古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第598話

 エムデン王国三大ギルド本部との交渉を終えた。彼等にもメリットが有り、国家間を跨いで活動する彼等の自主性を認めた内容だから受け入れ易かったのだろう。

 属国化したとは言え、バーリンゲン王国のギルド本部に僕が直接依頼や指示を出す事は、彼等からすれば面白く無い。自国のギルドと対等みたいな形となる、それでは優位性が損なわれる。

 本来のギルドは国家からの影響を極力抑える……いや、国家の介入を嫌う傾向が強い。独立性と自治性を重んじる、だが国家権力には逆らえない微妙な感情の葛藤が有るのだろう。

 だから僕が所属する冒険者ギルド本部と魔術師ギルド本部には上から命令せずに依頼と言う形で、バーリンゲン王国の各ギルド本部に働き掛けた事が良かったのだろう。

 属国化したとは言え、国家とギルドは別物。バーリンゲン王国の各ギルド本部も、頭ごなしに命令されるよりは同じギルドからの依頼の方が面子が保たれる。

 その分、宗主国の重鎮との縁が薄くなるが許容範囲内だな。僕がバーリンゲン王国に常駐するなら別だが、今回の件が片付けば殆ど近寄らないだろうから……

◇◇◇◇◇◇

 馬車を急がせれば、何とか正午を少し過ぎた時間にバルバドス師の屋敷に到着出来るだろう。冒険者ギルド本部との話し合いは大分巻きになってしまったが、大体の事は予想していたみたいだ。

 バーリンゲン王国の冒険者ギルド本部代表、フリンガ殿から親書を貰い国内状況を知っていたみたいだ。元殿下達への協力はしない、居場所の捜索協力も予想の範囲内だったみたいだな。

 物思いに耽っていたら、バルバドス師の屋敷に到着した。整列する警備兵に馬車の窓から顔を見せて軽く手を振る、僕を確認したので正門を開けてくれる。

「「「「「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト様!」」」」」

 左右に整列した警備兵達が一斉に頭を下げる。僕は彼等の主である、バルバドス師の(魔術師としての)後継者だ。それが誇らしいそうで、バルバドス師と同等の敬意を示してくれる。

 屋敷の玄関前に並ぶ使用人達も同様、実子の居ないバルバドス師の後継者の最短距離に居る最優の愛弟子。フレネクス男爵とフィーネ殿が警戒し、養子縁組みを強硬に迫った程だ。

 長年宮廷魔術師を勤めたバルバドス師の財産は膨大、僕に屋敷を贈っても目減りしない財力。彼の後継者が全てを相続する、だが僕が実子が望ましいと養子縁組みに難色を示したんだ。

 フレネクス男爵には養子縁組みに猶予を与える為に、親族のマーリカ嬢を僕の派閥に組み込む事で納得させた。バルバドス師の二人の妾殿の安全保障も込みでだ。

 どうやらその妾殿二人も無事に屋敷に戻れたみたいだな。玄関前に整列する使用人達の奥に妙齢の美女が二人控えている、フィーネ殿は未だ屋敷に戻ってないのか?

 精神的に参っていて実家にて療養中だと聞いたが、彼女が屋敷に戻っていれば妾殿二人が出迎えなどしない。つまり今は女主人は不在、彼女達が接待役を仰せつかった訳か……

「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト様」

「王命の達成、おめでとうございます。王都中で、リーンハルト様の偉業を称える声が止まりませんわ」

 馬車を玄関先に横付けされて、降りると使用人達が一斉に頭を下げる。出迎えの美女二人が、思いっ切り僕を持ち上げてくれるが気恥ずかしい。

 確かに王都はお祭り騒ぎだが、これからウルム王国と開戦する事になる。戦時中なのにお祭り騒ぎは拙い、浮かれ過ぎは色々と拙いんだ。

 戦争とは国家と国民が協力する総力戦だ、浮かれ過ぎは敵から色々と付け込まれる。隙が多いって事だから、何処かで引き締めが必要だぞ。

「初めてお会いしますね。僕はリーンハルト・フォン・バーレイ。バルバドス様の弟子であり、宮廷魔術師第二席の任に就いています」

 貴族的な礼節に則り一礼する。未だ彼女達の素性は知らないが、バルバドス様の妾殿二人で間違い無いだろう。メルサさんが少し困った顔をしたのは、もしかして出迎えは独自の判断だったか?

 まぁ僕に媚びても意味は無いし、彼女達の立場の安定化を図った僕に対する感謝の気持ち位の考えで良いな。チラリと確認するが二人共に未だ二十代後半か三十代前半、多分だが多産系の家系から妾にと望んだのだろう。

 しかし領地が四つになったので、名前の後ろにローゼンクロス・スピノ・アクロカント・ティラと繋がる長い名前になる。普通は領地は一つ、複数となれば一部の伯爵と侯爵以上の連中だけだ。

「私はスーラ、彼女はセイラム。バルバドス様の妾で御座います」

「私達の安全を保障する様に、フレネクス男爵様に命じた事に感謝致します」

「ああ、うん。無事に戻れて良かった。バルバドス様の御子を頑張って宿して下さい」

 深々と頭を下げてくれた。やはり単純に御礼だな、家名を名乗らないとなれば彼女達は平民なのだろう。僕との接点は無いし作るのも無理だから、わざわざ出迎えてくれたんだな。

 バルバドス師も僕に妾殿達をわざわざ紹介したりしない、千載一遇のチャンスだった訳だ。その証拠に後ろに下がり、案内はメルサさんに任せるみたいだ。

 しかし平民階級だが彼女達から魔力を感じた、バルバドス師の後継者なら魔術師が望ましい。生まれたら遺産争いは大変だな、でも妾なら平民でも可能なのか?

 もしもフィーネ殿に子供が授からず彼女達が子供を宿したら、また相続争いが始まるな。妾殿の子供の養子縁組み先が、バルバドス師の財産を相続する。

 まだバルバドス師の相続争いは落ち着いていない、経過を見守り手助けするしかない。理想は生まれた子供をフィーネ殿が養子として引き取る事だ、それが一番丸く収まる。

 だがフィーネ殿が身ごもり血の繋がった子供が産まれた場合、兄弟で争う事になる。弟や妹でも直系の方が良い、後は魔術師としての能力次第だな……

「リーンハルト様、ご案内致します。バルバドス様は研究室でお待ちになっております」

「うん、有り難う。メルサさんも変わりは無いかな?ナルサも偶には里帰りはしてるかい?」

 砕けた会話が出来る程度には信頼関係は築いている。周囲は驚いているが、この屋敷のNo.2は本妻殿でも妾殿でもない。メルサさんがNo.2だろう、どの屋敷にも裏事情が有るからね。

 我が家だとNo.2は結婚する前からジゼル嬢だな。後は僕への影響力を考えたらイルメラだ、彼女のお願いを僕は断らない。例えどんな願いでも、全力で叶えようとする。

 イルメラは無茶な願いはしない、それだけの分別が有る。その彼女が敢えて僕に頼むとなれば、それを叶えるのが男だろう。妥協や代案、説得はしない。

「セイラム様に懐妊の兆しが有ります。正式には水属性魔術師の診断待ちですが、私の経験からすれば間違い無いでしょう」

「セイラム殿は平民だよね?」

「はい、王都でも中堅の商会の四女です。今はライラック商会の傘下です」

 今は?鞍替えしたのかな。商会も販路の拡張や開拓で、傘下の商会が入れ替わる事も無い訳じゃない。メルサさんが移籍元を言わないって事は、知ると色々と問題有りか?

 ライラック商会は僕の御用商人として急激に勢力を広めている。前はエムデン王国でも十指に入る豪商が、今では三本の指に入る程に成長した。

 今後も僕の新しい領地の商売を任される事になるし、益々繁盛するだろう。だが腹黒くなく信義も持っているから、阿漕(あこぎ)な商売はしないと信じている。

◇◇◇◇◇◇

「よう!四度目の王命の達成、おめでとうと言わせてくれ。流石だな、他国の宮廷魔術師と多対一で戦うとか呆れたぞ」

「有り難う御座います。王命を無事に達成出来て、安心しています」

 既に食前酒としてか、ワインを飲んでいるみたいだ。機嫌が良さそうで良かった、促されるままに向かい側に座る。ゆっくりと周囲を見回せば、この研究室も随分と変わったな。

 本棚や執務用の机や椅子も位置が変わったし、壁紙や床材も張り替えたのかな?庭に面した窓も大きく拡張されて、天井に吊されたシャンデリアも新しい。

 何だろう?僕等魔術師は自分の研究室をむやみやたらと豪華にはしない、機能と防犯重視なんだけど随分と華美になったぞ。何かしらの心情の変化かな?

「偉業を連続で達成しても驕らず平常心かよ。お前が狂喜乱舞する姿が見たいと思う奴は多いと思うぞ、想像がつかないがな」

「王命とは達成して当然、そこに安堵は有れど狂喜乱舞など有り得ない愚行です。それだと無理難題を押し付けられて達成したみたいじゃないですか?」

「まぁそうなんだが、普通は少しは喜ぶぞ。お前は平常心っていうか、感情の起伏が少ないだろ?」

「魔術師は常に冷静たれ。感情の起伏で精度や威力に変動が有る攻撃魔法より、僕のゴーレムは常に一定の制御力が必要なんです」

 喜怒哀楽の表現って意味か?確かに感情を表に出す事は少ないな、外交や交渉用の笑みとかは多用するけど……あと苦笑か?年相応の素直な笑み?ないな、ないない。

 メルサさんの期待に満ちた目を向けられたので困った顔をする、これは喜怒哀楽じゃないな。期待に添えなくて申し訳無いが、精神年齢は三十代なので無邪気な十代を装うなど無理です。

 まぁ微笑む位ならしますが、僕が笑うと相手が萎縮するんですよ。恫喝の笑みと勘違いされちゃうんです、地味に傷付きます。でも仕事上で笑う時は、大体が牽制か威嚇だな。

「自立した時点で未成年の無邪気さなど捨てましたから。同世代の友人も数人しか居ませんし、付き合いの有る人達は大体が父親世代です。確かに最近は腹を抱えて笑ったり、心の底から喜びを表す事は無いですね」

 アーシャを側室に迎えた事や、イルメラとウィンディアにプロポーズして受け入れて貰った時は嬉しかった。だが喜びを全身で表すとかはしていない。

 うん、確かに少し異常だな。敵意を露わにするのは良くやるけどね、だからバーナム伯爵達が僕の事をスカした野郎だと心配したのか。

 だがその喜びも戦う狂喜に酔う『狂喜の魔導騎士』とかヤバい系の笑みだった、真面目に考えるとヘコむな。碌な感情表現をしていない性格破綻者みたいだ……

「まぁ固い話は終わりだ。今日はお前の凱旋祝いだからな、マナーは悪いが俺が注いでやるよ。出入りの商人に一番高いワインを用意させた、蓋を開けて暫く待ったから飲み頃だぞ」

「有り難う御座います」

 差し出したワイングラスに並々と注いでくれた。マナー度外視ならティスティング不要だな、親しき人達との気楽な食事は楽しいし嬉しい。

 漂う香りだけで高級なのは分かる、多分だが一本金貨千枚以上だな。我が家にも一応金貨千枚以上のワインが数本有る、万が一王族の方々が来られた場合に安物は出せない。

 俸給に準じた品だと金貨千枚位が妥当なんだよ、自分用じゃなくね。他にも同格以上の貴族用に金貨三百枚から五百枚程度も数本、自分用は貰い物の金貨二百枚前後だな。

 これだって理由が無ければ飲まない。僕は一般的には酒豪だと思われているが、これは水属性魔法で体内のアルコール分を分解無効化しているだけだから。

 元々は戦場の恐怖を過度の酒で紛らわすアルコール依存症の連中の治療用の魔法だ、後は酔いを強制的に排除し戦う為の準備魔法。

 泥酔しては戦えない、命の危険の有る状況で恐怖を紛らわす為に酒を飲む気持ちは分からなくもないが兵士が戦えなくては本末転倒だよ。

「乾杯!お前の更なる活躍を願って」

「乾杯!バルバドス様の御子が元気に産まれる事を祈って」

「お、お前が何故、セイラムの件を知ってるんだ?誰に聞いた?メルサか、ナルサか?」

 おお!凄い慌てようだな。時期的に懐妊のタイミングは妾殿達がバルバドス師の屋敷に戻るか戻らないかだった。

 もしかしたら、セイラム殿はバルバドス師の子供を授かった事を予測して身を隠したのかもしれないな。

 女性には不思議な能力が有る、自分のお腹に新しい命が宿った事を察知して早々に身を隠したんだ。当時のフィーネ殿に知られたら母子共に……

「これから大変だと思いますが、僕も力になりますので頑張って下さい。御子の筆頭後見人は僕ですよ、そこは譲れません」

「けっ!反論を潰しやがって。お前は本当に変だぞ、変人め!だが後見人の件は頼む。多分だがフィーネの養子として扱う事になるだろう」

 妙にサバサバしているのは、フレネクス男爵家のフィーネ殿の養子になろうとも実子だからだな。

 血の繋がった我が子を後継者として迎えられる、後見人が僕なら大抵の無理難題でも大丈夫だ。後は産まれてくる子供に魔力が有るか無いかだな。

 無くても結婚相手に魔術師を迎えれば、バルバドス師の家系は安泰だ。その配偶者を僕が徹底的に鍛えれば、それなりの魔術師にはなるだろう。

 照れながら怒る、バルバドス師を見ながら今後の流れを考える。フレネクス男爵とフィーネ殿には釘を差しておくか、血は繋がらなくても養子縁組みをして財産は貰えるんだ。

 精神を病んでいる、フィーネ殿の反応が気になるが、貴族としては普通の対応だ。何か有っても、フレネクス男爵が止めるだろう。

「良かったですね、バルバドス様」

「うるせぇ!お前も早く子供を作れよな」

 痛い所を反撃された。僕も種が薄いんです、妖狼族の崇める女神ルナによれば子供は授かるらしいのですが……時期は教えて貰ってないのです。

 


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