古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第605話

 家族サービスでオペラを観る予定が、メディア嬢……いや、ニーレンス公爵家との懇親の場となってしまった。最近ザスキア公爵との絡みが多かったからだな、ローラン公爵とも御茶会の他に懇親の機会を設ける。

 現状、ニーレンス公爵・ローラン公爵・ザスキア公爵の三家が連携し、僕と協力体制を敷い(囲まれ)ている。バセット公爵は中立、バニシード公爵とは敵対中だ。バニシード公爵は名誉の回復の為に先鋒として成果を出すしかない。

 だが厳しい。第一陣はバニシード公爵・バセット公爵・グンター侯爵・カルステン侯爵の四家だが、グンター侯爵とカルステン侯爵は裏切りの疑惑が濃厚だし、バセット公爵は非協力的。

 バニシード公爵は自分の手勢だけで、ウルム王国に攻め入り成果を出さねばならない。内憂外患、味方は非協力的で裏切り者まで抱えて戦わなければならないとはな。更に遊撃隊として、バーナム伯爵とデオドラ男爵が後ろに控えている。

 今まで抑圧されていた二人が戦場で自重などしない。下手したら一番槍と言うか先に戦いを仕掛けるだろう、マジックアイテムの『戦士の腕輪』で八割強化した反則気味な戦闘狂をバニシード公爵は御せるか?無理だな。

 暫定的だが、バーナム伯爵の派閥はザスキア公爵に取り込まれた。それに派閥構成員には、宮廷魔術師第二席で侯爵待遇の僕も居る。しかも王命だから、止めろと言っても無理。例えバニシード公爵本人が言っても断れる。

 バニシード公爵の派閥構成貴族達も大分逃げ出した。既に勢力は公爵五家の最下位、侯爵七家の三番目位だ。つまり優良な四つの領地を持つ僕と殆ど変わらない、大分追い込めた。

 戦力の補強をしたくても、冒険者ギルド本部と魔術師ギルド本部は僕側だから無理。多大な利益を供与してるから裏切る事も無い、拒む理由も有る。

 そして傭兵団を雇おうにも、ハイゼルン砦攻略の時に無謀な突撃で全滅させた事が原因で料金を上乗せしないと応じない。逃げ出した二つの傭兵団が周辺の村々を略奪し討伐された事もあり悪い噂の傭兵団は雇えない。

 もっとも兵隊崩れ冒険者崩れの傭兵団が品行方正な訳もないし、幾つかの傭兵団などはウルム王国に雇われてエムデン王国内で暴れる可能性すら有る。

 だから殆ど雇えてないのが実情、派閥構成貴族達から無理な動員を強制している。つまり領地が手薄となり一番狙われ易い。ザスキア公爵が曖昧に答えたのが、平民達が襲われても助ける事が遅くなるか出来無い可能性が高いから。

 既に監視を付けている幾つかの傭兵団が、バニシード公爵と派閥構成貴族達の領地に侵入しているのは掴んでいる。つまり第一陣が開戦したと同時に、自分達の領地が荒らされるんだ。兵士達の士気は下がり領主達は領地に戻る連中が出る、バニシード公爵は既に詰んでいる。

 ウルム王国との戦争で、バニシード公爵は没落する。でも手助けは出来無いし、しない。政敵が失敗し没落する事を望んでいるから、例え平民達に被害が出ても事前に教えたりしない。

 勿論だが国内の動乱を速やかに収める手配も準備もしているが、自分達の領地が優先。僕の領地だって狙われている、寧ろ優先的に狙われるだろう。だからメルカッツ殿達の汚名返上の機会として、彼等はマジックアイテムで強化し討伐を任せる。

 ニールが鍛えた警備兵達、単独でクリスの暗殺。領地の警護に冒険者ギルド本部と魔術師ギルド本部からも応援を頼んだし、イルメラ達の護衛はベリトリアさんに任せる。クリスにも任せたかったが、守りより攻めたいって言われたよ。

 まぁ実際に彼女なら、三十人前後の傭兵団など一人でも問題にならないだろう。勿論だが『魔法障壁の腕輪』と『戦士の腕輪』は装備させる。殺人に禁忌感を抱かない彼女なら、不穏な動きをする連中は容赦無く始末する。だから僕の領地の守りは万全だな……

◇◇◇◇◇◇

 今回のオペラは前回の若手有能貴族の浮気と捨てられた令嬢の復讐劇とは違い、戦意高揚の為に劇作家が書き下ろしたのだろう。

 過去に侵略戦争を仕掛けられ跳ね返した国に、倒した相手国の残党が隣国を乗っ取り再度戦争を仕掛けてきた。若き王と古参の将軍、そして若き宮廷魔術師が国難に挑む。

 うん、現状をそのまま置き換えただけだ。古参の将軍とは近衛騎士団エルムント団長に聖騎士団のライル団長、常備三軍のアロイス将軍とマリオン将軍の事だな。

 卑劣な罠に掛かり倒れた将軍は、ハイゼルン砦の攻略の時に戦死したコンラート将軍。主人公は若き宮廷魔術師って僕だ、前に僕の立身出世物語を上演したいと言われて断った筈なのに……

 名前を変えれば大丈夫とか言わないでくれよな!もしかしなくてもエムデン王国から言われて戦意高揚の為に書き上げたとか?可能性を否定出来無いのが辛い。

「まるで旦那様の半生いえ、半年の物語みたいですわ」

「そうだね、身分こそ伯爵家の長男だけど家督争いに勝ち抜き家督を継いだ事になっている。叔父と争い姉と慕う女性が婚約者に唆されて裏切る、ローラン公爵家の家督争いと被る。

領内を荒らすドラゴンを王命により討伐する、デスバレーのドラゴン討伐だな。その時に最愛の女性と知り合うか……妖精の加護とかは意味不明だし、最後に最前線の砦が落とされたので奪還ってさ。もう名前だけ違う僕だろ?この劇を観てる僕は、他の連中からどう思われているんだ?」

 隠しても隠し切れない、いや最初から隠す気なんて全く無いんだ。こんな自分の立身出世物語を見せられるのは拷問だろ?恥知らずみたいで嫌だ。

 前々回に僕が拍手をして最優秀主演男優になった男が僕役だ、最愛の女性のアーシャを演じるのが、アンヌマリー嬢。この事に気付いたアーシャが真っ赤になり俯いている。

 まさか名前は違えども状況的に自分と思われるのが主演女優だ、しかも恋愛観たっぷりだから大人しい彼女にとっても拷問だな。いっそ実話として脚色無しの方が未だマシだ。

「世紀の大恋愛ですわね。伯爵と男爵令嬢が結ばれる為の試練、二人の愛の強さが試されています」

「この劇は他の劇場でも配役を替えて上演するそうですわ。王都の五つの劇場が同時公演なのは、貴族も平民も分け隔てなく大勢の方々に観て欲しい。エムデン王国の思惑が透けて見えますわね」

 いっそ殺してくれって程に恥ずかしい。アーシャと二人並んで公開羞恥プレイとか止めてくれ!それが戦意高揚の為とは言え、恥ずかしい事には変わりない。

 同じ物語をザスキア公爵とも観るんだぞ!オペラに興味が全く無いから演目の確認を怠った自分の所為だけど、せめて知ってたなら教えてくれよ!

 気が付けば他の観客達もチラチラと僕を見ている。過去の偉人や創作の人物じゃなく、実在している人物の物語だからな。暫くはサロンや御茶会でも話題となる、最悪の展開だが、その話題が戦意高揚だ。

「主人公を陰ながら支える公爵令嬢、これは私の事かしら?」

 いや、ザスキア公爵の事だよ。謀略は当てはまるが諜報は当てはまらない、身分上位者の寵愛を受けながら男爵令嬢を娶る。僕の未来を暗示し、それを事実だと刷り込ませる。

 普通なら不可能な身分差だし、本来なら男爵令嬢が身を引くのが貴族的常識。この常識を覆す事を周囲に刷り込む為にか?少しは配慮されてるのか?

 気になるのが主人公の周囲には何人もの見目麗しい令嬢が居て、それなりな雰囲気になっている。要は多情なんだ、浮気じゃないが本妻・側室・妾を次々と娶るってなんだよ!

 前半が終わった時には、僕とアーシャはぐったりとしていた。エムデン王国中に恥を晒した感じだ、存命中に自分を題材にしたオペラが上演されるのは、普通に考えれば名誉な事だろう。

 だが僕とアーシャにとっては苦痛以外の何物でもない。恥ずかしいだけだ、名前を替えて脚色したって設定から僕等だと想像出来てしまう。しかも周囲が引く程の甘々さだ、バルバドス師の紅茶より甘い。

 ソファーに倒れ込む、濃くて渋い紅茶が飲みたい。アーシャは真っ赤になりながらも幸せそうだ、他の女性陣の嫉妬の籠もった視線も誇らしい?恥ずかしさも一周回って変な感情になってる?

 メディア嬢も自慢気だが、貴女のは勘違いですよ。僕の最大の協力者は間違い無くザスキア公爵だ、彼女の諜報と謀略が戦闘力のみの僕に不足していた部分を補ってくれた。

 特に噂による民衆の扇動には何度も助けられた、彼女の諜報部隊は王都中に浸透している。草と呼ばれる何代も市井(しせい)の中で暮らし周囲に溶け込み、指令が有れば噂を広める。

 全く知らない連中が騒ぎ立てている訳じゃなく、信用出来る長年付き合いの有る連中が広める話には信憑性が有る。酒場で酔客相手に広めるだけじゃなく、井戸端会議的に噂を広める。

 この演劇の公爵令嬢はヌルい、本来のザスキア公爵は大輪の毒の薔薇だ。だからメディア嬢が勘違いをしている、あの人の恐ろしさや怖さ、凄みの一割も表現出来てないから……

◇◇◇◇◇◇

 劇の後半は、正しく本来のエムデン王国の守護者達の事を演じている。卑劣な敵国の侵攻から身を挺して自国を守る騎士や名も無き兵士達、そこには自己を犠牲にしても家族や恋人を守る。

 身近で共感が持てる、大局で考えず身近な者達を守る尊さが伝わる劇となっている。大袈裟な話では伝わらない、理解しやすい善悪。誰かを守る、大切な人を守る、この分かり易い善性は必要だ。

 しかも途中から大陸最大の宗教を守る聖戦の話になった。侵略戦争の復讐の側面も有る今回のウルム王国侵攻作戦、そのマイナスな面を上手くすり替えつつ正当性を押し出している。

 この劇作家は中々の扇動家だな。最初に僕の話を盛りに盛って観客を引き込み、後半は重厚な戦記譚に切り替えつつ過去の恨みを思い出させた後で聖戦の話にすり替えた。

 この演劇を観た連中は最初に気分が高揚し楽しくなり、中盤で過去の怒りを再燃させて、終盤で聖戦と言う形でウルム王国との戦いに正当性を持たせた。戦費調達の臨時増税、家族や知り合いの成人男性の徴兵、厭戦気分になりがちな風潮を吹き飛ばす爽快な戦記譚。

 確実に勝てると思われる状況だが、敵はエムデン王国内で策動し厭戦気分を広める謀略を仕掛けてくるだろう。だが一ヶ月後には僕とザスキア公爵がバーリンゲン王国を平定するし、バーナム伯爵とデオドラ男爵が遊撃部隊として華々しい戦果をあげるだろう。厭戦気分を吹き飛ばすネタには困らない。

 先鋒?第一陣?知らない連中ですね。バニシード公爵とは明確に敵対し、バセット公爵とは中立、グンター侯爵やカルステン侯爵とは不仲だし裏切り者疑惑もある。

 彼等が勝っても負けても、裏切って殲滅されても大勢への影響は薄い。その様に誘導され配置されている、今回の第一陣の連中は国家への忠誠を試される試金石だよ。

 バニシード公爵は名誉の回復、グンター侯爵とカルステン侯爵は裏切り者疑惑の払拭、バセット公爵は隙を見せた為に巻き込まれたみたいだが成果を上げないと評価は落ちる。

「今回の演劇、大分含みが有りますわね」

 帰りの馬車の中で、右隣に座るジゼル嬢が扇子で顔を隠しながら真顔で言ってきた。別にアーシャの事を冷やかしている訳じゃないな。

 左隣に座る、アーシャも思案顔で言われた意味を考えているみたいだ。彼女も伯爵夫人として色々と苦労し成長している、もう居るだけの華じゃない。

 向かい側に座る、イルメラとウィンディア、ニールとクリスは複雑な表情だが自分の考えを述べる事はしないだろう。彼女達はジゼル嬢とアーシャには一線を引いてる、身分差と言うよりは……

「貴族と民衆の意識誘導だね。オペラを観られる裕福層限定だが、戦費調達もやむなしと思うだろう。過去の大戦の恨みや辛さを思い出させ、自分達を守る為に命を懸けて戦った者達が再度戦地に向かうんだ。援助もやむなし、しかも復讐や侵略行為じゃない。これは聖戦だよ」

「前回は一方的に仕掛けられましたが、今回は準備万端ですわね。余裕が有り色々と試せる、有利な状況をどれだけ作り出すか……被害は最小限に抑えたいのでしょう」

「僕も領地が四つに増えた。でも来週から一ヶ月はバーリンゲン王国に行かないと駄目なんだ、不穏な連中がエムデン王国内に入り込む危険性が高い。皆も注意してくれ」

 その言葉にジゼル嬢とアーシャが抱き付いてくれた。心配してくれるのも嬉しい、万全な体制を整えてくれたのも嬉しい。

 彼女達はそう思っているのだろう、だが僕は未だ足りないと思っている。過剰だと思える位の安全対策で良いんだ、後悔などしたくない。

 二度目の人生でも守りたい、仲間とは違う家族が出来たんだ。今回はイルメラ達と幸せに生きる、死ぬ原因の目標は老衰。心配事は子をなせるかだけ、これは女神ルナも可能性は0じゃないと言った。僕に薄くとも種が有るのは分かった、今はそれで良い。

 さて、今夜は近衛騎士団の連中と飲み会だ。『淑女の囁き亭』に集合だが、バーリンゲン王国の結婚式で色々やらかしたから質問攻めに合いそうだな……

 


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