古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第594話

 やっとの思いで帰って来た我が家は、何故か愛しの婚約者殿が来ていて全員でユエ殿と話し合っているらしい。

 ヒルデガードの妙に迫力の有る笑みから察するに、アーシャにとっては良くない話の流れだろうか?

 アーシャ専属の彼女は仕えし主に不利益な事を当然だが嫌う、今回も早く応接室に行かせようとしている行動から考えて……状況はアーシャに不利なのか?

 私室で身嗜みを整えたいと言ったのに、この場でサラやリィナにも手伝わせて手際良く済ませてしまった。

「では、ご案内致します」

「そうか、分かった……」

 一瞬だが屠殺場に向かう食用家畜の気持ちが分かった気がした。駄目だ、メンタルが弱過ぎだ。帰国して少しナーバスになっているのか?

 先頭を歩く、ヒルデガードの後に続く。彼女のメイド服は新調したみたいで、僕の好みが反映されている。誰が選んだのか知らないが、良い選択だな。

 現実逃避していたら直ぐに応接室に到着、有無を言わさず入室許可を取り中に押し込まれた。ヒルデガードは同行せず、笑顔で扉を閉めやがったな!

 口パクでガ・ン・バ・ッ・テ・ク・ダ・サ・イ・マ・セ・!って何だよ?

◇◇◇◇◇◇

 緊張感が溢れているかと思えば、和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気を醸し出している。ユエ殿の愛らしさに参ったのか、アーシャが嬉しそうに膝の上に乗せている。

 彼女は人間至上主義の思想など持っていないし、元々が優しい性格だ。幼女ながら妖狼族の巫女として、重圧に耐えている彼女に同情したかな?

 あの無垢な笑顔は何らかの精神的な影響のプラス補正が利いている気がするんだ、ヒルデガードの懸念はコレか?私の仕えし主が変ですってか?

「お帰りなさいませ、旦那様。王命を果たし凱旋帰国されましたが、無事な事が私は一番嬉しいです」

 アーシャが皆を代表して出迎えてくれた、現状では唯一の側室で伯爵夫人の彼女が最上位。本妻予定のジゼル嬢は、結婚前は男爵令嬢でしかない。

 両手を広げて無事に帰れた喜びを表しつつ、どの場所に座るか考える。ソファーセットは三人ずつ向かい合わせに座れる、手前はジゼル嬢を中心に左右にイルメラとウィンディア。

 奥はアーシャがユエ殿を膝の上に乗せて、両手でお腹辺りを押さえて座っている。パッと見は親子だな、金髪と銀髪だけど妙に似合う。アーシャに母性を感じる?

 空きはアーシャの隣だけ、特に悩まずに座ると女性五人の視線が一斉に集まる。取り敢えず笑顔を浮かべる、良かったギスギスしていない。

 チラリと横目で確認したユエ殿は幼子オーラが全開だな、アーシャも未だ成人したばかりなのに姉じゃなく母親の雰囲気を醸し出している。

 親子仲良く幸せです的ですが、どう言う話の流れでこうなったのだろうか?疑問だが、現状は悪い方向には向かっていない。

「ただいま、皆に会いたかったよ。一週間後には再度バーリンゲン王国に向かう事になるけど、家族で過ごす時間は多少は取れると思う。次は戦力を整えて行くから更に安全だ、危ない事など無いから心配しないでくれ」

 また一週間後に……の時に一斉に悲しい顔をされてしまった。なので一応安全なんですアピールをしておく、メルカッツ殿達の為にも行く必要が有る。

 この辺の話の流れは事前に親書に書いて有るし、ジゼル嬢には事前に説明し途中経過も報告している。気楽に敵国に親書は寄越せないから、彼女からの返事は無いけどね。

 だから再度バーリンゲン王国に行く事自体は反対していない筈だが、僕がほいほい気楽に戦場に行くから心配なのだろう。気持ちは凄く分かるし嬉しい、だが止められないんだ。

 リィナが全員分の紅茶を入れ替えてくれたので砂糖を二杯入れて飲む、やはり甘味は精神を安定させるな。夕食前だが焼き菓子も出してくれたので味わう。

 バター風味たっぷりの甘くて少し塩気を感じる味わい、サクサクの食感。これはイルメラの手作りだな、味に覚えが有る。

 何より美味しく食べる僕を嬉しそうに見ているのが証拠だ、味覚は記憶と連動している。初めてイルメラの焼き菓子を食べた時の記憶が……

「美味しいよ。イルメラの手作り焼き菓子を食べると、本当に我が家に帰って来たんだと実感する。だが夕食前だし、食べ過ぎは駄目だね」

「有り難う御座います、ですがアーシャ様も頑張って練習されたのです。その焼き菓子は、ウィンディアと三人で作りました」

「料理は無理でも、お菓子作りならば淑女の嗜みの範疇ですから頑張りましたわ」

「リーンハルト君の好物だって聞いたから頑張ったんだもん」

「私には声を掛けてくれないのが不満ですわ。仲間外れは嫌です」

 ウィンディア、君付けは控えてくれって頼んだけど無意識に忘れるね。でも久し振りに聞いた『もん』は良いな。

 アーシャも頑張ってくれたのか、味の違いが全然分からない。イルメラと全く同じ味に仕上げるとは、苦労しただろうな。

 ジゼル嬢も言葉は拗ねているが表情は軟らかい、同居してないし、通いだから教わるタイミングがズレたのだろう。

 嬉しくて十枚近く有ったが全て完食してしまい全員に笑われた、こんな些細な事でも楽しく嬉しく思う。幸せだ、僕は今凄く幸せだ。

◇◇◇◇◇◇

 遅い夕食を食べる、全員が食べずに待たせていた事に恐縮してしまう。ニールやコレット、ベリトリアさんにエレさんも同席しコック達が張り切り過ぎた山の様な料理を食べ切った。

 屋敷の主の久し振りの帰宅だからといっても張り切り過ぎだ、量は普通だが品数が多い。手付かずの残り物は再調理して使用人達が食べる、見栄を張る貴族も見えない所は倹約する。

 普通の貴族連中も行っている事だ、使用人達も高価な食材を食べれるし食べ掛けを配られる訳じゃない。配膳される以外にも料理を綺麗に並べるから、どうしても残る。

 我が家は普通より無駄を少なくしているけど、全くゼロじゃない。これが対外的な体面てヤツだ、無駄を無駄と思わないのが貴族って生き物だ。

 爵位が上がる程に顕著になる、僕は上から数えた方が早い地位にいるから余計だな。倹約し過ぎるとケチだと悪評が広がり、浪費し過ぎても悪評が広がる。

 程々って難しい、本当に面倒臭い。僕は明確な政敵が多いから、分かり易い隙には食い付いて来るんだよな。バニシード公爵に、グンター侯爵にカルステン侯爵。絶賛没落中だが、クリストハルト侯爵もだな。

 家臣ではあるが友人でもある、ベリトリアさんやコレット。側室予定のニールと妹ポジションのエレさんも食後に紅茶を飲みながら色々な事を話した、殆どが近状報告だな。

 ベリトリアさんはアーシャ達の護衛任務以外は本当に屋敷でダラダラしていたらしい、敵討ちを終えたので次の目標を決めかねているみたいだ。

 コレットとニールは自己鍛錬の成果が殆どだった、二人でパーティを組んで魔法迷宮バンクを攻略中。主に第六階層を攻略しているらしく、メキメキと実力を付けている。

 特にニールはデオドラ男爵との模擬戦で何度か引き分けている、あの戦鬼から時間制限有りとはいえ引き分けられるなら一流の戦士だ。

 彼女には僕謹製の最上級の武器と鎧兜を錬金する事に決めた、思った以上に実力を付けている。メルカッツ殿との模擬戦も勝率五割以上、ウチの戦士系の中では最強だ。

 エレさんは盗賊ギルド本部で短期開催される訓練に積極的に参加し、開錠の技術を学んでいる。魔法迷宮を攻略するのには必須の技術だから助かる。

 魔術師系はベリトリアさんとウィンディア、少し落ちてコレット。盗賊系はエレさん、僧侶系はイルメラ。この面子で魔法迷宮バンクを攻略する事も多いらしい。

 各々が自分に求められる技術を貪欲に取り入れている、僕も負けられない。出来れば彼女達の成果を僕に見せて貰う為に魔法迷宮バンクを攻略したいけど、無理かな……

◇◇◇◇◇◇

 思いのほか会話が弾み中々止まらず、気が付けば午後十一時を過ぎていた。明日も早いので手早く風呂に入る、ヒルデガードの悪巧みでアーシャと混浴になったが子作りはしていない。

 揉めたのが添い寝の場所だ、女性陣四人がじゃんけん勝負をして決まった配置は……右腕ジゼル嬢、左腕イルメラ。右足ウィンディア、左足アーシャ。

 何故か腹の上に、神獣形態のユエ殿が鎮座している。得意気に鼻をスピスピと広げているのが可愛い、やはり何かしらの精神干渉が有ると思う。

 誰も不満に思わないのが不思議だ、本当の姿は幼女だと思って安心しているのかな?でも幼女であり美女でも有る反則気味な存在だよ。

 合計五人と一匹?なら添い寝による魔香の効果は発揮されないから安心だと思う、明日も対外的な事を考えて動かないと駄目なんだよな。

 この精神的苦痛を癒やしてくれるのが彼女達の体臭だ……嗚呼、癒される。この匂いを強く望んだんだ、深く深く胸一杯に吸い込む。

 だが全く身体は動かせない、ガッチリと抱えられている。示し合わせたみたいに全員が胸の谷間に挟むという高等なテクニックを駆使して……

 ユエ殿は御機嫌らしく尻尾を左右に揺らしていて、お臍(へそ)の辺りが擽(くすぐ)ったい。首元に鼻息も当たる、それも擽ったい。

 直ぐに眠れるかと思えば中々眠れない、寝返りも出来無いが辛くもない。今気付いたのだが、ベッドが新調されている。だから寝心地が良いのか……

「リーンハルト様、まだ眠れないのですか?」

 ジゼル嬢が小声で話し掛けて来た。他の三人と一匹?いや四人は熟睡している、カーテンから差し込む月明かりでボンヤリと周囲が見える。

 気付けば10㎝も離れていない場所に、ジゼル嬢の顔が有る。他の連中を起こさない為に顔を寄せたのだろう、だが気恥ずかしいな。

 つい視線がジゼル嬢の濡れた唇に行ってしまう。彼女とはキスしかしていない、清く正しい健全な関係を貫いている。

「うん、安心してるし安らぎも感じている。でも眠気が中々来ない、明日も朝から忙しいのに眠れないんだ」

「久し振りの私達の温もりに興奮してるのでしょうか?」

 薄暗く表情は見え辛いのだが、悪戯っぽく笑ったのは分かる。際どい冗談も言えるようになったのか、それだけ気を許してくれているのは素直に嬉しい。

 嬉しいのだが自分が性的に興奮し始めたのも分かる、今夜は健全な添い寝だけだから落ち着け。荒々しい男を見せ付けるのは今じゃないぞ!

「興奮よりも安心感だな。お互いの無事が分かり愛情も確認出来た、離れていた時は心配だったんだ。もし何か有ったらってね」

 守りたい者が明確な分、余計に心配してしまう。特に政敵や旧コトプス帝国、ウルム王国と敵対した事で彼女達の危機は高まった。

 強敵の弱点を狙うのは常套手段、勝てなければ勝てる手段を用意すれば良いんだ。誘拐から脅迫とかね……

「安全には十分に配慮して貰ってますわ。ザスキア公爵様も色々と手配をして下さいました、過剰な位です」

 ギュッと腕を抱き締められた、此処には感情を込めたみたいだ。つまりザスキア公爵には嫉妬している、たとえ心配でも頼る相手じゃないって事かな?

 ジゼル嬢はザスキア公爵を凄く警戒している、彼女のギフトである『人物鑑定』で何かを感じたらしいのだが……

 それは教えてくれなかった、だけどザスキア公爵の少年好きは擬態だ。ジゼル嬢の人物鑑定のギフトまで誤魔化せるとは驚いたな、彼女でも本性を悟らせないとは驚いた。

「油断は禁物だよ。僕を殺したい奴等は大勢居る、だが正面切って戦う奴は少ない。無策で突っ込む馬鹿ばかりなら問題無いが……エムデン王国に幾つもの謀略を仕掛けて来ている、油断は出来ない。過剰な位で良い、今回はゴーレムクィーンを三体、ゼクス五姉妹は全て置いて行く、代わりにクリス達を連れて行くよ」

 不安を解消する為に抱き締めたいのだが、生憎と両手両足は拘束されている。動かせるのは手首から先だけ、だが此処を動かすと場所的にマズい。

 太股の付け根に挟まれているのだから、動かす事は出来無い。色々と問題だ、特に今は健全な添い寝中だからな。

 大分暗闇に慣れて来た、間近で見る彼女の顔は呆れている?まさか、今の話の流れに呆れる要素など無いだろう?

「気持ちは大変嬉しいのですが、残される者の気持ちも考えて欲しいのです。リーンハルト様は御自分に絶対の自信が有るのでしょうが、私達の過剰な警備を少しだけ御自分に向けて下さい。お願いです……」

「うん、無理。僕は自分で何とでもするけど、離れた君達が心配で不安になる。不安になるから精神が乱れる、それがマイナスだ。だから不安要素を無くすのも僕の為だよ、英雄が復讐の悪魔にならない為にもね……」

 僕は君達を害する者が居たら、情け容赦も無く殲滅する。邪魔する奴等も庇う奴等も全く考慮せずに皆殺しにするだろう。

 そんな英雄らしくない行為をさせない為にも、君達の守りを厚くする事を容認して欲しい。そう小声で伝えると、唇が触れるだけのキスをしてくれた。

「ほ、本当に馬鹿なんですから……」

 暗闇でも分かる位に真っ赤だし動揺してるし、それなのに更に力を入れて腕に抱き付いてきた。

 その、防御力の全く無い薄い夜着だとだな。胸部装甲の柔らかさがダイレクトに伝わってだな、その……今夜は眠れぬ夜になりそうだ。

 


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