠城する相手に短期で勝つには、五倍以上の戦力で押し切るか内応だ。

 悪いが敵は元正規兵、パゥルム女王の元に残った兵士達よりも強い。そして動員出来る兵士の数も多くはないし、指揮官連中も……アチア殿達とか、微妙な連中だったぞ。

 僕が攻略した街の維持管理が主な仕事だから、武官でも内政系なのかも知れないし、裏切る可能性の低い連中を用いたのかも知れない。だが城塞都市の攻略を丸投げしておいて、礼の一つも言わず直ぐに引き渡せとか言う連中だ。腹芸も出来ない内政系?微妙だよ。

「予想の範囲内ですね。逆賊クリッペンが残存兵力と共に籠もった城塞都市、籠城すれば一ヶ月や二ヶ月位は普通に持ちますよ。新生バーリンゲン王国側の兵士の質は高くない、向こうは正規兵三千人ですよ」

 僕の暗殺計画を黙っていた罰として、ロンメール様がパゥルム女王に飲ませた条件だが、僕は短期攻略は無理だと思っていたが予想通りだとは……

 少しは期待していた、今となっては無理な攻略をして無駄に兵力を減らしてなければ良いけど、プライドや面子の関係で無茶な攻撃をしてそうで怖い。

 レズンの街やハイディアの街から戦力を引き抜いていたら、折角攻略した二つの街が再度奪われる危険が有る。だがパゥルム女王やミッテルト王女の事だし、もう僕に丸投げか?

「クリス、最初にアブドルの街を攻略する事になりそうだが、籠城しているので正攻法では時間が掛かる。二人で侵入して短時間で落とすぞ」

「はい、我が主様。頭を潰せば降伏するでしょう。しなければ更に指揮官クラスを皆殺しにして、城門の一つでも開ければ問題は無いでしょう」

「はいはい。普通なら止めるべき狂気の沙汰の作戦ですけれど、リーンハルト様なら可能なのよね。無駄に市民に被害が出ない最善策なのは分かるけど、分かるんだけど……」

 ザスキア公爵に苦笑されたよ。だが普通は籠城する敵兵力の三倍から五倍の兵力が必要で、バーリンゲン王国の動員出来る兵力では全然足りない。

 反乱の御輿である、クリッペンを倒すのが理想だ。後は適当な側近や、クリッペンに属する有力な貴族達を間引けば反乱軍は簡単に瓦解する。

 無駄に時間は掛けられないし、精鋭部隊とは言え籠城戦に参加しても十全な活躍は無理。妖狼族なら可能だが、相応の被害も出るから却下だ。

「上手くすれば、クリッペンも捕縛出来るでしょう。だが前回は戦わずに逃げ出した男だし、また逃げ出す可能性は高いかな?まぁ逃げ出すなら、敵兵力を壊滅させれば良いか」

「烏合の衆など、私と主様の協同作業で殲滅すれば良いです。どちらが沢山倒すか競争しましょう。私、頑張ります」

 無表情で怖い提案が来た、確かに暗殺者として育てられてはいるが単純な攻撃力はデオドラ男爵達に迫るモノが有る。

 それに幻惑の魔法を組み合わせて不意打ちすれば、数が多くても敵に勝ち目なんか無い。僕だって千人や二千人程度には負けない、つまり二人で突入しても負けない。

 用心するのは魔術師だけど、宮廷魔術師クラスは居ない。油断や慢心はしないが、圧倒的に有利なのは此方で問題は時間が無い事だけなんだよな。

「アブドルの街の内部情報の収集は続けているけれど、流石に籠城中の城塞都市の情報を集めるのは厳しいわ。敵兵力の摺り潰しが有効かしら?」

「仮にクリッペンが逃げ出しても、頼る先は弟達二人。コーマにザボンも無事に領地に帰り戦力を整えている筈ですが、負けた兄を受け入れるかな?」

 ザスキア公爵の配下も先行して情報収集に当たっている。僕もエムデン王国の盗賊ギルド本部に依頼して、バーリンゲン王国の盗賊ギルド本部に三人の元殿下の所在を探させている。

 流石に籠城中のアブドルの街の中には、諜報員は潜入させられないか……クリッペンが居ても居なくても作戦は変わらない、居れば殺すか捕縛して、居なければ兵士の数を減らすだけ。

「あら?その浮かべた笑みの意味は、悪辣よ。前は兄弟の不和を招く為に逃がす予定だったのよね?負け続きの兄に協力する訳は無いわよ、彼等は仲間であり競争相手なのだから」

「そうです。自分が王になるという現実味の無い儚い夢を見ている連中ですから、足の引っ張り合い位はするでしょう。本来なら長兄が次期王となるのが普通、でも現状は反乱だから勝ち残った者が次期王ですからね」

「三人仲良く協力しましょうは無理、手を組みたくても全員が競争相手。共闘しか手はないけれど、実質的に詰んでるから手を組んでも負ける。後は面子的な問題よね」

「それに付き合わされる配下も哀れですが、新生バーリンゲン王国を裏切った事は同じ。元殿下達の首を差し出せば助かるかと思うけど、ミッテルト王女の残虐さを考えれば難しい。もしかしたら死に場所を探している?迷惑な話ですね」

 お先真っ暗な事を理解しているが、パゥルム女王が簒奪する際に父王と自分達を捕縛か殺すかする為に襲われたんだ。だから和解は不可能、命乞いも無意味だと知っている。

 運良く配下の正規兵や取り巻きの貴族は取り込んで一緒に逃げてくれたけど、時間が経てば自分達の不利な現状は理解するだろう。

 一番嫌なのは、どうせ負ければ死ぬのだからと領民達相手に好き勝手な事をする可能性が高い事だ。彼等を倒しても領民達が悲惨な事になっていたら、嫌な思いをするだろう。

「どちらにしても早く解決して、エムデン王国に帰りましょう。他国の心配より自国の心配です。薄情では有りますが、優先順位は明確に迷いは厳禁です」

「確かにそう、でもそれは薄情じゃないわ。私達はパゥルム女王の要請により行動するけれど、本来はパゥルム女王の仕事であり責任なのよ。手伝わせる上に責任まで取れは違う、それは為政者の仕事であり義務だから……」

「その事については、既に自分の中で折り合いを付けていますから大丈夫です」

 だから貴方の悩みは人間的には素晴らしい事だけど、責任有る立場の者としては流されては駄目よって慈愛の籠もった表情と言葉で諭された。

 勿論だ。僕は守るべき者達が居て優先順位すら付けている自分勝手で我が儘な迷惑野郎だ。エムデン王国に残した者達の危機が迫っている状態で、他国の民の事など悪いが優先出来ない。

 だがモア教に配慮する為には手段を考えなければならないんだ。頭が痛い問題だが、バーリンゲン王国のモア教の信徒達には配慮する。

 モア教の教皇から頂いた感謝の言葉は、本当に重いし行動に制限が掛かる。ウルム王国との戦争が落ち着いたら、何か対策を考えないと駄目だろうな……

 


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