古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第593話

 上機嫌で執務室から帰る、バセット公爵とラデンブルグ侯爵の二人を見送る。お互いがそれなりに満足する終わり方が出来た、少し買い叩かれた気もするが在庫処分だと思えば悪くない。

 使い勝手の悪い武器を纏めて売れただけでも満足だ、金貨二万枚も悪くない。ライラック商会には残りの武器を捌いて貰おう、それなりの利益は出るだろう。

 礼を失した突撃訪問に無理難題を押し付けられるかと思っていたが、何とか対処出来る程度で良かった。僅かだが貸しにはなるだろう、時間も無かったし良しとしよう。

 

「リーンハルト様」

 

 探索魔法で近付いて来るのは分かっていたが、侍女達の気配を消す技術は凄い。

 前に侍女は空気と思って下さいって言われたが、本当に気配遮断の技術を会得してるんだな。

 しかも僕の好みのメイド服を着ているし、新女男爵殿としては失格だぞ!侍女もメイドもリゼルの仕事じゃない。僕の前だけです、は無しだ。

 

「リゼルか、何か問題でも有ったのか?」

 

 リゼルだけが部屋に来た、専属侍女達は遠ざけていたのだが一人で来るとは何か有ったのだろうか?有ったんだろうな。

 そう言えば彼女は今晩何処に泊まるんだ?僕の屋敷には招待出来ないし、王宮内に部屋を用意する様に頼まないと駄目だよな。気配りが足りなかった、反省。

 レジスラル女官長に頼んで、女官や侍女達が住んでいる館の一室を借りるか。暫くは王宮暮らしだし、落ち着いたら彼女の屋敷を新貴族街で探すか……

 僕と違い新貴族街の平均的な屋敷で良いだろう、新貴族男爵の年給に側近としての報酬を合わせれば使用人を雇っても維持は出来る。

 

「リゼルは今晩何処に泊まるんだ?何か指示が無ければ急いで手配するよ」

 

 ユエ殿達は僕の屋敷に泊める事になる、早目にアーシャ達に説明したい。何となくだが、ジゼル嬢も僕の屋敷に来てると思う。

 いや、間違い無く来てる。親書は持たせて説明出来る様にしてあるが、アレでユエ殿も強かだから先に話し合ってると不安だ。何かとんでもない誤解が生じてそうで怖い。

 ユエ殿には女神ルナが付いている、何かしら御神託で教えられている可能性が高い。僕の匂い好きや、子種の薄さも知ってたし神様って人間じゃ勝てないよ。

 

「王宮内に部屋を与えられました。私は貴族街に屋敷は構えられませんので、王宮暮らしになります。それとバセット公爵とラデンブルグ侯爵ですが……」

 

 む?『人物鑑定』のギフトを使い二人の思考を読んだな?流石に便利過ぎて恐ろしくなる、先程の対応が正解か不正解か解答が分かるのか。

 それと自分の屋敷を構えないじゃなくて構えられないと言った、気になる言い回しだが今は問い質す時じゃない。あの二人の考えが知りたい、全く反則気味なギフトだよな。

 少し長い話になりそうなのでソファーに座る様に勧める、あの二人の腹の中はどうなっていたのか知れるのは助かる。アレだけで満足しているとは限らない、急場凌ぎでしかないからな。

 リゼルの表情からすれば好感触じゃない、つまりあの二人は僕に好意的じゃなく打算的。だが一方的に利用も今じゃ出来ない、敵対するにもリスクが高過ぎる厄介な相手な筈だ。

 

「先ずラデンブルグ侯爵ですが、譲られたマジックウェポンを戦場で使用せずに派閥内部の離脱防止や結束強化に使うつもりです。

品不足からマジックウェポンの市場価格は三倍以上、金貨二百枚で買いましたが現状の価値は金貨五百枚から六百枚。中級貴族以下の方々には魅力的でしょう」

 

「そうか、それは考えなかった。てっきり主力軍の強化に使うのかと思えば、彼等の台所事情と派閥の結束力は思ったより悪いのかな?」

 

 転売はしないが賄賂として使う、配下の連中の戦力強化として配ったと言われれば文句は言えない。僕は市場価格を二倍程度と見積もったが、更に吊り上がっているとは驚いたな。

 残りはライラック商会に渡して販売させる予定だ。彼等にも利益を出させないと駄目だったから、過去に練習として作った武器や防具もこの際全て売り払う。

 自動補修機能は駄目だが、固定化と属性付加の低レベル品なら市場に流しても大丈夫だろう。バセット公爵に渡す前に、ライラック商会に渡して売りのタイミングを伺っていた事にすれば良い。

 

「バセット公爵の方は少し悪辣です。懐柔策として配るのは同じですが、リーンハルト様から譲られた事を強調するそうです。相手がリーンハルト様謹製のマジックウェポンと勘違いさせる為にです。それとバセット公爵とリーンハルト様の仲が良いと誤解もさせられますわ」

 

 僕謹製?属性違いだから無理だろ?いや雷光は風属性だから勘違いも有り得るか……勘違いも仕方無いとは思うが、普通は他の属性のモノは常識的には無理だぞ。

 だけど僕は色々やらかしているから可能性は有ると思われるのだろうな。でも少し安易じゃないかな、ミスリードにしても根拠が弱い。

 勘違いじゃ文句も来ないと思ったのか?中立だし殆ど協力は引き出せないと割り切り、利用する方向に切り替えたのか?

 

「うーん、微妙だね。偽られても自作か魔法迷宮のドロップ品かと思うよね?付加属性の違いは明確だし、量産品で同じ物も流通してるからね。僕が偽って高値で売ったとかじゃなきゃ、ダメージは無いよ」

 

 どう言う訳か魔法迷宮バンクでドロップする品は規格が同じなのか全く同じ物なんだ、だから調べれば直ぐに分かる。

 それに詐欺だとしても高品質の錬金した品々を作り出している僕が、低レベル品を錬金して高値で売る?そんな噂を流すならば、僕はバセット公爵とも敵対する事になる。

 以前はニーレンス公爵と協力していたらしいが、今は解消されたみたいだ。ローラン公爵やザスキア公爵は、僕とバセット公爵を天秤に掛けても僕を取るだろう。

 

「ありがとう、やはりリゼルは僕に必要不可欠だ。頼り過ぎて怖い事になりそうだが、あの二人の動向は常に気に掛けて欲しい」

 

「分かりました、お任せ下さい……普通なら恋の告白なのに、心が読めるから勘違いだと偽れませんわ」

 

 満面の笑みを浮かべながら深く御辞儀をしてくれた、しかし小声の後半の台詞が普通に怖い。有能過ぎて頼り切り自分で判断しなくなりそうで更に怖い……

 どちらにしても彼等は戦場には行かず後方で指揮する筈だ、バニシード公爵は最前線に出るらしいから近くに居ないのは交渉事で不利になる。

 公爵本人と代理の配下では話し合いをしても勝負にならないだろう、力関係で押し切られる。問題は彼等がウルム王国と開戦した後で膠着し、第二陣と遊撃部隊が追撃した後だな。

 

 これは揉める……手柄の横取りとか言い出したら纏まらないけど、デオドラ男爵達も遊撃部隊として王命で動いているから言い分は有る。いや、今は様子見で良いかな、一応双方納得したんだ。

 その後の対応は何か有れば考えよう、今は早く屋敷に帰りたい。多分だが混迷してる筈だから、早目に説明しないと色々と問題になりそうなんだ。

 また女性関係ですか?とかイルメラに悲しい表情で言われたら、僕はショックで立ち直れないだろう。一国を相手に戦う方が気楽だよ、全くさ……

 

「私も挨拶を兼ねて、明日にでも御屋敷の方に伺わせて頂きますわ。噂のジゼル様と、お話もしたいです」

 

 深々と御辞儀をされたが会話の内容が頭に入るのに少し時間が掛かったのは、無意識に提案を受け入れたくないからか?

 

「え?何でさ?笑顔で何を言ってるのさ!」

 

 ユエ殿や妖狼族だけでも大変なのに、新人の女新貴族男爵のリゼルまで家に来たら大変な事にならないか?いや、絶対になるだろう。

 誤解じゃないが、入り組んで複雑になった状況と関係を解して適切に説明する事が出来るかと言われれば不安要素しか思い浮かばない。

 駄目だ、何を話しても誤解されそうだ。それに『人物鑑定』のギフト対決みたいになりそうだ、どちらが勝つかも全く予想も付かない。

 

「あの、リゼルさん?」

 

「今夜は久し振りの家族団欒をお楽しみ下さい。では失礼します」

 

 胃が痛い、胃痛って精神的に追い込まれた時に発病するよね?ストレスってヤツだ、癒やしが、癒やしが欲しい。早くイルメラ達に会いたい……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 久し振りにエムデン王国が用意してくれた専用の馬車で帰る事が出来る、時刻は既に午後八時少し前。ゴタゴタして遅れてしまった、相変わらず擦れ違い挨拶をしてくれる女官や侍女、警備兵達が多い。

 馬車の専用停車場にも貴族が溢れていた、戦時中だから残業も多いのだろう。何人かは此方を伺っていたが、早く帰りたいから絡まずスルーした、もしかしなくても出待ちか?

 久々に会う酒好きの御者と言葉を交わし漸く我が屋敷へと出発だ、此処へ至る迄が長かった。だが前回と違い三夜連続舞踏会は無いから助かった、明日は盗賊ギルド本部と魔術師ギルド本部、ライラック商会にも顔を出して……

 

 今日送った親書も明日には主要な方々に届くだろう、ニーレンス公爵とローラン公爵のお茶会に参加して私兵達の出陣の準備に妖狼族への対応……忙しい、一週間で足りるのか?

 深く背もたれに身体を預ける、未だ夕食時だからか通り過ぎる貴族の屋敷には煌々と明かりが灯っているし擦れ違う馬車も多い。

 王宮から貴族街に有る屋敷は距離が近い、漸く帰って来た感慨に耽る前に到着してしまった。正門にはメルカッツ殿とニールが何故か完全武装で待ち構えている、その後ろには同じく完全武装の私兵達。

 

「旦那様。凱旋帰国、おめでとうございます」

 

「流石は我が主殿ですな、単独で一国を落とす。中々出来る事ではないですぞ、武人の本懐、此処に極まれり。王都中がリーンハルト殿を褒め称える言葉に溢れています」

 

 仰々しい言葉に態度、確かに凱旋帰国を祝う国民達の様子は見たけど改めて言葉にされると恥ずかしいモノだな。まぁ僕は武人じゃないが、軍属には間違い無いし……

 

「ただいま。メルカッツ殿もニールも変わりは無いかな?」

 

 一糸乱れぬ行動、一斉に頭を下げられた。鍛錬を欠かしてない事は、こんな何気ない動作からも分かる。もう戦いたくて仕方無いって感じだが、模擬戦はしないぞ。

 メルカッツ殿の元門下生達にとっては名誉の回復と汚名返上のチャンスだ、参戦に意欲的だろうし参加させない意味は無い。

 後から雇った連中は今回は留守番と予備兵力の扱いだ、留守中に何かしら仕掛けて来る可能性は高いから守りを薄く出来ない。

 

 順番だから今回はメルカッツ殿達に譲って貰う、新参者の妖狼族は悪いが地盤固めの為に参加させる。彼等は獣人族だから人間至上主義者達からすれば、認められない存在。

 早期に手柄を立てて地盤を固める必要が有る、彼等は僕の直属の配下としてコレから活躍して貰う事になる。だが王都の守りには積極的に参加させるか悩む、急な接近は双方が警戒する。

 先ずはゆっくり時間を掛けて双方の距離を縮めて、誤解と言うか思想の違いを分かって貰うのが最善だよな。お互い異文化を受け入れる土壌が育ってない、無理な接近は反発を招くだけだろう。

 

 メルカッツ殿達の次は、メイド長のサラと執事のタイラントを筆頭とした使用人達が並んでいる。リィナや引き取ったナルサも後ろに控えている、メイド達は少し増えたみたいだ。

 何故か白炎のベリトリアさんやクリスまでメイド服を着て真面目な顔をしているが、遊び心でも芽生えたのか?家臣だけどメイドじゃないんだけど……

 隣に並ぶ、アシュタルとナナルが苦笑しているから彼女達の入れ知恵か?ジロリと睨めば視線を逸らしたから間違い無いな。

 

「お帰りなさいませ、リーンハルト様。使用人一同、リーンハルト様の凱旋帰国を心待ちにしておりました」

 

「ジゼル様達は客室にて、ユエ様達と話し合っております」

 

 サラは良い、彼女に合わせて一斉に頭を下げた使用人達に労いの言葉を掛ける。本当に嬉しそうだ、仕えし家の主の栄達は嬉しいだろう。

 だが、タイラントの言った事は問題だ。迎えに来れない程、話し合いが白熱している。つまり誤解が解けてない可能性が高いのか?

 アシュタルとナナルのニヤニヤは、僕が女性関係で困るのが楽しくて仕方無いってか?側室話を蹴った事を根に持ってるな。

 

「そ、そうかい。夕食の準備を頼む、久し振りに自分の屋敷でゆっくり食べれるから嬉しいよ」

 

 一斉に頭を下げられた、この待遇にも大分慣れてきたけど出世すれは余計な気苦労も増える。ジゼル嬢とアーシャが出迎えに居ないのは接客中だから、イルメラとウィンディアはジゼル嬢達に遠慮したな。

 これから全員が待ち構えている客室に突撃する事になる、悪い事はしてないのに気持ちが萎えるのは悪いと思っているからか?

 ははは、まさかな。浮気なんてしてない、ただ女性関係が複雑怪奇なだけで僕は悪くない。堂々と彼女達に会えば良い、そうだ弱気になるな頑張れ!

 

「リーンハルト様、ご案内致します」

 

「ヒルデガード、先ずは身嗜みを整える時間をくれ。直ぐに突撃はしないぞ」

 

 何時の間にか、アーシャ付きのメイドであるヒルデガードが後ろに控えていた。本当に彼女達の気配遮断の技術は凄い、無言の笑顔の圧力に気持ちを整える時間を貰う。

 会いたいと願っていた相手に会うのに、何で心の準備が必要なのか問い詰めたい。もう何もかも投げ出して、イルメラに甘えたいという誘惑を振り払う。

 これも日常に戻って来たって事だと思うけど、情けなさすぎる。だが英雄と煽てられても実際は好きな女性の一挙手一投足に右往左往するのが、僕の真実なんだよな……

 

 


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