古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第599話

 久し振りに我が師である、バルバドス師と昼食を共にした。そこで妾殿の一人、セイラム殿が懐妊している事を知らされた。喜ばしい事ではある。

 あの華美になった研究室の改装は、我が子が出来た事を知らされた時に嬉しくて変なテンションで改装を指示してしまったらしい。

 可愛い我が子に質実剛健と言うか、地味な研究室は見せたくないとか似合わないとか当時は思ったそうだ。聞かされた時は相当酔っていたので変だとは思わなかったそうだ。

 

 だが今思えば恥ずかしいとか何故なんだとか言っていたが、僕も変なテンションの時はトンでもない事を平気で実行するから分かる気がする。

 だがセイラム殿は平民階級、妾腹の子供だ。産まれた子供は、フレネクス男爵の実子のフィーネ殿の養子にすると言った。妾腹よりは養子縁組でも本妻の子供の方が良い。

 フレネクス男爵は、バルバドス師の財産を相続したい。だから自分の息子を養子にと強引に迫ったんだ。

 

 セイラム殿の産んだ子供でも、親権がバルバドス師とフィーネ殿に移れば文句は言わない。フレネクス男爵家の血筋は引いてないが、遺産相続権は有る。

 問題は心を病んで療養中の、フィーネ殿が自分がバルバドス師の子供を宿せなかった事。血の繋がらない妾の生んだ子供を我が子として扱えるかが分からない。

 一応、フレネクス男爵には釘を差しておく。フィーネ殿の様子を監視し、産まれてくる子供と母親であるセイラム殿の安全に配慮しろと……

 

 転生前の事だが、とある貴族の本妻殿に子供が出来ず、側室が産んだ子供に憎悪を向けて殺してしまった事が有った。

 旦那の子供を身ごもれない不甲斐なさと、身ごもった側室からの蔑みの感情。実家からの圧力とか色々と原因は有ったが、赤ん坊を殺す程に精神が病んだそうだ。

 フィーネ殿も条件は同じ、セイラム殿がフィーネ殿に何かするとは思えないが、平民階級の娘に負けたとか変なプライドを刺激されなければ良いけど、フィーネ殿の感情は僕には分からない。

 

 嫉妬に狂った女性の怖さは別格だ、常識は通用しない。だが大体が自分も破滅的な最後を迎えるんだよな、自分の身の安全より憎い相手を害する事を優先する。

 フィーネ殿が、そんな女性じゃない事を今は祈るしかない。先ずは父親であるフレネクス男爵が、駄目なら僕が動くしかないかな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 午後四時過ぎ、予定よりも少しだけ遅れて、デオドラ男爵の屋敷に到着した。何時も以上に警備兵達の熱い視線を感じる、自分達の主人の娘婿の栄達が嬉しいのだろう。

 武を尊ぶ家系だし、使用人達も殆ど同じ思考回路をしている。僕は魔術師だが最前線で戦うから武人達からも一定の人気が有る、だが後ろに控えている連中が問題だよ。

 デオドラ男爵にニールは良い、だがバーナム伯爵にライル団長まで並んでいるのは何故だ?何故じゃないな、僕と戦いたくて我慢出来ないんだな。後ろに控える使用人達の緊張感が凄い……

 

 全身から戦いたいオーラが溢れて周囲を威圧している、完全装備だが三人共に微妙に汚れて怪我もしている。もしかしなくても我慢出来ずに先に三人で模擬戦をしていたのだろう。

 申し訳無さそうに後ろに控えるニールでさえ、完全装備だし少し疲れているみたいだ。つまり模擬戦に付き合わされた、付き合える武力を身に付けたか。

 ニールは素質が有ったから人外共の荒っぽい英才教育で才能が開花したっぽい、彼女は義父達の一段下位の武力が有る。正規騎士団員の隊長格と同等か、それ以上の武力だな。

 

 側室なのに武人、守らねばならないのに戦う事を強いる。矛盾だが、彼女から戦う事を取り上げる事は出来ない。だから武器と防具は最上級の物を渡すつもりだ。

 『魔法障壁の腕輪』に『戦士の腕輪』それに『雷光』と僕謹製の鎧兜を装備させれば完璧だ、負傷する心配は格段に下がる。

 

「派閥の上位陣が総出で出迎えとは驚かされますね。王命を達成し戻って参りました」

 

 バルバドス師から笑顔が少ないと言われたので、思い切って頑張って微笑んでみたのだが……ニールは下を向いて震えているし、メイド達は赤くなったり慌てたりと挙動不審だぞ。

 やはり僕には笑顔なんて似合わないんだ、何時ものむっつりの方が似合ってるんだな。慣れない事をするから恥を掻く、普段通りが一番なんだ。

 

「全くお前は少し目を離すと、毎回とんでもない事をしやがるな」

 

「多対一で他国の宮廷魔術師をボコるとか、どんだけ戦闘狂なんだ?流石は我が派閥の一員だと感心する」

 

「俺達だって、そこ迄の無茶はしないぜ。それは複数の騎士団長クラスと同時に戦うのと同じ事だな、無謀だがその意気は良しだ!」

 

「おかえりなさいませ、旦那様。王命達成、おめでとうございます。私も嬉しく思います」

 

 ニール以外が歓迎の言葉をくれないとか、この義父達の対応は義理の息子に対して酷過ぎないか?確かにやり過ぎた事は認める、僕も流れ的には精一杯の対応だったけど最善じゃないのは理解していた。

 だけど毎回ネタにされて戦闘狂扱いは酷いと思うんだ。ニールもオロオロしてるし、普通は挨拶から入って今回の王命について話す流れが雑過ぎるぞ。

 周囲に敵対派閥の間者でも紛れていたら問題だ。王命を達成した相手を蔑ろに扱うとか、言い掛かりの付け方は色々考えられる。僕を持ち上げて彼等を陥れる位はするな、建前でも正論だから困る。

 

 デオドラ男爵達は脇が甘い、王宮から遠ざかった位置に居た為に武力が通じない魑魅魍魎達を相手にする事に慣れてない。状況的には仕方なかったが、僕が派閥に加わった事により中央からの接触が増えた。

 意図的に遠ざけられていたのに、今度は僕とザスキア公爵の助力を得た事により無視出来ない勢力になってしまった。今後の事も考えて、ジゼル嬢と相談だ。

 僕だけだと一寸無理だ、今後の事も含めて要注意かな?僕の義父達が失脚とか困る、僕とイルメラ達との幸せの為にも彼等には頑張って貰わないと駄目なんだ。

 

「場の流れで仕方無かったと思っていますが、最善でもなかった。だが僕には精一杯な対応でしたよ」

 

 少し拗ね気味に言ってみる、政治力や交渉能力が並みな僕には精一杯の対応だったんだぞ。話の流れに合わせて何とか喧嘩を売ったんだが、僕自身も並み程度の対応だったとは思って反省はしている。

 

「俺等的には最善だな。嫌な野郎はぶっ潰す、しかも周辺諸国の連中の目の前で建前付きでボコるとは悪辣だな」

 

「全くだ。相手の名声と評価は地に落ちる、まぁ一人を除いて反逆者として処刑されたらしいから評価など最低だな」

 

「燃えるシチュエーションだな。俺も話を聞いた時は興奮したぞ、全く羨まけしからんな。そんな楽しい事を独り占めとか許せないぞ」

 

 あっはっは!とか笑い合ってるけど、そろそろ屋敷に入りましょうよ。屋敷の主と派閥のトップ、それに聖騎士団の団長が玄関先で立ち話とか困る。

 ニールのオロオロが酷くなっている。彼女は武力は高まったが精神的な面は普通なんだ、こんな異常な状況だけど慌てずに落ち着け。

 視線を送り軽く頷いて落ち着かせる。彼女はローラン公爵から御家騒動解決の報酬として身請けしたが、予想外の成長に驚いている。

 

 結果的には良い人材だったが、来年成人してジゼル嬢と結婚した後に……イルメラとウィンディアを側室に迎えるから、その後に側室にする事になる。

 ジゼル嬢が認めているし釘も刺されている。だから僕に頼み事が有るなら、僕より彼女に陳情しろって噂(事実)が広まっているらしいんだ。

 彼女なら上手く対応してくれるから安心だが、尻に敷かれている事実が広まるし負担を強いている事にもなる。なにか恩返しをしないと駄目なんだけど……

 

「そろそろ屋敷の中に……」

 

 いい加減、玄関先で立ち話もないだろう。色々とボロも出そうだし、早く応接室にでも押し込まないと駄目だ。

 それに庭に直行して模擬戦もお断りだ、先ずは紅茶でも飲んで気持ちを切り替えるべきだな。早く僕を屋敷に入れて下さい。

 今後の対応とか色々と相談する事が増えた。出来ればエロール嬢やジゼル嬢も交えて話したかったが、僕が王都に居られる時間は限られているんだよ。

 

「良し!では出掛けるぞ」

 

「おぅ!待ちどおしくて恋い焦がれたぞ」

 

「全く我等に待てをさせるとは、流石は宮廷魔術師第二席殿だな」

 

 え?なに?あっはっは!とか笑いながら両腕を掴まれて何時の間にか用意されていた馬車に押し込まれたけど、何処に連れて行くんだ?練兵場だな、練兵場に連行する気だな?

 使用人達が申し訳無さそうな顔で一斉に頭を下げた、彼等は僕が屠殺場に向かう家畜の如く模擬戦の為に練兵場に連行される事を知っていたんだ。

 この三人には事前に僕謹製の『戦士の腕輪』を贈っていたから、肉体の魔力付加による能力値80%upに慣れる為に模擬戦三昧だったんだ。

 

 その鍛錬の結果を僕との模擬戦で確かめるつもりだな。対宮廷魔術師戦の練習、僕を圧倒出来るなら、ウルム王国の宮廷魔術師にだって勝てる。

 対魔術師戦なら僕と戦う事が最善だ、単純な遠距離殲滅魔法など戦闘狂の連中には通用しない。常識外れの機動力で接近されて殺される、だから僕を相手に対魔術師戦の練習か……

 理に叶ってるし最善の鍛錬だ、効果的なのも理解出来る。だが少し位、僕を労っても罰は当たらないと思うのは間違いかな?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 行き先は騎士団の野外練兵場だったが異様な程に防諜対策が施されている。一重二重と配置された連中は聖騎士団員じゃなくて王都の警備兵達だ。

 それに見知った連中が何人か居るが、彼等はバーナム伯爵の派閥構成貴族の私兵達だ。つまりバーナム伯爵達だけでなくエムデン王国が動いている。

 戦争前に彼等の戦力の把握と魔術師戦対策、マジックアイテムでの強化による感覚のズレの矯正とか色々な思惑が絡んでいる。

 

 ならば先に教えて欲しいのだが、この脳筋達は根回しはすれども当事者へのフォローが無い。どうせ戦って拳を合わせれば理解出来るとか、肉体言語で分かり合おうとか考えているんだ。

 厳重な包囲網を抜けていくと魔術師の反応も感じる、魔力感知による防諜対策まで実施してる。ニーレンス公爵の手配で、エルフ族のファティ殿と戦った時と同じ位に厳重だぞ。

 これは予想以上に模擬戦の内容の漏洩を恐れているのか?練兵場に到着したが、僕に好意的な聖騎士団員と近衛騎士団員が二十人ほど完全装備で整列している。

 

 嗚呼、彼等にも能力upのマジックアイテム『戦士の腕輪』を魔術師ギルド本部経由で渡したな。王立錬金術研究所の所員達の量産品じゃない、僕謹製の先行少数生産品をだ。

 彼等も肉体能力が60%もupした事による誤差の修正がしたいんだな。バーナム伯爵達よりはup率は低いが、いきなり六割も能力が跳ね上がればまともには動けない。

 この僕に好意的な彼等が、ウルム王国との戦争で活躍する事は大きなメリットになる。マジックアイテムの効果が証明されれば欲しがる連中は大勢いるが、中立や敵対の派閥連中には渡さない。

 

「これも政治的基盤の強化の布石とアフターケアか、諦めて全力で相手をする事が最良だな……」

 

 防諜対策は万全だ、彼等も自身の戦闘力upを他の連中に教えたくないんだ。この辺の自慢したいのを我慢出来るのは流石だな。

 戦士職の連中は装備品の自慢をしたがる、彼等は『戦士の腕輪』の他にも鎧兜に固定化の魔法を重ね掛けしたから防御力は二倍。

 此方は公表しているが、更なる戦闘力のupなど他の連中からしたら認められない優遇措置だ。だが中立や敵対派閥の連中には何もしないし渡さない、それが国防に関わる事でもだ。

 

「味方の強化だけで十分だな。彼等を強化し捲れば、戦場で何倍も活躍してくれる」

 

 そして出世して発言力を高めていくだろう。派閥構成貴族の出世は、そのままバーナム伯爵の派閥の強化に繋がる。

 間接的に派閥構成貴族の僕にも恩恵が有る、両者にとってもメリットが大きい持ちつ持たれつな関係か?利害関係者の協力?

 まぁ良いか……これはやらなければならない事、僕の今の全力では強化したバーナム伯爵達には勝てないかも知れない。

 

 だが無様な負けなど出来無い。手加減などすれば速攻で負ける、それではバーナム伯爵達に失礼だな。

 うん、人間相手に手加減無しの全力か。だがバーナム伯爵達なら壊れないだろう、だから大丈夫。嗚呼、駄目だ。何だろう、凄く楽しくなってきたぞ。

 

「ふはは!狂喜の魔導騎士の顔になったな」

 

「それがお前の本性だ。俺達を相手に戦いを楽しむ事が出来る異常者の同類よな」

 

「やっと本気のリーンハルトと戦う事が出来るとは楽しみだ。バーナム伯爵やライル団長だけではズルいと思っていたんだ」

 

「全く失礼な方々ですね。最初は誰からですか?それとも全員とですか?」

 

 魔術師のローブを脱ぎ捨て、歩きながらハーフプレートメイルを錬金して身に纏う。空間創造から、カッカラを取り出し頭上で一回転させて振り下ろす。

 

「全力でお相手しましょう」

 

 僕の挑発に、ライル団長が突っ込んで来た。どうやら最初の相手は、ライル団長みたいだな……

 

 


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